ねぐら離れ鳥鳴けば12







 深く頭を垂れたきり、自分と視線を合わせようとしないラフィエルの姿をどう受け止めたのか、
ティバーンは、向けられた謝辞に対する応えを、返さなかった。

 この天幕を潜って以来、それまで半端に向き合っていた体勢を仕切り直しでもするかのよう
に、寝台脇に置かれた椅子に、今更のように腰を下ろす。そうして、 俯いたままのラフィエル
に向かい、楽にしろよとだけ言い置くと、彼はそれ以上 旧友を促す事もなく、天幕の入り口へ
とさりげなく視線を流した。

 それきり、天幕内を、緊迫感を感じさせない沈黙が支配する。
 天幕の外から時折漏れ聞こえてくる、宴席の高揚の名残を思わせる喧噪や、松明の爆ぜる
音を、聞くとはなしに聞きながら、そうやってどれくらいの時間を二人して過ごした頃だろうか。

 「……少しは、落ち着いたか?」

 ずっと視線を外したままの相手の注意を引こうとするかのように、旧友の名を呼んだティバー
ンが、気安い語調で言葉をかける。その声に契機を与えられたのか、 ようやく顔を上げたラフィ
エルに向かい、彼は平時と変わることなく、鷹揚に笑って見せた。

 「……あれは、お前が言うような、そんな上等なもんじゃねぇよ。お前ら当事者の気持ちも
  立場も考えずに、俺が俺の気のすむままに、独断でやったことだ。お前が気負ったり、恩に
  感じる必要はない」
 「ですが……」
 「そんなことより、早く疲れを癒せ。あのニンゲンのことを腹の内でどう思おうが、お前はやっ
  ぱり、俺のやった事に心を痛めるんだろう。それがお前の習い性なら、敵の死まで悼むな
  とは言わねぇ。その代わり、弟や妹を安心させるためにも、早く自分を癒せ。体も、心もな」


 言って、ティバーンは寝台脇の小卓に置かれた水差しを取り上げ、注いだ水で満たした杯
を、ラフィエルへと差し出した。
 やはり発熱により渇きを覚えていたのか、勧められるままに、ラフィエルが受け取った杯の
中身を静かに煽る。そうして喉を潤すと、彼は、平時の彼がそうであ るように、控え目に嘆息
した。

 「……私は、中途半端ですね」
 「ラフィエル?」
 「自分の中に、こんな風に後ろ暗い一面があることに気付いていながら、私はリュシオンの
  ように、それも自分なのだと、胸を張って言い切る事ができません。かといって、リアーネ
  のように、「仇」を前にしても揺らぐことなく己の衝動を浄化し、相手の存在の全てを受け入
  れ許すような事もできはしない。……どちらつかずのまま、それでも従来通りの鷺である事
  への未練を断ち切ることもできなくて……弟妹達が、あれほど伸びやかな「進化」を遂げて
  いるのに反して、自分はなんと中途半端で無様なのだろうと……」

 言いたいことはあるだろうがと、貴方は言われましたが―――言って、ラフィ エルはどこか
所在なさそうに笑って見せた。

 「オリヴァー殿との事にしても……私に、同志との揉め事を起こしたリュシオンを、諌める資
  格はありませんね。あの子には、自分が焚きつけた諍いの火種を、自身で消し止めるま
  で受け止めきる覚悟がある。鷺としての特性に固執するばかりの私では、あの子の「進化」
  の後押しはしてやれません」
 「ラフィエル……」
 「……オリヴァー殿には改めて、リュシオンとの確執を解消できるように働きかけていくつも
  りですが……私にできることは、調停のきっかけ作り位のものですね」

 本当に、情けない―――儚い笑みを浮かべながらそう続けたラフィエルの容色 に、卑屈さ
を思わせる色はない。彼は、己の器量の限界を正確に把握した上で、 それをあるがままに冷
静に、受け止めようとしていた。
 それきり口を噤んでしまった旧友に、どんな言葉をかけてやればいいのかと、 束の間、ティ
バーンは自問する。

 絶滅を危ぶまれ、国土の殆んどを焼き払われたセリノスの鷺の民。この大戦の 最中思わぬ
再会を果たした、種のあるべき姿を受け継ぐ最後の「正統派」とも言えるであろうこの旧友の
気性を、ティバーンはけして、疎んじてはいなかった。
 時には周囲の思案の種ともなる、諍い事を好まない繊細な心根。自身に向けら れたもので
はなくとも、そこかしこに漂う負の感情に中り、自家中毒すら起こしかねない、打たれ弱い気質。
 セリノス王族の最後の生き残りである四体の白鷺の中で、今だ病の床にある現 王ロライゼ
を除けば、ラフィエルだけが、古から連綿と受け継がれてきた鷺の特質を、正確に継承してい
た。

 この騒乱の世に、弟妹達のように、環境や実生活に即した変化を遂げようとはしなかった彼
の気性は、時に庇いきれない負荷ともなりかねない。これこそが真にあるべき鷺の姿なのだと
訴え続けたところで、おそらくは、周囲の助力によっていつか再生の産声を上げるであろうセリ
ノスの民は、ラフィエルが懸命に守り続けてきたものとはその本質を違えているだろうとティバー
ンは思った。

 だが……否。だからこそ、最後の正統派となるであろう旧友には、その得難い 気性を大切
に守り続けてほしいとも思う。
 物理的な力を持たず、精神的な負荷にも極端に弱い白鷺が、この乱世を生き抜くのは至難
の業だ。それでもこうして、郷里を離れた遠い異国で生き続けてきた旧友がただか弱いばか
りの存在ではなかったことを、ティバーンは知っていた。

 だからこそ―――けして偽りを口にできないラフィエルの前で、自分も彼の半 生に対して、
誠実でありたいと思う。

 「なあ、ラフィエル……」

 これまでもそうであったように、精神的な負荷に対する耐性が極端に弱い旧友に、自分が告
げる事実は酷であるかもしれない。その自覚はあった。
 名を呼ぶそばから、己の選択が果たして本当に旧友に報いるものであるのか、 疑心の念が
湧き上がる。だが、それでもティバーンは、続く言葉を躊躇いはしなかった。

 「その事なんだけどな……お前と離れていたこの二日ばかりの間にな、何があったか知ら
  ねぇが、あいつら、てめぇらだけでケリをつけちまったらしい」
 「…っ」
 「ああ違う違う、物騒な意味じゃねぇ」

 瞬時に血の気を失ったラフィエルの容色を見れば、読心の術など持たずとも、彼が何を懸念
したのか察することは容易かった。心配するなと手を振りながら、 言葉を続けるティバーンの口
元が、苦笑の形にたわんだ。

 「塔の中で、まあ色々あってな。部隊が一時的に散り散りになっちまって、俺も四六時中あ
  いつらを見てる訳にはいかなかったんだが……その時に、まあ「お話合い」だとは思うんだ
  が、あいつら、丸く収まっちまったんだ」

 あいつらっていうか、この場合リュシオンの方の問題なんだろうが……言葉 をつなぎながら、
ティバーンが思わずといった風に嘆息する。

 「散り散りになった部隊が合流したとき、リュシオンはあの……オリヴァー、だったよな?そい
  つと一緒に戻ってきたんだ。戦局も気になったが、離れていた間のことも色々な意味で気が
  かりでな。無事だったのか、問題はなかったのか、聞いてみたら……」
 「ティバーン……?」

 続く言葉は、こらえきれなかったと思しき失笑交じりになされた。

 「リュシオンが……あいつが、しれっとした顔で言うんだよ。「この者が私をここまで守ってくれ
  ました。何も問題はありませんでした」ってな」
 「……え…」
 「本隊とはぐれていた間に、オリヴァーを同志と認めるような、何かがあったってことなんだろう
  な。いや、あいつをフェニキスに引き取った俺が言えた義理じゃないんだが……ラフィエル。
  お前の弟は、漢気の塊みたいな やつだな」

 だから取りあえず、あいつらの事に関しては、お前がこれ以上気を揉む必要はなさそうだぜ?
―――結ぶ言葉には、安堵というよりも事態を呆れているかのような色が滲む。事の経緯を整
理するためにティバーンの言葉に最後まで口を差し挟まなかったラフィエルもまた、彼にしては
珍しく、呆けたような表情 になった。

 「……同志……オリヴァー殿の事を、あの子が、自分から……?」

 ひとりごちるような呟きに、隠しきれない不信の響きが宿る。自問の答えを 探すかのように、
ラフィエルは自分にその情報をもたらしたティバーンを仰ぎ見た。
 そのまま、しばしの沈黙が流れ……結局、彼は望む答えを見いだせないまま、 新たな嘆息と
共に寝台の上に視線を落とした。
 不調の為か抱える鬱屈の為か、平時よりも血色の悪い容貌が、ようやくティバーンへと向き戻
される。そして、囁くようなかすかな声が、ご迷惑をおかけいたしました、と告げた。
 そして―――

 「これでは本当に……あの子の為に私がしてやれることなど、何もなくなってしまいますね」
 「ラフィエル?」
 「……不思議なものですね。共に暮らしていた頃、まだ幼いあの子が早く一人前になって、
  父上や私の助けになって欲しいと、そう願っていたのは私だったというのに……こうして、
  いざ私の手が届かないところまで成長していくあの子を見ると……」

 それきり、ラフィエルは続く言葉を途切らせた。
 それ以上の感傷を晒したくないと思ったのか、若草色の双眸がさりげない様子でティバーン
から逸らされる。そんな相手の自尊心を刺激しないようにと、敢えて気付かない振りを装いな
がら、ティバーンは、この旧友になんと言葉を かけてやるべきなのか、束の間思案した。

 成長期の只中、いまだ自我も確立しきっていない時分に、祖国を襲った災厄によって移住を
強いられ、当人の望むと望まざるとにかかわらず、新たな生活 環境に馴染まざるを得なかった、
彼の弟。周囲も目を見張るほどの早さでフェ ニキスの暮らしに溶け込んでいったリュシオンの
変化と、件の災厄の際にはすでに成人しており、次期鷺王としての教育を施されていたラフィ
エルのその後 とを、同列に語ることはあまりにも彼が不憫だった。

 誰が何を言うわけではなくても、ラフィエルはきっと、再会を果たした弟妹の伸びやかな成長
に触れるにつけ、自問せずにはいられないだろう。種族の特性を思えば型破りなほどに気概
の溢れた彼らに対し、果たして自分は、この二十有余年何をやっていたのかと。
 そうして、人知れず一人自分を責めるのだろう旧友の心を思うと、ティバーンはひどくやりき
れない気持ちになった。

 遠く故国を離れ、慣習も風土も何もかも異なっていたであろうハタリの国で、それでもかつて
の己を保ち続けるのは容易なことではなかったはずだ。
 国を統べる女王の入り婿として受け入れられるほどに、彼の国の中枢に根差した存在であ
りながら、ニ十有余年前に生き別れたままの為人で自分と向き合っている旧友の姿は、それ
自体が彼の気の遠くなるような努力の表れだ。
 種の特性を顧みることなく激情に走り、結果存在の根底から別個の生物に己を作り変えて
しまった鷺の民のなれの果てを、ティバーンはあの決戦の塔で目撃している。ラフィエルもリュ
シオンもリアーネも、セフェランと同種の暴走に身を任せれば、鷺である己を手放してしまう未
来を、自ら引きよせないとも 限らなかったのだ。

 逆を返せば、彼らには、己の本質そのものを変換させかねない未知数の危惧……あるいは
可能性が内在しているということだ。
 それでも尚、ひたすらに故国を思い、懸命の努力で以て生粋の鷺であり続けたラフィエルに、
それがために抱く負い目など、背負わせたくはないと思う。
 新たな居住の場に自身を適合させることが、リュシオンとリアーネの戦いであったとするなら、
いつか復興の道を歩きだすであろう自国の民の範となるべく、生粋の鷺としての特性を守り続
けてきたラフィエルもまた、戦っていたのだ。

 ……と、刹那―――

 「……ああ。そうか」
 「ティバーン?」
 「ラフィエル。お前がさっき言ってた、リュシオン達にしてやれることがないって話な……」

 この旧友に、今必要とされている言葉は何なのか、自問を続けていたティバー ンの脳裏に
……つと、彼の鬱屈の要因となっている今ひとりの白鷺王子と、かつて己が交わしたことのあ
る会話の断片が、よみがえった。

 おそらく、根本的な解決に導く訳ではないだろう言葉だ。ラフィエルの抱える屈託は、誰かが
行動を誤ったがゆえに生じる類のものではなかったから、周囲がどんな言葉をかけたところで、
当人が自分を納得させることができなければ、誰も、何もしてやれない。
 それでも……


 「―――案外……そうでもないと思うぜ」


 結果として、何の解決策にもつながらない記憶であっても……旧友の屈託に触発されて思
い出した、かつてのリュシオンの言葉を、ラフィエルに伝えてやりたいと、ティバーンは思った。










                                         TO BE CONTINUED...


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