ねぐら離れ鳥鳴けば11










 他に会話を遮るものとてない空間の中で、自分の言葉を聞き取り損ねた訳でもな
いのだろうに……ティバーンは、応えの声を上げなかった。


 豪胆な気性で知られた旧友にしては珍しく、虚を突かれたような表情が、何かを見
出そうとしているかのように自分を見遣っている。常らしからぬ旧友のそんな姿に違
和感を覚えるよりも先に、戦場の淀んだ気に支配された空間でありながら、彼が自
分に向ける戸惑いが伝わってきた。


 けして無神経な訳ではないが、ラフィエルの知る平時のティバーンは、その思うと
ころを飲み込んで屈託するくらいなら、その原因解消の為に、必要な言葉を吐き出
す事を躊躇わない。
 ましてや、私用の天幕に二人きりで向き合ったこの状況で、彼が、自身の鷹王と
いう公人の立場を憚って、言葉を慎まねばならないという事もないはずだ。

 となれば、彼にそうさせているのは、ほかならぬラフィエル自身という事になる。
 要因となる自覚はあっても、予想以上に顕著な彼の戸惑いが、自分を気遣っての
ものだと伝わってくるだけに―――この決戦前からずっと、彼に寄りかかりすぎてい
る自分を再認識させられて、ラフィエルは旧友に対し、改めて申し訳ない気持ちになっ
た。

 だからこそ、自身の暗部までも曝け出すような居た堪れなさを振り切ってでも、自
分はティバーンに、言葉を尽くして返礼しなければならないと思う。鷺ではない旧友
には、感謝の謝罪も、胸の内で思うだけでは伝わりはしないのだから。



 「ティバーン……」

 困惑しているのか、ところどころ乱れながら伝わってくる相手の思念をこちらに向け
させるかのように、言葉を失ったままの旧友の名を呼ぶ。
 つと我に返ったように瞬きを繰り返し、改めて居住まいを正したティバーンを前に、
ラフィエルは、繰り返した謝辞と共に、再びその首を垂れた。


 「ありがとうございます……そして、惨い役回りを貴方に押し付けてしまった事、本
  当に申し訳ありませんでした」
 「ラフィエル?」

 いまだ意外の念を残した声音で名を呼ばれ、含みを持たせた訳ではないのだと伝
える為に向けた笑みが、どこかほろ苦いものとなった。

 「我々鷺の一族の代わりに……貴方が、血を被って下さいました」
 「お前……」
 「どれほど望もうとも、鷺が心の底から相手を呪い、その滅びを求めて歌えば、私達
  の自我は崩壊します。貴方の国元で、鷺という種の限界を思えば奇跡のように強
  靭な心を育まれたリュシオンでさえ、負の感情のみで心を満たして呪歌を操れば、
  その末路は免れないでしょう」


 ですが―――続く言葉を一端飲み込んで、ラフィエルは自分と向き合う旧友の思念
に、改めて触れてみた。

 未だに見え隠れする、自分に向けられた戸惑い。何度も話題に挙げられる事で、戦
場での高揚感を繰り返し蒸し返される居心地の悪さ。
 そして、その感覚に引き摺られるようにして彼が追体験した、決戦の記憶。


  アニムス公へッツェルと向き合った折、ティバーンが彼に向けて放った凄まじいまで
の怒気を……彼の追憶に意識を沿わせることで、ラフィエルもまた、追体験していた。


 「……ですが……それでも、私達の中に、負の感情は芽生えます。―――今まで
  は、鷺として生きていくためには、それらの感情は自ら浄化して、けしてそのまま
  燻らせてはならないのだと、思っていました。その思いに心を囚われたままでは、
  私達は生きてはいけない、と」
 「……ああ」
 「しかし、本当は、そうではなかった。この戦いの中で、ヘッツェル殿と再会した時…
  …私は、私の中に、誤魔化しきれない程に育て上げてしまった負の感情が眠っ
  ていることを、知りました。そして、それを認めて尚、狂う事もなく、自我を保ってい
  られる自分の事を」


 鷺の民として、喜ばしい事なのかどうかは解りませんが……そう言葉を切ると、ラ
フィエルは、それまで眼前の旧友にひたすえていた視線を反らし、微かな嘆息と共
に半眼を伏せた。

 「滅亡寸前まで追い込まれ……鷺という種族そのものに、一つの転換期が来てい
  るかもしれないとも、思いました。それでも、全てをすんなりと受け入れてしまうに
  は、この変化はあまりにも重いもので……そうして結論を出す事も出来ないまま、
  私は女神との決戦に向かう、貴方達を見送りました。まずは、この戦いを終えて
  からだと。無事に戻った貴方達を出迎えてから、種としての変化については考え
  よう、と」


 言い置いて、再びティバーンへと視線を向ければ、向き合った旧友の強靭な精神
からは、未だに彼が追想した戦場の記憶が伝わってくる。
 高揚、憤り―――そして、鮮烈な殺意。だが、それらの感情に触れて尚、揺らぐこ
となく自我を保っていられる自分の事を……ラフィエルはもう、誤魔化す事は出来な
かった。


 「……貴方が、ヘッツェル殿を手にかけた事を知った時……私は、彼の死を悼む
  よりも先に、安堵の思いを覚えました。もうこれで彼と顔を合わせる事はないの
  だと……そう考えている自分を自覚し、私は、私の心の奥底にある思いを知っ
  たのです。それは認める為にとても勇気のいる思いでしたが、同時に、胸のつ
  かえがとれたように楽な気持ちにもなったので……私は、自分の内面に、今少
  し踏み込んでみたくなりました」
 「ラフィエル……」


 自分の名を呼ぶティバーンの声音に、これまでとは色合いを違えた動揺が伺え
る。きっと、彼が目にする自分の容色は、いつも以上に心許なく所在なく映ってい
るのだろう。
 これから自分が口にする言葉を耳にしたら、彼は、もう自分を、彼が国ぐるみで
庇護の手を伸ばしてくれた、鷺の民として認識しなくなるかもしれない。それ程の、
恐怖があった。
 だが……ティバーンが、戦場でその牙と爪を振うように。リュシオンが、脆弱な鷺
の身でありながら、最後まで決戦の場に立ち続けたように。自分にも、自分が乗
り越えなければならない、自分だけの戦いがあった。


 「ヘッツェル殿の訃報に、私は確かに安堵しました。のみならず、私は……」


 これまで当たり前のように抱き続けてきた、自分自身の価値観が根底から覆さ
れていく心地がする。そんな感情を自分に許そうとしている己は、もはや鷺とは呼
べないのではないかと、衝動に震えがこみ上げてくる。

 それでも……周囲を圧するほどの激情を容易く解き放った弟の未来を憂い、そ
んな彼を、鷺の民とすら呼べないと口にしたのは、ほかでもない自分自身だ。
 規格外の気性をした弟の「暴走」をそんな風に嘆いておきながら、いざその契機
が我が身に訪れた途端、自らの暗部を認めもせず、心に蓋をして押し隠してしま
おうというのは、あまりにも情けなく、卑怯だった。
 それでは、弟にも、自分達鷺の民に成り代わり、報復の返り血を被ってくれたこ
の旧友にも、心底申し訳が立たない。



 喉元までせり上がってくる衝動に、総身が震えを帯びる。体中に広がっていくか
のような焦燥に押し出され、込み上げてくるものに、我知らず視界が歪んだ。
 それでも、最後の気概で息を整え、今にも堰を切りそうになる激情を寸でのとこ
ろで押しとどめる。今、自分の感傷に負ける訳にはいかなかった。


 「……私は、ヘッツェル殿の死に安堵し、のみならず、心の底で喜びすら覚えま
  した。貴方が報復の手を下して下さった事を、確かに私は喜んだのです」
 「ラフィエル……」
 「ありがとうございました、ティバーン……祖国を追われた民の、名ばかりの生
  き残りとして……そして、彼の存在と個人的な関係を持つ一体の鷺として……
  心から、貴方に感謝します」



 どこか面喰ったような様子で、自分に何かを言いかけようとした、ティバーンの機
先を制して頭を垂れる。今、彼と目を合わせてしまったら、自分の中に築き上げた
なけなしの理性の砦が、呆気なく崩れ落ちてしまいそうな気がした。

 世に数体を残すのみとなった、白鷺の長兄として……自ら、種の規格から外れた
異端である事を宣言した覚悟を問われるものとして……
 埒もない片意地と笑われようとも、今この時だけは、自分は自分の感傷を、眼前
の旧友の前に晒したくなかった。











                                 TO BE CONTINUED...


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