ねぐら離れ鳥鳴けば9





 己の回顧を行きつ戻りつしながら、けして流調とは言い難い語調で続け
られた昔語りは、始まったときと同じく、語り部が吐いた及び腰な長息で
以て、その幕引きの合図となった。

 己の語るべきことは全て語り終えたという表情で、それでもどこか所在
なさそうにその場に佇むオリヴァーの姿には、ある種の達観の態すら感じ
られる。良くも悪くも、己の胸中の全てを吐露した彼が、その告解に対す
る「裁き」を享受する心持ちでいる事は、神職にあるわけではないリュシ
オンの目にも、労せず見て取れた。


 オリヴァーは「懺悔」を終えた。己を待つものがその業に対する寛恕であ
れ報復であれ、彼はそれを自らの負うべき報いとして、過たず受け止める
のだろう。
 ならば、今眼前に佇む彼に対し、今度は自分が何らかの返答をなさなけ
ればならない。それは、リュシオンにも分かっていた。

 だが……オリヴァーに対して、自分がどう言葉を返すべきなのか、その根
源となるはずの自身の感情を、リュシオンは、自分自身で整理しあぐねて
いた。



 絶滅危惧種と危ぶまれる希少価値の白鷺であれ、その「保護」の為と謳
われて、自分の意志を置き去りにされた扱いを受ければ面白い気持ちは
しない。それが心底自分の身を案じての事だと重々承知していながらも、
幼い自分があれほど恩義を受けたフェニキスの鷹の民達にすら、互いの意
向が真っ向からすれ違えば、自分は腹を立てもしたし理不尽だと抗議もし
た。
 自分らしくありたいという欲求は、その相手が自身の好意を寄せる存在
か否かを問わず、自分の中で平等に芽をもたげた。
 年を経るにつれ、周囲との折り合いをつける為の妥協という術も身につけ
ていったが、それでも、自分が自分であろうとする根本的な思いは変わら
ない。その時その時で必要な道理を押しのけてまで自我を貫こうとは思わ
なかったが、たとえ大恩ある鷹王のティバーン相手でさえ、自分を殺して
まで迎合するつもりにはなれなかった。

 だから……逆を返せば、希少価値扱いされる理不尽に憤る自らの心の
動きは、なにも、自分を執拗に物扱いしようとしたオリヴァー一人にのみ向
けられてきたものではなかったのだ。

 たとえ相手がティバーンでも、理不尽な扱いを受ければ腹を立てる。深窓
育ちゆえの固意地と笑われても、自分は自分を、あるがままの等身大の
存在として、周囲に認識されたかった。

 自分がオリヴァーに憤激したのは、かつて彼が自分の自我を踏み躙るよ
うな扱いを自分に強いたためであり、同様の食指を幼い妹にまで伸ばそう
とした醜欲を許せなかったためだ。この憤りは生涯成りを潜めることはない
だろうと、そう思ってきた。
 だが……



 今、全ての告解を終えて、その肉付きのいい体を縮めるようなしながら自
分の言葉を待っているオリヴァーの姿を眺めていると―――自分をあれほど
に憤らせた衝動の源は何だったのかと、リュシオンは、再び自分自身に問
いかけたい気持ちになった。

 物のように、金でやり取りされた。あろうことか、その仲介となったのが自
分の知己だった。―――その事実に、自分は己の理性の目を、あまりに眩
ませすぎてはいなかっただろうか。


 オリヴァーは、それなりの数のベオクと交わってきた自分の目から見ても、
けして無条件に好感を抱く外見ではないと思う。その卑小さも、己の蒐集
欲ばかりを追い求めるかのようなニンゲンとしての業も、いかなる好意にも
値しないとも思う。

 だが、それでも……オリヴァーという一人のベオクを形成する要素がそう
いった負の側面ばかりではない事を、今の自分は、知っていた。




 『……そのような世界を、あの愛おしい者たちに残せぬわ! 』

 かつて、同じように白鷺の「所有権」を争ったというガドゥス公ルカンに向け
て、これまで聞いたこともないような語勢でオリヴァーが叩きつけた、あの一
喝……読心の能力に劣る戦場においても疑う必要を覚えない程に、耳にし
たあの言葉に、偽りは感じなかった。

 出会いの当初はどうあれ、今、この男は自分を希少価値の美術品としてで
はなく、リュシオンという一体のラグズとして認識している。そして、鷺の民の
絶対数の希少さゆえに、その種の存続を危ぶまれた自分が腫れものに触れ
るような扱いを受けるのは、何も、この男の与するベオク社会に限った事では
なかった。

 過去の遺恨は、この先もそう簡単に拭い去ることはできないだろう。だが、
それを絶対不可侵の禁忌としてではなく、過去に起きた一つの不快な事例
として捉えるのであれば……
 けして好意とは呼べなくとも……このオリヴァーという男に向けられた自分
の感情は、あるいはこの先、如何様にも変化する可能性があるのかもしれ
なかった。


 ならば、ひとまずは過去の遺恨を脇に置いて、まっさらな状態でこの男と
向き合うとしたら、自分はこの男にどんな心証を抱くのだろうか……

 と、その時―――




 「……っ」

 自問の堂々めぐりに陥りかけていた時間は、思うよりも長いものだったらし
い。
 気がついた時には、及び腰な様子のオリヴァーにおずおずと顔を覗きこま
れていた。



 「……なんだ?」
 「その……白の王子…気分がすぐれないのではないかの?戦場のような
  特殊な空間に長時間身を晒し続ける事がそなたの体にいいはずもないの
  だから……その、くれぐれもいとうておくれ」

 どうやら、長考に陥っていた自分の沈黙を、オリヴァーは全く別の理由によ
るものと懸念したらしい。
 余計な気遣いだと言いかけて……しかし、一端別の視点からこの男を捉え
てみると、反ってこれまで以上に自身の琴線を刺激する事に気付いた別の
一点について、リュシオンはその言及を優先することにした。



 「…その呼び方はやめろ。ニンゲンから王子と呼ばれる謂われはない」

 必要以上に不機嫌そうな応えとなってしまったが、敢えて言いなおすことは
せず相手の受け取るがままに任せる。
 果たして、オリヴァーはこちらの機嫌を損ねたかと僅かに首を竦ませながら、
しかしそれでも口を噤むことなく、リュシオンに語りかけた。


 「しかしのう……他に呼び方も……ラフィエルにも鑑賞物扱いするなと言わ
  れたばかりで、まさか今までのように呼ぶわけにもいくまいし……」
 「名前で呼べばいいだろう。私の名はとうに知っているはずだ」
 「いや、しかしその……私が呼んでも、良いのかの……」


 名で呼べばいいと答えながらも、長兄の名をオリヴァーが気安く口にした事
に、気持ちがささくれ立った自分をリュシオンは自覚する。だが、それは自分
がこの男に抱いてきた、これまでの怨嗟めいた負の感情とは別種の感傷で
ある事も頭のどこかで理解できたから、リュシオンは、そんな自身のささくれ
を敢えてやり過ごした。

 一方、オリヴァーの方はと言えば、やはりリュシオンの不機嫌さは伝わって
くるのか、許可を得たものの、自分からそれ以上歩み寄る事に抵抗を覚えて
いるようだった。

 「私は、そなたの口から名を聞いたわけではない故……その、そなたの気に
  障るのではないかの……」

 組み合わせた両の手を揉むようにして、そわそわとこちらの機嫌を窺うよう
な表情を見せるオリヴァーの煮え切らなさは、正直なところ短気なリュシオン
を更に苛立たせた。
 だが、ここで一方的に歩み寄りを打ち切れば、この中途半端な相関に更に
鬱積を募らせるだけだ。



 「……同胞だというのなら、好きにすればいい」

 それは、リュシオンの最大限の譲歩が言わせた言葉だった。この男を同胞
呼ばわりするなど、やはりとんでもなく抵抗があるというのが、リュシオンの
偽らざる気持ちだ。
 だが、仮にもアスタルテの正の使徒達との攻防を、共に乗り越えていかな
ければならない、ユンヌ軍に与する者同士である以上は……


 ―――と、その時。物思いに引きずられ、先刻の戦闘に束の間思いを馳せ
たことで、リュシオンは、現在のオリヴァーの疲労状態に、ようやっと思い至っ
た。

 元はそれなりに豪奢な作りなのであろう、聖者の位を表わすローブの裾は
ほつれ、ところどころに焼け焦げが残る以外にも、衣全体が煤けている。あ
れだけの魔法戦を繰り広げたのだから当然かとさして気も止めていなかった
が……改めてその姿を眺めやれば、纏う衣から受ける印象だけではなく、オ
リヴァーは随分と疲弊しているようだった。

 戦闘の高揚感がまだ残っているためか、それとも、自分を前に気を張ってい
るためなのか―――オリヴァーは自身の足で危なげなく立っている。だが、そ
の発する気に意識を向けてみると、彼が辛うじて「立っている」だけの状態で
ある事を察することは容易かった。

 「……なんだ貴様、もはや戦闘に耐えられないほどの困憊状態なのか」

 ここが戦場である以上、戦支度の常識として、当然オリヴァーも必要とされ
る特効薬、万能薬の類を携帯しているはずだ。いつ敵と遭遇するか解らない
場所でいつまでも困憊状態でいる事は危険極まりなく、その程度の心得に
欠けるはずもないのだから、状況が落ち着き次第、彼が自らの体力回復を
図る心づもりであっただろう事は、リュシオンが想像を働かせるまでもなかっ
た。

 だが、それでもこうして今もってオリヴァーが困憊状態にあるという事は、彼
が自身の回復よりも、リュシオンへの告解を優先させたということだ。
 促されてのこととはいえ、進んで己の長い回顧を物語ったのはオリヴァー自
身であり、それが彼の意志である以上、リュシオンが気にかける必要はない
のかもしれなかったが……相手の体調にも思い至らず、極限の疲弊に耐えな
がら長く立ち話をさせてしまった事を考えると、さすがに気が咎める。これ以上、
見て見ぬ振りもできなかった。


 「私が同行していながら、備え不足で同胞を脱落させたなどとは言わせられ
  ないからな……仕方ない」

 些か恩着せがましい物言いになってしまったのは、己の居た堪れなさを相
手に気取らせたくないという虚栄が滲み出てしまったからだろう。そんな自分の
大人げなさにますます居た堪れない心地になりながら、それでも表向きだけは
尊大に、リュシオンは鷺の民に伝わる呪歌を寿いだ。



 『永遠の安息を彼に与え、 絶えざる光でお照らしください』
 「……っ」

 それは、対象者の体力を回復させ、戦闘により被ったあらゆる身体の異常
を健常に戻すことを目的とする呪歌、「快癒」の一節だった。
 特殊な旋律から紡がれた言霊が光となり、対象の体を淡く包む込む。そし
て、対象を癒しその役目を果たし終えた燐光は、始まった時と同じく唐突に、
空へと四散した。


 魔道の詠唱に古代語を用いる魔道士や聖職者たちは、程度の差こそあれ、
呪文の源である古代語に精通している。その言葉の意味するところを理解す
るのと時を同じくして、俄かに全身に覇気が漲ってくるのを感じ取ったであろう
オリヴァーの双眸が、驚きの為か大きく見開かれた。


 アスタルテとの最終決戦に備え、全軍を三隊に振り分けられた後に辿った
旅路の中で、同道することとなった長兄と、オリヴァーがどのように交流してき
たかは知る由もなかったが……この様子では、彼が自らの身に呪歌の恩恵
を受けたのは、これが初めての経験だったのだろう。
 仕方がないと思いはしても、それこそここまでの長居をした後だ。障害とな
るものを取り除いたからには、一刻も早くユンヌ軍の同胞達と合流し、戦線に
復帰しなければならない。


 衝撃を通り過ぎてどこか茫然とした態で立ち尽くしてしまった男の姿に幾分
煩わしさを覚えながら、促すようにその名を呼ぶ。
 まるでできの悪い静止画のように動きを止めてしまったオリヴァーが、弾か
れるように我に返ったのは、リュシオンが己の忍耐の限界を覚えた、都合三
度目の呼びかけと同時だった。

 やっと正気づいたかと、思わず嘆息したのもつかの間―――思いもよらない
勢いで両手を取られ、今度はリュシオンが、驚愕にその双眸を見開いた。

 「…っ…おい…」
 「…という…なんという……っ」
 「おい!」

 制止の叫びをものともせずに、肉厚なオリヴァーの掌がリュシオンの両手を
押し包む。そのまま力を込めて握りしめられ、心身双方から起因する意味合い
から、リュシオンは束の間気が遠くなった。



 そんなリュシオンの葛藤を知る由もなく、オリヴァーは握りしめた両の手を恭し
く自らの額に押し戴いた。ややして……恍惚とリュシオンを見上げるその両の
眼から、堰を切って溢れ出してくるものがあった。

 「……ありがたい…なんという、ありがたい……」
 「………っおい……」

 滂沱の涙を流すオリヴァーの姿に仰天し、リュシオンが及び腰に声をかける。
だが、それが反って刺激となってしまったのか、それまで押し頂いていたリュシ
オンの手を自身の胸元に抱き込むようにして、オリヴァーはついに、外聞もなく
嗚咽した。

 滂沱の涙を流し、ただひたすらに感謝の祈りを繰り返しながら自分の手にしが
みつき続ける男の興奮状態は、非力なリュシオンには如何ともし難い。
 この先も行軍を共にしなければならない「同胞」を、鎮静のためとはいえ呪歌で
眠らせてしまうわけにもいかず、正直なところ相当に鬱陶しいこの男の処置に、
ほとほとリュシオンは途方に暮れた。


 だが、それでも―――

 仮に同胞に向けるには禁忌である呪歌を用いたとしても……そうして眠らせた
この男を放り出し、一人同胞達の元に戻る事を、例え仮定の上の想像でも、自分
は選びはしなかっただろう。
 一時的にであれ、戦場での一人歩きを敬遠する保身の思いもそこにはなかった
とは言えなかったが……それでも、かつて蛇蝎のように憎み抜いた存在に対し、
そんな風に配慮の余地が残る自分の心の動きが、リュシオンには不思議だった。






                                  TO BE CONTINUED...



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