正の女神アスタルテとの決戦を目前に控え、ベオクとラグスの混合軍を決起した負の女神ユンヌ。その人知を超越し
た采配によって、これまで幾通りかの行程毎に戦力を分散させながら行軍を続けてきた神の軍団は、その昼ようやく、
最終目的地である「導きの塔」を眼前に望む合流地点へと、合流を果たすこととなった。
神に剣を向けるという、本当の試練はこれから始まるとはいえ、使命達成のための大きな山を乗り越えた兵達の士
気は、束の間の休息を満喫しながらも鰻登りの一途をたどった。そこかしこから上がる喧騒の物音にも、連戦による彼
らの疲弊は感じられない。
休息時間とはいっても、武具防具の整備点検、兵糧と非常食料の分配など、与えられたわずかな時間でやるべきこ
とは数多くあった。そしてそれ以上に、戦闘を控えて心身を十分に休ませておくことも兵士達に課せられた使命の一つ
だったが、刻一刻と高まる興奮が、彼らを眠りの誘いから遠ざけてしまう。
なにしろ、これまで三隊に分かれての行軍を余儀なくされてきたのだ。アイク隊、ミカヤ隊の合流で、現在軍勢はこ
れまでの二倍に膨れ上がっている。特殊なルートを選んでの行軍となったため、多少足並みのそろわなかったティバ
ーン隊も夕刻にはこの合流地点に到着予定であり、久々の全軍集合に、とくに若い兵士達は浮足立たずにはいられ
なかったのだ。
軍紀で縛り付けるよりは、それでより彼らが活性化するならという理由で、兵達には常よりも早めの夕食時間までの
間、原則として自由行動を許可する旨が、各将軍名義で通達された。非常時を想定して深酒は厳禁とされたが、決戦
に臨む彼らを鼓舞する意味も込めて、夕食時には酒も振舞われる旨も追って通知される。
最後の決戦に挑むべく念入りに用意された野営地は、昼日中から不謹慎なまでに沸き立った。
その日何度目かの嘆息が、天幕内の空気に四散する。
ユンヌ軍の一隊を預かる将の一人であり、その類希な戦闘能力から神将の呼び名で周囲に恐れ敬われた青年は、
決戦前の高揚感に沸き立つ陣内には不釣り合いな仏頂面で、立ち寄った天幕の一角で繰り広げられていた光景を
げんなりと眺めやった。
「……アイク。将の士気が低いと、周囲の兵達にも伝染します。その顔を止められないのなら、ご自分の天幕に戻ら
れた方がいいですよ」
さすがに業を煮やしたのか、それまで側近くで軍備の再確認に余念のなかった参謀格の青年が、たまりかねたよう
に声をかける。常日頃自分に甘いと自他共に認める参謀にまで一言で切り捨てられ、ユンヌ軍の神将アイクは不承不
承に居住まいを正した。
「わかっちゃいるんだがな……どうにも、あの光景を見てしまうと上げた傍から士気が下がるんだ」
どうにかならないのかあれは―――そう吐き出して、ついでげんなりと彼が嘆息する光景も、これが二度目や三度目
ではない。
あれ、と言って彼が向けた視線の先では、つい数か月前までは生存すら確認されておらず、それどころか公式記録
上は二十年以上も昔に他界したとされてきた白鷺の王子が、同胞の一人と雑笑していた。
ラフィエルが人中に馴染むこと、それ事態はいい。伝承にさえ唄われるほどに、彼ら鷺の民は存在そのものが清涼
剤のようなものだ。戦場で荒んだ精神を潤す為に、癒しを求める者が鷺との接触を望むことは、今更珍しい光景では
ない。
問題は、ある時期を境に、ほぼ四六時中と言っていいほどラフィエルに付きまとうようになった、いわくつきの同胞の
方だった。
「おお、おお、ラフィエルや、体に大事はないか?そなたはただでさえ体が丈夫ではないのだから、戦場に出た後は
十分に英気を養わねばならんぞ」
「ああ、はい……ご心配ありがとうございますオリヴァー殿。ですが、そこまでお気遣いいただかなくとも私は大丈夫
ですから……」
「いやいや、過信は禁物じゃ。そもそもそなたのように麗しく儚い生き物が、戦場に出ること自体が神に対する冒涜
のようなもの。くれぐれもくれぐれも、体を厭うのだぞラフィエルや」
「……冒涜もなにも、その女神に選ばれてラフィエルはここにいるんだがな」
先だっての行軍で、軍事上の意義があったとはいえタナス領を通過してしまったことを、アイクがしみじみと悔やむの
はこんな時だ。
タナス公オリヴァー……三年前の戦いで刃を交えた、この自称美の守護者と不本意な再会を果たしてからというも
の、その熱烈で一方的な求愛を一身に受けることとなったラフィエルの周囲は、何かにつけて姦しい。
「味方」として戦わせてみると、曲がりなりにも聖職者であるオリヴァーは、意外な程にまっとうな戦力を兼ね備えて
いた。自ら公言している通り、鷺の守護を自身の使命としている彼は、同胞となったラフィエルを実によく守ったし、ま
た強力な魔術使いを敵とする局面の増えてきたこの終盤において、彼の有する強力な魔法抵抗力はそれだけで進軍
の鍵にもなり得た。
ならば、何が問題なのか。
理詰めで言及できる理由など、アイクには思いつかなかった。
根は悪い人間ではないと思う。同胞として接してみれば、それなりに情深いところのあるオリヴァーの人柄は、意外
にも憎めないものがある。
それでも……とにかく、鬱陶しいのだ。芝居がかったようでありながら、その実自らの本心を包み隠さず語っているに
すぎない、その大仰すぎる言い回しも。一度スイッチが入ったが最後、人の制止など一顧だにせず妄想のままに猛進
する、あまりにも強すぎる思い込みも。
この突飛な性格が、隊内の人間関係に及ぼす影響に気を揉まずにすんでいただけでも、敵でいてくれた方が楽だっ
たと、今でもげんなりと思う。
「それにしても……お前は、このことについては何も言わないんだな。気が合っているようにも見えないが」
「当たり前でしょう」
向けられた言葉をにべもなく肯定すると、セネリオはその心情を物語るかのように、手にした帳簿を手近な机の上に
バサリと投げ出した。
「それでも、タナス公が意外な戦力になっていることは事実ですからね。進軍に役立つのなら、それで構いません」
こともなげに言い切りながら、それよりも、とセネリオは傍らの神将を仰ぎ見る。
「それよりも、あの男の加入に問題がある相手は、別にいるでしょう?」
「……そうだな」
また頭痛の種が増えたと、アイクもその日何度めかの嘆息を盛大にこぼした。
「ティバーン達も、直に合流するからな。リュシオンの目には触れないようにしておいた方が無難だろう」
「ですが、同じ軍にいる以上、はち合わせるのも時間の問題ですよ」
セネリオの言い分は、至極もっともだった。
アイクにとっては三年来の知己であり、当時、ただ一人命を取り留めたセリノスの後継だと信じられていたリュシオ
ンにとって、タナス公オリヴァーは、その身を金で売買し私物化しようとした卑劣漢だ。出会いの当初に意志と矜持を
持つ存在として扱われなかったのだから、相関がこじれるのも無理らしからぬことだろう。
その二人が、今になって顔を合わせるとなると……
これまでは部隊を分けての行軍であったから、その気になれば生活空間そのものまで隔離して、互いの存在に気
付かせることなく、同じ旗頭の許に「同居」させることもできた。だが、ここから先は本当の最終決戦だ。集った精鋭の、
持てる力の全てを叩きつけなければ太刀打ちさえ叶わないであろう敵を前にして、「身内」の諍いを回避するための
布陣など布けるはずもない。
どの道時間の問題ならば、せめて多少の時間の自由が利く今のうちに意図的に引き合わせ、あの二人の相関に
何らかの答えを出させてやるべきなのかもしれない。竹を割ったような気性をしたリュシオンのことだ。当初の遺恨さ
え洗い流し、オリヴァーが現在ユンヌ軍にとって重宝される戦力であることを知れば、後はその漢気で、最終的には
彼との「同居」を受け入れることだろう。
だが……
「……いや。やはり今は止めておこう」
リュシオンにとっては屈辱の記憶でしかないであろう、二人の邂逅のあの日―――その現場を知らないアイクは後
から聞き及んだことだが、彼は己の片手を犠牲にして、自分を虜囚としたタナス公に、文字通り捨て身の意趣返しを
したのだという。
その種の特性から、力に訴える暴力沙汰などけして許されない鷺の民。タナス公の顔面に報復の拳を放ったリュ
シオンの手は骨から砕け、しばらくの間使い物にならなかったのだと聞いている。
それでも、そんな己の武勇談を語るリュシオンは誇らしげだった。戦う術を持たない鷺にも、他の種族に引けを足ら
ないだけの確固たる矜持があるのだと言って、笑っていた。
そんな風に、何から何まで鷺らしくはない彼の漢気を、自分は非常に好ましく思っていて……
「これから大一番が待っているんだ。こんなところで、またリュシオンの手を砕かせるわけにもいかないしな」
だが……自ら戦う術を持たない生き物でありながら、その心意気までも「守られるだけの存在」に甘んじたくないと
自らを追い詰めるリュシオンの気丈さは、見る者の目に好感と痛ましさとを、同時に感じされるものであったから。
できることならば、避けようのある諍いの種までも彼の元に持ち込んで、彼が自らを無理やりに奮い立たせるさま
を見たくないと思う気持ちも、アイクの中にはあったのだ。
「タナス公には今まで通り、魔法部隊への対処に特化してもらう。前線のサポートを任せるリュシオンと持ち場が
重なることはないはずだ。布陣の際に、お前も少し気に留めておいてもらえるか?」
「アイクがそう望まれるなら、そのように配置を考えましょう。正直、甘いとは思いますが」
それはアイクの将としての判断能力について指した言葉だったのか、リュシオンに対する、彼の個人的感情を挟
んだ物言いを面白くないと感じての揶揄だったのか、機微に疎い一面のあるアイクには分らなかった。それでも、
作戦立案に関してセネリオが私情を挟むことはないと承知してもいたので、一言頼むと返すにとどめる。
早速布陣の敲き台を作るといって、辞去の挨拶を残すと、セネリオは軍師用に与えられた天幕へと戻って行った。
その後ろ姿を見るともなしに見送りながら、アイクも踏ん切りをつけるように天幕の入口へと踵を返す。
と、その刹那―――
「将軍、お寛ぎのところ失礼いたします」
それまでアイクの姿を探し回っていたのだろう。矍鑠とした物言いと共に、慌ただしく天幕に入ってきたのは、伝
令兵の一人だった。
急を要する用件であるだろうことは、駆けつけてきたその表情を見れば想像がつく。あまり嬉しい内容ではなさそ
うだと内心嘆息しながら表面上は泰然と報告を待つアイクの予想は、畏まった兵の続く言葉によって立証されるこ
ととなった。
「ティバーン隊合流の先触れとして、セリノスのリュシオン王子が到着なさいました。将軍にお目通りを願い出て
おられます。……こちらにご案内しても、よろしいでしょうか?」
言葉尻が幾分及び腰になったのは、報告を聞いたアイクの顔が、彼の予想以上に険しかったためだろう。何か失
言でもあったかと落ち着かない素振りを見せた伝令兵に向かい、何でもないのだと軽く手を振ってみせると、アイク
はその日何度目かの嘆息をこぼした。
「……いや、俺が行こう。すぐに向うから、とりあえずリュシオンを休ませてやってくれ」
自分でそう決めたことだから、事態が何らかの形で収まるまでは、最後まで付き合うしかない。それは今更人に
指摘されるまでもなく分かってはいたが……この先予想しうる面倒事を回避すべくいかに立ち回るか、それを考え
ると、元来策謀事には向かない頭が思い出したように痛んだ。
TO
BE CONTINUED...
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