「修行をつけてください」
そう言って、悟飯が神殿にやってきたのは、もう日も落ちかけた時分だった。
地上を俯瞰する天の神殿に、神と融合したピッコロが寝起きするようになって
から7年。いつでも出入り自由と、当初交わした口約束はその後も反故にされる
ことなく、彼に唯一師事した過去を持つかつての少年は、周囲が目を見張るほど
に逞しく成長を遂げた今でも、七年前と変わることなく、折に触れてはこの場所
を訪れていた。
しかし、悟飯が神殿を訪れるのは、あくまでも表敬のためだ。時節の挨拶や他
愛のない報告事を目的とした彼の訪問は、せいぜいが茶飲み話程度の長閑なもの
で、神殿の空気を殺伐とさせるような類のものではない。
そんな風にして、穏やかな時間の中、少年から青年へと変化していく弟子の成
長を見守ってきたピッコロにとって、悟飯の申し出は、ひどく唐突なものに感じ
られた。
ここ数年、戦いに巻き込まれることもなく、日常の中に身を置いてきた悟飯は
これといった鍛錬をすることもなく、一般的な地球人と大差ない生活を送ってい
た。
一般に「トレーニング」と呼ばれる程度の鍛錬では、極限の戦いを経験した肉
体を維持することすらできないだろう。そうやって「普通」の生活を続けていく
につれ、一度はその臨界を超えたと周囲が驚嘆した悟飯の身体能力は、確実に衰
えていった。
今でも、日常に埋没するには突出し、通い始めたハイスクールでも「普通」を
装うのに苦労をしているという話は聞いていたが……そんな悩みを抱えていてな
お、かつての悟飯を知る盟友達の目に、その「平和ボケ」は顕著に映った。
有事の最中であれば、その内に抱く規格外の潜在能力を無為に鈍らせるような
真似を、ピッコロは決して許さなかっただろう。寝食すら共にして、戦いという
ものを一から悟飯に教え込んだのはピッコロ自身だ。そうしてようやくの思いで
手に入れさせた「剣」を、備え不足で錆びつかせた挙句に身を守れなかったなど
という事態は、師と呼ばれた存在として断じて迎えさせる訳にはいかなかった。
だが、今世界は平穏の中にある。そして、幼少時より学者稼業を夢見て勉強を
続けてきた悟飯にとって、今、その「剣」は必要なものではなかった。
そうやって、自他共に納得づくの上で、今の自分自身を選んだはずであった悟
飯が、今になって、自分に修行をつけてくれという。
地上では、数年ぶりに格闘技好きのための祭典、天下一武道会が開催されるこ
とになったと聞いている。悟飯が、その武道会に参加を表明したことも。
だが……
「……今からか?」
問いかけの言葉には、単純に時間帯の是非を問うだけでなく、言外の牽制も込
められていた。
まずは、言葉の通り、すでに黄昏時を迎えようというこの時間帯に、敢えて鍛
錬しようとする悟飯の申し出に対しての苦言。
意図的に、身体的制約を自らに課しての鍛錬であれば話は別だが、そもそも、
極端に視力に負荷がかかる薄闇の中は、鍛錬の環境として不適切だった。特に組
手など、体術の鍛錬が目的であれば、動体視力にも制約がかかる中での強行に、
さして有益な効果が見込めるとは思えなかった。
それは、まだ少年だった悟飯が修行を始めたばかりの頃から、ピッコロが一貫
してきたことでもあった。より短期間で修行の効率を上げるため、日が落ちてか
らの鍛錬は決してさせなかったし、集中力や視力の低下を招かぬよう、夜は無理
にでも一定時間の睡眠をとらせた。
そんな風にして自分と幼少時を過ごしてきた悟飯が、今になって、こんな非効
率な鍛錬を積みたがる理由がわからない。
そして、もう一つ。
長く戦いの場を離れていた悟飯に、自分を相手どった実戦形式の鍛錬は、荷が
勝ちすぎた。
どれほど高い潜在能力を有し、一度は自分を凌駕する戦士に成長を遂げたとは
いえ……その後のブランクが、あまりにも長すぎる。
武道会への参加を決めたからには、自分自身でも多少の準備は始めたのだろう
が、それでも、まだまだ本来の勘を取り戻せていないであろう悟飯に、ここでの
鍛錬が有意義な実戦経験となるかは疑問が残るところだった。
もちろん、悟飯の現在の能力値を見定めながら、それに見合った鍛錬をつけて
やることはできる。武道会という目標の日に照準を合わせて、理想的な仕上がり
具合に持っていけるよう調整してやることも。もっと切実で失敗の許されない育
成を、他でもないこの弟子相手に経験してきたのだ。
地上の命運を背負わされるでもなく、勝ち抜きを目標とする、ただの大会だ。
この程度の調整など、然程手間のかかるものではない。
だが、おそらくは……このような時分にやってきた悟飯の目的は、言葉面その
ままの意味合いではないのではないかと、ピッコロは思った。
TO BE CONTINUED...
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