confession 7





 翌日から、武道会に向けた調整という名目で、本格的に悟飯の鍛錬が始
まった。

 本来の目的が目的なだけに、修練の内容も、戦闘の基本の型や勘を取り
戻すための、実戦形式の手合わせが中心となる。そんな基礎訓練でも、ピッ
コロの予測通り、悟飯は目に見えて、本来の実力を取り戻していった。

 そうして日中に適度な鍛錬を課しながら、肝心な悟飯の屈託については
双方共にあえて触れることなく、神殿での生活は続いた。


 神殿の住人である地上の神、デンデやその世話人であるミスター・ポポ
を除けば、他に訪れる者もいない、互いの顔のみを眺める日々。
 そんな生活を始めて一日が過ぎ、二日が過ぎていく。下界とは一線を画
したこの特殊空間での暮らしは、既に周囲の人間と密接な関わり合いを持
ちながら生きている青年には、拭い様のない違和感を与えているはずだっ
た。
 だが、そのことを知りながら、彼にこの暮らしを提案したピッコロは、
表立った行動を起こすことなく、ただ時が過ぎるに任せていた。

 日々の鍛錬に際して、適度な助言はする。この神殿に青年を招いたホス
ト役として、その生活に不自由がないようにと物理的な気遣いはする。そ
れでも、本来の目的であるはずの悟飯の精神面へのケアについて、彼は一
切の働きかけをしなかった。

 鍛錬の合間に。食卓を共にする際に。就寝前の挨拶を交わす際に。そん
なふとした折に、物言いたげな悟飯の視線が向けられていることを、ピッ
コロは知っていた。それでも、いつでも受け入れる用意があることを態度
の端々に見せながらも、ピッコロが自分から核心に触れることはない。

 悟飯が自ら行動を起こし、自身の口でその胸襟を物語る時を―――ピッコ
ロは、ただ待っていた。


 元来、自分がこういった機微に不向きな存在であることは、自覚してい
る。そんな自分が無理やりに正面から挑んだところで、この青年が本当に
望む形にまで、彼の抱える屈託を昇華してやることはできないだろう。そ
れがよく解っていたから、この不自然な生活に青年が音を上げる瞬間を、
ピッコロは、待っていたのだ。

 果たして、神殿での生活が始まって三日が過ぎる頃には、悟飯の内包す
る気の流れに、不自然な起伏が認められるようになった。
 悟飯の成長を契機として、その自意識を尊重し、この数年は敢えて脳内
で遮断していた、青年へとの気の繋がりを手繰り寄せながら、慎重に時を
待つ。
 「その時」を見誤らないように内心身構えるピッコロと、自分に何も水
向けしない師父へのもどかしさを抱えた悟飯の会話が、少しずつ、しかし
確実に減っていく。
 そうして、青年の奇妙な居候生活が始まって五日目の夜―――ついに、
「その時」は訪れた。 




 「……っ」

 その夜―――神殿の片隅で瞑想しながら、意識の根底で悟飯との精神感応
を続けていたピッコロは、前触れもなく膨れ上がった青年の気の動きに、
弾かれた様に居住まいを正した。

 「……悟飯…」

 滞在中、極力規則正しい生活を守らせている悟飯は、この時間帯は就寝
している。つい先刻まで、その気の流れも穏やかであり、取り立てて異変
は感じられなかった。
 夢にでもうなされて目を覚ましたか、そもそも元々眠っていなかったと
ころに、不毛な物思いにでも陥って居たたまれなくなったのか……とにか
く、ここに来て初めて感じた悟飯の気の乱れに、今が「その時」だとピッ
コロは悟る。

 宛がった客室へと向かう間にも、感知できる気の乱れは次第に大きく膨
れ上がっていく。自分の前で、それでも少しでも取り繕いたがるかもしれ
ない青年の自尊心を守るために、ピッコロは、たどり着いた扉をすぐに開
け放つことはせず、扉の外から、室内で眠っていたはずの弟子の名を呼ん
だ。

 一度目の呼びかけにも、数呼吸ほどの間をおいてなされた再度の呼びか
けにも、青年からの応えはない。それでも、拒絶されなかったことが答え
だと判断し、ピッコロは室内へと足を踏み入れた。



 「悟飯…っ」

 目的の人物は、室内の片隅に据えられた、寝台の上に見つかった。ただ
し、ピッコロがあらかじめ危惧していた通り、穏やかな睡眠から目を覚ま
したばかり、といった様子ではない。

 寝台に身を起こし、回した両腕で自分の体を掻き抱いている悟飯の顔面
は、月明かりにもそれと分かるほどに色を失くしていた。自分を取り繕う
余裕もないのか、どこか焦点のぶれた双眸をピッコロに向けただけで、応
とも否とも、返事を返さない。
 

 「……どうした」

 傍らに膝をつき、寝台から飛び起きたと思しき体勢のまま身を縮こまら
せている青年と、目線の高さを同じくする。そうして水を向けても、ずっ
とそれを待っていたであろう悟飯は、言葉を返さなかった。

 「悟飯……何があった」

 辛抱強く言葉を重ねるピッコロに、ややして、悟飯はようやくはっきり
とその視線を合わせた。だが、震える唇は意味もない開閉を繰り返すばか
りで、そこから意味を成す言葉は吐き出されない。
 それでもなんとかして、喉奥から言葉を押し出そうとしたのだろう。 
悟飯は平時であれば滑稽に映るほどに同じ所作を何度も繰り返し、その試
みが成功するのを、急かせることなくピッコロは待ち続けた。

 だが……

 「…っ悟飯!」

 極度の緊張が、臓腑を直撃したのだろうか。次の刹那、悟飯は持ち上げ
た手で自らの口元を覆い、えづくような物音がその喉奥を軋ませた。

 「吐くか?我慢しなくてもいい」

 とっさに伸ばした手で、総身を強張らせたその背を支えながら、このま
ま楽になってしまって構わないと言外に促してやる。それでも、きつく
その容色を歪ませたまま、青年はかぶりを振った。
 ピッコロの手に支えられ、そうしてしばらく荒い呼吸を繰り返している
うちに、悟飯は嘔吐の発作をやり過ごせたようだった。収まった身の内か
らの衝動と引き換えとするかのように、閉ざされた瞼を押し上げて溢れだ
したものがその頬桁を伝い落ちていく。

 僅かに緊張を解き、及び腰に体重を預けてきた青年の体を支えてやりな
がら……ここが潮時だと、ピッコロは思った。


 「……悟飯。なにがあった?」
 「…っ」
 「ゆっくりでいい。言葉をまとめようと思わなくていい。お前の思いつ
  くままでいいから、話してみろ」

 差し出した腕の中に、背を預けるようにしてもたれかかる悟飯の顔を、
敢えてピッコロは覗き込まなかった。もう片方の腕も支え手にしながら、
背後から青年の体を抱え込むようにして、剥き出しの耳朶に、わずかに顔
を寄せる。
 そして―――


 「……話してくれ、悟飯」

 他に誰憚る者もいない、二人だけの室内に垂れ込める夜気を……一人ご
ちるかのような低い希求の声が、かすかに揺らがせて消えていった。



                                 TO BE CONTINUED...

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