confession 6





 ピッコロから示された提案の意図がすんなりと呑み込めなかったのか、い
まだ平静さを取り戻し切れていない顔で、悟飯は向かい合うピッコロを仰い
だ。

 何事かを訴えようとしたのか、その口角が物言いたげに幾度か震えを帯び
る。しかし結局はそこから明確な言葉が吐き出されることはなく、悟飯はピッ
コロの真意を汲み取ろうとするかのように、眼前の長身を凝視した。

 だが、あからさまな悟飯の困惑を目にしても、ピッコロは自身の提案に、
逡巡を見せなかった。


 「口実を作るのは簡単だ。俺が今夜、しばらく実戦を離れていたお前の体
  調も顧みず無理な鍛錬をさせたために、お前が動けなくなったとでも言
  えばいい。そして、調整のためにお前をしばらく神殿で預かるとな。理
  由がもっともらしすぎて、誰も疑いもしないだろう」

 そもそも、俺はお前の意思を無視してお前を親元から掻っ攫った、押しか
けの師匠だからな―――言って、かつての自身を揶揄するように、ピッコロが
薄く笑う。だが、その意図するような水向けに、悟飯はのらなかった。

 「……でも、それじゃピッコロさんが……」

 自分の為に、周囲の余計な不興を買うことはないと、及び腰に相手の提言
を退ける。そんな青年の懸念を、しかし仕掛け人は節を曲げることなく、ど
こ吹く風と受け流す。
 
 「お前の母親に文句を言われるのは、とうに慣れている。今更、気にする
  ほどの事じゃない」


 それよりも、と。先刻の興奮状態から少しは落ち着きを取り戻したらしい
悟飯の様子を見定め、ピッコロは語調を改めた。

 「今大切なのは、お前が自分自身と向き合える場所と時間を、作ることだ。
  お前には、そういう時間が必要だろう。……一端地上の事は忘れて、し
  ばらくここで暮らしてみろ」
 「ピッコロさん?」
 「ハイスクールは休学中だといったな?まだ武道会までには間がある。そ
  の間、ここで調整を続けながら、ゆっくり自分自身と向き合ってみれば
  いい。焦ることはない」
 「ピッコロさん、でも……」

 躊躇いがちに口を挟みながら、それでも向けられた誘いを完全に固辞しき
れずにいるのは、悟飯自身、父親の帰還を目前にして身動きの取れなくなっ
てしまっている自分を、自覚できているからなのだろう。 
 幾度か反駁の形に開きかけ、結局閉ざされた口が言いよどむ様にもごもご
と動く。ややして、ピッコロの耳に辛うじて届くほどの抑えた声音で、青年
はすみませんと呟いた。

 そんな悟飯の様子をことさらに大仰に扱うこともなく、ピッコロは、軽く
伏せられてしまった癖のある頭髪を、伸ばした手でぞんざいにかき乱した。
思えば、修行修行で寝食さえ共にしていた少年時代はともかく、成長した悟
飯相手にこんな風に気安く接触する機会も久しくなかったと、何とはなしに
感慨深い気持ちになる。

 そんな感傷めいた思いを取るに足らぬことだと切り捨てて、ピッコロは、
この問答に区切りをつけるべく、そのマントの裾を翻した。

 「そうと決まれば、今日は早めに休んでおけ。久しぶりにまともに体を動
  かしたのなら、お前が考えるより体は疲れているだろう」

 部屋は、お前がよく泊まりに来ていた頃使っていた部屋でいいな?そう言っ
て、返事も待たずその場を後にしようとしたピッコロが、この後どこへ向か
おうとしたのか、これまでの会話の流れで察したのだろう。
 慌てた様に立ち上がり、その後を追いかけようとした悟飯を、しかし、目
線だけでこちらを振り向いたピッコロの言葉が押し留めた。

 「部屋の場所は解るだろう?さっさと移動して、さっさと休め」
 「ピッコロさん、でも僕のことなんですから……」
 「まずは十分に体を休めないと、気持ちの整理などできんぞ」

 自分も同行するからと言い募る青年の陳情を鼻息ひとつで吹き飛ばし、要
らぬ気遣いだと切り捨てる。
 そうして、まだ中途半端に腰を上げたままの青年に向かい、ピッコロは、
最後通告のように言い渡した。 

 「本当の自分の気持ちも解らないうちは……お前の抱えている重荷は、い
  つまで経っても捨てられないぞ」






 その夜―――状況報告と、悟飯の外泊許可の申請ため、確約通り孫家を訪れた
ピッコロは、予想に違うことなく、応対したチチの抗議と小言を受けた。

 相変わらず乱暴だ、手加減を知らないのか等々……かつてこの家に居候しな
がら続けられた修行の日々から、変わり映えもない口撃を甘んじて受けながら、
この家を切り盛りする女主人の怒りの嵐が通り過ぎるのを待つ。
 それでも、あれこれ文句を並べながらも最後には―――むしろピッコロが予想
していたよりははるかに短時間で―――チチは、悟飯が神殿で調整を続けること
を了承した。

 不承不承といった態を見せながら、それでも帰り際には「それにしても、修
行でのびちまう程悟飯ちゃんはなまっちまっただか」と言っていた事を鑑みる
に、孫親子で大会上位を独占させようと考えているらしい己の野心に、彼女な
りに危ういものを感じたのかもしれない。「久しぶりの修業なんだから、無茶
させたら承知しねえぞ」と釘を刺されただけで、割合すんなりと、ピッコロは
孫家を辞去することができた。


 すっかり日の落ちた宵闇の中、神殿への帰路を辿りながら、ピッコロは取り
とめもなく、明日からの生活に思いを馳せた。
 武道会への参加を決めた当初はどうあれ、他の懸念ごとで頭がいっぱいになっ
ている今の悟飯に、大会での成績にさほど執着があるとは思えなかった。そも
そも、成り行き上撤回できないだけで、参加する意欲そのものが消沈している
ようにも見える。

 ただの大会である以上、それならそれで構わないだろうと思ったが、それで
は、調整を建前に預かった悟飯の外泊に、チチは納得しないだろう。
 もちろん現時点では、悟飯の抱える屈託を取り除いてやること以外に優先さ
れる命題はない。対外への尻拭いなど、後で如何様にでもできる、取るに足ら
ない雑事だった。

 だが、少年の頃からの付き合いである弟子が、「まず考えてから行動する」
ことを習い性としてきた為に、有事の際、深慮に陥りやすい厄介な気性をして
いることも、ピッコロはよく知っていた。
 大会を控えた調整は、チチと、当の悟飯本人を納得させるために用いた口実
ではあったが……今の悟飯には、むしろちょうどいい契機となるかもしれない。

 自分自身と向き合わせるとはいっても、ただ闇雲に思考を巡らせても、堂々
巡りに嵌まり込むだけで何の打開にもならない恐れも多分にある。特に悟飯の
ように、内へ内へと籠りがちな性格であればなおのことだ。
 適度に鍛錬させることで発散の場を作ってやることは、有効な手立てである
かもしれなかった。そうして出口の見えない物思いで一杯になっている頭を軽
くしてやれば、捨てた雑念の分だけ、自分と冷静に向き合う余裕も生まれてく
るだろう。 

 そうと決まれば、自分も建前に終わることなく、悟飯の調整に真剣に向き合っ
てやらなければならない。
 弟子の「平和ボケ」を言外に揶揄した身で大っぴらに認めるのも憚られると
ころだが、地球の神として研鑽をつむデンデの補佐役となったピッコロ自身、
ここ数年実戦を前提とした鍛錬など積んではいない。ただ、弟子よりは幾分は
「修行好き」であったがために、結果として、今の悟飯よりはましな仕上がり
具合を保てているだけだ。
 元来が、ほんの子供の時分に、自分を凌ぐ潜在能力を認めた相手だ。調整を
続けて勘を取り戻せば、この力量差はまたすぐに覆されるだろう。

 有事でもなければ、既に一人前に成長した悟飯の前で、常に自分が前に立ち
続けなくてはならない理由も、すでにない。
 久方ぶりの鍛錬に際し、少しはましな師匠振りを保ちたいと思うのは、ピッ
コロの単純な拘りだった。それこそ有事の際は、すでに背を預け合うに足る存
在にまで成長した悟飯に対し、自分が後れを取る訳にはいかないと、自らを鼓
舞する必要さえ今はない。

 悟飯は今でも、自分がただ一人認めた、かけがえのない弟子だ。屈託するも
のがあるなら何を置いてもそれを払ってやりたいと思うし、今の悟飯が置かれ
ている窮地を打開するためにも、自分も全霊で、彼にとっての揺らぐことのな
い拠り所となってやりたいと思う。

 だが、そういった思いとは端を分かったところで―――
 世界の命運を担わされるでもなく、あの青年と、単純で気楽な力比べに興じ
られるということを、素直に面白がっている自分がいる。
 そのことを、ピッコロは、自分に認めない訳にはいかなかった。


 ややもすれば、自分本位な物思いに陥りかねない自らに喝を入れるかのよう
に、他に見る者もいないことを承知の上で、敢えて取り繕った渋面を貼り付け
てみる。そんな自分を滑稽だと胸の内で呆れながら、ピッコロは、神殿に残し
てきた弟子のもとへと、気を取り直すようにして帰路を急いだ。



                                  TO BE CONTINUED...

 お気に召しましたらこちらを一押ししてやってください。創作の励みになります
 

 ドラゴンボールの小部屋へ