confession 5





 「……悟飯……」

 不規則な呼吸音が、断続的に耳朶を打つのを聞きながら……ピッコロは、
虚を突かれた思いで、眼前の青年を見つめていた。



 数年ぶりに目の当たりにした、悟飯の激情。それは、彼の言葉面だけを捉
えるなら、あまりにも爆発の契機が不自然であるように思われた。

 孫悟空が、一日だけという時間制限つきで地上に戻ってくるという話は、
つい先日ピッコロも耳にしていた。他の誰でもない、今目の前で顔も上げら
れない程の動揺を露わにしているこの青年の口から、そう聞いたのだ。
 その時、悟飯は単純に、一日でも父親と再会できる事を素直に喜んでいた
と記憶している。

 あれから、まだ日にちにして十日程度しか経っていない。悟飯のこの取り
乱しようは、どう考えても不自然だった。

 何か原因があるとすれば、その出所は、再び悟飯がここに顔を出すまでの
十日間に限定されるはずだ。
   
 悟天が、チチに師事して修行していたこと。孫家という、彼らの住まう一
つの構成社会に対するチチの意識が、いつの間にか変化していたこと。それ
を、悟飯が気付けなかったこと。

 与えられた情報を整理するなら、悟飯の動揺の要因となるのはこの辺りの
事だろう。
 確かに、故人に対する気持ちの整理をつけた遺族に対し、またすぐ涅槃に
戻ることを決められている故人との再会は、残酷であるかもしれない。
 もうその者をいないものとして、ようやく新たな形へと再構築された彼ら
の世界。そこに、つかの間の邂逅の為にと隙間を作り、それを再び埋め戻す
のは確かにつらい作業だろう。
 だが……

 十日前、この話を耳にした時―――悟飯も、そして話を聞く限りではチチも、
悟空とのつかの間の再会について、そういった機微のすべてに納得し覚悟を
固めた上で、その日を待ち望んでいるように、ピッコロには感じられた。
 もちろん、その日が近づくにつれ、期待と反比例するように膨れ上がる別
れの辛さを連想し、自分ではどうしようもない衝動に揺らいでしまうという
ことも、人間の感情として十分に理解できることではあったが……

 ただ、今の悟飯の動揺は、そういった要因によるものではないように、ピッ
コロには思われた。

 悟空がこの世界に帰ってくること、それが一因であることは確かだろう。
 だが、本当にそれだけが理由であるのなら、自分が幼少の頃から見知って
きた悟飯は、こんな風に、顔も上げられない程の錯乱状態に陥ったりはしな
かったはずだ。

 だとすれば……それは外部からの影響によるものではなく、悟飯自身を核
として作られた素因なのではないか。
 思い至った刹那―――ああやはり、という思いと、それならばこのままでは
埒が明くまいという諦観めいた思いが、同時にピッコロの脳裏を掠めた。


 「……悟飯」

 卓子越しに向かい合って腰を下していた席を立ち、自身の醜態を隠そうと
でもするかのように頑なに顔を伏せたままの、青年の傍らへと移動する。そ
うして、余計な刺激を避けるように抑えた所作でその肩に手をかけると、ピッ
コロは、慎重に続く言葉を選んだ。


 「お前がそこまで苦しんでいるのは……孫を、再びこの世界から見送らな
  ければならないことか?」
 「……っ」
 「それとも……孫に、会うことか?」


 青年の反応は、仕掛け人の狙い以上に顕著に表れた。

 肩に置かれた掌を通して、瞬時にその総身が強張ったのが解る。
 名を呼んでも、悟飯は顔を上げなかった。ますます頑なに俯いてしまった
青年を促すように、肩に乗せた手に力を込める。そうして辛抱強く、再度名
前を呼ぶと……逡巡の程を物語る、焦れるような時間をかけながら、ようや
く悟飯はギクシャクとその上体を起こした。
 衝動の余韻を色濃く残した、血の気の失せた容色と正面から向き直り……
ああ、鬱屈の原因はここかと、ピッコロは得心した。


 「そうか」

 自分自身でも、その明確な意図を見出せないままに、諾とも否ともつかな
い不明瞭な相槌が喉を突く。それを引金として、ややもすれば遣り切れない
思いが嘆息となって喉奥から押し出されそうになるのを、きつく奥歯を噛み
しめてピッコロは堪えた。

 「……そうか」

 二度目の相槌は、自分と青年の、果たしてどちらに向けられたものだった
のか。その線引きすら曖昧な自らを鼓舞するように、ピッコロは行動に出た。

 この青年が抱える負の衝動と向き合う余地を、自分自身に残すため、接触
を解いて一歩の距離を悟飯と保つ。つられる様に体ごと向き直った弟子の総
身を見下ろしながら、彼は、静かにその名を呼んだ。
 

 「……悟飯。今夜はここに泊っていけ」
 「……ピッコロさん?」
 「別に、ここではなくてもいいんだが……とにかく、今のお前は一度、周
  囲の人間から距離を置いた方がいい」

 
 そういえば、昔、父親を亡くしたばかりの悟飯を無理やりにここに引きずっ
てきた時も、同じような事を言った気がする。当時の少年とのやり取りを脳
裏に反芻し、ピッコロは何とも言えず不甲斐ない思いを自らに覚えた。

 自身の軽挙が要因の一つとなり、肉親を失った悟飯の心の均衡を、当時の
自分は思いつく限りの手立てで支えてきたつもりだ。そしてその心に負った
傷跡は拭い取れなくとも、悟飯はその先の現実を生き抜く気概を取り戻せた
と思っていた。
 だが、それは孫悟空という存在が、二度と自分の前には表れないのだとい
う事実に対し、ある種の諦観として自ら受け入れさせるための覚悟であった
かもしれない。

 孫悟空本人が、自身の蘇生を望まなかったこともあり、あの当時、自分を
含めた関係者の誰もが、今回のような「特例」を想定していなかった。
 ……そうだ。今回のような想定外の再会が、障害となるほどのしこりを悟
飯が胸の内に抱えていたということを―――自分は、思い至らなかったのだ。

 これは、一朝一夕で打開できるような、単純な障壁ではないだろう。そし
て、この青年がこの先の半生を気後れせずに歩いて行けるように、今度こそ、
根底から余さず瓦解させなければならない壁だ。
 

 いまだ激情の名残を残す容色のまま、困惑の態で自分を見上げる青年を、
意図して作り上げた無表情で見つめ返す。
 そうして相手に内心を気取らせないまま―――眼前に積み上げられた新た
な命題と向き合う覚悟を、ピッコロは、人知れず自身に課した。



                               TO BE CONTINUED...

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