1週間4






  「……デンデ。それ、どういうこと?」

 かき集めた気概で、懸命に喉奥から振り絞ったはずの問いかけは、
口にした瞬間、悟飯が自分の耳を疑うほどに、その語勢を欠いてい
た。
 自分が思う以上に、動揺が表情に表れていたのかもしれない。旧友
は、束の間気遣わしそうな目をして悟飯を見遣った。

 ナメック星人の龍族として大きな転換期を迎えたデンデに、己の不
調以上の負担を背負わせるようなことがあってはならないのだと、理
性では解っていた。今の旧友に、余計な心労まで味わわせるわけに
はいかない。
 それでも、この問いかけだけは、飲みこむことはできなかった。


 「ピッコロさんが、いつかここを出ていくって……どういうこと?」

 対して―――デンデの方には、この話題を口にした時点で、それな
りの心積もりができていたのだろう。彼は、平時よりも血色の悪い容色
を見せながらも、意外としっかりした語調で、そのままの意味です、と
言葉を続けた。 

 「もう、随分と前から……ピッコロさんは、僕にこの星の神として少し
  でも早く独り立ちできるようにって、そう言われていたんです。先代
  の神様から引き継がれた知識は、全て僕に渡し終えた。あとは、僕
  が成体して、心身ともに自立できるようになったら、この神殿を僕に
  空け渡してここを出ていくって……」

 もともと、ここはピッコロさんの安住できる場所では、なかったんです
―――続けられた神の言葉に、飲み下し切れなかったのだろう物寂し
さが滲む。

 「ピッコロさんは、ほんの子供だった僕がこの地球の神として独り立ち
  ちできるまで、ここで僕を教育して下さるための、中継ぎの、神様で
  す。……すくなくても、あの方は、御自分の事を、そう思っています。
  もし、僕という後釜を養育するという建前がなければ、十年以上も、
  この神殿に留まって下さるような方では、なかったでしょう」
 「デンデ……」
 「この一、二年で、僕も以前に比べて、それなりに背も伸びました。体
  が少しずつ出来上がって、直に成体になるんだろうと、自分でもそう
  予感していました。……そんな僕を見て、ピッコロさんは、そろそろ自
  分は御役御免だろうって、ここ数カ月、そんな話を、されていたんで
  す。だから―――これで僕の体調が落ち着いて、もう問題ないだろ
  うとピッコロさんが判断されたら……あの方は、ここを出ていくと思い
  ます」

 口にしたデンデ自身、心底から納得している訳ではないのだろう。彼
は遣り切れなさそうな嘆息と共に、その独白を打ち切った。
 清浄な空気に守られた神の私室に、重苦しい沈黙が帳を下す。その
空気に威圧されそうになりながら、悟飯は、それでも懸命に言葉の接ぎ
穂を探そうとした。

 今こうしている間にも、胸の奥で蟠っている衝動を、どんな言葉で吐き
出せば自分が楽になれるのか……悟飯自身にも、おぼろげに解ってい
た。
 何故なのかと、そう一言言葉にすれば、きっと、この衝動はぶつけ所
を見つけられるのだろう。だが……

 だが、その先の言葉を―――自分は、何と続けるつもりなのか。

 何故ピッコロがこの神殿を出ようと考えているのか……その理由は、
既にデンデが語ってくれた。師父にとっての安住の場所がこの神殿で
はないというなら、仮住まいの理由であった、旧友の自立を見届けた
なら、彼が新たな居場所を見出そうとする事に、周囲に対して、なんの
断りがいるというのだろう。そうして自由を求める師父の行動を、束縛
する権利など誰にもないのだ。
 だが、それでも……自分には何も知らされていなかったという衝動も
相俟って、喉元にまで、こみあげてくる思いがある。そんな衝動を、気
を抜けば身勝手な詰問の言葉となってデンデに叩きつけてしまいそう
で、悟飯はきつく奥歯を食いしめた。

 何故、彼を止めてくれなかったのかと……自由であることを求めた師
父をこの神殿に縛り付けることなど不条理だと自分でも解っている事を
棚上げして、そんな風に、身勝手に親友を詰るのは卑怯だった。
 それに―――悟飯が衝動を覚えているのは、なにも、ピッコロがこの
神殿を出ていくこと、それだけではない。

 デンデの話を聞いて、改めて身に沁みて分かったことがある。自分は
そもそも、ピッコロの選択を止め立てする立場にすらないのだ。
 この神殿で、長年ピッコロと寝食を共にしながら次期神としての養育
を受け、まさに家族同然の関係を築いてきたデンデにすら、師父の選
択に否やを唱える事は出来なかった。それは、どれ程近しい関係に見
えても、彼らがやはり、互いに独立し、一つの所帯で生計を共にする関
係にはないからだ。

 それは至極自然な事のように思えるのと同時に、言いようのない焦燥
を、悟飯の胸に抱かせた。
 自分にとっても、ピッコロは唯一の師であり、得難い先駆者だ。ほんの
幼い時分から、なし崩し的に始まった彼との師弟関係は、自分にとって
甘いばかりのものでは決してなかったが……それだけに、自分に生き
る術、戦う術を骨の髄まで叩き込んでくれた師父の存在は、血のつながっ
た家族にも劣らず近しく、得難いものだった。

 いつしか自分も、出会いの当初よりは心身ともに成長し、世界は少し
ずつ、平穏を取り戻していった。そんな時の流れとともに、彼の望む戦
士の姿へと強引に矯正されていくようだった彼との関係も、次第に形を
変えていったけれど……そうして、折に触れては、互いに自立していく
自分達の相関に思い至っても、ここまで、師父との距離を感じたことは
なかった。

 この神殿を出た後、ピッコロが、この世界のどこに定住することになっ
ても、それで自分達との交流が絶たれるわけではない。彼の気性から
して、自ら諸手を上げて招き寄せてくれることはないだろうが、訪ねた
自分達を無碍に追い返すような人ではないだろう。
 そう考えれば、訪ねる場所がこれまでとは変わるだけで、師父との関
係に、なんら変化が生じる訳ではないのかもしれない。少なくとも、師父
はそんなふうに思っているからこそ、デンデと交わしたという件のやり
取りを、これまで一切自分の耳に入れなかったのだろう。     

 ただそれだけの事なのだと、自分もまた、そう考えればいいのだろう。
だが、それでも一旦胸の内に広がってしまった焦燥を、悟飯は容易に
打ち消すことができなかった。


 そんな悟飯の胸の内を、デンデも、おぼろげに察しているのだろう。
彼は、そう簡単には割り切れないですよね、と言葉を繋げた。


 「僕も……この星の神として自覚がなさすぎるとピッコロさんから叱ら
  れてしまいそうですが、できるなら、あの方にここを離れてほしくあ
  りません。この神殿で、あの方の存在は、あまりにも大きすぎまし
  たから」
 「デンデ……」
 「ピッコロさんのお気持ちのままにしてもらうしかないんだと、頭では
  解っていても……その時がきたら、僕はちゃんとピッコロさんを見
  送れるだろうかって、そんな思いがずっと頭から離れませんでした。
  僕の責任において、ピッコロさんの足枷になってはいけないんだと
  自分に言い聞かせたりもしましたけど……でも、いざ成体を迎えよ
  うという時になったら、自分が考えていた以上に、体がきつくて……
  ピッコロさんが、大事を取った方がいいと言われて、ナメック星ま
  で出向いて下さいました。自分がしっかりしないといけないという時
  に、結局ピッコロさんに頼ってしまって、申し訳ない気持ちで一杯で
  したけど……その時、思ったんです」

 言って、デンデはそれまで横になっていた寝台から、大儀そうに上体
を持ち上げた。
 手を貸そうとする悟飯に大丈夫だと首を振り、寝台の背もたれに体重
を預ける。そうして、彼は自由になった支え手を自らの喉元に押し当て
た。

 「僕がこのまま、すんなり成体して……ナメック星まで巻き込むような
  騒ぎにならなければ、僕は敢えて、自分の産卵の事を考えなかった
  だろうと思うんです。この星でナメック星人を産むという事は、きっと
  想像以上に困難が伴う事だと思いますし、そもそも、ナメック星人の
  龍族である前に、僕は、この星の神です。神の後継として養育する
  訳でもないのに、寿命も価値観も違う異星人を、安易な考えで、この
  星に産み落とす訳にはいきませんから」
 
 だけど……と、続けられた旧友の言葉には、聞き逃しようのない後ろ
めたさを思わせる響きがあった。

 「ピッコロさんが、ナメック星人に出向いて下さって……結果的に、僕
  の成体は、あの星の長老様のお耳にはいる事になりました。それな
  ら、龍族である僕の成体を知った長老様から、僕の産卵についても、
  自然とお話が出るでしょう。……もし、それを、長老様がお許し下さ
  るなら……」
 「デンデ」
 「もし、それで僕が、卵を産むことになれば……いずれ生まれてくるナ
  メック星人の子供は、それが龍族でも戦闘タイプでも、長い時間、周
  りの大人達の庇護が必要になります」 

 きっと、この星の子供以上に―――言葉を続けたデンデの面差しには、
後ろ暗さと、それを凌駕する愛おしさがない交ぜになった容色が浮かん
だ。

 「……ナメック星では、生まれてきた子供は、村の大人達が協力して大
  切に育てるんです。もともと、僕達はそれぞれの村の長老様から生み
  出された子供で、この星の人達のように家庭という概念がないので、
  なおさらそうした風潮が根付いたのかもしれませんが……そうして何
  年も何年も、愛情込めて育てられて成体した者達が、同じように、新
  たに生まれた命を育てていく……そうやって、僕も、この星にくるまで
  育ててもらいました」
 「……うん」
 「もし、この星で産卵すれば……僕一人では、そんな風に、生まれてき
  た子供を育ててあげられません。どうしても、僕一人の価値観に偏っ
  た育て方をしてしまう。沢山の大人達の中で、のびのびと育て上げる
  事はできないでしょう。だから尚の事、安易に卵を産むべきではない
  と、そう考えていました」

 だけど、もしも―――嘆息し、気を取り直すかのように続けられた言葉
は……寝台の脇で付き添う悟飯の耳にもようやっと届くほどに、微かな
ものだった。

 「もしも……ピッコロさんが、この神殿に残ってくれるなら……」
 「デンデ?」
 「ピッコロさんなら、生まれてきた子供を導いてくれる、そんな先達と
  なって下さるでしょう。もちろん、母星の慣習を一切無視して、地球
  育ちのナメック星人として、僕一人の手でもなんとか育て上げる事
  はできます。それでも、養育にあの方の手を借りられるのなら、生
  まれてきた子供は、きっと、僕一人の手で育てるよりも、感性の豊
  かなナメック星人に成長してくれる……」

 それは、悟飯にとって、思いもよらない仮説だった。
 確かに、もしもデンデが卵を産むなら、同族であるピッコロの存在が
なによりの支えとなるだろう。ナメック星人の育成というものがどういう
ものなのか悟飯には想像が及ばなかったが、自身の弟分でもあるデ
ンデの産み落とした次代を、あの師父が無碍にするとも思えない。
 そして結果として、育児に追われるであろうデンデを補佐するため、
ピッコロは、一旦は離れる事を考えたこの神殿に、足しげく通ってくる
ことになるだろう。元来、庇護を必要とする存在を見放せない人だ。
 かつての自分のように、そして地上を蹂躙した魔人の目を避ける為
にこの神殿に保護したという弟達のように……表向きは不承不承の
態を取りながらも、彼は、その懐に入れた存在を突き放しはしないだ
ろう。表向きの言動に表れる解りやすさはなくても、師父は、そういう
情に篤い人だった。

 場合によっては、生まれてきたナメック星人の子供から少しは手が
離れるようになるまで、彼は、この神殿に残留してくれるかもしれない。
効率を考えてその方が利点が多いと判断すれば、機動性を重視した
彼はあっさりと、この神殿からの「独立」を棚上げして残留を選ぶだろ
う。

 それこそが、デンデの言わんとしている事なのだと、得心する。ナメッ
ク星の龍族として、次世代を担う同胞を産み育てたいという種族的欲
求がある事も確かなのだろうが……それ以上に、旧友は今、ここを去
ろうとしている師父に思い止まってもらうための「手段」として、一つの
仮説を口にしていた。


 デンデの語調に、どこか歯切れの悪さを感じるのは、彼の口にした仮
説が、師父にこの神殿に居残ってほしいと考える自分達にとってばかり
都合のいい方便であるという負い目があるからなのだろう。そんな親友
の思いが解るだけに、悟飯もまた、手放しで彼の仮説を後押しすること
はできなかった。だが、自由である事を望む師父の立場を慮って、デン
デの言葉を窘める事も、できなかった。
 師父に、このままこの神殿に残ってほしいという思いを捨てられない以
上、彼に敢えて負荷を背負わせようとする親友の仮説を否定できない自
分もまた、親友と共犯のようなものだ。

 それきり口を噤んでしまったデンデの肩を、具合に障らないよう力加減
に注意しながら、伸ばした掌で二、三度叩く。そうして、悟飯はそれまで
無理を押して会話と続けていたであろう親友に、そろそろ眠ったほうがい
いと声をかけた。

 やはり相当に疲弊していたのか、悟飯の言葉に素直に従ったデンデが、
再び寝台に潜り込む。彼は、御心配かけてすみませんと詫び入りながら、
引き上げた掛け布の下でもごもごと言葉を続けた。
 地球系人類の中でも平均的と言われるであろう聴力しか持たない悟飯
の耳に、旧友の言葉は遠かったが……彼が何を言わんとしていたのか、
その様子からおぼろげに理解する事ができた。

 『今の話は、忘れて下さい』

 おそらくは、そんな事を自分に念押ししておきたかったのだろう。自分自
身、はっきりと聞き取れた訳でもない言葉に何と答えたものか悟飯は束の
間迷ったが、心持ちこちらに背を向けた体勢となったデンデの体を、掛け
布の上から二、三度叩くことで、その懇請に対する応えとした。 

 程なくして、寝台に臥せた旧友から、微かな寝息が漏れ始めた。起きて
いる間はかなり大儀そうだったものの、その安定した呼吸を確認して、
ひとまず悟飯は安堵する。
 一応は水分も補給できたようだし、容態が変わらない内はこのまま寝か
せておいて問題ないだろう。あとはナメック星に出向いたピッコロがここに
戻ってくるまで、変調をきたさないか注意しながら側についていてやれば
いい。
 ナメック星には父が同行しているはずだから、用向きさえ済めば、師父
もすぐに戻ってくるはずだ。デンデの一件を報告し、場合によっては許可
をもらうためにどれだけの時間がかかるのかわからないが、弱っている
旧友の為にも、早く帰ってきてくれればいいと思う。

 そして同時に―――そんな師父と、今は顔を合わせたくないとも思う。

 彼に認められた唯一の弟子として、幼い時分から、家族同然の付き合
いを続けてきた。その師父が新天地での暮らしを想定し、その為の段取
りを進めていたことを、自分はまだ、どう受け止めていいのかわからない。

 これまで、あれほど近しく感じていたはずの師父を……いざ事が起こっ
た時、自分が彼を止め立てる立場にすらいない程に、自分から隔たった
存在として、否応なしに認識させられた。
 その事実が、悟飯の胸襟に、拭いきれないしこりとなって蟠っていた。




                                TO BE CONTINUED..



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