1週間3







  「―――悟飯。ちょっといいか」

 翌朝―――
 寝不足気味の頭を覚ますため、朝の冷気の中、神殿の外庭をそぞろ
歩いていた悟飯は、既に起きだしていたピッコロに呼び止められた。

 「お前は、今日はどこかへ出かけるのか?」
 「いえ、特には。悟天の受験が終わるまでは家に寄っても落ち着かない
  でしょうし、一日ここで。……あ、なにか神殿の用事があれば、僕でよ
  ければお手伝いしますよ?」
 「いや、特に急ぎの用事はないんだが……それならちょっと、お前に頼
  みたいことがあってな」

 平時であれば、悟飯の寝不足顔に説教めいた一言でもありそうなもの
だが、ピッコロはピッコロで、別事に気を取られていたのだろう。彼は、ど
こか慌ただしそうな様子で言葉を続けた。

 「これから、少し神殿を空ける。そんなにかからず戻れると思うが……
  すまんがそれまでの間、デンデの様子を気にかけてやってくれるか」
 「はい、それは大丈夫ですけど……デンデが、どうかしたんですか?」 
 「そう酷い訳ではなさそうなんだが、どうも昨夜から体調が悪いらしくて
  な。俺達では確かな診立てもできんし、今の内にナメック星に行って
  相談しておいた方が、万一に備えられるだろうと思ってな」

 あいつはこの星の神だからな、と続けられた言葉に、平静さを装いな
がらも隠しきれなかったのだろう気遣わしげな響きが滲む。そんな師父
の様子から、昨夜からまだ一度も顔を合わせていなかった旧友が、風
邪をひいた程度の不調では済まない状況にあるのだろう事が悟飯にも
伝わってきた。

 「とりあえず、下界で孫と合流してナメック星に向かう。ちょっと微妙な
  時期なんでな、できれば、時々デンデのところに顔を出してやってく
  れ」
 「解りました。……でも、ナメック星って…デンデ、そんなに調子が悪
  いんですか?」
 「今の段階では何とも言えないが……場合によっては、ナメック星の
  医療知識が必要になるかもしれないんでな」

 いつになく言葉尻をぼかすようなその語調を鑑みれば、ピッコロ自身、
「場合によっては」という事態が起こるはっきりした確証はないのだろう。
それでも、続けられた師父の言葉は、悟飯にある種の衝撃を与えた。

 「まだ憶測に過ぎないが……デンデは、ナメックの龍族として成体を
  迎えたかもしれない」
 「ピッコロさん、成体って……」
 「つまり―――産卵できる準備が、整ったという事だ」





 「―――すみません、悟飯さんにまで心配をおかけしてしまって……」

 ピッコロが下界へと出向いたのを見送ってから数分後―――ミスター・
ポポの許可を得て立ち入った神の私室では、既に二十年近い旧交を
重ねてきた親友が、恐縮顔で悟飯を出迎えた。
 
 ピッコロの言葉通り、伏せったきり起き上がれないというほど深刻な
状態ではなさそうだが、見舞ったデンデの様子は、やはり平時よりも
気怠そうに見える。無理をしないでと促せば、彼は悟飯の言葉に従い、
一旦は上体を起こした寝台へと素直に横になった。

 「今、ピッコロさんがお父さんと一緒にナメック星に行ってるから。きっ
  となにか、楽になる薬とかもらってきてくれるよ。僕じゃ大して役に
  立たないだろうけど、何かしてほしい事とかあったら、遠慮なく僕を
  使って」
 「すみません。病気という訳ではないので、とにかくこの状態をやり過
  ごすしかないんですよ。……でも、悟飯さんがいて下さったら、僕も
  心強いです」

 余計な心配をかけまいとしたのだろう。デンデは、平時よりも血色の
悪さを伺わせる面持ちで、それでも静かに笑って見せた。そんな旧友
の傍らに付き添いながら、悟飯も相手の容体を伺う。
 口を聞くのも辛そうな状態なら、このまま静かに寝かせておいた方が
いいかとも考えたものの、デンデの様子を伺うに、こうして話していた
方が少しは気が紛れるらしい。無理はしないようにと言葉を重ねなが
ら、悟飯は、それまで抱えていた懸念事を遠慮がちに口にした。

 「……ねえ、デンデ。さっき、ピッコロさんから聞いたんだけど……デ
  ンデがその、龍族として成体になったかもしれないって……」

 先刻まで神に付き添っていた神殿を管轄する精霊も、今は、見舞客
の悟飯に気を遣ってか、席を外している。他に憚るものもいない空間
だと承知しながらも、悟飯の問いかけは尻すぼみに小さくなった。 
 出会った当初は、お互いにほんの幼子だった。それぞれの生態の違
いもあり、自分の方が随分と早く肉体の発育を遂げてしまったように感
じていたが、あれから、もう二十年近くが経つ。デンデもこの一、二年で
随分と身丈も伸び、大人びても来ていた。自分が既に成人を果たした
ように、旧友もまた成体へと変容する時期を迎えていても、何らおかし
い事ではないように、悟飯には感じられた。

 とはいえ、デンデに訪れたらしい変化というのは、一定年齢に達する
ことで世間的に「一人前」と認められてきた古来からの慣習というよりも、
身体機能が成熟したことを表す、地球系人類で言うところの二次性徴
的な意味合いが強い。ナメック星人には雌雄の別はないとのことだっ
たが、卵生で生まれてくる彼らにとって、その産卵が可能になったこと
を成体したと呼び習わしてきたのなら、それはつまりは、地球人にとっ
ての女性の二次性徴と似通ったものであるように、悟飯には思えた。
 戦闘タイプを雄、龍族タイプを雌として区分する因習がナメック星人に
はない以上、そのことで旧友に対し、地球人の感覚で気まずさを覚え
るのは反って礼を欠いた行為であるかもしれない。それでも、長付き
合いの親友が、非常に繊細な問題を抱えた時期なのだという事は悟
飯にも察せられたから、どうしても、問いかけの言葉も遠慮がちになっ
た。

 対して、寝台に横になったデンデは、明らかに平時よりは不調を感じ
させる表情を見せながらも、存外にしっかりとした語調で応じた。

 「……ええ。ピッコロさんは魔族の因子を受け継いでいますし、なに
  よりベースが戦闘タイプとして生まれていますから、他にこの地球
  で前例はありませんでしたけど……おそらく、僕が産卵できる体に
  なったことは、間違いないと思います」
 
 といっても、それですぐに卵を産むという訳ではないんですが……言っ
て、デンデは幾分大儀そうに、小さく息をついた。

 「産もうと思えば産めるようになったというだけで、それと実際に産卵
  するかどうかは、別の話です。とにかく、今はまだ体がそのための
  準備に入っているような段階なので、ここをやり過ごして普通に動
  ける様にならない事には、産むも産まないもないんですけどね……
  ただ、地球には先達の龍族もいませんから、ちゃんとした対処法を
  知っておいた方がいいとピッコロさんが言われて、それで、ナメック
  星に出かけて下さったんです」
 「そうなんだ……ねえデンデ。実際に卵を産むかどうかは別の話って、
  どういうこと?」

 長く話すことで疲れさせはしないかと、水差しから水を注いで寝台の
親友に手渡してやる。やはり喉の渇きを覚えていたのか、素直に受け
取った器を煽るデンデの姿を見遣りながら、悟飯は、自分が出過ぎた
ことを口にしているのではないかと、束の間、自問した。    
 
 地球人とサイヤ人の混血である自分に、生殖機能の根幹から違え
たナメック星人の機微は解らない。感性の違い、身体能力の違いと、
いまだに自分の理解が及ばない彼らの特性は多岐に渡った。
 それは、師父であるピッコロに対しても、同様だった。旧友以上に長
い時間、師弟として関わりを持ちながらも、互いの種族差からどうして
もそれ以上は踏み込めない齟齬のようなものを、感じずにはいられな
い瞬間がある。それが理屈では埋めがたい種族間の隔たりというもの
だろうからと、いつしか諦観めいた思いを抱くようになったものの、や
はり、そんな師父との差異を物寂しく思う事もあった。

 今、寝台で大義そうに横になっているデンデに対するある種の気ま
ずさにも似た感情も、そうした齟齬に近いものがあるかもしれない。
少なくとも、地球人の基準で鑑みれば、異性の性徴に関して言及す
るなど、旧知の中であっても許されない非礼だろう。ナメック星人に雌
雄の別がない事は承知していても、一つの過渡期を迎えた旧友に対
し、この件に関してこれ以上自分が踏み入ってもいいものかどうか、
悟飯には、その引き際を見極める自信がなかった。 

 だが―――悟飯の杞憂に反して、デンデの方には、この話題に関し
て悟飯を退けようという気持ちはなかったらしい。彼は、ゆっくりと嚥下
した水で喉を潤しながら、静かに口を開いた。


 「僕は……ナメック星の、今は亡き最長老様から、その晩年に生み
  出された子供です。龍族自体が、戦闘タイプの子供と比べて生ま
  れる比率が低い事もあったのでしょうけれど、最長老様にも、村の
  長老様達にも、随分可愛がってもらいました。ゆくゆくは長老の名
  前を受け継ぐくらいの心積もりで、持って生まれた能力をしっかり
  磨くようにと……まだ悟飯さん達がナメック星に見えるよりも以前
  に、そんな風に言われたこともあります」
 「……うん」
 「村の長老になるという事は、その村の管轄はもちろんですが、長と
  して、子供を産み残す大役を担うという事です。龍族のナメック星
  人は産卵する機能が備わっていますが、実際に卵を産むことがで
  きるのは、その村を導く長老として、最長老様から認められた者だ
  けなんです。寿命などで長老が代替わりすれば、次の長老に指名
  された龍族が同じように卵を産みますが……余程の、種族存続の
  危機でも起こらない限り、それ以外の龍族が卵を産むことはありま
  せん。……そうやって、ナメック星人は独自のコミュニティを保って
  きたんです」

 言葉による制約ばかりではないんです―――続く旧友の言葉に、な
んとも言えず遣り切れなそうな響きが宿った。

 「ナメック星に暮らす龍族達は、特に意識して自分を律したりしなくて
  も、自ら産卵したりはしません。あの星には、最長老様のお力が隅々
  まで張り巡らされていますから……その力の庇護下にある彼らには、
  属する村の長老として認められない限り、卵を産むことは、できない
  んです」
 「デンデ……」

 それは庇護というよりも、支配に近いのではないか……喉元まで込
み上げてきたそんな言葉を、悟飯は、寸でのところで呑みこんだ。
 これは、デンデ達ナメック星人の倫理の問題だ。外部の目には不条
理な因習に映ろうとも、長年そうやって種の存続を守り続けてきた彼
らの歴史を、頭ごなしに否定する権利など、彼ら以外の誰にもない。

 そんな風にして、後世へと細く繋がっていく独自のコミュニティを守り
続け、外敵から種族を守り抜くための一枚岩であろうとする彼らの生き
様に、得も言われぬ切なさを覚える。だが、この感情を彼らへの憐憫と
すり替えてしまうことはできなかった。それは、この命題に関して部外
者に過ぎないこの身上には、あまりにも不躾な、そして差し出がましい
感傷だ。 

 「それじゃあ……ピッコロさんがナメック星に行ったのも、ナメック星の
  医療知識だけが目的なんじゃなくて……卵を産むってことそのもの
  を、最長老様から認めてもらうために……?」
 「……はい。ナメック星人が母星を離れて産卵するというのは前例も
  ない事ですし、何もかもが初めてづくしですから、ナメック星で色々
  確認しておかなければいけない事もあるんですが……産む産まな
  いはともかくとして、僕が成体したことの報告も含めて、そのあたり
  の事は、最長老様のお耳には入れておかなければいけないと思い
  ます」
 「……じゃあ、デンデは……」

 飲み下した言葉を取り繕うかのように、いつしかすっかり乾いてしまっ
た唇を舌先で湿しながら、呼びかけたきり喉奥に張り付いてしまった問
いかけを口にする。

 「ピッコロさんが、ナメック星で最長老様に会って……それで、卵を産
  んでいいって、そう許可をもらったら……デンデは、卵を産むつもり
  なの?」

 どんな応えが返ってくれば、自分の気持ちは治まりを見せるのか―――
悟飯には、自分でも見当がつかなかった。

 幼子の頃からの付き合いである親友が、種の特性を示す成体を迎え、
これからは母星でも一人前の扱いを受ける事になる。それは、手放しに
慶賀すべきことだ。おめでとう、体には気を付けて、健やかな卵を産ん
でほしい。そう言って彼の成体を言祝げばいいのだ。生まれ育った文
化に隔たりがあろうとも、こうした慶祝の思いは、きっと過たず相手に伝
わる。
 だというのに……何故、自分はそうした言祝ぎの言葉と共に、屈託を
見せる旧友の背中を押してやれないのだろう。

 喉奥で蟠ったまま、飲み下すことのできない憂いがある。その根幹を
成すものをどのような言葉で言い表せばいいのか、悟飯には解らなかっ
たが……自分でも治めどころのない衝動が胸を焼くようで、悟飯はどう
にも、居たたまれなかった。 
    
 そして―――そんな悟飯とは、また意味合いを違えたところで、旧友
には旧友の躊躇ぎがあったのだろう。デンデは、尻すぼみに小さくなっ
ていった悟飯の問いかけを気にかける余裕もない様相で、静かに、
「解りません」と答えた。

 「ナメック星人の龍族にとって、卵を産むという事は、ごく限られた存
  在にしか許されない特別な行為です。この体が、その為の準備期
  間に入ったというなら、それはなにより誇らしい事ですし……最長
  老様のお許しがでるとすれば、それはやっぱり、晴れがましい気持
  ちになると思います」

 だけど―――と、続く言葉が、他に聞く者もいない室内で、なおも辺
りを憚るかのように、ひそめられる。

 「だけど……ここで生まれた命は、この地球の風土によって育まれる
  ことになります。そうやって育った子供は、どうしても、生粋のナメッ
  ク星人とは異なる気質や価値観を持った子供になると思うんです。
  ……いつか、何かがあってその子が母星に引き取られるようなこと
  にでもなれば……ナメック星の、あの特殊なコミュニティの中では、
  どうしても、居心地の悪い思いをする事もあるでしょうし」
 「デンデ……」
 「それでも、もし地球で卵を産めば、孵った子供の存在を、一生涯母
  星に伏せておくことはできません。それは、万が一の時の拠り所を
  その子から取り上げる事です。……いくら地球で生まれた命と言っ
  ても、ナメック星人である以上、母星に存在を認められないまま生き
  ていくのでは、その子があまりにも不憫ですから」

 やはり無理をして話を続けているのか、デンデの額や首筋を、滲み
出た冷や汗が濡らす。そんな親友の体をタオルで拭ってやりながら、
悟飯は無理をしないようにと再三繰り返したが、彼は、一度眠るよう
にと促した悟飯の言葉に頷かなかった。
 曰く―――今でなければ、こんな話はできないのだから、と。

 「……本当は……僕が龍族として成体したらしいって解った時、ピッ
  コロさんは、母星の意向など放っておけって言ったんです。卵を産
  みたければ産めばいいし、その気がないならこの先も今と変わら
  ない暮らしを送ればいい。どちらにしても、お前の気持ち一つで決
  めればいいことだって……」
 「……うん」
 「だけど……こんな言い方は、ピッコロさんに失礼なのかもしれませ
  んけど……そうやって、たったひとり、同族から遠く離れた星に産
  み落とされたピッコロさんが、小さな頃に、この星でどれほど辛い
  思いをされてきたか……人伝ですけど、僕も、聞いて知っています」

 親友の口から語られた、思いもかけなかった言葉に―――これは、
確かに師父の前ではできない話だと、悟飯も得心する。

 デンデや、そして自分がこの世に生まれるよりも昔……若き日の父
の宿敵であったピッコロ大魔王が、その最後の執念で地上に産み落
とした自らの分身が、ピッコロだった。 
 世界征服の野望半ばにして潰えたピッコロ大魔王は、その野心を
阻んだ父に対し、絶命するその瞬間まで強い遺恨を抱いていたとい
う。その呪詛をそのまま受け継いで孵化した師父は、まだ見ぬ父へ
の報復を胸に思い描き、恨みつらみを一身に募らせながら、身を守
る術すら満足に持たない幼い姿で、ただ一人懸命に生き延びたのだ
と、後に知った。

 そうした昔語りを、ピッコロは一切口にしない。だから悟飯もデンデ
も、かつて彼が味わわされたであろう、筆舌に言い表せないであろう
辛酸を、想像で慮る事しかできなかった。そして、それが彼にとって、
決して他者に踏み込まれたくはない機微である事も、解っていた。

 今から二十年以上も昔、ただ一人の支援の手も受けられず、亡父
の宿願を果たすことだけを生きるよすがとして、孤独に耐え抜いた命
がある。その肉体の成長速度を極端に速めてまで、彼は単身地球に
留まり、生き抜いたのだ。
 そのピッコロが、成体を迎えたデンデの進退を、その思うがままにす
ればいいと、語ったという。それはナメック星人の彼らにしか実感でき
ず、また踏み入るべきではない命題であると理性では解っていたが
……ふと、悟飯は遣り切れなさを覚えた。

 口を噤んでしまった悟飯に殊更に報答を求める事もなく、その場を
仕切り直すかのように、デンデが深く息をつく。そうして彼は、「悟飯さ
ん達には申し訳ない言い方になってしまいますが」と言葉を繋げた。

 「先代の神様に代わって、この星を管理する神として、僕を受け入れ
  て下さった皆さんには、本当に感謝しています。まだまだ未熟な僕
  の存在を、この星の人達は、僕の出自も知らないまま、それでも大
  切に思ってくれている……本当に、ありがたい事です。だから、僕
  にとって、この地球という星は、とても優しく温かい場所になりまし
  た。あの時、僕を迎えに来てくれた悟飯さん達の、おかげです」
 「デンデ……」
 「ただ……もし、僕が卵を産めば……その子は、地球の人達が無条
  件に心を寄せてくれる、この星の神ではありません。僕が現役の神
  として働けるうちは、そういう、目に見えない拠り所に支えられるこ
  とのない子供です」

 何の後ろ盾も持たない、一介のナメック星人です―――続けられた
言葉には、今から先走って気をまわし過ぎだと、そう一笑に付してしま
うことのできない重みがあった。
 
 「……今は、それでも心配はいらないと思っています。悟飯さんや悟
  空さんや……ナメック星人である僕やピッコロさんを、あるがままの
  姿で受け入れてくれた、沢山の人がこの星にはいらっしゃいます。
  ―――でも…僕達の寿命は、地球の皆さんよりも、ずっとずっと、
  長いですから」
 「……デンデ?」 
 「いつか……僕達の、ナメック星人の存在を全く知らない人達の中で、
  僕達は、生きていかなくてはならない時が来ます。その時に、この星
  の人達にとって、ナメック星人という種族がどうしても相容れない存
  在になっていたら……一人や、二人なら見逃してもらえるかもしれな
  い。だけどもし、僕が卵を産む事で、それこそ一つの集落がつくれる
  くらい、ナメック星人の数を産み増やしてしまったら……その時は、多
  分、きっと……」

 その先に続けたかったであろう言葉を、デンデは、声にのせなかった。
だが、自分を慮って口を噤んだ親友が何を危惧しているのか、悟飯は
察しない訳にはいかなかった。
 君の杞憂だと、そんな気安い言葉で、デンデの懸念を払ってやる事は
出来ない。それは親友と自分の種族差を考えれば、あまりにも無責任
な言葉だ。

 こうして地上に平穏な日々が訪れても、自分達地球系人物とはなにも
かも風貌を違えた師父が、一度市井に足を踏み入れたが最後、そこに
暮らす人々からどのような扱いを受けているか……自分は何度も、この
目で見てきた。師父は自分から地球人と親交を図って彼の為人を理解し
てもらおうとするような性格ではなかったから、そんな彼を恐れ敬遠する
多くの地球人達と師父との相関は、いつまでも改善されない。
 かつて地球を蹂躙したピッコロ大魔王に対する恐怖の記憶があるとは
いえ、そのくらい、地球人とナメック星人は本来隔たった存在なのだ。

 自分達のように、彼らと個人的な交流を図れる存在が地球に生き残っ
ている内はいい。自分達は言葉を尽くして、彼らと地球人達の間に穿た
れた溝を埋めようと立ち回る事もできる。
 だが……自分達の誰一人、彼らと同じ時間を生き延びる事は出来な
いのだ。

 自分達がそうであったように、一度でも腹を割って向き合えさえすれば、 
自分達がこの世を去った後のどの時代にも、必ず理解者は現れる。新
しく生まれてくるかもしれない、地球生まれのナメック星人達を、この星
はきっと受け入れてくれるはずだから―――そんな風に、親友を鼓舞す
ることは、悟飯にはできなかった。

 生来争い事を好まず、我欲というものに希薄なナメック星人と比べて、
地球人の欲求は、留まるところを知らなかった。本質の異なるナメック
星人達を忌避するだけならばまだしも、自分達にはない彼らの特性に
気付いた地球人達が、もし、そんな彼らの「利用価値」に執着するよう
にでもなってしまったら……

 ひとかけらの善性も備えていない人間など、この地上には存在しない
だろう。だが、それを上回る我欲に呑みこまれてしまう人間がどれほど
多い事か、学者修行の只中にある未熟な自分でも、身に沁みて解って
いた。
 かつて、魔導師ビビディが生み出した一体の魔人。世界を震撼させ、
一度は地球そのものを破壊してしまった恐怖の魔人は、この世に生ま
れ出でた直後は、非常に純真な存在であったという。
 そんな魔人に暴走の限りを尽くさせたのは、彼と何らかの形で関わり
続けてきた地球人達が放ち続けた、あくなき欲だ。

 人間の我欲が、積もり積もってあれ程の魔人を作り上げてしまった。
それこそが、けして目を背ける訳にはいかない、人間の本質の一角な
のであれば……悟飯には、自分達が亡き後のナメック星人達の進退
を、安易な言葉で確言することなどできなかった。


 眼前の親友にも、自分に留守居を任せて母星に向かった師父にも、
申し訳なさで顔向けできない心地がする。やはり苦しそうな親友の額
を濡らす汗を拭ってやりながら、悟飯は、言葉の接ぎ穂を見つけられ
ずに押し黙った。
 そんな悟飯を慮るかのように、デンデが、「一つだけ、この事で助け
られたとすれば」と口を開く。

 「僕の事で、母星にまで出向いて頂いたり、ピッコロさんにも随分ご迷
  惑をかけてしまいましたけど……この騒ぎで、色々な事が棚上げに
  なってくれそうで、それだけは、助かりました」
 「デンデ?」
 「僕が卵を産むにしろ産まないにしろ……僕の体調が落ち着くまでは、
  ピッコロさんもそれを理由に、今までのようにこの神殿を拠点にして
  下さると思います。それなら、少しは猶予ができますから」

 刹那―――悟飯の胸中に、得体のしれない懸念が顔を覗かせた。

 なんだか、言葉に置き換える事の出来ない、焦燥めいた思いが胸の
奥に蟠る。それは明確な名称で言い表すことができないだけに、ひど
く心許ない、不快な衝動だった。
 そして……

 「デンデ、それってどういう……」
 「このままでは……ピッコロさんは早晩、僕の自立を建前に、この神
  殿から離れてしまっていたでしょうから」


 契機を探るかのように、旧友を呼ばわった悟飯の呼びかけは……思
いも寄らなかった旧友の言葉に阻まれて、結局、意味を持った問いか
けへと繋げる事は出来なかった。



 
 
                                  TO BE CONTINUED..



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