一週間1








  「ピッコロさん、遅い時間にすみません」

 その日、それなりの荷物を携えた悟飯が天上の神殿を訪れたのは、
下界ではすでに暮れ時を迎えようかという時分だった。

 ちょうど所用も片付いたところだったのか、ピッコロは、聳える神殿を
支える台座の外周部分にあたる石床の上で、平時と変わらぬ佇まい
で瞑想していた。地上から向かってくる馴染のある気に青年の来訪を
察していたであろう彼は、事前に申し入れを受けていた相手の到着に
さして感慨を受けた様子もなく、短い応えの言葉と共に迎え入れる。
 そんな師父の姿を前に、石床の上に降り立った悟飯は傍らに荷物を
下すと、改めて居住まいを正した。

 「我儘を言ってすみません。今日から一週間、お世話になります」
 「今更畏まった挨拶なんぞ要らん。休みと言っても、強制的に追い立
  てられるのでは大変だな」
 「いえまあ、予告されていたのにギリギリまでグズグズしていたのは
  僕の不手際ってやつですから。……改めて、よろしくお願いします」


 エイジ782―――進学したグラジュエートスクールで順当に学者修
行を重ねた悟飯は、25歳の冬を向かえていた。
 
 在籍するグラジュエートスクールでの履修期間も残すところ三カ月を
切り、卒院後を視野に入れての準備にも余念がない。悟飯自身は在
学中に師事した教授の研究室に残り、その助手を務める傍ら講師とし
てスクールに雇用されることが決まっていたが、それでもこれまでのよ
うに学生の立場で居残る訳ではない以上、諸々の手続きを片付ける
には、それなりの時間も労力も必要だった。
 
 書類一つの受け渡しにしても、相手のいる事だから自分の都合ばか
りでは進められない。ましてや、卒院後はこのスクールの職員となる立
場上、今から少しでも心証をそこならない為にも、それなりの気遣いは
必要だった。
 受け入れる側であるスクールの抱える行事進行によっては、申立人
の都合など二の次で、数日単位の「待った」をかけられる場合もある。
そのくせ、いざスクール側での進捗があれば、万障繰り合わせてその
呼び出しに応じなければならないのだから、なかなかに不自由な身上
だった。

 現在、悟飯が在籍するスクールは来春入学してくる学生達の選考試
験を目前に控え、多くの職員がその準備に忙殺されていた。
 付属機関であるユニバーシティ、更にハイスクールまで抱えた、一貫
教育を理念に掲げるマンモス校である。いわばスタート地点となるハイ
スクールは当然のことながら、悟飯のように外部受験によってユニバー
シティやグラジュエートスクールからの入学を目指す学生も例年一定数
存在するだけに、寄せられる出願数は膨大だった。

 内定者とはいえ、悟飯の現在の身上は、もはやスクールの職員に準
ずるものだ。ならば多忙を理由に、ここぞとばかりに諸々の所用に駆り
出されそうなものだが、反して、彼は試験休みと称して、スクール側から
向こう一週間の出入り禁止を申し渡されていた。
 受験会場となるスクールそのものが休校となる時期でもある。院生の
立場からすれば、降って湧いた骨休みと歓迎できる類の代物だろうが、
既に卒院後を見越した試用期間を過ごしているに等しい悟飯にとって、
これはそこまで気楽な公休ではない。雇用側からの強制力が働いてい
るからには、属する研究室で進められているチーム研究などにどれほ
ど人手が必要な時期であろうと、彼が自主登校するような真似は許さ
れなかった。

 もちろん、これが強制的な休暇である事を知っているチームメンバー
が悟飯に物言いをつけてくるようなことはなかったが、現在の工程にど
れ程人手を割かなければならないか、身を持って把握しているだけに、
なんとも肩身の狭い思いを味わわされる。それでもこれがスクール側
の慣例であると言われれば、現在受け持っている担当を他のチームメ
ンバーに引き継いで、黙って引き下がるより他になかった。

 付属機関まで含めたすべての関連課程での入学選考試験が終了す
るまでの間、同居、別居の別を問わず、受験生を身内に持つ職員関係
者はスクールへの出入りを禁ずる―――それが、この時期に徹底して
布かれる規矩だった。
 表向きはいまだ学生の立場にある悟飯は、スクール内部の事情に明
るい訳ではなかったが、こうした時期になると、あちこちの機関で試験
問題の漏洩などの不祥事が明るみになることを鑑みれば、そうした温床
となり得る要因を一つでも取り除いておきたいと考えるスクール側の配
慮は理解できる。となれば、自己判断で勝手な行動をしてスクール側の
心証を損ねるような真似は慎むべきだった。 


 今冬、孫家では、15歳を迎えた悟天が、このスクールの付属機関で
あるハイスクールに入学願書を提出している。そこから件の規矩が適
用されての、強制休暇だった。
 明日からユニバーシティの、そして三日後からハイスクールとグラジュ
エートスクールの入学試験が始まる。予め通告されていたものの、なか
なか予定していた通りには所用も片付けられず、居残りを許された時
間ギリギリまで雑務に追い立てられていた悟飯は、この日の夕方、よう
やく都を後にして一旦生家に立ち寄り、その足で神殿へとやってきた。
 スクール側の事情は、悟天の出願が受理された時点でピッコロにも
伝えてある。その上でスクールへの出入り禁止期間中、神殿に置いて
ほしいと頭を下げた悟飯の申し出に、師父は快く頷いてくれた。

 時間帯を考えても、そのまま生家に寝泊まりすればよさそうなものだ
が、生家には悟天もいる。受験日を三日後に控えて、今更受験勉強の
手伝いもないだろうし、それならば、余計な気回しと思われても、悟天
の受験日が終わるまでは、自分が生家に居つかない方がいいだろう。
 生家をあてにせず、そしてスクールへの出入りができないだけなら、
一週間程度、都の下宿に引きこもって過ごす事もできた。卒院後の準
備期間だと考えれば、その方が動き易かったかもしれない。
 だが……悟飯には、慌ただしい思いで飛び回ってでも、この時期を
使って神殿に身を寄せなければならない理由があった。


 下界の下宿から生家へ、そしてこの神殿まで慌ただしく移動してきた
という半日の行動を慮ってか、ピッコロは、まあまずは一息入れろと、
青年を神殿の内部へと促した。そうして室内に落ち着けば、神殿の住
人である古付き合いの精霊が、当たり前のように食事を運んでくれる。
誰一人、食事というものを必要とする住人が存在しないこの場所で、
こうしてさり気なく与えられる厚情がしみじみありがたいと、悟飯は思っ
た。
 卓子の上に鎮座ましましている心尽くしの料理に、手を合わせて謝
意を示すと、遠慮なく舌鼓を打つ。そんな悟飯の様子を眺めやりなが
ら、ピッコロは、いよいよだな、と声をかけた。


 「―――いよいよだな。悟天の様子はどうだ。もう都に発つのか」
 「ええ。ハイスクールの受験日は三日後なんですけど、明後日、お
  父さんとお母さんの三人で、出かけるそうです。お父さんは送って
  いくだけで、とんぼ返りするみたいですけど」

 一旦箸を休めた青年が、のんびりとした語調で言葉を返す。一通り
ぱくついて人心地ついたのか、会話に専念する事にしたらしい悟飯は、
満足そうな面持ちで、持ち上げた茶器の中身を煽った。

 「わざわざ、三人揃ってか」
 「四日目に面接があるんです。ハイスクールの面接は、父兄同伴な
  んですよ。まあ、色々な事情の家庭もありますし、同席するのは誰
  か一人って事でいいみたいなんですが。そうなると、うちの場合ど
  うしてもお母さんがって事になりますし、お母さんは舞空術も使え
  ませんからね。かと言って、この真冬に朝早くから延々筋斗雲に乗っ
  ていくのもキツイだろうっていうので、都のブルマさんの所にお父さ
  んの瞬間移動でお邪魔させてもらって、そこから移動することに……
  そうなると、いくらなんでも朝一番でお邪魔するのは迷惑だろうから、
  前日の昼間にって事になったんです。なので、お母さんと悟天は受
  験前日に都入りして、四日目の面接が終わってから帰ってくる予定
  です」

 世界のどこにでも、文字通り自力で飛んで行ける身体能力の持ち主
を相手に、甘やかし過ぎなのではないかと目顔で苦言を呈してくる師
父の機先を制するように、父兄同伴が必須である事情を説明する。
そうして相手の反駁を封じた上で、悟飯は、悟天の今後の為でもある
んです、と言葉を続けた。  

 「本当は、都の下宿に僕が残っていれば、お父さんが二人を連れて
  瞬間移動してくればそれで済む話だったんです。お母さんと悟天は
  その足で受験に向かえばいいし、僕はその後、お父さんと一緒に
  戻ってくればいい。……だけど、それだとあんまり楽すぎて、悟天も
  調子が狂うでしょう?」
 「そういうものか?」
 「悟天の気持ち次第では、楽をできる部分はそうしても良かったんで
  しょうけどね。悟天の受験が決まった時……晴れて合格という事に
  なれば、僕が下宿を借り直して、そこに悟天と二人で暮らすって話
  も出ていたんです。一人暮らしさせるにはまだ心配だけど、同じ敷
  地にある学校に通うんだし、二人一緒に生活するのならって、お母
  さんからも特に反対されなくて。僕も、まあ生活時間帯が違ってきた
  り、不自由もあるだろうけどそれでもいいか、とも思ったんです。そう
  いう段取りが決まっていたなら、僕も下宿に居残って、お母さんと悟
  天を待ちました。……でも、肝心の悟天が、都には通学する、僕と
  一緒には住まないって言いだして」

 僕のハイスクールの時のように、パオズ山から舞空術で通うからって
―――言って、悟飯は言葉の接ぎ穂を探すかのように、持ち上げた茶
器の中身にその視線を落とした。

 「僕を嫌っているとか、反抗したいとか、そういう事じゃないみたいなん
  ですよ。ただ、悟天はジュニアハイの頃から、僕の弟だっていう目で
  見られることを避けたがるようなところがあって……今度は同じ敷地
  にある学校に通う訳だし、僕がハイスクールの方に全く関わりを持た
  なくても、どこかで僕らが兄弟だってことは知れるでしょうからね。悟
  天にしてみれば、できるだけ、僕との接点は減らしておきたいんでしょ
  う」
 「悟飯」
 「となると、受験日当日に瞬間移動じゃ、悟天も調子が狂うでしょう?
  悟天本人も、それじゃかえって慌てて失敗してしまいそうだって話し
  てましたし。……で、面倒なようですけど、そういう段取りになったん
  です」

 悟天には悟天の、意地があるんでしょう―――続く言葉に、飲み下し
切れなかった物寂しさが滲むのを誤魔化すかのように、悟飯は一つ大
きく、嘆息した。

 「一年前、あいつがあのハイスクールを受けるって言い出した時はま
  さかと思いましたけど……願書を出したのも、僕との同居を断って
  通学することに決めたのも、全部、あいつの覚悟の表れなんでしょ
  うから」 
 「……だが、いずれ自然と知れる事なら、お前と暮らしても暮らさなく
  ても、悟天にとって大した違いがあるとは思えんがな。お前の積み
  重ねてきた事を考えれば、院でお前の存在が目立つのは当然だ。
  それを知りながらわざわざ同じ場所を受験するなら、相応の影響
  がある事は、悟天にも覚悟があっての事だろう。あいつなら、むし
  ろそれを逆手にとってうまく立ち回るくらいはしそうなものだがな」

 お前がそこまで気を回すことはないだろうと、ピッコロの言葉に再び、
苦言めいた響きが宿る。だが、そんな師父を前に、悟飯は微かに笑っ
て首を振った。

 「悟天にとっては、優先順位が逆なんですよ。僕とのつながりが有利
  に思えるような時でも、あいつは、それを使いたくないんです。そう
  までしてでも目指したいものができたから、ユニバーシティの受験
  を待たずに、わざわざハイスクールからあそこに入る事に決めたん
  だって、前にそう言っていました。……あそこは、ハイスクールとユ
  ニバーシティで比べるなら、付属のハイスクールに入学してエスカ
  レーターで上がってしまった方が、受験生にとっては、多少は難易
  度が下がるんですよ。そうして少しでもハードルを下げておいて、三
  年後にユニバーシティに上がった時に、あそこの情報工学部で勉
  強したいんだそうです。」
 「……C.C.か」
 「……ええ。コネなんかじゃなくて、いっぱしのシステムエンジニアと
  して必要とされるように、地力を付けなきゃならないからって」 

 そういう気持ちに、水を差すことはできないじゃないですか―――言っ
て、なんとも形容しがたい様相を見せる青年を前に、ピッコロも、喉奥
で短く唸ったきり、そのまま押し黙った。

 今からおよそ一年前―――近隣のジュニアハイに通う悟天が、二年
生の冬休み明け早々の進路調査で希望の進路を明言した時、孫家と
彼らを取り巻く人々は、その爆弾発言にちょっとした恐慌状態に陥った。
 曰く、ジュニアハイ卒業後は都のハイスクールに進学する。どうせなら
将来を見据えて、その道の権威と名高い教授が教鞭をふるうユニバー
シティに付属する、ハイスクールを受験したいと。
 そうして悟天の口から名を上げられた受験先というのが、現在悟飯が
在籍するグラジュエートスクールの付属機関であったことに、周囲は再
び仰天させられた。
 有態に言ってしまえば―――悟天では、その進路は到底無理だろうと、
誰もが思ったのだ。

 けして悟天の能力が劣っている訳ではない。だが、幼い時分からの勉
強嫌いに加えて、あの奔放な性格だ。そんな悟天の展望する未来絵図
を聞かされた時、周囲の人間は……悟飯でさえ、他の進路を目指した
方がいいのではないかと考えた。
 だが……そうした周囲の「待った」の声に一切聞く耳を持たず、悟天は、
強引に事を推し進めてしまったのだ。

 こうしなければ、自分は周りに対してずっと引け目を感じたままになっ
てしまうと、悟天は言い募った。それが具体的に何を指し示した言葉で
あったのか、悟天はそれ以上口にしなかったが……追求するまでもなく、
その内の一人は、兄である自分の存在なのだろうと、悟飯には察せら
れた。
 ハイスクールになってようやく同世代の同輩達と触れ合うようになった
悟飯とは違い、悟天は、エレメンタリースクールから公の教育機関に
通っている。そうして同世代の子供達の中で育てばこそ、外界からある
程度隔たった環境で成長した悟飯よりも、周囲の耳目というものを否
応なしに感じさせられることもあっただろう。そうした経験の積み重ね
が、現状からの脱却を求める思いに繋がっていったとしても、不思議
な事ではなかった。
 自分と兄とは、まったく別の個性を持った人間なのだと―――我が
身を以て周囲にそう知らしめるためには、悟天自身が目指す将来の
展望を、早々に具体化する必要があったのかもしれない。その上で懸
命に手繰り寄せたのであろう自立への糸口がこの受験なのだと慮れ
ば、悟飯にも、実行に移しもしない内から諦めろと、弟を説く伏せる事
は出来なかった。

 そしてもう一つ。十四歳という年齢の制約に縛られながら、それでも
悟天がどうしても、引け目を感じたくなかった相手がいる。トランクスだ。

 悟天より一歳年長であるトランクスは、15歳の誕生日を迎えると同
時に、実母のブルマが敏腕を揮うC.C.の次期社長職を担うものとして、
段階を踏みながら後継者としての教育を施されるようになった。
 当然、これまでのように家庭教師につきながら遊び半分という訳に
はいかない。トランクスの後継者修行は実地研修も踏まえた厳しいも
のだった。

 そんな親友の環境の変化を、側近くで感じ取ったであろう悟天にも、
思うところがあったのだろう。自分を置いて一足飛びに大人になってい
くトランクスに向けられた焦りも、自分も成長して、そんな彼の力になり
たいという向上心も、その胸中にはあったはずだ。
 そうした経緯があり、悟天は悟天なりに、自らの将来を真剣に考える
ようになったのだろう。そしてたどり着いた答えが、親友が将来跡を継
ぐことになるC.C.に自分も入り、組織の内部から親友の支えになること
だった。

 C.C.は世界屈指の大企業だ。専門課程で学び、スキルを磨きあげて
きた存在であっても、入社しようと思うなら、その門戸は決して広くはな
い。
 悟天の場合、トランクスとの交友関係のみならず、現社長であるブル
マとの、長年の家族ぐるみの交流もある。とにかく入社さえできればい
いという事であれば、ブルマ親子の計らいで、それなりに体裁の整えら
れる部署に雇用されることは、そう難しいことではなかっただろう。
 だが、それではただの、縁故採用だ。そうして社員としての籍を手に
入れたところで、この先あの大企業を背負っていく親友の為に、自信を
持って差し出せるスキルもなしに、どんな支えになってやれるというの
だろう。
 希望する進路が明確になった時、その事を一番痛感したのは、悟天
自身であったはずだ。だからこそ、彼は親友のコネなどではなく、自ら
身につけたスキルを武器にして、ユニバーシティ卒業と同時に件の大
企業に殴り込みをかける覚悟を固めたのだろう。 
 その覚悟の表れが、今回の受験であり、悟飯との同居を拒んでの「自
立」なのだ。そんな弟の胸中を思えば、悟飯には、傍目には家族に甘
え、振り回しているように見えるかもしれないこの一連の騒動を、我儘
の一言で片づける気持ちにはなれなかった。


 「―――ともかく、そういう事情もあって、この受験が終わるまで、悟天
  の思うようにさせてやりたいんです。ピッコロさんにはご迷惑をおかけ
  してしまって申し訳ないんですけど……一週間、どうぞよろしくお願い
  します」

 これまで自分の言葉に黙って耳を傾けてくれた師父へと向かって、改
めて居住まいを正す。そうして頭を下げれば、平時と変わらぬ語調で、
造作もない事だと応えが返った。

 「勝手知ったる場所だ。どうせ院にも通えないなら、精々骨休みのつも
  りでゆっくり過ごせばいい」

 院に戻れば、もうそんな風にのんびりできる時間もないんだろう―――
続けられた言葉に、卒院を控えて忙しなく飛び回っていた近況を労わら
れたようで、悟飯は胸襟にほろ苦いものを覚えながら、再びピッコロに向
かい頭を下げた。

 悟天の受験問題があったとはいえ、パオズ山の生家に帰省することに、
対外的な制約があった訳ではない。悟天にしても、なにも自分と顔を合
わせたがらないという事ではないのだから、スクールや悟天を理由にし
てこの神殿に身を寄せる必要など、本来はなかったのだ。
 だが―――受験期間のスクール出入り禁止が通告された当初、悟飯
は、生家の母から、その期間を神殿の世話になるようにと、予め言い含
められていた。
 折角、公然と自分の為の時間を使えるのだから。それもそれだけまと
まった期間を与えられるのなら、この機を逃してどうするのかと。

 ここにやってくる直前にも、慌ただしく立ち寄った生家で、見送りに出
てくれた母から、念押しのように発破をかけられている。その意図する
ところが言葉以上に雄弁な存在感で以て、双肩にのしかかってくるよ
うだった。
 自分を神殿に迎え入れてくれた、師父の掛け値のない厚情が身に
沁みれば沁みるほど―――身勝手な目的を抱えて神の領域に転が
り込んだ自らの厚顔さに、居たたまれない心地がする。そんな自分の
姿を取り繕うかのように、悟飯は、煽る振りをして口元に運んだ茶器
の陰で、喉奥からせり上がり飲み下し切れなかった、苦い嘆息を落と
した。
 






                                 TO BE CONTINUED...


 
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