久しぶりに全身でぶつかり合い、体力を消耗したことでそれなりに空腹を
覚えたのだろう。湯浴みを済ませ、用意された着替えに恐縮しつつ袖を通す
と、悟飯は並べられた食事を前に、平時と然程遜色ない食欲を見せた。
美味しい美味しいと連呼しながら料理に舌鼓を打つうちに、生来悟飯が備
え持っている闊達さも徐々に戻ってきたようだった。体質的に食物を口にで
きず、水で喉を潤しながら同席するピッコロに、悟飯は取り留めもなく自身
の近況を口にする。
ハイスクールでの集団生活に難儀していること。サタンシティの治安のこ
と。そのためにブルマの協力を得て行っている、シティの保安活動のこと。
語られる話題は、どれもさして新鮮なものではなく、他人からの伝聞系で
あれ本人からの簡易版であれ、一度耳にしたことのあるものの焼き直しがほ
とんどだった。
それでも、けして会話能力が高いとは言えない自分を相手に話題を提供し
続ける青年に多少なりとも報いるべく、短い相槌を打ちながら、ピッコロは
互いに負担とならない間隔を探りつつ、続く話題を悟飯を促した。
そして―――
「……ああ。そういえば、武道会に出るために、やっと自分でもトレーニ
ングを始めたんです。仕上がりは、ご覧のとおり全然なんですけど」
「ああ」
「それで、初めは反射神経から勘を取り戻さないと駄目だって思って、悟
天に協力してもらったんです。石を投げてもらったりとか、そういう基
本的なところで」
「ああ」
「悟天とは年も離れているし、ハイスクールへの編入試験とかその後の準
備とか、特に最近はほとんど構ってやれてなかったから。だから、協力っ
ていうよりは、悟天と一緒の時間を作ってやろうって程度の気持ちだっ
たんですよ。石を投げるんでも何でもいい、口実ができればって」
それは鍛錬を怠ってきた自らに対する言い訳のようでもあり、そんな日常
に満足しているのだという、改めての宣言のようでもあった。
だから、気負いを感じさせない軽い語調に、ピッコロも都合三度目の、変
わり映えのない相槌を打とうとした。そのはずだった。
だが……箸を置く微かな音と共に、語り部の声色が変わった。
「ピッコロさん……悟天、なれるんですよ。超サイヤ人に」
「……なに?」
「お母さんに修行をつけてもらっているうちに、いつの間にかなれるよ
うになったそうです。ベジータさんの所のトランクスも。……ご存知
でしたか?」
「いや……初耳だ」
「僕も、知りませんでした。悟天が目の前で超サイヤ人になったのを見
るまで、全然知らなかった」
同じ家に寝起きしている、弟の事なのに―――言って、悟飯は苦いものを
飲み下したような表情になった。
「それだけじゃない。お母さんが悟天を鍛えてるってことすら、僕は知
りませんでした」
「悟飯」
「僕の勉強の邪魔にならないようにって、時間帯や場所に気を使ってた
んでしょうね。僕は全然、気づかなかった。亀仙流の使い手だってこ
とは聞いたことがありましたけど、でもまさか、あのお母さんが悟天
を鍛えるなんて」
始めこそ、言葉を選ぶように一言一言区切りながら話していた悟飯の語
調が、当時の衝動を思い出してか次第に興奮気味になる。そしてそれと反
比例するかのように、紡がれる声は次第にその色に重さを増していった。
「僕が小さかった頃、あんなに僕の修業を嫌がっていたお母さんが。あ
の頃はフリーザや人造人間やセルや、立て続けに色々な脅威が地球に
迫っていて……そんな時だったのにそれでも、本当に切羽詰まった時
期になるまで、お母さんは僕が修行をするのを嫌がった」
「……ああ」
そのあたりの経緯は、ピッコロとしても記憶に根強く残っている。母親
の猛反対を押し切ってピッコロが悟飯に貫かせた鍛錬の日々は、その後相
応の期間、親心を踏みにじられた母親からの恨み辛みを一身に浴びる原因
となったのだ。
だから、あの当時でも成立させるのに周囲が難儀した鍛錬漬けの生活を、
平時の今、チチが自ら第二子に課しているというのは、確かに御しがたい
話ではあった。
そんな胸の内が顔に出たのか、ピッコロが何か口にするより先に、悟飯
が苦笑する。
「ああ。もちろんお母さんのことですから、僕の時ほどじゃなくても、
勉強もさせた上で、やらせていたらしいんですけどね。それでも、悟
天には僕とは別の将来をお母さんが期待し始めたことは解ったんです」
僕は今でも学者を目指していますし、自分の好きな道を選べたと思って
いますが―――そう言って、ふと悟飯は続く言葉を途切れさせた。
そのまま五秒が過ぎ、十秒が過ぎ……適当な言葉が思い浮かばなかった
のかと、ピッコロはそれまで敢えてわずかにずらしていた焦点を、改めて
眼前の青年へと戻す。
期せずして、その視線が同じように所在なさそうに方々へと向けられて
いた悟飯のものとかち合う。ピッコロと正面から見つめあう形となり、青
年はどこか面映ゆそうに自らの頭を掻いた。
「いや、悟天は悟天で、一番あいつが向いているものを目指せばいいん
だし。そういう意味では、お母さんが柔軟になった?って言うことは
いい事だと思うんですよ。あいつのこの先が、きっと身軽になる」
「ああ」
「ただ……」
言いかけて、しかしその先を躊躇うように語り手は再び口を噤む。
今度は促す素振りも見せず、一口水を含んで沈黙を守るピッコロを前に
―――飲み下しにくいものを無理やりに嚥下するかのように、卓上の茶碗を
取り上げた悟飯は、程よい温さになっていた食後茶を一息に煽った。
そして……意を決したのか、改めてピッコロに向き直った青年の容色が、
次の瞬間、何かに耐えるかのように歪められた。
「ただ……その時、はっきり解ったような気がしたんです。お母さん
は……」
「悟飯」
「……お母さんは…お父さんのことを、完全に諦めたんだって」
TO BE CONTINUED...
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