safety valve・5





 
 助勤の最終日、悟飯に与えられた最後の仕事は、チーム研究の被験体であるラットの
世話と、いくつかの雑用だった。


 目的とする症例ごとに投薬を施され、一体一体別個の進行状態を作り出されたラット
達の体重を量り、規定された餌の食いつきを観察し、健康状態をチェックする。試薬の
投薬等、研究の要となる作業は補充メンバーである悟飯達には一切任されなかったが、
こうして現場でこなす作業の一つ一つが、「実戦」経験の乏しい学生には貴重な経験だっ
た。

 気負いも新たに臨んだ一日もようやく終息に向かい、本日の役目を終えたラット達を
寝床に戻すべく、事前に掃除を済ませたケージにチップを敷き詰める。そうして、まだ
幾分覚束ない手つきで、悟飯はラットの一匹を、そっと持ち上げた。
 と、その時―――補綴が甘かったのか、悟飯の手の中で、ラットが身を捩って暴れはじ
めた。

 「……っ」

 取り扱いに慣れている常駐メンバーと比べて、飛び入りの自分ではその世話の仕方に
も、どうしても差が出てしまうのだろう。掴まれ心地が悪いと言わんばかりにジタバタ
と身を捩るラットにごめんごめんと謝りながら、悟飯は手にしたそれを慎重に、指定の
ケージへと戻そうとした。
 だが、定期的な投薬と、終始人目に晒されるストレスに気が立っているのか、ラット
の全身を使った抗議は治まらない。どころか、ついには小動物特有の甲高い鳴き声を上
げて、ラットは世話係の悟飯を非難し始めた。

 「ごめんって。もう今日は何もしないよ。戻してあげるから大人しく…っ」

 だが―――機嫌を取るような猫撫で声でラットに話しかけていた悟飯の表情が、次の
瞬間サッと強張った。
 用心深く補綴するその手の中で、ラットがその全身を強張らせた感覚が伝わってく
る。豊富な実戦経験に鍛えられた勘が、ラットの次の行動を、悟飯に教えていた。


 ―――噛まれる……!!


 「……っ!」


 げっ歯類が、標的へとその牙を突き立てるには不利な体勢を強制するように、瞬時
に手の中の存在を掴み直す。咄嗟の力加減が不十分だったのか、その掌握に怯えたラッ
トが鬼気迫った悲鳴を上げた。


 「…っ」
 「どうした!噛まれたのか!」

 悟飯の大仰なまでの仕草とラットの悲鳴に、傍で作業していた青年が慌てたように
声を上げる。すぐにもこちらに取って返そうとする先輩に、悟飯も弾かれた様に大声
で応じた。

 「いえ大丈夫です!噛まれていません!」


 非臨床試験用に、微妙に配合を変えて様々な試薬を投薬された被験体だ。目的の症
例を敢えて発症させるために、先天的に保有している抗体すら人為的な手が加えられ
ている。
 その被験体に万一でも噛まれるようなことがあれば、大問題だ。手袋越しとはいえ、
噛みついた事によって微量に摂取した人間の体液が、そのラットに思わぬ異変を生じ
させ、これまでの研究データの信憑性を損なってしまう恐れもある。なにより、噛ま
れた人間の側にも、ラットに植え付けられた菌や病床が感染してしまう恐れがあった。

 そんな形で罹患者を出したとあっては、研究チームの、ひいては彼らの属する研究
室の信用はガタ落ちだ。故に、チーム作業に携わる者達は、ことに被験体との接触に
は、慎重に過ぎる事はないほどに、神経を張りつめてさせている。

 それは、このチーム作業に加わった時から、悟飯も肝に銘じてきた心得だ。故に、
先輩の大声の理由に即座に思い至った彼は、自分も大声で応じて彼の懸念を否定した。


 「……あの、ちょっと暴れて。言う事を聞かなかっただけです。問題ありません」
 「そうか……ならよかった」


 幾分上ずった声で、それでも心配ないと重ねて応える悟飯の言葉に、青年も明らか
に安堵の色を見せる。その表情を見ただけでも、飛び入りの補充要員を加えて作業を
続行する常駐メンバーの気負いの程が伺えるようだった。
 お騒がせしてすみません、と言外に詫びて小さく頭を下げる。気の荒いラットもい
るから気をつけろよと念を押すように声を掛けられ、自分の過失でチーム全体に大き
な損失を与えかねなかった悟飯は、もう一度、消え入りそうな声ですみませんと繰り
返した。


 
 気を取り直し、手の中のラットを丁寧に慎重に、ケージに戻す。幸い、先刻の騒動
で威勢を削がれたのか、ラットはそのまま大人しく、ケージの中に納まった。
 被験体として世話を任されたラットはあと9匹。それをケージに戻していくつかの
雑用をこなせば、自分に与えられた今日の作業は終了だ。補充メンバーとして加わっ
た悟飯には、急場を除いて「残業」は命じられない。このまま何事も起こらなければ、
それで悟飯の助勤は終了だった。

 もう大丈夫だと安心した時が、一番ミスが出やすいというのは悟飯自身、身を以て
学んだ教訓でもある。集中集中と胸の内で自分に言い聞かせ、彼は残りのラットに手
を伸ばした。
  


 改めて手の中に収めてみると、本当に小さく儚い生き物であると思う。実験用の薄
手の手袋を通して、小動物特有の早い鼓動や人間よりも高い体温が伝わってくるのが
また、その儚さを強調していた。
 自分が補充メンバーとして貢献したこの研究チームの貴重な被験体であり、ひいて
はここでの研究から、人体に有益な新薬の開発や、難病治療の手掛かりとなる遺伝子
情報を提供してくれるかもしれない、尊い存在だった。粗略に扱って、万が一にも、
正規の実験以外の用途で傷つけたり組織を損なったるすることのないよう、気を配ら
なければならない。
 
 長時間補綴しておくことができない臆病なラットに極力ストレスを与えないように、
手早く、しかし慎重に一匹一匹、ケージに戻していく。幼少期から多くの時間を非日
常の中で過ごしてきた自分が、被験体とはいえこんな小さな生き物に気遣って、腫物
に触るような扱いをしていることが、なんだかおかしかった。
 掌に伝わってくる忙しない鼓動。人間よりも高い体温。今、この手の中で全身を使っ
て生きている証を体現しているラットは、自分がほんの少し、補綴する手に力を込め
ただけで命さえ保証できないような、脆弱な存在だ。うっかり力んで圧死させはしな
いかと、手にしているだけでも落ち着かない。

 
 ……この体の軽さはどうだ。それこそ、自分が指一本動かすだけで、容易く縊り殺
せてしまいそうな―――




 『ちぇ、つまらない…それじゃあ、お前ももう終わりだな…』
 「……っ」


 刹那―――悟飯の脳裏に蘇ったのは、自らの力に酔った少年の日の自分が発した、宿
敵に対する侮蔑の言葉だった。

 もう自分の敵ではないと、その力量に見切りをつけ、見下した究極の人造人間。自
分を前に成す術もなく狼狽するセルを前に、あの日自分は、こう感じたのではなかっ
たか。
 このままでは、雌雄はすぐに決してしまう。自分が本気の一撃を加えるだけで、容
易く縊り殺せてしまいそうだ。
 なんと容易く―――なんと気分のいい事か、と。



 それは、相手の生殺与奪が、自分の手に、自分の意志一つに委ねられているという
優越感だった。そして、幼い頃から幾度となく対峙し、厭悪の思いと共に記憶に焼き
付けられた、絶対的な自らの優勢に酔いしれる、旧敵達の歪んだ得意顔を思い起こさ
せる感情だった。

 その気持ちが理解できてしまった自分自身への、筆舌に尽くせないほどの嫌悪を、
今でも自分は忘れていない。これが禁忌の衝動であるという事も、暴走の只中にあっ
たあの当時ですら、自分は解っていたはずだった。
 
 だが……幼い自分がしでかした暴走を反面教師とするように、力を持つ存在として、
二度と共感してはならないと固く誓ったそれらの感覚が―――今、自分の中である種の
「実感」へと、すり替わろうとしていた。


 自分には「殺せる」のだという実感、自信。ずっと身の内に燻っていた種としての
本能が、捌け口を求めて荒れ狂う感覚。仮眠から目覚めて以来、懸命に平静を装い、
抑え込んできたそれらの衝動が、ラットとの一件で跳ね上がった己の鼓動に触発され
た様にじわじわと自分の中からせりあがってくる。

 自分が今手にしているのは、被験体のラットだ。チーム研究の、ひいては今後の医
学や薬剤学にも有益な情報を提供してくれるかもしれない、尊い存在だ。自ら命運を
選ぶ事も叶わずにその命を捧げてくれた彼らに対し、自分達研究者は敬意を以て接
しなければならない。非臨床試験で被験体を扱うというのはそういう事だと、自分も肝
に銘じてこの作業に臨んできたはずだった。

 それなのに……なぜこんな、無害で無力な小動物を相手に、自分の衝動はこうまで
煽られてしまうのか……


 脆弱な小動物。今こうしている間にも、自分に危害を加えられはしないかと、この
手の中で鼓動を跳ね上がらせ硬直している、儚い命。



 ―――壊してしまいたい……
 
 「…っ」

 刹那……自身の奥底から絞り出されたような衝動が、それを受け流し切れなかった
悟飯を総毛立たせた。




 手にしたラットの鼓動も感じ取れないほど、全身を激しい脈動が支配する。引きず
られる様にして荒く弾み始める自身の呼吸を、なんとか同室のメンバーに悟らせまい
と、悟飯は全神経を集中させなければならなかった。

 ここで取り乱しては絶対に駄目だ。そうなる為の何の要素も見受けられない、日常
的な所作の中で息を荒げてしまえば、自分の異変をメンバーに感づかれてしまう。そ
うなれば、自分には言い訳のしようがなかった。
 何らかの体調不良によるものと判断されればまだ救いもあるが、そもそも、ここに
至るまでの自分の様子からそう考えてくれるメンバーはおそらく存在しないだろう。
それほどに、自分は精力的に動きすぎていた。

 自分の中にある種の本能が、などと説明できるはずもない以上、自分の「異変」の
理由を考察するのは、同室のメンバーの主観に委ねられる。突発性の発作という類の
判断がなされるのも色々厳しいものがあるが、もしも精神的な理由を原因とするもの
だと仮定されれば、最悪だ。

 例えば、連携したチーム作業に特化することが。あるいは、ラットのような被験体
と継続的に接触することが。
 孫悟飯には何らかの心因的要因があり、こうした「現場作業」には不向きである―――
もしも、そんな風に「上層部」が判断したら……

 駄目だ。それだけは避けなければならない。
 今回の抜擢は、いわば急場を凌ぐための特例だ。同等の才覚を持つ学生がゴロゴロ
存在するこの世界で、自分では覆すことの難しい先入観を持たれてしまう事は、同輩
達に対し、大きく出遅れる事と同じだった。

 助勤は今日が最終日で、しかもこの一連の作業を終えれば、御役御免となるのだ。
もう、ほんの数十分もかからず放免となるここまで来て、騒ぎを起こす訳にはいかな
かった。



 あと数匹、ラットをケージに戻すだけだ。それが済んでしまえば、あとは手際を問
われる程のものではない、本当に雑用ばかり。十分に周囲の目を誤魔化せた。
 呼吸を静める事自体は、自分にとってそう難しい問題ではない。幼い頃からの修練
で鍛え上げられたこの体には十分な肺活量が備わっており、平静さを装った陰で荒い
呼吸を押し殺すことも可能だった。そして、それさえできれば、自分はこの先の数十
分を乗り切る事ができる。

 ……落ち着け、落ち着けと、胸の内で自らに言い聞かせる。
 戦場においても、呼吸のコントロールは重要な課題の一つだった。急場に直面した
際、少しでも有利な立場に残れるよう、体術や気のコントロールと並行して、呼吸法
についても自分はピッコロの指導を受けている。
    
 幼い頃を思いだせ。あの頃、ピッコロから要求された「自制」のレベルは涙が出る
ほど厳しかった。全力で組み手を行った直後でも、即座に呼吸を静め、次の動作に繋
げられなければ怒鳴られた。自分の体も自分で制御できないのかと、一切の言い訳を
許されなかった。

 今の自分は体力の限界まで鍛錬を課された、あの時の自分とは違う。身の内から湧
き上がる衝動に引きずられているというだけで、この体が物理的な理由から多量の酸
素を求めているわけでもない。「自制」のレベルを考えれば、あの頃よりずっと容易
いはずだった。

 
 
 自身のみぞおちを強く意識して、周囲の目に不自然に映らない程度に上体を軽く反
らし、息をする。作業に紛れるように前傾姿勢へと体勢を変えながら、息を吐く。そ
うして自らの姿勢に気を配りながら、呼気と吸気の数を違えることで意図的な比率を
作り、丹田に力を込める。
 久しく行っていなかった上に、平静な精神状態とは言い難い現状でどれほどの効果
が得られるのかは疑問だったが、それでも、成す術もなく追い上げられ早鐘を打って
いた自らの鼓動が、僅かずつ収まっていくのが、自分でも解った。

 これで十分だ。あと僅かばかりの時間、周囲の目に違和感を抱かせないだけの平静
さを保てれば、それでいい。

 
 
 「やっつけ仕事」の一環の様に扱われるラットには申し訳ないと思いながらも、こ
の機を逃さず、ラット達を次々とケージに戻す。そうして表向き平時と変わらない様
相で、悟飯は残された雑務を一つ一つ片付けていった。

 心臓に痛みを感じるほどの激しい動悸が多少治まったとはいえ、強引に呼吸を堪え
ているという現状に変わりはない。限られた呼吸だけでは全身が求めるだけの酸素を
取り込むことができず、気を抜けばその場にへたり込んでしまいたくなるほど、苦し
かった。
 苦しい。辛い。逃げ出したい。でもここまで懸命に積み上げてきたものを、後たっ
た僅かの時間を耐えられず放り出してしまうわけにはいかなかった。

 助勤者の手抜き仕事と思われぬよう、一つ一つを丁寧に。しかし迅速に。そうして
装った平静さの下で歯を食いしばるようにして、悟飯は作業を続けた。

 二十分後―――割り当てられたすべての作業が終了し、チームリーダーから「お疲れ
様」の一声がかかった時、体感時間でその何倍もの長さを堪え続けた悟飯の神経は、
焼き切れるかと錯覚する程に、限界まですり減らされていた。







  
 作業終了の指示を受けて、これまで共に作業を進めてきたチームメンバー達と挨拶
を交わす。殊に、自分を補充メンバーに推薦してくれた教授には殊更丁寧に礼を述べ、
また次の機会があればぜひ使ってほしいと言葉を重ねた。そうして、跡を濁さない程
度の始末はできたと自らを納得させて、悟飯は足早に、それまで泊まり込んでいた研
究棟を後にした。

 ―――もう限界だった。研究室で最後まで平静を装ったのが最後の意地で、もうこれ
以上、何食わぬ顔で誰かと会話することさえ出来そうもない。
 仮眠から目覚めた当初予定した通り、このまま神殿に向かうのが、本当は一番いい
のだろう。あそこなら自分が多少暴走したくらいで影響は出ないだろうし、何より、
人目を避けるには打ってつけだ。

 だが、そこまで向かう余力が、今の悟飯にはなかった。こんな状態で舞空術を使う
のはあまりにも無謀だったし……何よりも、ここから神殿は遠すぎる。
 多少遠回りに思えても、今は一旦下宿に戻り、この異常な高揚感を多少なりとも沈
めた方がいい。その上で神殿に向かい、日数を費やしてでも平時の自分を取り戻すこ
とだ。
 
 
  
 もはや形振り構ってはいられず、ここから近距離にある下宿へと猛然と踵を返す。
途中幾人か、いつにない自分の疾走に何事かと振り返る見知った顔と出くわしたが、
言葉を交わす余裕は悟飯にはなかった。

 やっとの思いでたどり着いた下宿の自室に、肩で扉にぶつかるようにして転がり込
む。そうしてもはや這う這うの体で向かったバスルームで、勢いよく水を浴びた。
 付け焼刃に過ぎなくとも、こうして「頭を冷やす」ことで、幾度となくこの衝動を
誤魔化してきた。とにかく少しでもましな状態にならなければ、この下宿を出る事も
出来ない。
 落ち着け、落ち着け。ここを乗り切れば、神殿に向かえる。こんなザマで顔を合わ
せれば、ピッコロは自分の体たらく振りをさぞや怒鳴り飛ばすだろうが、とにかくあ
の人のそばにいれば、自分は何とか自制していられるという安心感があった。
 少しでも、鎮静できればいい。神殿まで持たせられるくらいに自分を取り戻せれば、
それでいい。
 だから、落ち着け。少しでも早く、神殿に向かわなければ……


 だが……


 「…っ…くそ…っ!」

 頭から水を浴び、少しでも早いクールダウンに努めても……悟飯の中で今にも弾け
飛びそうになっている、強制的な高揚感は全く治まりを見せなかった。どころか、水
を注いだ風船のように、自分の中で膨れ上がるばかりの衝動を、現状維持という形で
抑える事すらできない。
 これでは駄目なのだ。もっと強力で、今の自分にできる歯止めの手立てを考えない
と。もっと即物的な、何か―――


 刹那……


 『その有り余っとるエネルギーをよ、えっちぃことにどーんとぶつけりゃよ、一発
  解決ってもんだろがよ』
 「…っ」

 思い返したくもないと嫌悪感さえ抱いた、神の世界で耳にした、生々しい神託。そ
の一語一語が、前触れもなく悟飯の脳裏に蘇った。
 馬鹿な事をと、憤った。そんな相手もいない自分に向かって、嬉々としてけしかけ
る話かと内心呆れた。誰がそんな真似をするかと、自らの今後の言動を律する指標に
さえなった言葉だ。こんな時に思い出す自分が、どうかしている。

 だが……

 「欲求不満のようなもの」と、診立てられた。それを解消するために、何が一番の
近道であるかを、下世話な言葉で諭された。
 今の自分にでき、最も解消の近道となる、方法を……


 嫌だ、と思った。他に誰もいなくとも、こんな真似をして現実から逃れようとする
自分が心底嫌だ。自分自身が生み出したこの衝動を、持て余した挙句こんな形で誤魔
化さなければならない自分の不甲斐なさが、心底情けなかった。
 嫌だ。こんな逃げを打ちたくない。こんな即物的な方法に頼った後で、神殿に向か
うなんてあまりにも厚顔すぎる。

 嫌だ。心底嫌だ。
 だが……こうでもしなければ、自分はこの下宿から、出られない。どころか、この
ままでは自分の中で膨れ上がる衝動が飽和して―――破裂する。


 「…っ!」


 せめてもの取り繕いであるかのように、それまで打たれていたシャワーの出力を最
大にする。そうして、肌に痛みを覚えるほどの水圧に全身打たれながら、悟飯は、意
を決したように、自らへとその手を伸ばした。
 兆す素振りすら見せていないそれに指を絡め、乱暴な仕草で刺激を与えていく。


 「…っふ……く…っ」

 冷たい水流と、自らに向けられた嫌悪の思いに、悟飯のその部分はなかなか反応を
見せなかった。早く、早くと焦りながら自ら劣情を煽ろうとする姿があまりにも惨め
で、視野が滲む。   

 嫌だ。惨めだ。逃げたい。 
 それでも、このまま何の手も打たずに、身の内で衝動が破裂するのに任せてしまえ
ば、事は、自分一人だけの問題では済まなくなる。
 どんなに惨めに思えても、回避する手段があるならそれに乗るより他になかった。
そこから逃げてしまえば、自分は、自分と命運を共有してくれた師父を、意図的に
「心中」へと追いやる羽目になる。
 何としてでも、何をしてでも……自分はこの衝動を抑え、神殿に向かわなければな
らないのだ。


 実の伴わない空虚な自慰行為を、果たしてどれほどの時間続けていたのだろう。惨
めさや嫌悪感で冷え切った心とは裏腹に、断続的に与えられる刺激に、肉体はようや
く反応を示し始めた。
 叩きつける水流の下、歯を食いしばり、自らを追い上げる。
 
 やがて……嗚咽とも、強制的に興奮させられた肉体がから上がる吐息ともつかぬ乱
れた声音がバスルームの空気に浸透し、緊張の糸が切れたように、鍛えられた体躯が
脱力した。
 自らのせめてもの意地を保つためだったのか、それとも単純に、余力がなかったの
か―――断続的に激しい水流が床を打ち据えるシャワーの水音は、それからしばらく、
止まなかった。 

  




                                     TO BE CONTINUED...


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