safety valve・28






  精神と時の部屋とを繋ぐ扉を潜り、ピッコロと悟飯が現実世界に戻って
きたのは、現実時間に換算して、悟飯の入室から15分程度経過した時
分だった。

 室内の時間に換算すれば、4日目の「昼」が終わる頃、という計算にな
る。それぞれに気持ちの折り合いをつける時間が必要であったことと、
やはり悟飯本人の身体的な疲弊が深刻であったこともあり、当初の予定
よりは短い滞在時間で済んだものの、大事を取るための時間を加算した
結果だった。
 とはいえ、精神と時の部屋の使用を二人に許可したこの神殿の主、デ
ンデにとって、15分は短い時間ではなかったらしい。まだ朝の神事には
間があるから、という理由で部屋への扉付近に待機していた彼は、帰参
した二人の姿を目にした途端、目に見えて安堵の表情になった。

 自分達を出迎えるためにここに居残ってくれたデンデの厚意に謝意を
述べ、朝の時間を奪った上に気を揉ませてしまったことを陳謝する。こと
に、そもそもの原因となった悟飯はひたすら恐縮し、旧友に深く頭を下げ
た。
 その上で、悟飯の為に朝食の手配をしようとミスター・ポポを呼ばわろう
としたデンデの配慮に、手を振って辞退の意を示す。次の目的地に思い
を馳せれば、食事を摂り、気力体力の充実を図る必要性は十分にあった
が、それ以上に、これから見える事になる相手の事を思うと、気が逸った
のだ。

 遥か下界のパオズ山に所帯を構える、孫悟空を訪ねて界王神界に渡
る段取りを取り付ける。そうして大界王神にドラゴンボール使用の許可を
願い出るのだ。受容されれば今度は早急に、世界中に散らばってしまっ
たドラゴンボールを収拾しなければならず、現実世界の忙しない時流を
思えば、猶予時間は決して十分であるとは言えなかった。
 この神殿の主にして当代の地球の神であり、神龍の製造者でもあるデ
ンデへの折屈みとして、これから自分達が段取ろうとしている行程を簡潔
に説明する。ドラゴンボールを使用する旨に触れた時、デンデは束の間
思案深そうな表情を浮かべたが、まず悟飯を見、次にピッコロに視線を流
すと、結局彼は何も語ることなく、二人の行動を黙認した。

 古付き合いの二人が、揃って口裏を合わせるかのように詳細を語ること
なく、そのくせ、揃って思い定めたかのような様相を感じさせる姿に、思う
ところがあったのかもしれない。彼は、界王神様方とのお話は何かと気が
張るでしょうが気を付けて、と、一言気遣うと、それ以上は何も語らずに二
人を送り出した。
 界王神界まで出向き、ドラゴンボール使用の裁可を受けるまでの件をど
う説明してデンデの理解を得ようかと、ピッコロも悟飯も、内心でひそかに
気を揉んでいた。それだけに、自分達を信用して多くを聞かずに送り出し
てくれた彼の厚意が、心底ありがたいと思う。
 全ての膳立てが整った暁には、彼には誠意を以て、事の経緯を釈明し
なければならない。その為にも、ここから先、明示するに足る行状を肝に
銘じなければならないと、二人はそれぞれに、心構えを新たにした。

 それから、さらに十五分後―――
 下界と連絡を取りあうには些か気の早い時間帯だったが、ピッコロが飛
ばした思念の糸は、弾き返されることなく、目的の人物へとつながった。
 平時から一日の活動開始時間が早い悟空は、既に家を出て、近隣の山
中を散策していた最中だったらしい。これから下界に降りて行き合いたい
旨を伝えると、彼は特に抵抗を覚えた様子もなく、ピッコロに諾意を示した。
言葉を重ね、悟飯も同行する事を告げれば、その瞬間だけ、返される思念
に怪訝そうな色が宿る。それならもう少し日が昇ってから二人で家の方に
来ればいいと返されてきた思念に、それはできないのだと答えれば、伝わっ
てくる不審の念は、更に強くなった。

 だが、結局悟空がピッコロの申し入れを拒絶することはなく、それなら少
し家から離れた山裾の方で待っているから気を辿ってやってこいという返
答を以て念話は終了した。
 無意識の内に気を張っていたのか、念話の終了と同時に額に滲んだ汗
を拭い、総身に酸素を送り込むように深く息をつく。そうしてその場を仕切
り直すかのように体裁を整えると、ピッコロは、それまで背後で固唾を呑む
ようにして自分の様子を伺っていた青年を振り返った。
 この神殿を出て下界に降りれば、悟空との対面が待っている。そこで界
王神界行きを打診すれば、悟飯の抱える懊悩は、父親にも、そしてゆくゆ
くは生家の彼の家族にも知れるところとなるだろう。これまでのように、こ
の神殿を隠れ蓑にして平静を取り繕う事もできなくなる。

 精神と時の部屋を後にする際、幾度となく繰り返された意思確認。今更
それを蒸し返して悟飯の覚悟に水を差すつもりはなかったが、これから青
年が耐え凌がなければならない現実を思うと、ピッコロは、ともすればこの
まま足を止めたがる自らの及び腰を、相当の気概で以て抑え込まなけれ
ばならなかった。 
 このまま下界に向かえるかという、最後の意思確認のつもりで顧みた青
年を眺めいる。その視線に言外の問いかけを感じ取ったのか、悟飯は、
一瞬堪えるように口唇を噛みしめると、次の瞬間、はっきりとした仕草で首
肯した。 
 
 この青年の覚悟が、彼のこの先の道行きを少しでも支える地力となって
くれればいいと、何に対してかも解らずに祈る。そんな自らの揺動が僅か
でも青年に伝播したりしないよう、ピッコロは、それきり言葉を発することな
く、下界へと降りる為、神殿の外周部分へと数歩、足を進めた。
 時をほぼ同じくして、天界の圧倒的な高度を感じさせない軽妙さで、二対
の足が、揃った動きで神殿の床を蹴り上げる。
 間髪入れずに滑空姿勢を取った二人は、そのまま背後を振り返ることな
く、下界を目指して飛び去って行った。




 ピッコロと悟飯が目的地であるパオズ山へとたどり着いた時、朝露に彩
られた山肌は、木々の間から差し込む早天の日差しをそこかしこに照り
返し、一日の営みの始まりを、来訪者達に教えていた。
 必要最低限の人手が入っただけの、自然豊かな山深い景観。静謐さを
湛えたその場所は、ピッコロのみならず、この山で生まれ育った悟飯すら
自然と居住まいを正してしまうような厳粛さがあった。
 それでいて、原始の佇まいをそのまま保っているかのような清浄な大気
に包まれていると、この空間の加護を受けて守られているような心持ちに
なる。この山の空気は、蓄積し続けたストレスに体の内側から蝕まれるも
同然だった青年に一時の憩いを与えてくれるだろう。この先に待っている
折衝がけして楽観視できないものであることは承知していても、悟飯をこ
のタイミングでここに連れてこられたのは良かったのかもしれないと、ピッ
コロは思った。

 そんな清冽な空気にいだかれた山の麓には、約束通り、既に先客が二
人の到着を待ち受けていた。

 「―――おう。思ったより早かったな」

 天上の神殿から、ピッコロが念話で呼びかけておよそ十五分。悟空は二
人の到着を待つ間、手持無沙汰に体術の型を浚っていたようだった。平時
と変わらない様相で二人を出迎えた彼は、挨拶を交わすなり、早々に本
題を切り出してきた。
 話はなんだと、歯に衣着せぬ物言いで水を向けられ、つかの間交わし
た目線で互いの意向を確認しあう。悟飯の目顔から彼の覚悟に変わりが
ないことを見て取ったピッコロは、青年が胸の内に抱える鬱屈を少しでも
誘引しない形で語るべき言葉を吐き出せるように、自分が先駆けとなって
その告白の口火を切ろうとした。
 だが……気配でそれと察したのか、ピッコロが口を開くよりも先に、傍ら
から伸ばされた掌が、その手首に一瞬触れる。
 注意を引かれて見下ろした視線の先で……悟飯は、その視線を眼前の
父親へと向けたまま、微かに首を振った。

 その背負うものが何に起因するものかを考えれば、実父の前で、悟飯
が自ら全てを物語る事は抵抗があるだろうと考えての采配だったが、青
年の中では既に、ここにやってきた時から父親と向き合う覚悟は定まって
いるという事なのだろう。悟飯はピッコロに一歩の距離を先立って父親へ
と歩み寄った。
 この告白と交渉を自ら為終えようとする青年の気概が、互いの立ち位 
置を隔てる些細な距離に凝縮されているようだと思う。そんな悟飯の心
組みを砕いてしまうことのないように、ピッコロは敢えて口を挟むことをせ
ず、彼が助け舟を求めるまでは事態を静観する事を自らに言い聞かせた。

 己の覚悟の表れであるかのように、そんなピッコロを振り返ることなく、
悟飯は悟空の前へと、さらに一歩進み出る。

 「……お父さん、お願いがあるんです」
 「あん?どうした悟飯、改まって」
 
 やはり本題を切り出すには相応の思い切りが必要だったのか、続く言葉
はすぐには紡がれなかった。それでも向けられたままの背中は助け舟を
求めてはおらず、そんな青年の気概に水を差すまいと、ピッコロも沈黙を
貫く。相対する悟空も、息子の様子に何か思うところがあったのか、平時
のように結論を求めて相手を急かすような真似はしなかった。

 結果として、言葉の接ぎ穂を探すだけの時間を与えられた悟飯は、数呼
吸ほどの沈黙の末、ようやく契機を掴んだかのように、大きく息を吐き出し
た。
 そして……

 「―――僕を、界王神界に連れていって下さい」
 「なんでだ?」
 「ドラゴンボールを使う許可をもらうために、大界王神様に会いたいん
  です」

 逡巡を思わせる沈黙の時間に反し、紡がれた言葉に言いよどむような響
きは感じられなかった。悟空もまた、青年の希求に対してこれといった諾否
の反応は見せず、一言静かに、何故だと返す。問われるままに悟飯が事の
経緯を語り始めても、彼は時折思わしげにその視線をよこしてくるだけで、
その述懐に物言いをつける事はしなかった。
 それは、青年の話をすべて聞いてから判断しようという彼なりの腹積もり
による行動だったのだろう。いつになく慎重な対応を見せる悟空の様相に、
ピッコロは、彼にも現時点で息子の窮地がおぼろげに察せられているのだ
ろうと、安堵と疑惧とが入り混じったような心持を覚えた。
 
 ともあれ、悟空が全てを聞き届ける心積もりであるならと、ピッコロもまた、
悟飯の述懐に注意深く耳を傾ける。青年の主観や視点では説明が困難だ
ろうと感じられた部分に脇から口を添える形で、ピッコロは悟飯の吐露を
後押しした。 
 そうして十分ほどが過ぎ―――合間合間に語り部の逡巡を思わせる沈
黙を挟みながら、青年は、父親に向かってその述懐を終えた。

 「……だから、お願いします。界王神界に、連れて行って下さい」

 結びのように、全てを語り終えた青年が、己の希求をもう一度繰り返して
父親に頭を下げる。
 対して―――悟空は息子の言葉に、やはり応とも否とも答えなかった。
答酬の代わりであるかのように、対面する息子と同胞の顔を交互に眺め、
次いで深く息をつく。
 そうして、待つ身には長い沈黙の時間を経て、ようやくその口を開いた
男の語調は、平時の彼にはそぐわない、低く抑えられたものだった。 

 「……オラには、難しい事はよく解らねぇ。そんでも、おめぇらがここまで
  言うんなら、もう他に方法はないってことなんだろ?このまま放ってお
  いたら、悟飯は今迄みたいに生きていけなくなる……そういうことなん
  だよな?ピッコロ」

 来訪者二人に向けられた問いかけでありながら、向ける目線と共に、悟
空が言葉の結びに水を向けたのは、ピッコロ一人だった。その意味すると
ころを、かつてこの山で彼と申し合わせをした記憶が過たず伝えてくる。
 弾かれた様にこちらを振り返った青年を目顔で制し、ピッコロは、居住ま
いを正すようにして悟空へと向き直った。

 「……ああ、そうだ」
 「―――いつからだ?」

 周囲の大気を低く震わせる声音で、端的に続けられた問いかけ。相手の
真意を読み取ろうとするかのように、鋭く眇められた眼差し。
 それらは、孫悟空という人物をよく知る者達にとって、それなりに馴染み
のある様相だった。そして大半の者達にとって、できる事ならその機会が
訪れることなく、平時の悠然とした為人のまま時を送ってほしいものだとひ
そかに願ってきた、変貌の具現でもあった。
 平時の自分のままでは事態に対処できないと、彼が本能で悟った時に
初めて表に顕れる、生粋の戦士としての姿―――

 変貌した悟空に正面から視線で射抜かれて、向き合うピッコロの背中を
冷たいものが伝い落ちる。血を分けた彼の愛息ですら、安穏としてはいら
れないであろう威圧感に、息苦しささえ覚えている自分を、ピッコロは自覚
しない訳にはいかなかった。
 だが、ここでその追求から逃れる訳にはいかない。それが、かつてこの
場所で後顧を託された自分の責任というものだった。

 自分自身を鼓舞するかのように、腹に力を入れる。そうしてピッコロは、
正面から向けられる剣呑とした眼差しをまっすぐに受け止めた。

 「……兆候があったのは、二月近く前からだ。悟飯の中で膨れ上がる破
  壊衝動をどうにか治められないかと、それ以来あれこれ試してみたが
  ……このままではどうにも埒が明かないと思い知らされたのは、先日、
  界王神界への先導をお前に頼んだ頃だ」
 「……あん時、か…」
 「ああ。あの後……悟飯の状態が目に見えて深刻化した。悟飯は試問
  試験の為に、もう下界へ戻らなければならない。これ以上神殿に籠っ
  て衝動をやり過ごすにも限界が……っ!」
 「お父さんっ!」

 聞き手が平静さを保ったまま、せめてここまでの概説だけは聞き届けら
れるようにと、敢えて平淡な語調を保っていたピッコロの口述が、唐突に
遮られる。
 予備動作を感じさせずに一息に眼前まで距離を詰めてきた男の存在を
知覚できた時には―――ピッコロの長身は、加減を感じさせない握拳で
背後の立木へと叩きつけられていた。
   
 「っぐ…っ!」

 総身を貫いた衝撃に、束の間息が止まる。防御の構えを取る間もなく拳
の直撃を受けた頬桁から、疼痛が体中に伝播していくようだった。
 悟空の様相から、悟飯と自分の話を黙って聞いていたその胸の内で、怒
髪天を突くばかりに激しい憤りが渦巻いていただろう事は察していた。の
みならず、以前この山で界王神界への仲介を頼んだ段階で悟飯の破壊
衝動がのっぴきならない状態になっていたと聞かされて、後顧を託した自
分に裏切られたような心地にも陥っているだろう。
 悟空にとっては「地雷」を踏んだにも等しい自分に対し、よくも単純な打
擲で済ませたものだと思う。生粋のサイヤ人であるこの男の怒り任せの
気弾を浴びせかけられても、自分は物言いをつけられる立場ではなかっ
た。
 それとも……裏切りの代価を支払わされるのは、ここからなのか。

 いまだ総身から抜けきらない衝動に、地面を踏みしめる足元が覚束な
い。そんなピッコロの視界いっぱいに、再び眼前まで距離を詰めてきた男
の憤怒の形相が映り込み……人並み外れて聴覚に優れた耳朶を、その
怒号が、痛みすら伴う衝撃となって貫いた。
 
 「―――なんであの時、オラに話さなかった……っ!」
 「お父さん…っ!お父さん!やめて下さい…っ!」

 怒号と共に力任せに胸ぐらを掴みよせられ、ようやく呼吸の自由を取り
戻したばかりの喉元が、再び襲った息苦しさに喘ぐ。そんな自分を父親か
ら何とか解放しようとしたのか、悟空より頭一つ高いピッコロの視野に、そ
の背後から懸命に父親に取りすがる、悟飯の半泣き顔が飛び込んでき
た。 

 余計な手出しはしなくていいのだと目顔で伝えようとして……加減のない
力で喉元を圧迫される衝撃に、ピッコロの試みは失敗した。そんなピッコ
ロに向かい、愛息の懸命の呼びかけを黙殺した悟空は、言葉を重ねて恫
喝する。

 「オラ、おめぇに言ったはずだよな!?本当に悟飯がどうしようもねぇとこ
  ろまで追い詰められちまった時は、教えてくれって……今はおめぇの
  言葉を信じるから、その時はちゃんと教えてくれって……オラ、言った
  はずだぞ!!」
 「…っ」
 「今までさんざんおめぇの世話になっといて、こんなこと言えた義理じゃ
  ねぇって解ってる…っオラじゃ悟飯に何もしてやれねぇんだって、オラ
  が一番よく解ってるさ!そんでもオラは、こいつの父親なんだ……こい
  つが一番辛ぇ時になんにもしてやれねぇで、なんにも知らされねぇで
  ……それがどんなにこいつに申し訳ねぇか…自分が情けねぇか……
  おめぇに解るか…っ!?」

 こみあげてくる激情に耐えかねたのか、それとも執拗に自分を止めよう
とする息子の庇いだてに辟易としたのか―――ピッコロを締め上げる悟空
の両腕は、始まった時と同様、唐突に脱力し、ピッコロを解放した。
 背後の幹に自重を預け、咽返るようにして呼吸を整えるピッコロを、男の
憤怒に駆られた双眸が、射抜くかのようにねめつける。……と、怒気も露
わにしたその容貌が、不意に歪められた。

 「……孫?」
 「お父さん……?」

 それまで渾身の力で父親を押さえていたのであろう青年もまた、父親の
突然の変容に面食らったのか、躊躇いがちにその名を呼びかける。そん
な息子の制止の手を静かに振り払うと、悟空は徐に背後を振り返った。
 そして……ピッコロの眼前で、自身の愛息へと向き直った男の手が、空
を切るように振りかざされた。 

 「孫…っ」
 「…っ」

 先刻の打擲と比べれば、明らかに加減を感じさせる……しかし、はっき
りとそれと解る破裂音が、森閑とした山野の空気に浸透する。   
 制止が間に合わなかったピッコロの眼前で、出し抜けに頬を張られた青
年が、呆然とでも呼ぶべき態で、悟空を見つめていた。

 「……おめぇも…なんで…一人で…っ」
 「孫っ!」

 様々な感情がないまぜになった表情で、悟空が悟飯に、さらに一歩歩み
寄る。そうして、悟空は詰め寄った体勢のまま、悟飯に向かい再びその手
を伸ばした。
 また激情のままに殴打するつもりかと、呼ばわりの語気が焦燥に荒くな
る。だが―――狼狽するピッコロの前で、その手は向かい合う愛息の体を
引き寄せ、懐抱した。

 「……ピッコロを、頼るなって言ってる訳じゃねぇ。それでも、なんで……
  オラ達に何も言わねぇで、おめぇ一人で抱え込んじまったんだ……っ」
 「……お父さん…」
 「解ってんだ……おめぇは、オラ達が家族だから……だから、言えなかっ
  たんだよな…?それでもよ……なんで…こんな土壇場になるまで、話
  してくれなかったんだ……?」

 こんな、今更どうにもならなくなるまで、なんで黙ってたんだ―――

 抱き寄せた悟飯の肩口にその額を押し付けるようにして、悟空が大仰な
までに呼吸を繰り返す。血を分けた息子の眼前で、己の醜態を晒すまいと
考えた悟空の意地が、己を律するためにそうさせたのだろうとピッコロは思っ
た。
 そうして悟飯の視界から完全に己の表情を隠しながら、悟空は、振り絞
るような声で、すまねえ、と言葉を繋ぐ。

 「すまねえ……悟飯、すまねえ……っ…おめぇがそんな思いをしなきゃな
  らなくなったのは、オラのせいだ…っ」
 「…っ」
 「オラは、強ぇ奴と戦うんがただ楽しくて……平和な世界に暮らすんも悪く
  ねぇけど、やっぱり戦っていたくて……そんなオラの存在が、地球にいろ
  んなもんを引き寄せちまうんだって、昔ブルマにも言われたことあったの
  にな……オラ、ちっとも懲りねぇで…ブウと戦った時も、そうだ。オラはあ
  の時死んでたから、地球に生きてるもんに…これから地球を守ってく、お
  めぇに強くなってもらえば、それで全部丸く収まるって、そう思って……
  そういうオラの考えが、おめぇにこんな重荷を背負わせちまった……っ」

 言葉を紡ぐ側から、愛息と揃いの道着に包まれた男の背中が小刻みな震
えを帯びる。それでも悟空は息子にも、背後に佇むピッコロにもそれ以上の
痴態を晒さなかった。
 悟飯の体内で蟠り膨れ上がる、サイヤ人の破壊衝動。そのそもそもの誘因
である自分自身に対する、悟空なりの戒めのつもりであったのかもしれない。

 「おめぇがオラと違って、戦いなんて好きじゃねぇんだってことは、おめぇが
  子供の頃からオラだって解ってた。だからおめぇが都に行った時も、上の
  学校に上がってった時も、これでおめぇの夢にまた近づいたんだって、オ
  ラ、嬉しかった。……おめぇから見れば、カイショナシの随分頼りない親父
  だって思うだろうけど、それでもオラ、オラなりに、おめぇの夢を応援してた
  んだ」
 「……お父さん…」
 「学校で、もの凄ぇ試験受けて……そしたら、学者になるんもそう遠い話じゃ
  ねぇんだろ?それなら今度は、おめぇがおめぇの家庭作って、おめぇのし
  たがってた平和な毎日送って……そうやって、おめぇには幸せになってほ
  しいって思ってたんだ」

 それを、オラが駄目にしちまったんだな―――言って、悟空は耐えかねた
かのように、嗚咽交じりの嘆息を漏らした。
 
 「そりゃあ、結婚しなくったって、子供がいなくたって、幸せにはなれる。幸
  せなんて、一つっきりじゃねぇもんな。……それでも、オラもベジータも、
  ここで嫁さんもらって、子供ができて、自分だけの家族ができた。オラ達、
  地球人ですらないのにな……きっとベジータもそうだと思うけど、そうい
  う毎日が、ほんとに幸せで、ありがたくてよ……だから、おめぇにも悟天
  にも、いつかそういう気持ちを味わえる時が来ればいいって…オラ、そ
  う思ってたんだ」    

 年がら年中フラフラしてるオラが言っても、勝手なことぬかすなってどやさ
れそうだけどさ……続けられた男の言葉には、飲み下し切れなかったのだ
ろう自嘲の響きがあった。
 本当にすまねぇと、悟空が詫言を繰り返す。その語調に、それまで触れた
ことがなかったであろう父親の様相に戸惑い交じりの表情を浮かべていた
青年の面差しが、何かに思い至ったかのように、僅かに強張った。
 ややして―――緩やかな弧を描いたその頬桁が、傍目にもそれと分かる
ほどに、小刻みな震えを帯びる。

 「……いいえ」

 自分を懐抱したまま放そうとしない悟空を気遣わしそうに見遣っていた眼
差しが、己を持て余したかのように虚空へと反らされ、そして伏せられる。
 程なくして、閉ざされた瞼を押し上げるようにして溢れだし、戦慄く頬桁を
伝い落ちていくものがあった。

 「……いいえ、お父さん。お父さんの息子に生まれて―――僕は、幸せ
  です……」 
 「悟飯……」
 「すみません……自分の事ばかり考えて…お父さんやお母さんの気持ち
  を、撥ねつけるような真似をしてしまって……すみません…」

 悟飯の詫言をどう受けためたのか、悟空からの応えは返らなかった。彼
は言葉の代わりであるかのように愛息を抱く腕にグッと力を込め、そして 
一度だけ、大きく喘いで己の呼吸を整えた。
 そうして……悟空はそれまで悟飯の肩口に頑なに伏せていたその容貌
を、ようやく持ち上げた。

 背後に佇むピッコロには、男がどんな表情をしているのかは解らない。そ
れでも、向かい合う悟飯の容貌を伺い見れば、その様相を推し当てるのに
吝かではなかった。  

 きっと、これまで自分が目にしたことのない顔をして、彼は自身の息子を
見据えているのだろう。向けられた背中を通してさえ、押し迫ってくるような
男の遣る瀬無さを、ピッコロは感じずにはいられなかった。
 そんなピッコロを尻目に、悟空はようやく正面から相対した青年に向かい、
静かな声で、これがお前の選んだ答えなのかと、言葉を続けた。

 「……おめぇの一生は、おめぇだけのもんだ。オラやチチがどう思ったって、
  こうすることがおめぇの幸せのためだっていうんなら、オラ達に気遣いな
  んかいらねぇ。オラ、そのためならなんだってやってやる。……そんでも…
  本当に、おめぇはそれでいいのか……?」
 「……お父さん…」
 「それでおめぇは一生後悔しねぇのか、なんてことは聞かねぇ。一生の問
  題に、ここで無理やりケリつけようってんだ。それを一生後悔するなって
  方が無理な話だもんな。そんなこと、神様にだって出来やしねぇ。……
  そんでも、「今」のおめぇは……そうするんがおめぇの幸せだって……本
  気で、そう思ってるのか?おめぇは「今」、おめぇのやろうとしてる事を、
  後悔してねぇって…本当に、そう言えるか……?」

 それは、自分の干渉できない命題に自ら答えを出そうとしている悟飯に
対する、悟空なりの譲歩の表れだったのだろう。
 血を分けた我が子が、自らの意志で孤独な半生を選び取ろうとしている
のだ。親であればこそ、息子のそんな選択を認めたくないという思いは計
り知れないだろう。 
 だが、ここで自分が反駁し、力ずくで愛息の選択を握りつぶしたところで、
代替策を持たない自分が息子を救ってはやれない事を、悟空は過たず察
している。であればこそ、彼は、不承不承であれ、悟飯の選択を自分なり
のやりようで後押しする心持ちにもなったのだろう。
 
 いつになく語勢に欠ける父親の問いかけに、悟飯はつかの間押し黙った。
懊悩の末にようやく思い定めたのだろう覚悟に、それまでとは別種の方向
から機先を制されたような心地になったのかもしれない。   
 だが……一度は思わしげに伏せられてしまった青年の眼差しは、ややし
て、はっきりと眼前の父親へと据えられた。
  
 「……はい。後悔はしていません」

 微かな、しかし聞く者の耳に明確に届いた、応えの言葉。
 それを自分自身への踏ん切りとしたのか、悟飯はしっかりと顔を上げ、自
分に選択の一切を委ねた父親の顔を、まっすぐに見返した。

 「僕は、ここを乗り越えて、自分に責任が持てるくらいには自分をちゃん
  と保って……僕の目指していた、学者になります。その為に今必要な措
  置を取る事に、後悔はしていません」

 まったく逡巡がなかった訳ではないのだろうと、そんな風に思わせる、面
差しと語調だった。
 今こうしている間にも、悟飯の中では、やはりさまざまな葛藤があるのだ
ろう。それでも、二の足を踏みながらも、この選択を後悔すまいとしている
青年の気概だけは、過たず感じ取る事ができた。
 悟空にしても、それは同様だったのだろう。彼は、数瞬の沈黙の後、短く
そうか、と言葉を発した。

 「……おめぇがそう決めたって言うんなら、オラにはもう、何も言えねぇ。
  おめぇは昔っから、よっぽどの覚悟がなけりゃそこまではっきりもの言
  わなかったし、一回そうなったら、周りが何言ったって聞こうとしなかっ
  たもんな」

 ピッコロを生き返らせたくてナメック星に行った時とかな―――続く言葉
にどこか揶揄するような響きを感じさせながら、悟空が束の間、背後のピッ
コロを振り返る。彼は含むものを感じさせるような笑みの形にその口角を
持ち上げ、そして、数瞬の後にはこれまでピッコロが目にしたことがないよ
うな、遣る瀬無い表情を見せた。

 そんな「らしくない」表情を浮かべたまま、悟空がふと、視線を巡らせる。
何かを思い立ったのか、それとも行動の契機が欲しかったのか、彼はそ
のまま踵を返し、悟飯からもピッコロからも、数歩の距離を遠ざかった。
 早暁の日差しに照らされた草地の上を、来訪者達を顧みることなくそぞ
ろ歩くと、大仰に伸びをして、慣れ親しんだ山野の空気を吸い容れる。そ
うする事で自分の気持ちに踏ん切りをつけたのか、悟空はようやく、自分
の行動を待っている二人の姿を振り返った。  

   
 「……そんなら、とっとと移動すっか。界王神のじっちゃんのとこから帰っ
  たら、ドラゴンボールを集めてこなきゃなんねぇからな。おめぇも試験の
  前でそんなに時間とれねぇだろ?」

 だったらとっとと、やる事済ませねぇとな―――言って、悟空は当初の衝
突以来、一度も水を向けることのなかったピッコロの名を、改めて呼ばわっ
た。

 「―――ピッコロ、おめぇはどうする?おめぇら、いまいちあそこは苦手み
  てぇだけど」

 それでも同行するかという、言外の問いかけ。
 ピッコロやデンデ、界王といった、この世界を俯瞰した視点から管轄する
立場にある存在が、その頂点に聳える絶対神を前には、本能的に追従せ
ざるを得ないという柵に縛られている事を、これまでの仲らいから、悟空に
も過たず察せられているのだろう。その上で結論を押し付けるのではなく、
来るか来ないかという選択を相手に委ねたところに、ピッコロは男の雅量
を感じていた。
 鷹揚なようでいて、意外と自らの矜持に拘る一面も持つこの男が、先刻
の衝突について、自分に向かい言葉による働きかけを試みる事はないだ
ろう。孫悟空とは、そういう二面性のある男だった。
 
 同行した彼の愛息が、この世に生まれ落ちる以前からの付き合いだ。だ
からこそ、言葉という形を取らずとも、伝わってくる思いがある。
 これは、先刻の諍いに関する、彼なりの譲歩であり陳謝なのだ。それ故
に、彼はこの後に及んでも、愛息の進退を決定すると言っても過言ではな
い一つの局面から、自分を部外者として弾きだそうとはしないのだろう。

 当人が幾度となく物語っていたように、どういった形であれ、悟飯の半生
をこれまで無償の愛情で見守ってきた父親だ。息子が敢えて詳細な言葉に
して言い表すことのなかった「ガス抜き」についても、大まかな想像はつい
ているのだろうに……それでも彼は、愛息の生き様を歪めたにも等しい自
分に対し、この一件から手を引けとは言わなかった。
  それこそが、この事態に対する男の覚悟であり、ひたすらに息子の幸
甚を願う父親としての思いなのだろう。向けられた視線と短い問いかけの
言葉からそれを感じ取ったピッコロは、敢えて問いかけの真意を聞き返す
ことも、これまでの経緯について自らの言葉で託言することもなく、平時と
変わらぬ語調で、当然だ、と短く応えた。

 「……悟飯が自分の言葉で大界王神様を説得しきれなかった時、お前
  では伝え聞いた情報以上の口添えはできないだろう。神殿で悟飯を預
  かっていた俺が同行するのが、一番手っ取り早い」

 だから自分もつれて行けと、言外に続けられた希求の言葉の陰に、自分
を事態の当事者から外そうとはしなかった男の厚意に対する謝意を込め、
庇護者の範疇を越えて彼の愛息に関わりすぎてしまった、行き過ぎた自ら
の立ち処を詫びる。そうして、ピッコロは自分を見遣る男の前に、一歩足を
踏み出した。
 これで話は決まったという、言外の最後通告のつもりだったのだろう。そ
んなピッコロに目顔で頷くと、悟空はまず、自分の出方を待つようにその場
に佇んでいた愛息に向かって大股に歩み寄り、自分とさして身丈の変わら
なくなった発育のいい肩に腕を回した。そうして、逆の腕をピッコロへと伸ば
す。 
 それと察してさらに互いの距離を縮めたピッコロの二の腕付近に、伸ばさ
れた掌が触れる。と同時に、悟空は息子の肩を引き寄せた腕を自らに向け、
立てた指先をその額に押し当てた。
 目的とする人物の気を探り当てさえすれば、望む場所へ一息に移動でき
るという―――地上に生きる生物の中で、この男だけに許された、特異能
力が具現する表徴……

 次の刹那―――早暁の陽光に照らされた草地の一角から、その場に佇
んでいた人影が、跡形もなく掻き消えた。
 人の気配を失い、特有の静謐さを取り戻した山深い景観に、平時と変わ
らない一日が訪れようとしていた。





 「――――駄目じゃ!あれは自然の摂理を狂わす代物なんじゃ。もうこれ
  以上、安易に使っちゃいかん」

 人の世界と隔絶された神の領域、界王神界―――
 悟空の瞬間移動によって到達した、それぞれにゆかり深いその場所で……
三人は当代の界王神のはからいにより、然したる手間もかからずに、目
的とする大界王神との接見に臨む事ができた。

 相も変わらず、飄々とした表情で来訪者を出迎えた老神は、気安い挨拶
を寄越して彼らを歓待したが……一行を代表して悟飯が事の次第を陳情
すると、にべもない語調で、その訴えを退けた。
 それまで息子の語るに任せていた悟空が、平時と変わらず物怖じしない
口調で、けち臭いこと言うなよと言葉を添える。だが、老神は悟空の軽口
に取り合わなかった。 

 「阿呆。ケチとかそういう問題で言っとるんじゃないわい。あの願い玉はよ、
  もうとっくに臨界状態を迎えとるんじゃ。これ以上使えば、これまで蓄積
  されてきたマイナスエネルギーが、暴発する。そうなりゃあ、お前さん達
  が暮らす地球なんぞひとたまりもないわい。地球どころか、銀河の摂理
  そのものが、無茶苦茶に狂っちまうんじゃからな」

 神格のないもんにこんな話を聞かせるんは、ルール違反かもしれんがの
う―――言って、大界王神はそれまでの飄々とした様相を一転させ、しかつ
めらしい表情を見せた。

 「お前さんら、これまで、あの願い玉をどれっ位使ってきた?」
 「じっちゃん?」
 「地球であの玉を使うっちゅうことはよ、そのたんびに、願いの代償として
  願い玉に膨大なマイナスエネルギーを押しつけるっちゅうことなんじゃ。
  だからこそ、ありゃあよ、一つの願いをかなえ終わったら、ちっとやそっ
  とじゃ見つけ出せないような場所にバラバラに飛び散ってよ、そこでゆっ
  くりゆっくり、時間をかけて……そうじゃな、それこそ普通の人間なら一
  生に一度、恩恵にあやかれるかどうかっちゅうくらいのスパンでよ、抱え
  込んだマイナスエネルギーを癒していくもんなんじゃ。……じゃが、その
  恩恵にあやかるには、地球の人間ははしっこ過ぎたんじゃな……いつ
  の頃からかよ、お前さんら、玉が実体を取り戻すんと時間を争うように
  して、ポンポン神龍を呼び出しておったろ」

 そんな事繰り替えしとりゃあ、臨界迎えるんもあっという間じゃろうて……
続く老神の言葉には、平時の彼を知るものの耳には馴染を感じさせない、
得も言われぬ遣り切れない響きが滲んでいた。

 「……ま、少なくともお前さんらは、私欲の為にあの願い玉を使ってきた
  訳じゃあないわな。そりゃわしにもようわかっとる。……そんでも、願い
  の質がどうこうっちゅうことじゃなくてな。これ以上あれを使えば、玉に
  蓄積されたマイナスエネルギーがいつ暴走しても、おかしくないんじゃ
  よ。……そういう状況で、願い玉を使わせるわけにはいかん。
  ―――ああ、言っとくがよ。ナメック星のポルンガでも、状況は大して
  変わらんぞ。むしろ、あっちの純正の願い玉の方が、地球以上に短期
  間で酷使した分、浄化にも時間がかかるかもしれん」   
 「大界王神様……」
 「孫悟飯、お前さんが切羽詰まっとるんはようわかる。お前さんはあの魔
  人ブウと戦うために、一生下せない枷を背負ったんじゃからな。お前さ
  んのそういう働きもあって、この界王神界は魔人の手からも救われた。
  わしも、できる事ならどうにかしてやりたいと思っとるがよ……」

 こればかりは無理なんじゃと、そう告げられた老神の言葉が、人の世界
を超越した空間に重く浸透する。束の間、その場に居合わせた誰もが、二
の句を継ぐことができなかった。
 だが……

 「……なあ、じっちゃん。マイナスエネルギーってのが暴走したら、どうい
  うことになるんだ?」

 だが、沈黙を破った悟空の問いかけは、重苦しいその場の空気にそぐ
わない、楽観的なものだった。
 居合わせた全員の視線を浴びながら、悟空の眼差しが、語調に似つか
わしくない真摯さで以て大界王神へと据えられる。そんな男のよすがに思
うところがあったのか、老神は幾ばくかの沈黙の末、そうさなあ、と言葉を
繋いだ。
   
 「前例がない……っちゅうか、作らないようにしてきたからよ。正確なとこ
  ろはわしにもなんとも言えんけどよ……昔一度だけ、そういう事態になっ
  た時は、願いを叶えてきた神龍が異質なものに変貌しとったな。龍っちゅ
  うのは、元々自然の摂理に干渉できる力と格を持っとるからの。それが
  「堕ち」ればどうなるか…まあ、想像はつくじゃろ?銀河レベルで破壊の
  限りを尽くす羽目になるじゃろうよ」
 「じっちゃんの力でも、止めらんねぇのか?」
 「ま、無理じゃろうな。人間の欲には際限がない。そういうマイナスのエネ
  ルギーをしこたま取り入れて、「堕ち」た龍じゃ。そもそも、「堕ち」た時点
  で神格も失われるからな。わしの干渉は受けんじゃろうよ」

 だから自分の力をあてにしてくれるなと、老神の言外の牽制が、居合わ
せた者の耳朶に重く響く。突きつけられた現実は、来訪者達の口を噤ませ
るには十分な衝撃を彼らに与えた。

 悟飯の目論みが首尾よく成功し、その体内で膨れ上がるサイヤ人の破
壊衝動への対処が可能になったとしても―――肝心要の地球が、のみな
らず銀河系そのものが巻き添えとなって破壊されるかもしれないと聞かさ
れて、おいそれとそれを強行することはできなかった。

 今日の所はこのまま帰れと、絶対神の粛然とした下知の声が辺りの空
気を震わせる。ドラゴンボールの使用を認められなかった以上、悟飯の破
壊衝動を抑えるために、現状で自分達が打てる手立ては見いだせないま
まだ。その上で、この絶対神の領域からの辞去を促す老神の言葉は、自
分達に与えられた彼の最大限の譲歩なのだという事を、ピッコロは身に沁
みて思い知らされていた。
 そもそもが、悟飯の感情の揺れ幅に制御を施すという、大界王神の示し
た打開策を蹴った上で、自分達はここに来たのだ。本来であれば、問答無
用で青年への措置が施されていても不思議ではない。
 その上で、絶対神がまだ猶予を与えようとしてくれているのだから、その
厚情に縋って、自分達はこのまま地球に戻るべきなのだろう。それはピッコ
ロにも解っていた。だが、帰還したところで、試問試験までの限られた日数
で、この青年の為に他にどんな後押しをしてやれるのか、何も思い起こす
ことができなかった。 

 このまま成す術もなく、「現状維持」を貫くしかないのか―――
 青年が懊悩の末にたどり着いた打開策に、強制的に水を差されたことへ
の焦りと……何の救いにもならない事を承知の上で、それでも覚えずには
いられない、結論を先延ばしされたという安堵の思い。それらがないまぜと
なり、ピッコロには、青年達を促すことも、老神への説得の口添えをする事
も、できなかった。

 それぞれの思いから居合わせた全員が口を噤んだまま、沈黙が重い帳
となって辺りの空間を支配する。
 そのまま二十秒が過ぎ、三十秒が過ぎ―――


 「……なあ、じっちゃん」

 再び沈黙を破ったのは、平時よりも声音も低く語勢を潜めた、悟空の呼
ばわりだった。
 なんじゃと返した老神の応えに対し、言葉の接ぎ穂を探しているかのよう
に、男の二の句が滞る。そんな、いつにない様相に居合わせた全員の視
線が集まる中、彼は、間を取ったというには長すぎる沈黙の末、徐にその
口火を切った。

 「オラが、そのマイナスエネルギーってやつを引き受ける。だから、あと一
  回だけ、ドラゴンボールを使わせてくれねぇか」
 「悟空…?」
 「オラ達の願いで神龍がよくねぇもんに変わっちまうっていうんなら……
  オラが、何としてでもそいつを止める。オラの全部に誓って、ぜってぇ
  にマイナスエネルギーを暴れさせたりしねぇ」

 だからあと一回だけ、目を瞑ってくれ―――続く陳情の言葉と共に、眼
前の老神に向かって、悟空が思い切りよく頭を下げる。その語調は、平時
の彼を知る者が耳を疑いたくなるほどに、差し迫ったものだった。
 おそらくは、生まれて初めて目の当たりにしたのだろう父親のそんな一面
に、悟飯が言葉もなくその場に立ち尽くす。ピッコロもまた、絶対神の出方
に神経をとがらせながらも、当事者の身上から些か距離を置いた立ち位置
で、事態を静観するよりほかになかった。
  
 そうして、それぞれの顛末により再び訪れた沈黙の中―――絶対神は、
まるで能面のように「人間味」を感じさせない顔ばせをして、自分に向かっ
て頭を下げる男の姿を、頭の先から爪先まで眺めやった。
 積み重ねられていく、焦れるような暗黙の時間。

 そうして、どれほどの時間を過ごしていたのか……まあ顔を上げろと、老
神が悟空を促した時には、ピッコロは、緊張に喉が干上がるような心地を
味わわされていた。
 絶対神の醸し出す無言の圧力から、これで解放された訳ではない。その
証拠に、老神が悟空を見据えるその慧眼からは、僅かな手心も感じ取れ
なかった。
 そして―――  
 
 「そんならよ……おまえさん、どうやって、「堕ち」た神龍を止めるんじゃ?」
 「じっちゃん……?」
 「今までさんざっぱら、自分らの星に都合がいいように願い事を重ねてき
  たんじゃろ?そのしわ寄せで歪めちまったもんを―――今度は、おまえ
  さんの力で壊すんか?」

 絶対神の冷然とした声音が、語勢だけは静やかに、その場に居合わせ
た者達の心肝に突き刺さる。  
 正鵠を射るような老神の寸言に……だれも、報答の声を上げる事は出来
なかった―――




                            TO BE CONTINUED...


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