safety valve・25









  堪えに堪えさせられた吐精の衝動を一身に受け止めさせられ、悟飯は半ば、
放心状態に陥ってしまったようだった。
 「夜」の静寂にはあまりにもそぐわない、耳障りなほどの荒い呼吸音が断続
的に室内の空気を震わせる。ピッコロが内心で気を揉むほどにゼイゼイと息
を荒げたまま、青年は胸を激しく上下させながら、絶頂の余韻を懸命にやり過
ごしているかのようだった。

 雄の本能を逆手に取って、強引に昂ぶらせ精を搾り取るような真似を働い
たのだ。それも敢えて青年を疲弊させるようなやり方を選んだのだから、そう
簡単には体の自由が戻らないだろう。
 悟飯が体調に異変をきたしていないかだけを見誤らないように、慎重にその
様子を観察する。これでひとまず、青年の身を焼く衝動が治まったようなら、
当初の目的は果たせたものとして、今度こそ青年を解放してやっても問題な
いだろう。

 「……悟飯、大丈夫か」

 相手の返事を期待しているというよりは、意識レベルを確認する事を目的に
その名を呼ぶ。対して、青年はどうにか呼吸を整えようとしているのか、不自
然な感覚で何度も息を呑みこみながら、大儀そうにその瞼を持ち上げた。
 いまいち焦点が覚束ないものの、自分の呼びかけを感知できる程度には意
識を保っているらしい。ともすればこのまま寝入ってしまいそうな自らを押しと
どめるかのように、彼は、ひどく大儀そうに瞬きを繰り返した。
 無理して起きていようとしなくていいと、奔放に跳ねる青年の癖毛を加減した
力で掻き乱す。その感触が心地いいのか、悟飯は、言外に促されるままに目
を閉じ、呼吸の治まりに合わせて総身を投げ出すように脱力した。
 
 これはこのまま寝入ってしまいそうだと、それまで指先に絡まる毛髪を弄ん
でいた青年の頭部から手を放す。と、その感触を惜しむかのように、悟飯の
瞼が持ち上がり、その双眸が再びピッコロを捉えた。
 のみならず、その場を離れようとしているピッコロを引き留めようとでもして
いるのか、緩慢な動きで持ち上げられた青年の手が、寝台の脇に置かれた
ピッコロの手首に触れる。

 「悟飯?」

 子供でもあるまいに、完全に寝入ってしまうまで側で宥めていてほしいのか
と、揶揄するような軽口が喉元まで出かかった。こんな風に完全に無防備な
姿を晒す青年を見るのは久方ぶりで、その様子に、ピッコロは内心で安堵の
思いを覚えていた。
 と、その時―――

 「…っ」

 前触れもなく、寝入りばなとは思えない力で、触れた指先がピッコロの手首
を握りしめてくる。反射的に身を引きかければ、その動きを咎めるかのように、
手首にかかる握力が強くなった。 

 「悟飯?」

 意図があっての行動かと、自分を見上げてくる双眸を覗き込む。……と、次
の瞬間、ピッコロは、総身を貫いた本能的な衝動に、その身をギクリと強張ら
せた。
 それまでぼんやりとこちらを見上げていたに過ぎなかった黒目がちな双眸に、
はっきりとした意志の力が宿ったのを感じる。青年は、自分に縋ろうとしている
のではなく、自分をこの場から逃すまいと、捕えた手首を掴みよせていた。
 手首にかかる負荷によるものでも、ましてや、吐精の衝動が蟠る青年の肉
体から伝わってくる熱でもなく―――きつく握りしめられた箇所が熱い。それ
は、これまで自分達がかいくぐり生き延びてきた歴戦の記憶の中で、ひどく馴
染のある感覚だった。

 命さえ危ぶまれるほどの窮地に晒された時。あるいは、身を焼くほどの衝動
に身を任せた青年が激昂した時。
 生まれながらに兼ね備えた、戦闘民族の本能がそうさせるのだろうか。悟飯
は、彼の父親や同族の王子がそうであるように、体内で高ぶらせた気の赴くま
まに、周囲の者が一瞬触れる事を躊躇うほどの熱量を放散させていた。  
 そして―――そんな時、肉体の高揚感とは相反するかのように、一旦逆上し
箍が外れてしまった青年は、周囲が肝を冷やす程に、冷酷だった。

 情に篤く理知的な性格の影に隠されて、平時であればけして表には表れな
いもう一人の悟飯。戦闘民族サイヤ人と地球人の混血により誕生した究極の
戦士の姿が、そこにはあった。

 「…っ悟飯…!」

 意識を保つことが困難になるほどに追い詰めたことが、仇となったのだろう
か。今の悟飯の有様は、先刻陥っていた一時的な放心状態よりも更に性質
が悪かった。
 意志の力で抑えきれなくなった衝動が漏れ出しているというなら、まだいい。
悟飯本人にそれを押さえようとする意識が働いている内は、まだ最悪の事態
を避ける事もできた。
 だが……今の悟飯は、言うなれば一種のトランス状態に陥っているようなも
のだ。神殿で手合わせをした際、突如変貌して放った気弾で自分の腕を弾き
飛ばした、あの時の状態に近い。

 加減のない力で掴みしめられた手首が、ミシリと嫌な音を立てる。このまま
主導権を取り戻さなければ労せずしてへし折られるであろう痛みと衝撃に、
奥歯を食いしめるようにしてピッコロは耐えた。
 そうして懸命にその場に踏み止まりながら、自分を見上げてくる青年の常軌
を逸した眼差しと、腹の底からかき集めた気勢で向き合う。そんな様相を晒し
た悟飯の姿は長付き合いの歳月を振り返っても余りにも馴染の薄いもので、
まるで他人と相対しているかのような寒々しさが、酷く空しく感じられた。

   
 『もうとどめを?―――ふふ…まだはやいよ、おとうさん』
 『ちぇ…つまらない…それじゃあ、おまえももう終わりだな…』

 追憶を刺激されたのだろうか。ふと、まだ稚かった時分の少年の声が、ピッ
コロの耳朶に蘇った。

 いまから十年以上も昔……人造人間に蹂躙される地球の未来を変えるため、
自分達は数年越しの死闘に身を投じていた。
 己を生み出した製作者すらその手にかけ、破壊の限りを尽くす人造人間達。
彼らはその貪欲さゆえに共食いのような状況を繰り返し、最後には、究極の人
工生命体と呼び称された完成体の人造人間、セルを作り出した。

 より強固な敵と戦い凌ぎを削りたいという自らの望みの為に、セルが目を付
けたのが、当時まだ十歳にも満たない少年の日の悟飯だった。
 戦いを好まない心優しい少年を激昂させ、我を忘れた彼との戦いを実現させ
るために、セルは直接的な攻撃のみならず、間接的に少年の心を傷つける事
で、彼の中に眠る戦士としての資質を強引に引きずり出そうとした。
 その結果、地上には、他の追従を許さない圧倒的な力倆を持った戦士が誕
生した。

 悟飯の暴走。決して覆せない力量差に自棄を起こしたセルの自爆。そうした
予測外の事態を皮切りに、結果として多大な犠牲を要したものの、自分達はセ
ルの撃破に成功し、地球の未来を守った。それで、数年の時間を費やした人
造人間騒動は、ようやく幕を閉じたのだと自分達は思っていた。
 だが……こうして現実を眼前に突き付けられた今なら、解る。あの時少年が
見せた暴走は、その後の彼の人生を呪縛する、桎梏の片鱗に過ぎなかったの
だと。
 
 「…っ」

 あの時、少年の中に目覚めてしまったサイヤ人の破壊衝動。それがいまも
尚、ここまで根深く根付き、その枝葉を広げている。
 根絶することなど、望むべくもない状況である事は、始めから解っていた。
それでもせめて……その衝動が、一人の社会人として、今まさに独立しようと
している青年の前途を阻むことのないようにと、自分は私心を擲って彼を後押
ししてきたつもりでいた。だが……

 この程度のガス抜きでは、結局、中途半端に彼を煽ってしまうという事か……


 手首にかかる容赦のない握力を堪えてやり過ごす側から、物理的な要因に
よって生み出されたものではない疼痛が胸襟に広がっていく。ともすれば、そ
んな自らの情に負けて、青年の中で膨れ上がる衝動に呑みこまれそうになる
自分自身を、ピッコロは腹の底で叱咤した。

 ここで、身の内に蟠ったものに素直に身を任せてしまえば、ひとまずは、悟
飯を苛むこの衝動は治まりを見せるのだろう。次の波がいつやってくるかは解
らないが、そうして小出しに放出を繰り返していれば、身体の自由を取り戻せ
る程度には、青年は楽になれるはずだ。
 人知の及ばぬ、神の聖域。下界の建造物と比べればはるかな強度を保ち、
その衝撃を下界に伝播させないこの空間は、青年が衝動のままに暴れるに
は打ってつけの環境だった。
 そして、相対する自分の体は、人並み外れて自己修復能力に秀でている。
神殿での手合せの際もそうであったように、こうして我を失っているのであろ
う悟飯の暴走に巻き込まれようと、その結果負った傷痍など何ほどのもので
もなかった。そうやって、小出し小出しに破壊行為を繰り返させていれば、い
ずれは、青年の中に蟠る衝動も治まってくれるのだろう。

 だが……そうすることで、悟飯は確実に、己自身を傷つける。それは、身の
内で荒れ狂う衝動に振り回され疲弊するよりも、よほど厄介で由々しい事態
だった。
 体に負った傷なら、いつかは癒える。その為の場所も手立ても、自分は彼に
提供してやることができた。
 だが、青年が胸の内に抱え込んでしまった瑕疵については、そういう訳には
いかない。鍛え上げた肉体ほどには気丈夫さを持ち合わせていない悟飯にとっ
て、これ以上にやっかいな懸念材料はなかった。

 元来、争いごとを好まない、穏やかな気性をした青年だった。それでも、激
動の時代を生き延びねばならなかったその生い立ちに引きずられるように、
有事の際、彼は常に戦線の先頭に立ち続けてきた。
 幼い時分から、少年が夢に描き目指し続けた有識者への道のり。その理想
とする未来絵図を、当時彼と交流のあった同朋の中で知らない者などいなかっ
た。
 だが……時流がその歩みを著しく歪め、いつしか、いっぱしの戦士として成
長し、外敵を脅かす程の存在となった少年の変貌を、自分達は、誰一人とし
て止めようとはしなかった。
 いつ平定の時を迎えるともしれない乱世。そんな世界で、彼が持って生まれ
た、戦士としての類まれなる資質をこのまま野に埋もれさせてしまうには余り
にも惜しい……その成長を目にした誰もが、そう思わずにはいられなかったの
だ。

 悟飯のこの先の生き様に、当時から漠然とした懸念を抱きながら、それでも
目を反らし続けてきたのは、当時少年だった彼に世界の未来を背負わせた自
分達だ。そうして棚上げされてきた不安要素が、いま、一人の青年の姿を象っ
て、自分の前に具現化している。
 成す術もなくただ目を背け続けてきた、自分達の責任だ。これ以上青年を
追い詰めてしまう前に、自分が措置を取らなければならなかった。

    
 この程度のガス抜きでは効果が希薄だというなら、より有効性を望める手立
てを用いるしかないのだろう。そして、その為の知見と準備は、既に整ってい
た。 
 己の内に膨れ上がる破壊衝動に支配されかけた悟飯の意識は、今ならば
隙だらけだ。正面から闘気を浴びせるなどして触発したりしなければ、不意を
突いて付けこむ余地は十分にある。
 そして、立て続けに吐精を味わわされた青年の体は、平時のようには俊敏
に反応できない。これ以上の好機はなかった。
 青年の弱みに付け込もうとしている自らの負い目など、この先の彼の進退
を思えば取るに足らない。自分の仕打ちが傍目にはどれほど非道な振る舞
いに見えようとも、それで悟飯がこの急場を凌げるなら、彼を傷つけてでも強
行する意味は十分にあった。


 こちらの出方を伺うかのように凝望しながら、その実、視認できる範囲の外
には一切注意を払っていない、青年の杜撰さに付け入るように、拘束を受け
ていない腕をそろりと動かす。相手を覗き込むような体勢にあったことも幸い
し、ピッコロは悟飯の注意を引くことなく、その死角にまわした腕を支点に己の
重心を移動させることに成功した。 

 青年に余計な刺激を与えないよう、こちらを射竦めるかのような好戦的な視
線を表向きは無表情に受け止めながら、支軸とした腕を使って予備動作もな
く寝台の上へと乗りあがる。
 咄嗟の事に面食らったのか、それまできつく握りこまれていた手首から、束
の間拘束の力が抜ける。その隙を逃さずに両腕の自由を取り戻したピッコロ
は、間髪入れずに己の体全体で青年の動きを抑え込んだ。
 立て続けに吐精へと追い込まれたばかりの青年の体は、やはり平時よりも
反応が鈍い。もどかしげに身を捩って示される抵抗を封じる事は容易かった。

 それでも、サイヤ人としての戦闘本能に覚醒した状態にある今の悟飯には、
自分の拘束など恐れを覚えるほどのものではないのだろう。こちらをねめつけ
る様に見据えている青年の双眸からは多少の苛立ちが伝わってくるものの、
事態に対する焦りのようなものは、特に抱いていないようだった。
 どこか余裕を残した青年の様子が内心、癪に障らないでもなかったが、この
際、付けこむ隙は多いに越したことはない。まだこちらの出方を伺う余地を見
せる青年の甘さに便乗するように、ピッコロは、一息に行動を起こした。

 「…っ!?」

 抑え込まれた青年の視界からは死角となった、その下肢を己の体を使って
割り広げる。そうして、無防備に投げ出されていた足の間に手を這わせれば、
先刻まで味わわされた衝動を髣髴とさせられたのか、組み敷いた体がビクリ
と硬直した。
 頓着することなく、再び捉えた個所へと指先を潜り込ませる。敢えて気遣う
ことなく、差し込んだ指を一息に押し入れても、解されたばかりのそこはさした
る抵抗も示さなかった。
 だが……凌辱の記憶も生々しい悟飯の心理的な抵抗については、そういう
訳にもいかなかったらしい。
 
 「っふ…っぐ…っ!」

 いまだにサイヤ人の戦闘本能が強く表面に出ている容色のまま、青年が総
身を跳ね上げるようにしてピッコロの腕から逃れようとする。それを抑え込み
ながら更に添えた指を体内に呑みこませれば、反らされた喉元から切羽詰まっ
た様な苦鳴が上がった。
 徹底的な発散を狙って執拗に苛んだばかりだった青年の内部は、まだ柔ら
かさを保っている。心理的な抵抗も相まって、呑みこんだ指を不規則に食いし
めてくるものの、その抵抗は異物を体外に締め出そうとするにはあまりにも
お粗末なものだった。
 ピッコロの存在を、自分に危害を加える外敵と判断したのか、ねめつける視
線が更にきついものとなる。だが一切取り合わず、体内に潜り込ませた指で
青年の悦楽を呼び起こす箇所を時折押し上げれば、大仰なほどに総身を跳ね
上がらせながら、悟飯は隠しきれなかったのだろう享楽の色でその眼光を滲ま
せた。

 「…っひ…ッ!うぁ…っ」
 「悟飯」

 体内から与えられる刺激に、青年の敵愾心が目に見えて挫けていく様が感
じ取れる。それでも、ここで解放したところで結局は悟飯を中途半端に煽るだ
けの結果になるのだと、ピッコロは、逡巡する自身の弱腰を振り払うようにし
て、更なる無体を強行した。

 体内から送り込まれる逃れようのない刺激に、不規則に体を痙攣させる青
年の下肢をさらに割り開く。強引に割り込ませた己の体で閉じられないよう両
足を固定しながら、ピッコロは、それまで体内に潜り込ませていた己の指を、
斟酌の感じられない勢いで引き抜いた。途端に、大きく跳ね上がった体に逃
がれる隙を与えることなく、拘束した青年の膝裏を己の肩口に担ぎ上げる。
 片足を担がれたことで強引に重心を引き上げられ、己のとらされた体勢に
気づいた悟飯が喉奥で息を呑む。まさかの思いで見開かれた黒目がちの双
眸が、それでも己の懸念を打ち消したがっているかのように揺らぐのを、ピッ
コロは見せつけるように口元を歪めて黙殺した。

 それだけで……組み敷かれた青年には、全てが過たず伝わったらしい。瞬
時に色を失くした悟飯は、辛うじて身動きの適う己の双肩を使って、寝台の上
を上体でいざるような動きを見せた。
 だが、本人の懸命の奮励とは裏腹に、悟飯の逃避とも呼べないような行動
は、下肢を捉えて離さなかったピッコロの拘束によって、反って上肢の自由す
ら奪う結果を招いただけだった。
 僅かに遠ざかった距離の分だけ、膝裏を支点として上体の重心までもが持
ち上げられる。完全に身動きの取れなくなった青年が総身を強張らせるのに
頓着することなく、意図した仕草で、割り広げられた青年の下肢の間にピッコ
ロの下腹部が押し付けられた。

 半ば理性を失った状況下にあるとはいえ、雄として健全な発育を遂げた体
だ。衣類越しに存在を主張するものがなんであるのか、視認するまでもなく想
像はつくのだろう。完全に血の気の引いてしまった容色のまま、青年は物恐ろ
しいものでも見るような目でピッコロを見上げた。
 このまま無体を強行すれば、間違いなく悟飯は傷つけられ、打ちのめされる
のだろう。彼が自らの暴走により己を傷つける事がないようにと腐心した結果
と呼ぶには、自分の行動は矛盾しているようにも思えた。
 だが、いま「この」悟飯の気概を打ち砕く為には、相当の荒療治が必要だっ
た。そして、そうでもして内なる衝動を治めなければ、悟飯の精神の安定は得
られない。せめて下界で彼を待っている試問の日までは平時と変わることの
ない暮らしを送らせてやれるように、ここで、自分が手心を加えるわけにはい
かなかった。

 肩口に抱え上げた片足を更に引き寄せるようにして、委縮する青年と完全
に下腹部を密着させる。触れた体が小刻みな震えを帯びる様を黙殺し、ピッ
コロは執拗に慣らし解したその場所に、取り出した己自身をあてがった。
 弾かれた様に腰を引きかけた青年の片足を改めて肩口にゆすり上げ、膝
裏を解放した手でその脇腹を掴み寄せる。後退を許さずにきつく青年を抑え
込むと、解された場所を慎重に、しかし加減を感じさせない力で押し開いて
いった。

 「…っひ…っ!?っぐ!うあぁ…っ」

 指で慣らしたとはいえ、本来の用途に反した目的で、強引に体内を割り開
かれているのだ。その身に味わわされた衝撃は筆舌には尽くせないものだ
ろう。それまでこちらの出方を恐れ混じりに伺いながらも、それでも気丈にこ
ちらを見据えていた、彼をサイヤ人たらしめていた眼光が一瞬で四散したの
がピッコロには解った。

 強引に押し開いた青年の内部はきつく抵抗を示して絡みつき、ピッコロにも
少なからず苦痛を与えていた。これ以上異物の浸食を許すまいと、懸命に押
し戻そうとする内壁の抵抗を身を持って味わわされれば、悟飯に与えている
疼痛が如何程のものか、察するのは容易い。
 青年を傷つける結果となる事は、始めから承知の上の目論みだった。それ
ならば、変える事の出来ない結果の埋め合わせにもなりはしないが、少しで
も悟飯に与える苦痛を軽減してやりたいと、ピッコロも思っていた。
 だが、今の悟飯は、元来の彼が最も忌避する、戦闘民族の破壊衝動を具
現化したかのような存在だ。そんな、もう一人の自分の覚醒を恐れて彼が十
年来の懊悩に苦しめられてきたことを、自分も側近くでずっと見届けてきた。

 持って生まれた戦闘民族の本能がそうさせるというなら、その一面を罪で
あるかのように断じるのは不憫というものだろう。「この」悟飯も、確かに彼の
中に存在する人格の一つなのだ。
 それでも、戦いを好まない心優しい青年にとって、自分の中に息づく戦闘民
族としての自分がどれほどの負荷となっているかを鑑みれば、この命題を簡
単に容認する訳にはいかない。彼が身を投じようとしている、平和な市井での
暮らしの中で、世間から必要とされることのない彼の一面が、その歩みを阻む
要因となるのは紛れもない事実だった。

 どちらも同じ悟飯である以上、本能に忠実に生きるそういった一面を、完全
に抹消することなどできないのだろう。有事の際にはその本能に縋る形となっ
た過去を思えば、世界も自分達も、それを望むのはあまりにも虫が良すぎる
話だ。悟飯本人にしても、そうした自己否定に走る事が将来的な彼の幸福に
つながるとはピッコロには思えない。

 ただ、悟飯が己の本能を解き放った時、そんな彼を諌められる存在は、自
分を含めてこの世界には誰も存在しなかった。あまりにも強大な力を背負わ
された彼が孤独の中で生き続けるような事態を防ぐためにも、彼の意志を無
視して表層化しようとするサイヤ人としての悟飯を牽制する存在は必要なの
だ。

 本来の目的からは道筋が外れた形ではあったが、これで「この」悟飯が気
概を挫かれて鎮静化するなら、望むべくもない。悟飯本人にとっても、精彩を
欠いた分だけ、そうした己の一面を律する糸口にもなるはずだ。

 「っぁ!うぁ…っ!っひ…っぃ!」

 先刻までのような、体内を刺激される事での悦楽など拾い上げようもないの
だろう。組み敷いた青年はきつく頭を振りながら、強張らせた総身で味わわさ
れた苦痛を訴え、堪える事を放棄したかのように、眦から堰を切って溢れだし
たものが、その容色を濡らしていた。
 少しでも総身の力を抜くことができれば、味わわされる苦痛も幾分は和らぐ
はずだ。だが、それを理屈では解っていながら、ピッコロは悟飯を敢えて促さ
なかった。 

 望まぬ苦痛を強いる自分の無体を、彼はきっと恨むのだろう。だが、ここで
余計な助け舟を出せば、表層化しているサイヤ人としての悟飯の気概は挫け
ない。悟飯本人からの恨みを買おうとも、いま、この攻め手を緩めるべきでは
ないとピッコロは思った。

 硬直し、悲鳴を上げて苦痛を訴える青年の腰元に手を添わせる。そうして両
の手で相手の下肢を固定したピッコロは、内壁のきつい締め付けを強引に振
り切って更に青年の体を押し開いた。
 筆舌に尽くせぬ衝撃に、もはや悲鳴という形で苦痛を逃す事もできなくなっ
たのか、仰け反らされた青年の喉奥から、声にならない吐息のような叫びが
漏れる。手心を加えることなく、より深く押し入ったもので青年を貫けば、見開
かれた双眸から押し出された新たな涙が、そのこめかみを伝い落ちた。

 敢えて衝撃を与えるような真似に及んでいるとはいえ、後々問題となるよう
な傷は体に残していないはずだ。青年の苦しみ様を見ればどれほどの苦痛
を与えているのか嫌が応にも思い知らされたが、執拗に内部を解した結合部
からも出血などは見られない。
 それでも、これ程にもだえ苦しむ青年の姿を、たとえ戦いの最中であれ、ピッ
コロは目にしたことがなかった。行為が行為であるだけに、もの慣れない自分
が匙加減を間違わないという保証もない。
 傍目には効果が見込めているように見えても、身体構造上はあくまでも地
球系人類である悟飯の限界を越えてはいないかと、内心でピッコロは気を揉
んだ。

 「…っは…っ……ひ…っ…あ…っぅ…っ」

 喉奥から吐息交じりの苦鳴を漏らしながら、それまで寝台の敷き布を掴みし
めていた青年の片手が、震えながら持ち上がる。彼は、まるで勢いを感じさせ
ない動きで、それでも懸命に、伸ばした腕で自分を抑え込むピッコロの胸を押
しのけようとした。
 さすがにそろそろ限界かと、穿つ動きをとどめて青年の様子を観察する。も
はや目線で訴える気概もないのか、閉ざされた瞼を押し上げるようにして溢れ
るものに容色を濡らしながら、悟飯の口元が、小刻みに震えを帯びた。
 と、刹那―――


 「…っ…さ、ん……ぅあ…っ…ピ、コロさ…っ」
 「悟飯」

 戦慄く口唇でようやく紡がれたと思しき己の名に、意表を突かれたピッコロ
は組み敷いた青年を凝視した。
 それまで自分の事を、己を凌辱する外敵としか認識していなかったであろう
悟飯に何らかの変化が起こったのかと、血の気を失ったままの容色を見据え
る。青年は、繰り返し味わわされる衝撃にその面差しを歪めながらも、うっす
らと目縁を持ち上げてピッコロを見上げていた。

 精彩を欠き、とどめる間もなくその表層に膨れ上がり溢れ出す涙に濡れた、
黒目がちな双眸。空でかち合った目線には、いつしか自分へと向けられる敵
愾心が完全に鳴りを潜め、そこには、ピッコロが慣れ親しんだ平時の青年を
思わせる面持ちが覗いていた。

 「……悟飯、か?」
 「っひ!…ぐ…っ」

 それまで執拗に人格の表層に表れていたサイヤ人の衝動が、ようやく彼の
深淵部まで引き下がったのかと、拘束していた体を解放してその面差しを覗
き込む。……と、抱え上げられていた片足を下された動きが体内に穿たれた
楔を締め上げたのか、悟飯が悲鳴を上げて総身を強張らせた。

 「悟飯…っ」
 「うぁ…っ!あ、く…っぃ…いた…っ」

 浸食したものに体を押し開かれた状態では、身を捩って疼痛を逃す事もで
きないのだろう。青年はかろうじて自由になる己の両腕を使い、再びピッコロ
を押しのけるような動きをして味わわされている衝撃を訴えた。
 凌辱する自分を拒もうとする、青年の所作は先刻までのものと大差ない。
それでも、それを強いた自分に向かって素直に苦痛を訴えるその姿に、ピッ
コロは、自分が組み敷く相手があのサイヤ人としての悟飯から、昔馴染みの
弟子へと転じたことを得心した。

 叩きつけられる衝動に根負けしたのか、単純に、悟飯の中で破壊衝動がな
りを潜めただけなのかは解らない。それでも、こうして平時の悟飯が戻ってき
たからには、自分の目論みは果たせたと考えていいだろう。
 だが、自分の所作がそのまま青年を苛む衝撃に繋がる事をこうして思い知
らされては、迂闊に彼を解放してやる事もできない。せめてこれ以上の苦痛を
与えるまいと、互いの中途半端な体勢はそのままに、ピッコロは極力押し殺し
た声音で悟飯を呼んだ。

 「……悟飯、俺が解るな?」

 かけられた言葉の意味を噛み砕いているかのように一瞬の躊躇いを見せた
後、流した涙に濡れたままの相貌が、微かに頷く。今こうしている間にも身の
内を穿つものが青年を苦しめているのだろう、彼は浅い呼吸を繰り返し、その
衝動を懸命にやり過ごしているかのようだった。
 青年が完全に自我を取り戻していることを確認し、胸の内で安堵する。この
上は、ただでさえ性交渉に対して人並み外れた抵抗意識を持っている悟飯の
瑕をこれ以上広げないよう、これ以上余計な負荷をかけない形で彼を解放し
てやらなければならなかった。

 触れるだけならば体に響かないかと、慎重に伸ばした掌で、汗に濡れ額に
張り付いた青年の前髪をかき上げる。その所作に注意を引かれたのか、再
びぼんやりと視線を巡らせた双眸を覗き込み、ピッコロは、力を抜いていろ、
と言葉を続けた。

 「無理を言っていることは解っているが、それでもできるだけ力を抜け。余
  計な傷を負わせたくない」
 「ぅ…っひ!んぁ…っ」
 「少しの間だけ堪えろ。すぐ楽にしてやる……ゆっくり息を吐け」

 焦れるような動きで、青年の内部を穿ったものを引き抜きにかかる。だが、
そのほんの僅かな動きにも耐えられないのか、悟飯の内部がきつく収縮し、
反らされた青年の喉から鋭い悲鳴が上がった。
 こればかりは、理性ではどうにもできないのだろう。懸命に呼吸を繋ぎ、自
分の動きに身を委ねようとする側から、彼は反射的に総身を強張らせては、
穿たれたもので自らを痛めつける事を繰り返した。 

 物理的な外傷は与えていないはずだ。いっそこのまま強引に引き抜いてし
まっても、青年に与える負荷に大差はないのだろう。このまま焦れるような駆
け引きを繰り返して悪戯に青年を消耗させる位なら、いっそのこと……束の
間、そんな思いがピッコロの脳裏を過った。
 その瞬間がどれほど耐えがたいと思っても、その身を解放してさえやれば、
その後はいくらでも、介助の手を貸してやれる。疲弊した体を癒やす為の設
備も時間も、この空間にいる限り困る事はなかった。

 だが―――それを強行すれば、悟飯の中に根付いた心的外傷は、さらに
その傷口を広げる事になる。
 雄である青年が、将来契りを交わすこととなる自らの伴侶との間で、こうし
た行為を受け入れさせられることはないだろう。その場限りの措置だと思え
ば、理屈の上では割り切ることも可能であるのかもしれなかった。
 それでも……この瑕は、きっとこの先の長い将来、悟飯の記憶の深い所で
蟠り、ことあるごとに表層に顕れては彼を苦しめる棘となる。心的外傷とは、
そういうものだった。

 このまま、身も世もなく悶え苦しんだ記憶だけを、彼の中に残す訳にはいか
ない―――

 それが果たして的を射た手段であったのか、青年と生態系さえ違えたピッ
コロには、解らなかった。
 それでも、苦痛に身を強張らせる青年を少しでも楽にしてやれるならと、伸
ばした掌で完全に萎えきっている青年のものを包む込む。性的な刺激を送り
込む事でその体を強制的に脱力させられる事は、先刻までの行為で立証済
みだった。

 「…っうぁ…っ!…っふ…っく…っ」

 弾かれた様に上体を起こしかけ、穿たれたもので自らを追い詰めてしまった
青年の総身が寝台に沈む。その様子に頓着することなく力を失ったものを手
の中で根気よく育て上げれば、ひとしきりの間をおいて、それはようやく控え
めに兆し始めた。
 時を同じくして、それまで苦鳴交じりに吐き出されるばかりだった青年の吐
息に、それと解る熱が混じり出す。そうして与えられる刺激に助けられるかの
ように、穿たれた楔を食いしめる青年の内部からも、少しずつ力が抜けていっ
た。
  
 「っふ…っは…ぁ…っ」

 手の中で芯を持った性の証に更なる刺激を送り込みながら、様子を伺うよう
に、ほんの僅か腰を引く。その動きに青年はビクリと総身を跳ね上がらせたが、
その反応は、先刻までのように身を焼く苦痛に耐えるものばかりではなさそう
だった。 
 そのまま極力衝撃の残らない形で解放してやれるようにと、青年自身を煽り
立てながら更に体を離す。やはり、その内部はこちらの動きを阻むほどの収
縮は示さなかった。 
 迂闊に声をかけて、ようやく悦楽を拾い上げられるようになった青年の気を
散らす事は避けようと、敢えて相手を促すことなく穿ったものを引き抜きにか
かる。断続的な痙攣を繰り返しながらも、悟飯の体は穿たれた楔を素直に解
放しようとする動きを見せた。
 だが―――

 
 「……悟飯?」
 「ん…ぁあ…っ!…あぅ…っ」

 今まさに青年の体を解放しようとした、その矢先……震えながら伸ばされた
腕が、再びピッコロの体に触れた。
 先刻までとは違い、こちらを押し戻すのではなく、縋りつこうとしているかの
ようなその所作に、ピッコロも束の間、動きを止める。

 「…悟飯、どうした?もう少しだけ耐えろ。すぐに楽にしてやる」
 「ぁ…ピッコロさ…っ…まって…っ」

 喉奥からようやく絞り出したような掠れた声音が、身の内を穿つ楔から彼を
解放しようとしていたピッコロを、制止する。もうこれ以上は耐えきれないとい
う陳情なのかと受け取ったピッコロが耐えろともう一度繰り返すと、反して、青
年はゆるゆると頭を振ってみせた。

 「悟飯?」
 「ちが…っ…ぁ、まだ…っこ、ここ…まで…っ」

 言って、ピッコロに縋りついた腕とは反対の手で、青年が己の喉元を抑える
ような動きを見せる。真意を汲み取ろうと、いつしか朱の色を帯びたそ容色を
覗き込めば、悟飯は、その双眸をグッと歪ませながら、まだ駄目なのだと繰り
返した。

 「ま、だ…ここ、に…っ」

 切れ切れに繰り返される陳情の言葉とともに、悟飯が震える手で己の喉元
をグッと鷲掴む。そんな事をすれば余計に自分を追い詰めるだけだろうと制
止の声を上げかけて……そこでようやく、ピッコロは、悟飯の言わんとしてい
る事に合点した。

 ようやく悦楽を拾い上げられるようになった青年の容貌は、眦から溢れ出た
もので頑是なく泣き濡れながらも、平時の彼を髣髴とさせるものであるように
見えた。今の悟飯から、先刻までせめぎ合っていたサイヤ人の衝動を色濃く
前面に押し出した、もう一人の悟飯の存在は、感じられない。
 それでも……辛うじて表層に顕れる事がなくなったというだけで、あの悟飯
は、彼の中のごく浅い所に、いまだ留まっているということなのだろう。呼吸を
妨げかねない勢いで己の喉元を抑圧しているその姿を見れば、彼の訴えよう
としていることは明白だった。 

 「……悟飯。どうすれば、いい…?」
 お前は、どうしてほしい―――?


 傍目にどのように映ろうと、当事者である悟飯本人の感覚に頼る方が間違
いないだろう。ここは青年の望むようにしてやるべきだと、ピッコロは、彼に選
択を委ねた。 
 真意が過たず伝わったことを感じ取ったのか、青年が、束の間脱力する。
しかし次の瞬間には再び総身を強張らせ、悟飯は、ピッコロへと伸ばした手
にグッと力を込めた。
 掴まれた二の腕を通して、青年の追い詰められた心情が伝わってくる。こ
ちらが痛みを覚えるほどの力を以て自分に縋りついてくるその一心不乱の訴
えを、安易に受け流すことはできなかった。

 この状況下で自分をとどめようとしている、悟飯の願いは明白だ。彼は、自
分との行為を最後まで全うすることで、隙あらば再び表層に顔を出そうとし
ているもう一人の自分を、深淵まで押し戻そうとしている。
 身の内で膨れ上がる破壊衝動を治めるために、これまで頼ってきた手立て
を振り返れば、悟飯の狙いは決して的外れとは言えなかった。性交渉という
形で徹底的に「ガス抜き」を果たすことができれば、彼の中で蟠る衝動は、一
時的にであれきっと沈静化する。
 だが……それを強行することは、これ程に憔悴した青年を、逃げ場を失うと
ころまで凌辱しつくすという事だ。先刻までの、我を忘れて陥っていた暴走状
態とは訳が違う。己の意志で更なる行為を望んだという事実を、ほかならぬ
彼自身が、自ら認めなくてはならなくなるのだ。
  
 本当にそれでいいのかと、言外に問いかけながら自分を見上げる双眸を覗
き込む。ここにきて、決定的な一言を呑みこんでしまう自分は卑怯だと、ピッ
コロは胸の内で自らを罵った。
 そんなピッコロの胸襟を知ってか知らずか―――悟飯は一瞬泣き出しそう
にその容色を歪めたものの、ピッコロを拒絶しなかった。
 ピッコロと同じように、言葉にして己の覚悟を表すことは、どうしてもできな
かったのだろう。彼は、応えの代わりであるかのようにもう一度縋りついた指
先にグッと力を込め……そして、その手を寝台の上に落とした。

 「……悟飯」

 寝台に身を投げ出した青年は続く行為の一切をピッコロに委ね、受け入れ
る覚悟を胸の内に固めているかのようだった。のみならず、彼は細く浅い呼
吸を繰り返し、総身を脱力させることで自ら行為の続きを促そうとしているよ
うにさえ見える。
 本当にそれでいいのかと、そう問いかける事すら、もうピッコロにはできな
かった。

 寝台に投げ出された下肢を再び捉え、なすがままに身を委ねてくる青年の
体を拘束する。瞬間、青年は耐え切れないとでも言いたげに上体を捩りピッ
コロから顔を背けたが、それでも彼は、一切の抵抗を示さなかった。

 「……悟飯。この選択を決めたのはお前だ。だが、俺にはお前の選択を拒
  絶する事もできた。……俺は、それをしなかった」
 「……っ」
 
 相手の覚悟を促すかのように密着した互いの距離を更に縮めれば、結果と
して再び穿たれたものに体を割り開かれた青年が、飲み下し切れなかった 
苦鳴のような吐息を漏らした。
 先刻までとは違い、悦楽の種火が灯された悟飯の体は、内側から己を暴こ
うとする楔を頑なに拒もうとする動きは見せない。それでも、互いの距離が縮
まるほどにその容色は苦悶に歪み、彼がどれほどの自制心で以て、本来受
け入れる機能の備わっていない場所を押し開かれる負担に耐えているのか、
推し量るのは容易かった。

 不憫だと思う。だが、憐憫の思いから手心を加えたところで、そんなものは
青年を懊悩させているこの現状を、何一つ緩和させなどしないのだ。
 行為を全うする覚悟の表れであるかのように、青年は寝台に投げ出した
両の手で敷布をきつく掴みしめ、その指先が白く変色するほどに力を入れて
身の内に分け入ってくるものに耐えている。そんな青年に向かい、ピッコロは、
慰めにもならないことを承知の上で、一旦は呑みこんだ言葉を続けた。

 「これが正しい手立てであったかどうかは俺にも解らん。だが、俺も俺の意
  志で、お前の選択を受け入れた。それを咎められるとすれば、俺もお前と
  同じ身の上だ。だから……」
 「っひ!…ぅあ…っ」
 「だから―――お前一人で、抱え込むな。お前が背負った枷の半分は……
  俺の担うべきものだ」

 分け入るにつれ、反射的な反応なのか、体内の締め付けが強くなる。そん
な青年の中から、埋め込んだ己自身を限界近くまで引き抜くと―――ピッコロ
は、敢えて予備動作を加えることなく、加減のない力で再びその体を貫いた。

 人並み外れた聴覚を誇るピッコロの耳朶に……堪えきれずに上がった青年
の悲鳴が、痛みさえ残して長く尾を引き、蟠った。



 

  

  

 深い眠りを揺蕩っていた意識が現実へと浮上した時―――うっすらと靄が
かかった様な視界にまず飛び込んできたのは、天井を象ったタイルに浮かび
上がる無機質な文様だった。


 馴染んだ生家のものとも、ここ数年生活の拠点としている、都の下宿のもの
とも違う。それでも居心地の悪さを感じさせない程度には記憶に残るその意
匠をぼんやりと眺めている内に、悟飯はここが、自ら避難場所として駆け込
んだ精神と時の部屋の寝室である事に思い至った。
 かつてはこの部屋で一年近く、実父と共に寝起きしていたのだ。使用する
のはほぼ十年ぶりでも、当時の感覚が自分の中に残されていても不思議は
ない。自分で思う以上に、追憶に刻まれた感性は根強いものなのだなと、悟
飯は感慨めいたものを覚えた。

 そんな事を埒もなく考えている内に、ぼんやりとしていた意識が、視界と共
に徐々に鮮明になっていく。
 汗ばむような体感温度から察するに、自分が寝入っている間に「夜」は終わ
りを告げていたのだろう。せめてもの調節がなされているこの部屋を一歩外
に出れば、じりじりと肌を炙るような「昼」の熱気が辺り一帯を支配しているは
ずだ。

 身を焼く衝動に振り回され、このままでは到底夜を越せないかとすら思って
いたのに……どうやら自分はあの後、しっかり眠りを貪っていたらしい。体感
時間から鑑みても、下界の時間で数時間は睡眠をとれたはずだ。
 この二ヵ月余り、繰り返し夢に表れる過去の記憶に振り回され、熟睡できた
夜は数えるほどしかなかった。そして、その夜の殆どは、憔悴していく自分を
気遣ったピッコロの骨折りにあやかって与えられたものだ。
 今のこの状態も、同様だった。
 頭が軽い。寝起き直後とは思えないほどに、思考が鮮明だった。なにより、
これまで気を抜いた側から身の内で暴走しかねない恐怖に苛まれていた、あ
の飽和寸前だった破壊衝動が、すっかり成りを潜めている。
 まるで―――論文制作に取り掛かる以前の、かつての自分に戻ったかのよ
うだ。


 人知の及ばないこの神聖な空間で、泥のように眠れたことが功を奏したの
かと、思わず楽観的な考えが脳裏を過る。だが、深く考えるでもなく掛け布を
持ち上げて上体を起こしてみれば、たちまち、軋むような痛みに全身が悲鳴
を上げた。

 「…っ!」

 肩も腕も、足も痛い。これまでも鍛錬不足がたたり、たまの修練などで同様
の痛みに苦しめられたこともあったが、その比ではなかった。
 なにより、腰部の痛みが酷い。体の芯から突き抜けてくるような疼痛は、こ
れまで悟飯が経験したことのない類のものだった。
 その痛みに引きずられるようにして、「昨夜」の記憶が鮮明に蘇ってくる。身
の内で膨れ上がる衝動に耐えかねた自分がどのような逃避行動に及んだの
か……不規則に総身を貫く衝撃は、まるで、忘れるなと自分を責めているか
のようだった。
  
 これ以上、「昨夜」を髣髴とさせる寝台に居残る事はあまりにも居たたまれ
ない。悲鳴を上げる体を騙し騙し、悟飯はその場を離れるべく、慎重に重心
を移動させた。
 歩けない程の痛みではない。寝台から降りるにも、はずみで床に落としてし
まったものを拾うにも、所作の一つ一つが体に響きはしたが、やり過ごそうと
思えばできてしまう類の衝撃だった。
 幼い頃から、望むと望まざるとに関わらず、戦い漬けの日常を過ごしてきた
身だ。生傷どころか命に係わる傷痍に幾度となく苦しめられ、死線を彷徨い
もした。そんな過去の記憶を振り返れば、こんなものは傷とも呼べないような、
些細なものだろう。
 だが……そこに命が危ぶまれるような危殆はなくとも、これまで味わわされ
たことのない衝撃に対する、生理的な怖気までは払拭できなかった。

 上昇した外気に汗ばむ肌が、尚の事不快感を煽る。一度水を浴びればこ
の衝撃も少しはなりを潜めるだろうかと、悟飯は幾分覚束ない足取りで、寝
室に隣接する浴室へと向かった。
 一歩足を踏み出す度に、体の芯から鈍い痛みが走る。それでも一度足を
止めたらその場に意気地なくへたり込んでしまいそうで、そんな自身の脆弱
さを胸の内で叱咤しながら、大して隔たってもいない浴室までの距離を慎重
に進んだ。

 これまで、何くれとなく自分の様子を気にかけ、過保護なまでに甲斐甲斐し
く身の回りの世話を焼いてくれた師父の姿が、どうしたことか見当たらない。
どころか、疼痛をやり過ごすのに気を取られて幾分散漫になっているとはい
え、十有余年も側近くで馴染んできたはずの彼の気すら、感じ取る事ができ
なかった。
 建物から一歩離れてしまえば膨大過ぎる空間が広がる隔離世界とはいえ、
建物そのものの敷地面積は決して大きくはない。自分を連れ戻しにここを訪
れたピッコロが、敢えて建物を離れてどこかに出かけるとも思えなかったから、
彼は、今も同じ建物の中で自分を案じてくれているのだろう。「昨夜」の事情
が事情だったから、きっと顔を合わせづらいだろうと、敢えて別行動をとって
くれているに違いなかった。

 同じ建物の中、こんな限られた空間で、気取られぬように自らの気まで消し
て……なんとも細やかな采配をする人だと思う。種族特有の風貌も手伝って、
彼をよく知らない余人の目には得体のしれない異邦人のように映る事も決し
て少なくなかったが、彼は、同じ惑星に暮らす多くの地球人達よりも、時とし
て、余程繊細で心優しかった。
 修行を目的とした時でもあればまだしも、せめてもの調整がなされているこ
の寝室の外にいるなら、寒暖の差に強いナメック星人とはいえ外気が堪える
だろう。もしかしたらそれなりに保冷保温に優れた食糧庫辺りに身を潜めてい
るのかもしれないが、十分な広さもないあの部屋は、長時間の待機にはどう
考えても不向きだった。
 自分のことなど気にかけず戻ってきてほしいと、呼びかけの声が喉元まで
せりあがる。……だが結局、悟飯は近傍に潜んでいるのであろうピッコロの
名を呼ばわる事ができなかった。

 呼んだところで、この有様だ。自分の介添え役として当てにしているような
ものだろう。自分にそのつもりはなくても、師父はきっと、自分のこの状態に
「責任」を感じて世話を焼いてくれる。それは本末転倒というものだった。
 全てを覚悟の上で、彼に縋ったのだ。いわば自ら望んで被った結果の尻拭
いをされるなど、あまりにも体裁が悪すぎる。その程度の覚悟だったのかと
後から自分を責めるような不手際を、自分に許したくはなかった。
 それに……この状態で、師父と正面から顔を合わせるのは、やはりどうに
も気まずかった。それを承知で素知らぬふりを貫いてくれる彼の厚意に、臆
面もなく甘えてしまいたくなる。

 胸の内でピッコロに詫びながら、悟飯は、喉元を行きつ戻りつしていた呼ば
わりの言葉を結局飲み下した。とにかく今は少しでも早く身拵えを整えて、顔
向けできる風体を取り繕ってからこの部屋を出なければならない。師父への
陳謝も詫言も、それからだった。

 ようようの思いでたどり着いた浴室で、頭から思いきり水を浴びる。「昨夜」の
悶着でそこここに細かい擦過傷でもできていたのか、水流がピリピリと肌に沁
みたが、汗ばむ体を洗い流してくれる水圧が心地よかった。
 全身を流しながら裸の体を見改めれば、肌に残されたのは、傷跡ばかりでは
なかった。一時的に強い力で戒められてできたと思しき、両手首の鬱血の跡。
体のそこここに点在する、視認できる程明瞭に刻まれた痣。
 水流が肌を洗い流す度に、刺激となってその存在を示してくる無数の擦過傷
と同様に―――それらは、昨夜悟飯が全身で訴えた、抵抗の印だった。

 自らこいねがって事に及んでおきながら、自分は、これ程に抗って見せたの
か……請われて已む無く助力してくれた師父は、そんな自分の抵抗に内心で
さぞや辟易したことだろう。
 そもそも、ピッコロは地球人やサイヤ人とは生殖のメカニズムが根底から異
なるナメック星人だ。自分の中で荒れ狂うサイヤ人の破壊衝動を収めるために
有効な手立てとはいえ、胸の内ではどれほどの忌避感に耐えてくれていたこと
か解らない。そんな状況下で、非協力的だったであろう自分を抑え込んで最後
まで投げ出すことなく行為を全うしてくれた師父に対し、悟飯は心の底から申し
訳ないと思った。

 自ら望んだことだ。抗うつもりなど自分にはなかった。不慣れな自分を促して
くれたピッコロに全てを委ね、その結果を全て我が身で受け止めようと、覚悟
もしていた。
 だが……いざそれが現実のものとなった時、自分は筆舌に尽くせない衝動
に、恐慌状態に陥ってしまったのだ。

 ピッコロが、恐ろしかったわけではない。彼がどれほど心を砕いて事を進め
てくれたのか、異性との経験もない青臭い自分でもよく解っていた。 
 この畏怖は、ピッコロに対して抱いたものではない。自分は、ほかならぬ自
分自身を堪らなく恐ろしいと思ったのだ。

 発散の方向をこうして挿げ替えても、ここまで徹底して吐き出さなければ治
まらない衝動なのかと、終わりの見えない己の欲に怯えた。まさに相手を抱
き潰しかねない、こんな型破りな衝動を、この地上に生きる誰が受け止めてく
れるものかと、絶望にも似た思いを味わわされた。
 言い表せない程の畏怖と失意。この衝動を生涯抱えて生きていくのかと己
の未来を推しあてると、暗澹とした気持ちになった。
 そして、そんな後ろ向きな気構えにさらに追い打ちをかける、胸の内に飲み
下し黙殺する事のできなかった、一つの情動。

 行為そのものに対する、生理的な畏怖や嫌悪の思いはある。それでも、そ
れを自分に施してくれたのがあの師父なのだと思うと、例え様もない安堵感
を、自分は覚えずにはいられなかった。
 それがピッコロであったからこそ、自分は耐えられた。これまで味わったこ
ともない衝動に酷く混乱しながらも、それでも、彼に身を委ねていればいいの
だと思える事が、己の処理能力を超えて今にも飽和状態に陥りかけていた自
分を支えてくれた。

 更に突き詰めてしまえば―――あの時、自分はピッコロを拒もうとは考えて
いなかった。
 己の内に膨れ上がる、種の衝動を治めるという譲れない意図があったとは
いえ、心底から拒絶しようと思えば、自分はきっと、あの場から逃れる事もで
きた。目的がどうあれ、生理的な嫌悪というのはそういうもので、そんな時に
は名分を掲げた己の理性よりも、逃れたいという本能の方が勝るものだろう。
 そして、自分と師父の、物理的な力量差は歴然だ。自分の渾身の抵抗に、
彼が適うとは思えない。結果として、自分は行為を回避する事もできたのだ。

 それでも自分は、これを限りと思い定めた抵抗も示せず、師父の手を中途
半端に焼かせただけで、最後まで行為に及んだ。今思い返しても居たたまれ
ず酷く混乱した気持ちにさせられるが、それらはすべて自分自身に向けられ
たもので、ピッコロを敬遠したいとは思わない。
 相手がピッコロであるという事も含めて―――自分は、自ら望んで、ああい
う手立てを選んだのだ。
 その意味するところは、一つしかない。


 「…っ」

 シャワーの活栓を捻り、水圧を上げる。叩きつける水流に全身を打たせなが
ら、悟飯は、まるで自らへの腹いせであるかのように、水を吸った己の頭髪を
乱暴に掻き乱した。
 力加減を過って、指先に絡まった髪が数本まとめて引き抜かれる。平時であ
れば痛みとも呼べないようなそんな刺激に触発されたのか、こみあげてくるも
ので視界が滲んだ。

 己の中に蟠り膨れ上がっていた種の衝動を発散するため、師父にこいねが
い合意の上で及んだ行為。こうして思い返した際に、心底嫌悪するばかりの
記憶であったなら、まだ申し訳が立ったのにと……眦から意気地なく零れ落
ちるものを持ち上げた腕で乱暴に拭いながら、悟飯は、自らを詰らずにはい
られなかった。
 
 生殖のメカニズムが根幹から異なる師父にとって、不本意極まりない行為
だったはずだ。それでも破壊衝動に苦しむ自分の為に、彼は私心を擲って
それを全うしてくれた。
 自分も彼と同じだけの忌避感を抱いて臨んだ行為であったのなら、少しは
彼の厚意に報いる事ができたと思う。互いに同じように心理的な抵抗を共有
していたのだという実情があればこそ、痛み分けの口実に逃げる事もできた。
 だが、自分に僅かでも、自発的に行為を受け入れる気持ちがあったのだと
すれば……自分は名分を盾にして、身勝手な我欲にピッコロを巻き込んだこ
とになる。
 
 生殖に関するメカニズムが根幹から相容れない、異星人だ。彼は恋愛感情
を根本から理解できない人なのだと、子供の頃から知らされていた。
 そんな人を―――自分は自分の生々しい衝動に、巻き込んでしまった……

 「……ピッコロさん…っ」

 堰を切ったように後から後から溢れだすものを降り注ぐ水流で洗い流しなが
ら、せめてもの意地であるかのように、持ち上げた掌で口元を覆い隠す。込み
上げる情動のままに浅ましく嗚咽を上げる事だけは、自分で自分に許せなかっ
た。
 早くここを出て、師父と合流しなければ彼に余計な心配をかけてしまう。彼の
厚意に少しでも報いようと思うなら、自分は己の衝動から解放されて身軽になっ
た姿をその眼前に晒して、彼の懸念を払拭するべきだった。
 解っている。理性では、解っていた。
 だが……これ程に後ろ暗い思いを抱えたまま、どんな顔をしてピッコロの前
に姿を現せばいいのか、悟飯には、皆目見当もつかなかった。

 ほんの小さな子供の頃から、師父の厚情に甘えて彼への依存を繰り返して
きた。それは成人した今でも、根本的には変わらない。
 じきに社会に出ようとしている己の身上を思えば、あまりにも不甲斐なく情け
ない。師父からの精神的な自立は自分にとって避けて通る訳にはいかない命
題であり、このまま依存状態を続けていていいなどとは自分でも思ってはいな
かった。   
 それでも、パオズ山の生家しか世界を知らなかった幼少時から少しずつ、自
身の行動範囲を広げ、いつしかこうして生家を遠く離れた都に活動拠点を構え
たように……自分は親元からも師父の元からも、自然に独り立ちしていくもの
なのだと思っていた。
 なのに……まさに巣立ちの時期を迎えた、今、この時になって……       

 
 「…っ!」

 気を抜けば、意気地なく嗚咽を上げてしまいそうな自らに喝を入れるかのよ
うに、持ち上げた掌で挟み込んだ両の頬を叩く。幾度か同じ動作を繰り返しな
がら、悟飯は、この浴室を出て師父のもとに向かうべく、尻込みしたがる自分
自身をことさらに鼓舞した。
 自分が胸の内で何を思おうと、自分の帰りを待ってくれているであろうピッコ
ロの身上には、一切関係のないことだ。この不体裁は他ならぬ自分自身が要
因を作り出してしまったもので、その衝動のやり場のなさを彼に察してもらおう
とする事自体が、そもそも間違っている。
 今の自分にできる事は、師父にとって、いつまでも手のかかる不出来な弟子
の姿のままその元に戻り、世話を焼かせるなと彼から叱責を受ける事だけだっ
た。それ以外の、これ以上の懸念など、彼に抱かせてはいけない。

 
 いつまでもこの場に留まって現実から逃避したがる自分自身を追い立てるよ
うに、掌を叩きつける勢いに任せて頬を張る。自らを戒める痛みに便乗して溢
れだすものを降り注ぐ水流に流しながら、悟飯は腹に力を込め、喉奥まで込み
上げてきた嗚咽をグッと飲み下した。
 
     
    

 
 体感時間にして、小一時間近くが経過しただろうか。ようやく建物の外に足
を運ぶ気持ちになった悟飯は、程なくして、そこに目的の人物の姿を見つける
事ができた。

 建物の中からでも辛うじて視認できるギリギリの場所――しかし、内部で異
変を感じればすぐさま取って返せる程度の距離を隔て、ピッコロが瞑想してい
る。気まずさよりも先に、その姿を見つけたことに安堵の思いを覚えた悟飯は、
いまだ疲弊を訴える己の体を叱咤しながら、虚空に佇む師父の元へと足を向
けた。

 気配を感じたのか、程時を同じくして、ピッコロも悟飯へと向き直る。悟飯を
歩かせまいと思ったのか、彼は隔てられた互いの距離を、一息に滑空して青
年の元にたどり着いた。

 「……ピッコロさん」
 「起きたか……気分はどうだ」

 互いの身長差から、どうしてもこちらを見下ろす形になるピッコロは相変わら
ずの鉄面皮だ。影のないこの場所では、角度に邪魔されてその表情が判じら
れないという事態も起こらない。向き合った表情からも、伝わってくる気の流れ
からも、師父に、平時と比べて列挙できるような変化は見受けられなかった。 

 あれだけの醜態を晒した後だ。面倒ごとに巻き込まれ、なにも観取しなかっ
たはずはない。それでも、彼は「昨夜」の出来事の全てを、不問に処してくれる
つもりなのだろうか。
 向けられた師父の厚情が、心底ありがたいと思う。この一件を責められよう
と宥められようと、彼を巻き込んだ自分はどうあっても、消化できない居たたま
れなさを味わうだけだ。こうして素知らぬ振りでいてもらった方が、まだこちら
も態度を取りあぐねずにすむ。

 だが……それと同時に胸襟に広がっていく、得も言われぬ焦燥感。

 ピッコロが敢えて自分を放置してくれた時間を使って、自分は彼からの精神
的な自立を避けられない命題と、思い定めた筈なのに……結局は、素知らぬ
ふりを通そうとする彼に助けられている。
 この先も、こうしてずっと彼に依存していくつもりなのかと―――胸襟の奥深
くから、警鐘を鳴らす声がする。このままでは駄目なのだと、悟飯は、グッと奥
歯を噛みしめた。

 「昨夜」の一件は、これでひとまずやり過ごせたのかもしれない。自覚できる
程に身軽になった今の状態であれば、下界で臨む口頭試問の時間位は、大
過なく市井の中で過ごすことができるだろう。
 だが……問題なのは、その後だ。

 今はいい。だが、下界で過ごすうちに身の内に蓄積していくのであろう交々
の精神的負荷を自力でやり過ごせなくなった時、この体の中には、根絶した
訳ではないサイヤ人としての破壊衝動も、比例して膨れ上がっているはずだ。
 鍛錬程度に体を酷使したところで、所詮は焼け石に水だと解っている。かと
いって、蟠る衝動のままに破壊活動に走るなど論外だ。与えられた設備や周
囲の厚情によって被害を最低限に留められたとしても、地球に息づく存在とし
て、それを自分に容認することは決してできない。
 現状で判明している、最も効果的な措置は、膨れ上がる破壊衝動を性衝動
へと挿げ替えてしまう事だ。それがどれほどの効力を有するものか、自分は
「昨夜」、我が身を以て思い知らされていた。
   
 平時と変わらぬ様相で自分を見下ろしてくる師父の姿が、膨れ上がる衝動
に苛まれる自分を体を張って抑えてくれた「昨夜」の彼と、重なって見えた。
 また、自分の中で衝動を抑えきれなくなった時―――自分はまた、臆面もな
くこの人に、縋るのだろうか。 
 それだけは、駄目だ。ここで更に彼に助けを求めてしまったら、自分はこの
先もずっと、自分の身勝手な暴走に彼を巻き込み続ける事になる。
 自分一人の力では、自分は完全な「ガス抜き」など果たせないのだ。このま
ま現状に甘んじていれば、師父はそんな不安定な自分をいつまでも突き放せ
ずに、彼の望むと望まざるとに関わらず、その庇護下にずっと自分を置き続け
てくれるのだろう。自分を、彼自身を……そしてこの地球を、自分の暴走から
守るために。

 それを自ら受け入れてしまったら―――もう自分は、自分一人では生きてい
けない脆弱な人間になってしまう。そして何より、そんな自分の将来に、この人
を縛り付けてしまう。
 これ程に、最悪な依存関係はなかった。

 「……ピッコロさん」

 体の芯から不規則に突き上げてくる疼痛を堪えながら、今この瞬間も自分を
案じてくれる、得難い存在に向き直る。悲鳴を上げる体を叱咤し、せめてもの
気概で居住まいを正すと、悟飯は、平時と変わらぬ表情のまま自分を見下ろ
す師父の姿を、改めて仰ぎ見た。 

 「ピッコロさん……僕は、もう大丈夫です。この部屋を出ても、当面は自分を
  抑えていられます」
 「そうか」
 
 貴方のお陰でとは、「昨夜」の醜態を彼に連想させてしまいそうで、どうして
も言えなかった。そんな自身の弱腰に内心で苛立ちながら、自らを急き立て
るかのように、両手を拳の形に握む。
 師父の目に、今の自分がどう映っていようが、そんな事は些細な問題だ。
いま、なによりも自分が腐心すべきなのは、そこではない。

 この、自分ばかりに居心地がいい、一方的な依存の縮図を―――自分が
この手で、挿げ替えるのだ。
 その代償を我が身で以て支払わされる痛みを忌避する資格など、自分に
は始めから存在しない。これは、誰より側近くで自分を支え、望まぬ汚れ役
まで引き受けてくれた師父を自分から解放するためにも、この手でやり遂げ
なければならない事だった。

 「……現実の世界に、戻ります。デンデにもお礼を言って、お借りしている
  あの部屋に戻って……試問の準備を、始めないと」
 「ああ。それでお前がいいなら、すぐにここを出よう」
 「そうしたら……」


 続く言葉が意気地なく震えを帯びるのを、意志の力ではどうする事もできな
かった。眼前のこの人にも打ち明けることなく一人で事を進めるには、自分の
覚悟は、まだお粗末すぎる。
 それでも……ここで臆面もなく師父に縋りつく事だけは、どうしても自分に許
すことができなかった。

 どれほど情けない姿を晒してもいい。果敢無い醜態を晒すことに今から尻込
みしているようでは、この先待ち構えているであろう命題を、到底乗り切れるは
ずがなかった。
 今自分がすべきことは……この部屋を出た後の段取りを過たず果たすため
に、通すべき筋を、この人に通すことだけだった。

 向かい合った師父へと申請するこの声が、せめて意気地なく震えていないこ
とを、なけなしの矜持で願う。とるに足らない衒気だと内心で自嘲しながら、悟
飯は、自分の真意を推し量ろうとするかのようにこちらを見据えてくるピッコロ
と、真っ直ぐに視線を交わらせた。

 「そうしたら……お父さんに、連絡を取りたいんです。お父さんの力を借りな
  いと、どうにもならない事だから」
 「悟飯……?」

 意表の思いを浮かべた師父の容色が、次の瞬間には、怪訝そうな渋面を作
る。なぜここで父の名が出てくるのかと、そんな言外の問いかけが、聞こえて
くるかのようだった。
 だが、そんなピッコロの面持ちを敢えて受け流し、悟飯は、本題を全うするべ
く下腹部に力を込めた。
 そして……


 「―――界王神界へ……連れて行って、欲しいんです」

 それまで怪訝そうにこちらを見下ろしていた師父の面差しが、瞬時に強張り、
色を失くす。
 ありえないものを見るかのようなその眼差しも、力を入れたことで体の芯から
全身に突き抜けた疼痛も……決して後戻りできないのだという己の覚悟を思
い知らされているようで、今は反ってありがたいと、悟飯は思った。
 






                                 TO BE CONTINUED...


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