DBZ「safety valve・14」





 絶対的優位に立った強者の立場で、戦闘能力において明らかに
自分に劣る存在を嬲り殺す愉悦感は、子供の頃から覚えがあった。

 余人にはない、特異な能力を内包しているからこそ、幼い頃から
厳しく仕込まれた道義と作法。この身に備わった力は、それらの枷
がひとたび外れたが最後、誰も止め立てできないエネルギーの奔
流となって、自分が守るべき世界そのものさえ壊してしまうものなの
だと……少年時代の実体験を以て、自分は思い知らされていたはず
だった。

 だからこそ、自分はこの世界に生きる誰よりも、自らを律する事の
できる強い心魂を養わなければならない。その自制を生涯貫く覚悟
がなければ、その居住者の殆どが非力な非戦闘民族であるこの惑
星で、自分が安穏と年を重ねることなどできなかった。
 
 他の誰でもない、自分自身の一生の為に選び背負った覚悟。それ
は四年前、自ら望んで受け入れた、人知を超越した能力を手にした
瞬間から、これまでとは比べようもないほどに重さを増した。

 世界がその静謐さを取り戻したのであればなおのこと、自分は自
分を律して生きなければならなかった。文字通り新たな人生を歩み
なおす程の気概がなければ、この先に待つ市井での暮らしなど、
規格外の自分には到底乗り切れない。
 
 望んで受け入れた転換であるはずだった。そうしてでも自分はこの
先の人生を、かつて抱いた抱負の通りに生きていくのだと、自ら選ん
だ。
 だから、弱者を嬲るようなこんな愉悦感は、この先一生、自分の奥
底へと封じてしまわなければならないのに―――   

 
 こんな衝動が、まだ自分の中に残っているのかと、自分自身の衝
動に落胆する。だが、それ以上に……
 
 相手の生殺与奪を掌中に収め、自分の胸先一つで如何様にも「戦
局」を動かせる、圧倒的な優越感が心地いい。この蕩けるような悦楽
に、いつまでも浸っていたくなる。
 自らが放った気弾によって宙に弾け飛んだ「何か」を認識しながら
―――その時、確かに自分は、そう感じていた……








 我を失うほどの衝動から、ふと意識を取り戻した時―――悟飯の
視界にまず飛び込んできたのは、数歩の距離を離れて自分と対峙
する、師父の姿だった。

 否。対峙するという言い方には、語弊があるかもしれない。こちら
に向き合ってはいるものの、組手の構えもとってはおらず、平時の
ように矍鑠と背筋を伸ばした佇まいとは趣の異なるその立ち姿は、
そのすべてが、悟飯の知る彼らしからぬものだった。

 ただならぬものを覚え、眼前の師父の姿を見改めた悟飯の双眸
が……次の刹那、大円に見開かれた。

 「…ッ…ピッコロさん!!」

 鍛え上げられた長身を折るようにして前屈姿勢を取ったピッコロ
の相貌が、傍目にも見て取れるほどの苦悶の色に歪んでいる。
特徴のある模様と色彩に彩られたその右腕が、己の左半身を庇う
かのように持ち上げられ、小刻みに痙攣しているのが解った。

 そして―――師父が庇うその左半身には、そこにあるべきはず
の片腕が、二の腕付近から欠落していた。

  
 「ピッコロさん!!」
 「…っ」

 咄嗟に一歩駆け寄りかけ、視野に変化をもたらしたことで、眼前
の師父にばかり向けられていた悟飯の注意が、その周囲へと反ら
される。そこで再び、悟飯は目も眩むほどの衝動を覚えた。

 「――――ッ!」

 そこには……人知を超えた衝撃により引きちぎられ、吹き飛ばさ
れたと思しき、見知った色彩を纏う師父の「片腕であったもの」が、
惨憺たる様相で転がっていた。

 意識を飲み込むほどの破壊の衝動に酔いしれてはいても、その
さなかに自分が何をしていたかは、覚えている。自分の放った気弾
の光量に白濁する視界の中、視野の片隅を過った「もの」を、自分
は確かに、この目で見ていた。

 至近距離で炸裂した気弾の衝撃に、弾き飛ばされた師父の片腕。
これは―――紛れもなく、自分のしでかした事の結果だった。



 「――――ピッコロさん!」

 都合三度目の呼ばわりが、衝動に掠れて裏返る。弾かれた様に
駆け寄り、傍らに膝を着いた体勢から見上げた師父の容色は、平
時にも増して血色の悪い様相をしていた。
 僅かでも手負いの衝撃から我が身を庇い、また、傷口からの失
血を防ぐためでもあるのだろう。残された片手で己の切疵を押さえ
たまま「手が塞がって」いるピッコロの面差しには脂汗が浮かび、
口を開くことも難儀な様相に見えた。
  
 だが……苦悶の表情を浮かべ、それでも自分に縋りつく悟飯へ
と向けられたピッコロの眼光は、平時の鋭さを失ってはいなかった。

 「……大声を出すな」
 「ピッコロさん、でも…っ!」
 「騒ぐな…!デンデやミスター・ポポに気付かれる」

 喉奥から絞り出したような掠れた声音が、それでも平時の威厳を
損なうことなく、半泣き顔になった悟飯を叱責する。そして、ピッコロ
は無傷だった己の片腕を使い、自分の傍らを離れようとしない悟飯
の体を軽く押しのけた。 
 
 「…っ…ぐ…っ」
 「ピッコロさん…っ」
 「…っ…騒ぐな…っ」

 短い一声で念押しのように悟飯を叱責し、ピッコロが己の双眸を固
く閉ざす。その眉間に刻まれた皺が深くなり、同時に上がった、苦悶
によるものばかりではないのであろう低い呻り声が、当たりに垂れ込
める静謐な空気を断続的に乱した。
 子供の頃からの長付き合いで、それが何を示しているかを見知っ
ている悟飯もまた、騒ぎ立てて師父の集中を乱すことのないよう、
怖じ気に歯の根が合わなくなりそうな奥歯をグッと噛みしめて、とも
すれば叫喚しかねない自らの口を噤む。
 
 果たして―――数呼吸ほどの後、生々しい傷跡を晒していたピッ
コロの左腕が、その欠落の度合いを見る者の目に焼き付けるかの
ような凄絶な光景と共に、ゆっくりと再生した。
 同時に、それまで神殿の空気を支配していた得体のしれない緊張
感が、鎮静する。それは、固唾を呑むような懸念の時間から解放さ
れたと共に、今、眼前で起こったこの現実について、悟飯が己の肺
腑にしみ入らせる時間の始まりでもあった。


 腕の再生を終え、傷痍の衝撃からようやく解放されたのか、己の患
部から腕を放したピッコロが、大きく息をつく。その所作に触発された
かのように、悟飯はその場から立ち上がろうとする師父の長身に縋り
ついた。

 「…っすみません…すみませんピッコロさん!僕…っ」
 「悟飯……」
 「僕…っ僕、ほんとに…こんなつもりじゃ…っ」

 言い募る側から声が震えて、弁明の言葉すら満足に出てこない。そ
れでも己のしでかした行為の厭わしさに、ただ黙していることなどどう
してもできなかった。
 ただひたすらに謝罪の言葉を繰り返すしかない、己の不甲斐なさが
心底呪わしい。これは、先達に師事するものとして、けして許されては
ならない不始末だった。

 純然たる戦闘能力の比較だけなら、自分の能力が、とうに師父を越
えてしまった事は解っている。かつて激戦の只中を生き抜いた当時、
師父もそれを承知した上で、実戦の場においては、終始自分や父の
サポート役に徹してくれていた。
 だが、ただの力比べだけでは、実戦には勝てない。幼い時分、まず
戦う術を自分に叩き込んでくれた師父は、長じた折には、今度は多角
的な視点から、戦場における勝延び方を、自分に教えてくれた。

 自分にとって、ピッコロは、かけがえのない生涯の師だ。その師父に
向かい、手合せの只中に完全な騙し討ちを仕掛け、その挙句、到底
戯れでは済まされない大怪我を負わせてしまった。
 もしも師父が、肉体の再生能力に極端に秀でたナメック星人ではな
かったら―――この先一生、自分は彼の片腕を、「戯れに」奪っていた
のだ。それは到底、許される失態ではない。

 彼の片腕が「無事」で良かったという腹の底からの安堵と、それを凌
駕する悔悟の念が、胸中に膨れ上がる。相手の酌量に訴えるような
真似は卑怯だと自分に言い聞かせながらも、込み上げてくるものを意
志の力で留める事が、悟飯にはどうしてもできなかった。
 
 「すみません…本当に…申し訳ありません…っ!」
 「悟飯」 
 「ピッコロさんに…っ…こん、こんな怪我を…させて…っ」
 「悟飯、もういい」

 断続的に込み上げてくる嗚咽に阻まれて、紡ぐ言葉が酷く舌足らず
な、幼いものになる。己のしでかした不始末を詫びる気持ちがあるな
らせめてもの威儀を正して誠意を見せろと、悟飯は内心で自らを叱咤
した。
 それでもみっともなく呼吸を乱してしまう己を律する事ができず、声
を詰まらせる肩を、ピッコロの大きな掌がグッと掴む。それが自分の
気弾によって弾き飛ばされた左手だと気づいて反射的に身を強張ら
せた悟飯に向かい、ピッコロの常よりも低い声がもう一度、もういいと
言い渡した。

 「ただの事故だ。お前が意図して仕掛けたわけではない事くらい、
  解っている。もう腕も元に戻った。これ以上気にしなくていい」
 「でも…っ」
 「それよりも……ここにはあとどの位、いられるんだ?」

 殊更に何気ない風を装って、ピッコロがふと悟飯から視線をそらす。
深く考える間もなく、つられるように頭を巡らせて―――己の視野に
入ってきたものに、悟飯は己の浅慮を後悔した。
 傷口に付着した体液も生々しく、その場に転がったまま放置されて
いた「もの」に向けて、ピッコロが躊躇いもなく己の指先を向ける。微
かな破裂音と共に発された波動に包まれたそれは、そのままあっけ
なく焼失した。

 己のしでかした愚行の象徴がその形を失っていくのを、呆然と眺め
やる悟飯に向かい、ピッコロが、いつまで滞在できるのかと繰り返す。

 「試問まであと十日という話だったが……今日はもう数に入らない
  として、あと九日か。まだ下界に降りて、準備を進める必要はある
  のか?いつまでに、あと何回、下界に降りれば用が足りる?」
 「ピッコロさん……?」
 「できるなら……当分の間、最低限の用事以外は、この神殿から
  離れない方がいい」

 自分で自分の状態は解っているだろう、と、ピッコロは続けた。

 「今のお前は、あまりに内気が不安定過ぎる。手合せをした程度で
  この有様だ。到底、下界の喧騒に揉まれながら平静を保っては
  いられないだろう」
 「…っ」
 「俺の事はいい。もう腕も直った。気にしなくていい。……だが、こ
  こが神殿ではなく、相手が俺以外の存在だったら……どうなって
  いたか、想像はつくだろう」

 気に病まなくていいと慰撫しながらも、ピッコロの語調は悟飯に、目
の前の現実から目を反らすことを、許していなかった。言外に考えて
みろと促され―――逃げ道を奪われた悟飯の背を、冷たいものが伝
い落ちる。

 ピッコロの言い分は、尤もだった。
 人知の及ばない神の力に守られた、この特殊な空間でさえ、自分は
これ程に己の内包する衝動に振り回され、「実害」を出しているのだ。
これがもし、市井の人間の入り乱れる下界の喧騒の中、仕出かした愚
行であったとしたら……文字通り、そこに生じた損失は、取り返しのつ
かないものとなる。

 こんな自分本位な考え方は、我ながら怖気が走るようだが―――相
手がこの師父であったから、自分のこの失態は、どうにか「取り返し」
がついたのだ。どれ程の罪悪感に苛まれようとも、気弾で弾き飛ばし
た師父の左腕の再生が叶ったからこそ、自分はこうして気のすむまで、
生産性のない悔悟の念で、自分一人を責め咎める事もできた。

 だが、これが本当に取り戻せない実害を生じさせていたとしたら、事
は、自分一人の問題では収まらない。
 自分を責め苛むよりも先に、この衝動の暴走に巻き込まれた被害者
の、今後の生活や将来を補填すべく、自分は奔走しなければならなかっ
ただろう。そのためには経済面からも物理面からも、様々な代償を支
払わなければならなかった。
 となれば、贖罪の皺寄せが、郷里の家族まで巻き込んでしなう事は
必至だ。駆け出しの学者見習いに過ぎない自分の財力などまるで当
てにはならない以上、他に頼る伝手などない。

 戦いづくめの戦場ではなく、人里離れた山野でもなく―――常軌を
逸した力を内包する自分が市井で暮らすという事は、こうした危惧を
多分に孕んだ行為なのだ。
 そして、今の自分には、その危惧を回避するための「枷」がまっとう
に機能していない。ピッコロが言わんとしているのは、そういう事だっ
た。


 「……あの…もう、試問の準備は殆ど終わっているので……審査会
  前の挨拶回りとか、そういう根回し的な事を気にしないなら、あとは
  三日前の最終確認と、前日の予行演習に立ちあう位です。でも……」
 「ならば、あと六日はここに残れ」


 固唾を呑むようにして、今後の進行予定を及び腰に申告する悟飯の
言葉も終わらない内に、平時と変わることのない泰然とした声音が、そ
の機先を制す。そうして、有無を言わさぬ語調で悟飯の口を噤ませると、
ピッコロは、もう一度、ここから離れるなと繰り返した。

 「将来がかかった檜舞台に気負う気持ちは解るが、もうここまで来た
  ら余計な根回しなど考えるな。最低限必要な準備を終えたら、あと
  はここで気を静めて、少しでも内気の安定した状態で当日に臨んだ
  方がいい」
 「ピッコロさん……」
 「試問が一度始まれば、何かあっても、簡単にここまで戻っては来ら
  れんだろう。お前の話を聞く限り、相当に気の張る舞台のようだし
  な。多少の動揺程度には引きずられず自分を保っていられるよう
  に、膳立ては十分にしておいた方がいい。ここなら、下界の雑事に
  囚われずに自分の事だけを優先できるだろう」

 それは、提案ではなく、精神的上位に立つ者から下された訓令だっ
た。その絶対性を裏付けるかのように、ピッコロは、この一件に対して
悟飯の意見を一切求めていない。
 幼少時からの長付き合いではあるものの、ピッコロがこうした絶対
者的振る舞いをする事は、実は珍しかった。そういった記憶は、それ
こそ出会いの当初、サイヤ人の地球来襲に備えて常軌を逸した鍛錬
を課された、あの一年位しか思い至らない。

 師であると同時に、守るべきものを共有する、有事における同士で
もあったピッコロは、素っ気ないようでいながら、できる限り自分の意
向を尊重してくれた。その彼がこうまで強行しなければならない位、
彼が触れた自分の内気は、今にも暴発しかねない状況にある、とい
う事なのだろう。
 己の理性で制御できない破壊衝動がどれほど手に負えないもの
なのか―――我が身を以てその「実例」を思い知らされたばかりの
悟飯には、師父の訓令に否やを唱える言葉など、ありはしなかった。  

 声もなく頷いて、諾意を示すよりなかった悟飯の肩を、先刻よりも
加減を思わせる力でピッコロの掌が引き寄せる。そうして彼は、もう
気に病むなと繰り返した。

 「お前が下界で、余計な心労を背負い込む羽目にならず済んで良
  かった。こんな事は、ここにいる限り、何も起こらなかったのと同
  じ事だ。その状態ではどうしたって気は高ぶるだろうが、とにかく
  今は、少しでも体を休めて今後の為に備えておけ。ここにいられ
  るあと六日間、できる限りのサポートはする」

 想定される懸念をそのまま並べ立てたように、一息に紡がれた訓
令。そこに合いの手の一切を求められなかった事が、これが自身の
意見によって結論が左右することのない絶対命令なのだと、悟飯に
教えていた。
 それほどに、今の自分の判断能力が危ういものとなっているのか
と、居たたまれない心地になる。そしてそれ以上に、今、この場で自
分がしでかした暴挙を「何も起こらなかった」と言い切られてしまった
ことで、この件に関してこれ以上の謝罪を撥ねつけられたような心
許なさを覚えた。
 それが、どう取り繕おうとも己の行いを帳消しにすることはできな
い、悟飯自身を思いやっての師父の配慮である事は、解っている。
それでも、なんの償いにもならないと承知しながらも、詫言すら相手
から必要とされない事が、想像していた以上に大きなしこりとなって、
悟飯の胸中に重くわだかまった。

 そんな悟飯の胸の内を知ってか知らずか、ピッコロが、平時と変
わらない泰然とした語調で、早く休めと言葉を重ねる。
 初めから反駁の権限を与えられておらず、また、仮に反駁したと
ころで事態に対する打開案を示せるわけでもない悟飯には、その言
葉に、ただ頷くことしかできなかった。 

  
  




 
 「――――悟飯が?」

 翌朝―――平時よりも幾分早い時間から、その日の行動を開始
しようとしていたピッコロの元に、姿を現したのはデンデだった。

 ピッコロと同じく、毎朝の習慣である神事に臨むには、その準備に
してもそれなりの時間を余して彼に声をかけてきた地球の神は、開
口一番、この神殿に「避難」している悟飯の行状について、気遣わ
しそうに注進した。

 曰く―――悟飯がつい先刻、「精神と時の部屋」の使用許可を求
めてきたと。

 「相手は悟飯さんですし、こういう事は僕の一存で決められるよう
  にしろと、いつもピッコロさんから言われていますから……特に
  問題はないものとして、使用を認めました。ここ数年は、あの部
  屋を使わなければいけないような有事も起こっていませんから、
  悟飯さんに残された使用時間の制限も問題ないはずです。色々
  忙しい時期でしょうから、こういう事もあるかと、そうは思ったの
  ですが……」

 それでも、何かが気にかかるのだと、デンデは続けた。

 「忙しいというなら、スキップ?ですか?ハイスクールやユニバー
  シティを一足飛びに卒業していったあの頃の方が、悟飯さんに
  は、もっと時間的余裕はなかったと思うんです。ですが、その渦
  中でたった一度でも、悟飯さんがこんなことを言い出したことは
  ありません。何が問題という事はないんですけど、なんだか気
  にかかって……」

 何もなければ越したことはないですけど、一応、ピッコロさんにも
お知らせしておいた方がいいと思って―――続けられたデンデの
語調には、「何か起きてもおかしくないと思ったから」という言外の
訴えが伺い知れる。それでも確証が持てない懸念を持て余してい
るのだろう現存の神に向かって、ピッコロは、その一声を耳にした
瞬間に脳裏を過った一つの惧れを、平静を装った声音で口にした。

 「デンデ。悟飯はどの位の時間、あの部屋を使うと言っていた?
  使用時限をお前に確認したりという事は、あったのか」

 もしも、自分に残された時間の殆どを使ってあの部屋に籠ろうと
していたなら、その残存時間を鑑みても、悟飯は、相当の長丁場
を覚悟していたという事になる。

 昨夜別れた時、このまま部屋に帰しても、多分悟飯は一睡もで
きないのだろうという予感はあった。それでも、事態の当事者にし
て被害者でもある自分があれ以上何を配慮したところで、彼に対
する精神的負荷を重くするだけだったろう。それが解っていたから、
敢えてあれ以上構うことなく、悟飯には、「頭を冷やす」時間を与え
てやるべきだと判断したのだ。

 今後、少なからず焦燥の念に駆られているであろう悟飯に対し
てどのように対処していったものか、今朝、顔を合わせた段階で
方向性を定めようと思っていたのだが……もしも、その体感時間
で相当の時間、彼が「頭を冷やす」事を望んだのだとしたら、その
時間差の分だけ、自分にしてやれることは変わってくる。

 できる事なら、悟飯が自分一人でこの問題に特化して何らかの
自己結論に至るまでに、自分が水を差すべきではないかと思う。
他に気を散らす存在もなく、こういった事案に首っ引きで向き合う
事は、精神衛生上望ましいとは思えなかった。

 そんなピッコロに向かって、デンデは、はっきりと時間を取り決
めた訳ではありませんでしたが、と前置きして口を開く。

 「確か……30分もあれば足りると思うからと……そんな風に
  言われていたかと」

     
 精神と時の部屋で過ごす30分は―――現実世界の体感時間
に換算すれば、およそ一週間というところだろうか。
 それは今の悟飯が沈着さを取り戻すには妥当な時間のようにも
思えたし……あの状態の悟飯を一人で放り出すには、聊か長すぎ
る時間であるようにも思えた。
 
 デンデが自分の所にやってくるまでに、少なくとも数分は経って
いるだろう。報告を聞いていた時間を加味すれば、その時間は5
分はくだらないはずだ。
 この同朋に使用許可を求めてから、単純計算して都合一日以上、
悟飯は、一人あの部屋で過ごしていることになる。


 「――――デンデ」

 それが最善の手立てであるのか、保証など何もなかった。だが……


 「朝から騒がせて悪いが―――俺も、精神と時の部屋を使わせて
  もらう」
 「ピッコロさん?」
 「悟飯は、今ちょっと煮詰まっていてな。そんな時に一人で置いて
  おいても、大概ろくな事にはならんからな」 

 だが―――互いに目をそらす訳にはいかない、悟飯の身上を蝕
むこの厄介事を前に……悟飯と自分の立ち位置に、摂理に反する
タイムラグが生じる事は、到底望ましい事であるとは、ピッコロには
思えなかった。

 
 仲立ちの自分を通し、前任の神からあの部屋の管轄権限を引き
継いだ、この弟分が否やを唱える事はないと承知の上で、返事を
待つことなく踵を返す。
 気がかりそうに自分を呼ばわる同朋に、すぐに戻ると言い置きな
がら……本当にそうであってくれと、現存の神を前にしても尚、どこ
に向ければいいのか見当もつかない祈りにも似た思いを、ピッコロ
は胸の内に抱いていた。



 
  
                                 TO BE CONTINUED...

  
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