DBZ「safety valve・11」







  

 決死の覚悟で口にした否やの言葉をどう受け止めたのか、老神は、ピッコロの反駁に諾
とも否とも返さなかった。


 
 遠すぎる互いの立ち位置に実感を抱くこともないであろう、所謂「外部」の存在相手で
あればともかく―――広義の見解に準えれば傍系の眷属と呼べなくもない、神の名を冠した
過去を持つ存在から否やの声をあげられるなど、この絶対神にとっても想定外の展開であっ
たのだろう。彼は胡乱気な眼差しでピッコロを見上げ、この現状を推し量ろうとでもして
いるかのように、短く一言、解らんのう、と独語した。

 外されることのない視線と、独白で終わらせたようにも受け取れるその言葉尻に滲む言
外の要求が、二重の重圧となってピッコロを威圧する。
 言明してみろと、そう老神に促され、ピッコロは、この場の空気に気おされてしまった
自らを奮い立たせるように、大きく息を呑んだ。




 「……孫悟飯は、サイヤ人としても地球人としても、特異な生き方を強いられてきた青
  年です。親元で育てられるべき時期を親元から引き離され、どちらの種族の血も引い
  た事で、混血児としての「性能」を周囲から期待され、子供の頃から否応なく、実戦
  において非凡であることを要求されてきました」

 この絶対神を前に、神託を押し戴くべき立場にある自分が物語る事すら、酷く不敬な行
いであるように思われた。それでも、ここで自分が尻込めば、悟飯は大界王神の「梃子押
し」によって、その情動に作為的な制約を課されてしまう。
 この老神を思い止まらせる事ができる保証はなくとも、唯一反駁の言葉を持つ自分が、
ここで口を噤むことはできなかった。


 「実の父親でさえ、戦局を覆すために、あれの眠る能力に頼るしかなかった。そんな風
  に周囲から扱われながら、それでもあれは、戦いというものを本能的に嫌悪して育ち
  ました。……先程大界王神様は、現在、この世界は平和だと仰いましたが、それこそ
  が、孫悟飯の待ち望んだものなのです。外敵も存在しない、この平和がいつまで続く
  ものかはわかりませんが……それでも、あれの最も待ち焦がれた人生の蜜月は、この
  平和の中にこそあります。これまで抑圧された人生を強いられてきたからこそ、少し
  でも素の姿に近い形で、あれにはこの平和の中を生きてほしいのです」
 「ふむ…?」
 「不遇の時代を生き抜いてきたのは、なにも孫悟飯ばかりではありません。あれ一人が、
  これまでの生き様の帳尻合わせのように幸甚に満ちた半生を保証されるなど、ありえ
  ない話であると承知しております。……ですが、ようやく始まったばかりのあれの人
  生に、これ以上の柵を背負わせるのはあまりにも忍びないのです」
 「のう、ピッコロよ」


 けして高圧的ではないが、相対する者に聞き流すことを決して許さない、大界王神の呼
ばわりが耳朶を打つ。この声を黙殺して我を通そうとしている自らの不敬の極みに、気を
抜けば総身に震えが走りそうなほどの畏怖を覚えた。
 だが……だからこそ、一度でも口を噤んだが最後、この老神の醸し出す異質な空気に呑
まれ、自分は何も語る事が出来なくなってしまう。それを骨の髄まで思い知らされている
からこそ、ピッコロには、ここで自ら言葉を飲み込む事ができなかった。
  

 「ほんの僅かな制約……確かに、大界王神様の仰せの通りなのでしょう。周囲が何もし
  なくとも、孫悟飯は年経るごとに、自然に「大人」の分別を備えていく。定命の限ら
  れた生き物であるからこそ、あれも次第に老熟していきます。それは自然の理でしょ
  う。……ですが、この度の措置は……大界王神様の「梃子押し」を受けるという事は、
  いずれ自然に老熟していくあれの生き様を……故意に、歪めさせる事にはなりません
  か…?」

 それだけは、と、ピッコロは言葉を続けた。


 「―――それだけは……御寛恕頂きたいのです。孫悟飯自身は、さして抵抗を感じる事も
  なく、この制約を受け入れるかもしれません。今のあれにとって、何を置いても優先
  させたいのは、己の衝動に内面から揺らがされかねない今この時を、大過なく乗り切
  る事です。そのための代償と思えば、些少の不自由は致し方ないと、そう達観するか
  もしれません」
 「ふむ……」
 「ですが……あれは、知らないだけなのです。自らが成熟する事で、自然に受け入れら
  れるようになる「不自由」さと、その手段を強制的に取り上げられて、否応なしに受
  け入れざるを得なくなった「不自由」さは、全くの別物だと」



 『将来を、自分から望まない事と、物理的に望めないことは、全然違う』

 それは三日前、天上の神殿に身を落ち着けた悟飯がようやく吐き出してみせた、彼自身
を苛む屈託の、根幹とも呼ぶべき命題だった。 

 自らの遺伝子情報が引き継がれることで、その内包する、サイヤ人としての衝動までも
が継承されるのではないかと、自らの将来を考える事に二の足を踏んでいた悟飯。
 その懸念も踏まえて接見に臨んだこの界王神界で、彼の能力を引き出した当人である絶
対神から、後天的に身についた能力はその血族に継承されないという、一つの言質を得た。
それだけでも、立場も顧みないこの暴挙に踏み切っただけの甲斐はあったと思う。

 だが、実体験として認識する機会すらないまま、それでも、規格外の半生を生き抜いて
きたあの青年があれ程に憂えるほどに、この命題は重いものなのだ。人知を超越した力に
よって何らかの制約を受けるという事は、生物にとってそれほどに深刻で、それ故に、安
易に縋ってしまえば遠からず、きっと悟飯は自らの選択を後悔する。
 だからこそ……地上に展開する人間の世界とは、余りにも遠い立ち位置に生きるこの絶
対神に、自分は、なんとしても「まった」をかけなければならなかった。


 「このような御高配が、我々にとって身に過ぎた僥倖である事はよく解っております。
  お言葉通り、孫悟飯が己の感情に関して多少の不自由を受け入れれば、それで全ては
  丸く収まるのでしょう。……ですが、あれはまだ、ようやく成人したばかりの若年で
  す。自分を押さえる術も知らない内に、己の意志とは関係ない力でそれを強いられる
  事態になれば……あれの将来に、少なからぬ影響が出るのではありませんか……?」 
 「ピッコロ」
 「あれは…あれは、情に篤いのです。ほんの幼子の頃から、誰から教わるでもなく、自
  然に、他人の心に己の情を傾ける事のできる子供でした。何故そんな風に余計な重荷
  を自ら背負い込むのかと、辟易したことも当人を窘めたことも、一度や二度ではあり
  ません。……ですが、あれのそういう気性に、救われる存在が多くいたことも、紛れ
  もない事実で……」
 「ピッコロよ、わしはよ……」
 「孫悟飯自身が、どのように判断するかはわかりません。ですが、あれのそういった気
  性は、孫悟飯という一人の人間を形成するために、不可欠な素養なのです。それを摂
  理に反する形で取り上げる事で、あれのこの先の半生に、よもやの歪みが生じてしま
  うとしたら……いえ、大界王神様の御高配に、よもやなどあろうはずのない事は承知
  しております。ですが…!」
 「ピッコロよ!」


 畏まり謙り、目線すらさり気なく反らす程の徹底ぶりで、眼前の絶対神に対する敬意を
全身で表しながら、それでも、何事かを言いかける老神の機先を制するピッコロの口上は
止まらない。そんな風に、一方通行のまま続けられた陳情についに業を煮やしたのか、都
合四度目となる大界王神の呼ばわりは、それまでのものよりあからさまに語勢の荒いもの
だった。

 さすがにそれ以上言葉を続ける事はできず、口を噤んで畏まったピッコロを前に、老神
は、疲れたような嘆息交じりに、己の後頭部を撫で上げた。
 ちったあ落ち着かんかい、と口火を切った嗄れ声が、一呼吸程の間をおいて、だいだい
よーと言葉を繋ぐ。

 「わしはよ、別によ?梃子押しならしてやれるかもしれん、手を打っといたほうがいい
  かもしれんっつーただけじゃろうがよ。なーにも今すぐ、無理やり孫悟飯の頭ん中い
  じるなんざ、言うとりゃせんじゃろ?んな悲愴げな顔で陰気くさい事をごちゃごちゃ
  捲し立てるな、人聞きの悪い」
 「……は。大変な、御無礼を……」
 「ま、それはともかくよ?」


 それ以上は言葉もなく、畏まって恐縮するピッコロの長身をまじまじと見遣り、老神は、
その面持ちに幾分不興の名取りを残したまま、得心が言ったとでもいうように、幾度か頷
いて見せた。

 「なーんか馴染のあるくそ真面目さだと思ったらよ?お前さん、孫悟飯の師匠か。融通
  の聞かないとことかよ、こっち系のネタに免疫なさそうなとことかよ?…あー、確か
  に似とるわ」

 こっち系、の言葉を揶揄するかのように、己の指先で卑猥な仕草を見せつける。相手が
相手であるだけに反駁もできず、何とも言えない表情のままさりげなく視線を逸らしたピッ
コロに、老神は、そうそう、そういうとこなんかもな、と、からからと笑った。
 機嫌の直ったらしい陽気な声が、まー師弟揃って堅苦しい奴らじゃのーと言葉を繋ぐ。


 「面白いもんじゃのー。あれの父親は、そういうところは随分世慣れて見えたがよ?息
  子の方は、師匠のお前さんに似たわけか。お前さんも、師匠っつうよりゃあ、まんま
  あれじゃな。親の目?そんな意識であれを見とるって感じだしよ?そりゃあ、親とし
  ちゃ、あれこれ執着もするってもんか」
 「大界王神様……」
 「ま、お前さんなりに色々複雑な立場じゃろうによ、よくまあここまでやってきたもん
  だと感心しとったがよ?「身内」の問題となりゃ、無理を通そうって気にもなるんか
  の?辺境惑星っつってもよ、一つの星を治めとった神が、随分とあれ一人に肩入れし
  たもんじゃのう」

  
 下界のもんと同じ目線でものを考えていたら、いざという時にいちいちしんどかったろ
うによ?―――続けられた揶揄に、ピッコロの「神」としての立居振舞を咎める響きはなかっ
た。ましてや、今は現任の神を他に戴く地球という惑星において、今後のピッコロの進退
を示唆する類の言葉ではないことも、過たず伝わってくる。

 だが―――恐縮の態で畏まりながらも、ピッコロには、老神の言葉に、素直に頷くことが
できなかった。

   

 確かに、幼い悟飯との出会いが、自分のその後の半生を大きく変えた。あの少年と過ご
した一年間がなければ、自分はきっと、今の自分に至る道程を歩むことはなかっただろう。

 自分に一つの生き様を与えてくれた命だと思えばこそ、恩にも感じたし情も沸いた。幼
い時分から我を通すという生き方を取り上げられてきた子供だからこそ、その重荷を下し
た後は、少しでも望む生き様を叶えられるよう、心を尽くしたいとも思った。

 だが、それらは全て、自分の独り善がりな感傷だ。どれほど心を砕きその半生を支援し
たいと願っても、他に「身内」をもつ青年に対し、自分にできる事は、所詮は外部からの
助力に過ぎなかった。
 悟飯がその身の内で持て余している、サイヤ人としての衝動が暴走する事態を危惧して、
有事の際には命運を共にするという誓約を青年と交わした。それだけでも、自分と悟飯の
関わり合いは、余人の立ち入れない特異なものであると言えるのかもしれない。
 しかし、悟飯に対する自分の立ち位置は、あくまでも「部外者」だ。幼い頃からの関わ
り合いの密度を考えれば、広義の解釈としては「身内」と呼び表される局面もあるかもし
れないが、それはあくまでも一過性のもので、彼の血族でも家族でもない自分が、その生
涯にわたって、側近くで彼の生き様を支えてやる事は出来なかった。

 今は実の家族が。いずれは伴侶を迎えた青年が持つであろう、未来の家族が。そうして
枝葉を広げていく悟飯の血脈と、自分はあくまでも外部から関わっていくことしかできな
い。大界王神の言う「親の目」など、自分には到底達観する事のできない、なんともおこ
がましい話だ。

 どういった形であれ、悟飯が彼らしくこの先の半生を送っていける助けとなれるなら、
自分の立ち位置など、どのように表現されようと構わない。だが、こんな風に、青年の残
す血脈にまで懸念が及んだ時、何とも中途半端な自分の立ち位置に、ある種の居たたまれ
なさを覚えてしまうのも、確かだった。


 
 先刻までの饒舌さがなりを潜めたように黙然と畏まるピッコロの姿に何を思ったのか、
老神は、まあとにかくよ、と口を開いた。


 「孫悟飯の感情に手を加えたくないっちゅう、お前さんの言い分は解ったがよ。そんで
  も、そんだけ切羽詰まっちまったもんを、手放しで放っとくつうのもちいとまずかろ
  う。なんせ若いからよ?溜まるんも爆発するんも、あっちゅう間じゃろ。おまけに
  おなごと適当に遊ぶこともできな堅物となるとよ?これまでは、どうやって凌いでた
  んじゃい」

 おなご遊び位できるように教えとくんも、師匠の務めだろうがよ?―――好色さが滲み出
た声音でそう揶揄されて、余計な世話だと反駁しそうになる苛立ちを、ピッコロは懸命に
腹の底へと飲み下した。悟飯から事の次第を聞いた時点でおおよその察しはついていたが、
どうしてこの老神の執心は、こと色事に関すると、こうも枚挙に暇がないのか。

 ともあれ、自分は始めから、この絶対神に具申するような立場にはない。耳障りな好色
老人の訓戒は、表向きは神妙な素振りで受け流し、ピッコロは、端的に現状のみを説明す
るに留めた。

 「孫悟飯から、大まかな話は聞かされておりましたので……可能な限り間隔を空けない
  ようにしながら、鍛錬に努めさせました。体を動かすことで、少しは衝動も治まるよ
  うでしたので」
 「そりゃまあ、何もせんよりはなぁ。つーても、そんなもんじゃ、到底追いつきゃせん
  ぞい。それこそ、三日と空けずにずーっと鍛錬続けるような騒ぎじゃったろうに。焼
  け石に水も、いいところじゃな。―――そんなにしょっちゅう調整するんは、まあしん
  どかった事じゃろ」
 「は。孫悟飯も学業の方で何かと気忙しい時期ですから、時間を都合するのもそう簡単
  にはいかず……ままならない状況に、本人もだいぶ煮詰まっているようです。少しで
  も矛先をずらせる方法があればと、思案はしているのですが……前例がないだけに、
  なかなか、思うようには……」
 「あのよ?今のはよ、お前さんがしんどかろうっつう意味で言ったんじゃがよ」

 
 と、刹那。
 神妙な面持ちで経緯を語る固い声音を遮るように、老神の緊張感に欠ける相槌が、ピッ
コロの続く言葉に水を差した。

 「そりゃよ、孫悟飯にとっちゃ自分事だからよ?いろいろしんどかろうが動かん事には
  仕方ねえかっつう気にもなるだろうがよ。お前さんにとっちゃ、まあ言葉は悪いが、
  他人事なわけじゃろ?それをようも、そこまで律儀にあれのガス抜きにつきあってやっ
  たもんじゃと思っての」

 お前さん、本当にあれの「身内」なんじゃの―――続く言葉と共に向けられた大界王神の
目線に、これまでとは幾分色合いを違えた、感慨めいたものが見え隠れする。
 一旦言葉を区切り、改めて老神の口から発されたのは、問いかけというよりは、状況確
認のような独語だった。

 「……お前さん、ナメック星人じゃったな。ナメック星人ちゅうのは、特定の相手に肩
  入れしない、公明正大な種族と思っとったがのう」
 「大界王神様、私は……」
 「ああ、ええ、ええ。種族の特性と比べて、お前さんがどうこうっつう事が言いたいわ
  けじゃない。ただ、そんなら余計にしんどいじゃろうと思っただけじゃ」

 ちいと疲れたのう、と手近な岩の上に腰を下ろした大界王神は、傍らに所在なさ気に立
ち尽くすピッコロの長身を見上げ、のんびりと言葉を繋いだ。

 「ナメック星人は、真面目な気性で利己に走らんっちゅう特徴があるからの。じゃから、
  あの星の中でだけ、あの種族がドラゴンボールを使う事も許した。……ま、今となっ
  ちゃそんな話も、建前ばっかりになっちまったがの」
 「大界王神様……」
 「自分以外のもんの望みを思いやれるっちゅう事は、どんだけ他人に心を砕けかるっつ
  う、尺度を示しとるようなもんじゃしの。そう言ってしまえば聞こえはいいけどよ?
  見方を変えりゃ、そんだけ、自分と他人の線引きが曖昧っちゅう事じゃろ?そういう
  もんばっかり集まって暮らしとったら、みんながみんな、おんなじ程度に気持ちを預
  け合うんじゃなきゃあ、集団でやっていくんはきついわな。特定の相手に肩入れしとっ
  たら、心のバランスもとれんじゃろうしよ」

 そりゃあ、種族ぐるみで特出した執着心なんぞ持たなくなっていく訳だわな―――言って、
改めてピッコロを見やった老神の続く語調が、秀でた聴力を誇るピッコロがようやく知覚
できるほどの細やかさで、微かに揺らぐ。

 「―――そんでも、お前さんはちいと違うようじゃの。始祖である最長老以外に特定の存
  在をもたないナメック星人の中で、お前さんは、肩入れする「身内」を持っとる。
  今の地球の神も、特定の地球人達と特出した交流を持っとるようじゃが……母星を出
  て他種族と交わってきた事で、受け継がれてきた特性も変化していくもんなのかのう」

 
 ピッコロの返答を求めることなく続けられた一人語りに、老神の不興を思わせる響きは
なかった。ドラゴンボールという、文字通りあらゆる局面を覆すことのできるワイルドカー
ドの担い手として、種の特性である公明さを損なうなという苦言の様相すら、その語調か
らは感じられない。
 他意の混じらない、純然とした疑念である事が伝わってくるからこそ、ピッコロには、
大界王神の言葉に諾とも否とも、応じる事が出来なかった。
    
 未だ発育途中にあり、その情操面も十分に成熟したとは言い難い年頃の悟飯に対して、
事もなげに、この「措置」を検討した絶対神だ。広義の解釈で捉えれば被支配階級にある
彼らを軽んじているとまでは思わないが、彼らが抱えている機微に対して、どこか現実味
を帯びた共感を抱いていないことは、確かだろう。
 それは、この遥か雲の上の存在である絶対神の立ち位置を思えば、至極当然のことだ。
悟飯に対し、同じ目線に立った興味を抱くことのない彼が非情なのではなく、この根本的
な隔たりこそが、絶対神とその被支配者の真っ当な距離感なのだろうと思う。
 そして、それは一度は神として地球を席捲したピッコロに対しても、同じことだった。

 彼曰く、ナメック星人らしからぬ存在である自分に対し、幾ばくかの興味は抱いたのか
もしれない。だが、それだけのことだ。絶対神がこれまで知り得なかった「規格外」の存
在をその目で見て、蓄積された膨大な神の叡智に新たな情報を書き加えた後は、自分もま
た、その興味の対象から外れるのだろう。

 その程度の気安い興味であればこそ、神託の名目で余計な干渉を受ける心配もない。下
知を受ければ従わざるを得ない自身の立場を考えれば、この先の行動にも支障が生じかね
ないような、余計な興味を抱かれないに越したことはなかった。
 
 返答を求めない独白であるのをいい事に、畏まった態を隠れ蓑にするように押し黙った
まま、老神の「観察」が切り上げられるまでの時間をやり過ごす。彼が悟飯に対して強制
措置を取らないという言質を取れた以上、そしてやはり、絶対神の力を以てしても一旦解
放された能力の再封印は不可能なのだという事が判明した以上、これ以上この異界に自分
がとどまる理由はなかった。
 
 今日は都のスクールで所用を片付けた後、神殿に仮住まいするための支度を整えると言っ
ていたから、おそらくは日中一杯下界から戻ってはこないだろうが、あまりこの異界に長
居をしては、後から事の次第を知った時、悟飯はこの推参を、さも大仰なものとして捉え
ることだろう。
 どの道、大界王神から得た今一つの言質については何としても彼に伝えなければならな
いのだから、公然の事実となると承知しているここでの滞在時間は、可能な限り手短にし
ておきたい。第一、結論からすれば「現状に関して、具体的な打開策は見いだせなかった」
と伝えるしかないこの推参に終日費やしたとなれば、悟飯がその事実に恐縮するばかりで
なく、ある種の落胆を抱くだろうことは否めなかった。

 どの方面から考えても利点がないと見切りをつけ、早々にこの場を辞去する暇を探る。
畏まるピッコロを尻目に、ナメック星人に関する大界王神の「考察」はいまだに続いてお
り、その面映ゆさも手伝って、ピッコロは内心で幾分焦れ始めていた。

 と、刹那―――

 「ナメック星人には、何かに執着するっちゅう感情は理解できんと思っとったが……
  ところ変われば、人も変わるってか。まあ随分と、生臭くなるもんじゃの」
 「大界王神様、私の身上については、もうこの辺りで……」

 規格外の出生は周知の事実であり、ナメック星人の名も、それこそ名ばかりのものであ
る事はピッコロ自身自覚している。それを恥に思ったことも、他の同胞に対する寂寥の念
を覚えたこともなかった。
 だから、「ナメック星人らしさ」を外部から言及されようと、ピッコロ自身なんら感銘
を受けはしない。それでも、生臭いとは言うに事欠いて失敬な、と、内心に蟠る鬱積がさ
すがに増幅した。

 だが、本腰を入れてこの話題に終止符を打とうと声を上げたピッコロの内心を知ってか
知らずか、老神は相も変わらぬ呑気さで、からからと笑った。

 「なんじゃ、それこそ懸想でもしとるようじゃのう。大いに結構結構。そういう「人臭
  い」ところをじゃな、あの堅物にもどんどん仕込んでやりゃあええ」
 「大界王神様……!」

 あまりにもあけすけな物言いに、自身の立場もかなぐり捨てて、たまらずピッコロが気
色ばむ。それでも、老神の飄々とした表情は変わらなかった。

 「好意でも、悪意でもな。それがそいつから見て万人向けの度合いを過ぎりゃあ、懸想
  じゃよ。そういう執着が解らんような生き様なんざ、どんなにお綺麗に見えようが、
  味気なくてつまらんじゃろうが。いや、お前さんら種族の生き様を、否定する訳じゃ
  ないがの」

 それまで、自身の耳目で確かめた「観察」結果をただ面白がっているかのようだった砕
けた語調に、それまでとは幾分色合いを変えた響きが混ざる。それがどういった思惑によ
るものなのか、ピッコロには解らなかったが、大界王神の言葉には、好色老人の戯言と聞
き流すには躊躇われる重みがあった。

 肯定も否定もできず、畏まるように押し黙ったまま、告げられた言葉を胸の内で反芻す
る。そんなピッコロを尻目に、大界王神は、言うべきことは全て語ったとばかりに、それ
まで腰かけていた岩から立ち上がった。
 疲れた疲れたとこれ見よがしに呟きながら、傍らに控え続けていたピッコロに向かい、
また問題が起きるようならやってこい、と一言告げる。それは、自らの立場も弁えずこの
異界に推参したピッコロに対する通告であり、言外に帰れと命じられた状況で、これ以上
ピッコロに食い下がる余地を与えない効力を宿した下知だった。


 弾かれた様に居住まいを正し、せめて立ち去り際位はこの絶対神の心証を損ねるまいと、
畏まった辞去の挨拶を述べる。鷹揚に頷いて見せる老神の眼前を下がりながら、ピッコロ
は、何とも言えず消化不良な思いを味わわされていた。



 禁忌にも近い越権行為を貫いてまで、それでも肝心要の打開策を見いだせなかったこと
への消沈もある。事の次第を悟飯に伝えるに際し、青年が抱くであろう落胆を思うと、自
身の不甲斐なさが居たたまれなくもあった。
 だが、そういった、言明できる類のものばかりではなく―――自分でも検討づける事が出
来ない、なんとも落ち着かない衝動がある。それを持て余すしかない居心地の悪さが、地
球への帰路に臨むピッコロを尚のこと、浮足立たせていた。
  
 

 
 
                                       TO BE CONTINUED...



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