DBZ「Trifle・中編」






 【Trifle(トライフル)】
        ―――残り物またはあり合わせで作ったデザート。「つまらない物」の意





 神殿の一室を間借りした悟飯の、本格的な試験合宿が始まった。

 家族への事情説明や、通学に支障がないよう泊まり支度を整えるのにそれなりに時間を
要したのか、前夜遅くに再び神殿を訪れた青年は、居候に際し一通りの挨拶を済ませると、
その晩は、合宿に臨む英気を養うためか、与えられた部屋に早々に引き籠ってしまった。
 一夜明ければ、遠方のハイスクールでの授業を控えた悟飯は未明の内に神殿を後にし、
授業を終えて神殿に戻る頃には、時間は禍時をとうに過ぎている。そうしてハイスクー
ルが試験休みに入るまでの三日間、神殿の住人達とろくに会話を重ねるいとまもないまま、
悟飯は天上の神殿で、名ばかりの居候生活を送った。

 悟飯の事情を聞かされていた神殿の主デンデは、悟飯の試験勉強の妨げとならないよう、 
朝晩わずかな時間しか許されない青年の自由時間にも、長々それを拘束するような真似は
避けている。世話役であるミスター・ポポも同様で、その手が必要となる時以外は、悟飯
の前に顔を出すのも控えている様子だった。
 結果として、青年の居候を許可したピッコロだけが、毎朝毎晩、わずかな時間顔を合わ
せ、用意された食卓を共にする。それも、食事を必要とする青年の都合に合わせて切り上
げられる会話はごくごく簡素な、味気ないものだった。

 そんな風に余裕のない日々を送るうちに、ハイスクールは、ようやく試験休みによる休
校を迎えた。

 日がな一日時間を自由に使えるとなれば、試験対策中とはいえさすがに気持ちの余裕も
出てくるのだろう。神殿に間借りして四日目となるその日、悟飯は試験勉強のストレス解
消と称して、勉強の合間に室内から顔を出しては、デンデと談笑したりミスター・ポポの
ちょっとした用事を手伝ったり、下界を俯瞰する神殿の外庭で瞑想するピッコロの隣に座
り、そこから望める広大な蒼穹を眺めたりしていた。  

 試験直前となった焦りもなく、ハイスクールも休みに入ったばかりとなれば、今が一番
精神的負荷の少ない時期だろう。時々室外に足を運んでくる青年の様子にそれを感じ取っ
たピッコロは、小腹が空いたであろう彼を即席の茶席に誘い、これを機に、悟飯がここに
やってきたそもそもの経緯について、もう一度水を向けてみる事にした。






 「……ああ。今回ばかりは、それなりに目立つ成績をとらないとまずいんですよ。学校
  の推薦枠に入るためには、選考者に印象付ける位の結果を出さないと」

 果たして、お茶請けを一口齧った青年は特に言葉を濁すこともなく、のんびりした口調
でピッコロの問いかけに答えた。

 あの学校、結構レベル高いですからね。ちゃんと勝負しようと思ったら、それなりに気
合を入れないと―――続けられた言葉に、気負いを感じさせる響きはない。勝負と言いなが
らも、悟飯が今回の試験を成果発表の場として待ち望み、この準備期間を楽しんでいるの
は明らかだった。
 だが、その緊張感のない声音で返された応えの中に、ピッコロに違和感を覚えさせる単
語が含まれていた。

 「推薦枠とはなんだ?」

 内部試験の、それもハイスクールの一学年に在籍する学生の定期考査で、推薦枠という
言葉が出てくるのは不自然だ。推薦というからには、ハイスクールが外部の団体に向けて
学生を送り出す心積もりがあると考えるのが一般的だろう。
 そして、そんなピッコロの予想を裏切ることなく、悟飯は相変わらずのんびりとした口
調で、事もなげに説明した。


 「簡単に言ってしまえば、ハイスクールの課程を打ち切って、一足飛びに次の課程に進
  学するための推薦枠です。オレンジハイスクールは、一年で修了したいと思いまして
  ……そう決めた以上、選考基準の一つになる今回の試験で悔いを残したくなかったの
  で」
 「悟飯?」
 「うちには、まだ悟天もいます。どうにも勉強嫌いみたいだから、どこまで進学するか
  わかりませんけど……あいつがどういう進路を選ぶにしろ、その頃、まだ僕に色々か
  かっているようじゃ、お母さんも何かと大変でしょうし」
 だったら、近道できそうなところは、そうしておくに越したことないかな、と―――

 それは、実に事もなげに告げられた言葉だった。 
 悟飯が語っているのは、俗にいう、飛び級という制度についての説明なのだろうか。確
かに悟飯の能力なら、そうやって一足飛びに履修過程を収めていくことになんら不足はな
いだろう。こと学問に関して言えば、そうして余りあるだけの地力を、幼い頃から彼は培っ
てきた。

 現在のハイスクールでは自分の実力を活かしきれないと悟飯が思うのなら、もっと上の
教育機関に一足飛びで入学するのもいいかもしれない。そもそも、進路の選択権は悟飯に
あった。
 だが……

 「お母さんも何かと大変」と、青年は語っていた。言葉を濁してはいたが、それはつま
り、悟飯と悟天の進学に際して必要となる、学費の問題を指しているのだろう。
 子供の養育が何かと物入りであるのは世の常であり、それは子供の教育に熱心な家庭で
あればあるほど顕著となる。この手の憂慮は孫家のみならず、多かれ少なかれ、世の家庭
の殆どが抱えていることだった。

 優秀な後進を育てるために、国や教育機関がその教育を助ける制度もある。そういった
ものもうまく利用し、身の丈にあった生活をしながら、市井の家庭は、希望と現実の折り
合いをつけながら生きているのだ。年の離れた弟の養育を主軸に置いて、自分の進路の舵
取りをしようと考えるのも、何も悟飯に限ったことではない。

 だが、それは所帯を構える大人達が懸命に働いた上で、それでも尚おぼつかず、自ら築
いたものの中でやりくりしていくための、苦慮の策だ。良識ある大人なら、わが子が望む
だけの教育を受けさせてやれるだけの甲斐性を備えていたいと、そう思うものだろう。
 孫家の場合……この場合、所帯の資力に綻びを生じさせている要因は、まぎれもなくた
だ一人だ。

 「…それで…お前の両親は、そのことについて何と言っているんだ?まさか、相談もな
  しに独断したわけではないんだろう」
 
 それでも念のため……一縷の望みをかけて、ピッコロは眼前の青年に問いかける。家族
間の問題には、たとえ旧知の中とはいえ、安易に踏み入るのはご法度だった。万一の可能
性を捨てることなく、審議は慎重を期さねばならない。 

 だが……

 「あ、はい。お母さんは、そんなに慌てなくてもいんじゃないかって。折角ハイスクー
  ルに入ったんだし、今までが今までだったんだから、その分学生でいられる時間を大
  切にしたらどうだって、言われました」
 「孫は……?」
 「お父さんは、そうですね……お前の好きにしたらいいんじゃないか、みたいなことを」

 だが、ピッコロの抱いた儚い望みに反して、あまりに予想通りな応えが返される。
 その瞬間―――ピッコロの中で、何かが切れた。


 「……孫を呼べ」
 「ピッコロさん?」
 

 孫悟空―――まだ悟飯が幼少の頃から、およそ甲斐性と呼べるものを持たず、ふらふらと
浮草のように生きてきたかつての宿敵。
 それこそ、セルとの戦いに備え修行の日々を送っていた七年の昔から、ピッコロは、彼
が彼の細君に、甲斐性なしと詰られ怒鳴られしている姿を、日常茶飯事の光景として目撃
してきた。当時、修行相手として孫家に居候していたピッコロ自身にも、そのとばっちり
が飛んできたことも一度や二度ではない。

 あれはまだ、他に優先すべきものを抱える非常事態であったのだから、まだ解る。だが
しかし、あれから七年も経って。わざわざ鬼籍から蘇って。世界が平和の只中にある、今
この時に。

 ―――いまだに甲斐性がないというのは、どういう事だ

 ようやく待ち望んだ平和がきたのだろう。ほんの子供の頃から、戦い漬けの日々を送ら
せてしまった息子の労苦に、今こそ報いる好機だろう。
 再会し、平和が訪れて半年以上が過ぎたのだ。今一番それを必要としている愛息の為に、
彼を安堵させ、彼が希望通りの進路を選べるように、今こそ己の甲斐性を示さなくてどう
するのだ。

 「今すぐ孫を呼んで来い!本当に身内に甘え過ぎだあのお気楽トンボが!」 
 「ピッコロさんっ」

 憤りに任せて拳を叩きつけた振動で、卓上に据えられていた茶器がぶつかり合って耳障
りな音を立てる。同時に向かいの席から立ち上がった悟飯が、慌てて伸ばした手で振動す
る卓上の物を取り押さえた。

 「すみません僕の言葉が足りなかったんです!僕が早く自立したくて決めたことなんで
  す!お父さんのせいじゃないんです!落ち着いてくださいすみません!」

 今にも踵を返して下界へと飛んでいきかねないピッコロの憤激を、その後を追いすがる
ようにして悟飯が押しとどめる。
 お前が庇う事じゃないと返しかけ……しかし、その機先を制するように、青年がもう一
度謝罪を繰り返す。この一件の「被害者」としか思えない悟飯がそこまで訴える以上、出
鼻を挫かれた形となったピッコロには、彼を退けてまで強引に「加害者」を断罪すること
はできなかった。  

 悟飯の言葉を尊重し、とりあえずは一息ついて冷静な視点を取り戻そうと、それまで腰
かけていた椅子へと座りなおす。ほっとしたように向かい側の椅子に落ち着いた青年の名
を呼び、ピッコロは、話してみろ、と続けた。


 「お前がそこまでいうなら、話を全部聞いてから、あのお気楽トンボをどう始末するか
  決めてやる。まだ時間が許すのなら、詳しく話せ」
 「ピッコロさん……」

 こんな状況でも、試験を控える自分の時間配分を気にする配慮が反って可笑しかったの
か、悟飯の表情が僅かに緩む。場を仕切りなおすかのようにもう一度椅子に座りなおし、
ピッコロに向かい威儀を正して見せた青年は、本当に、僕がそうしたかったんです、と続
けた。





 「なんだか変に専門的な話になってしまうので、長くなるうえに、多分ピッコロさんに
  は興味のないような内容で申し訳ないんですけど……ハイスクールを出た後の進路に
  ついて、自分なりに色々考えてみた結果なんです」

 聞いてもらえますかと続けられれば、ピッコロも、当面の不興を一旦飲み込むしかない。
不承不承といった様子で、それでも彼が父親の弾劾を一時棚上げにしてくれた事を見て取っ
た悟飯は、すみませんと小さく頭を下げた。 

 「学者になりたいっていう、小さな頃からの夢は、今も変わっていません。そして、本
  気でその道を目指すなら、もうそれは夢なんかじゃなくて、ちゃんとした目標として
  将来を見据えなければいけない時期なんです。例えばどこか、民間の企業に就職しよ
  うとか、お役所仕事に就こうとか、そう考えるよりはずっと、達成するまで時間のか
  かることですから」
 「……ふむ」
 「将来的に、その界隈で承認された博士号をいくつ持っているかで、学者としてのグレー
  ドは決まるんです。そのためには、グラジュエートスクールに進学して、博士課程を
  専攻する必要があります。そこで研究論文を提出して評価を受けるわけなんですが、
  その後の評価にまでつながる事を考えると、ここで時間を惜しむわけにはいきません。
  グラジュエートスクールの履修年限は5年間です。決して短くはない時間ですけど、
  その時間をめいっぱいつぎ込むつもりで、卒院後の準備に当たらないと……」

 ここまでの説明で、既に聞き役であるピッコロには馴染のない単語が飛び交っているの
だろう。特に言葉を挟むでもなく青年の語るに任せている彼の表情は、何とも釈然としな
いものだった。

 かつてこの地上を席巻していた神の有する膨大な知識を継承した以上、彼がその気にな
りさえすれば、地上社会のしくみにおいて、把握できないことなど何一つないはずだった。
しかし全知を誇る神の補佐役だとて、自らのあずかり知らない世界の因習について、調べ
もせず精通できるほど万能なわけではない。

 故に取り立てて相槌も打たず、青年の語る言葉から新たな知識を吸収しようとしている
ピッコロに向かい、それを察している悟飯もまた、相手の反応を求めなかった。

 「……それなら、グラジュエートスクールに進学するまでの時間を、極力短縮するしか
  ありません。今通っているハイスクールが3年、そこを出て、ユニバーシティに4年
  ……普通に学歴を積んでいけば、それでようやく、グラジュエートスクールです。し
  かも、学者稼業なんていつ芽が出るかもわからない、不確かな進路です。卒院までの
  最短コースでも、あと11年……目標達成までとなったら、何年かかる事になるか……」

 そこまでの時間を、家に甘えるわけにはいきません―――言って、青年はそれまで手の平
の中で弄んでいた茶器を、一口傾けた。

 「ショートカットできるとしたら、ハイスクールとユニバーシティです。で、オレンジ
  ハイスクールには飛び級という制度はないので……他に手を打つとしたら、校長のお
  墨付きをもらって、高認を受験するくらいしか思いつかなかったんです」
 「高認?」
 「オレンジハイスクールは、一年間在籍すれば、高認……ハイスクールを卒業した人間
  と同じ学力を認められる、というか、受かればユニバーシティの受験資格を認められ
  るってことなんですけど、その高認の受験が許可されるんです。で、高認に受かって
  からオレンジハイスクールに申請すれば、その学科の単位が免除されて、ハイスクー
  ルの卒業証明がもらえる、という仕組みで……」

 なんだかややこしい言い方ですね、と頭を掻きながら、悟飯は人間社会の慣習に明るい
とはいえないピッコロの為に、言葉を選びながら説明を続けた。

 「高認に受かっても、ユニバーシティに入学できる年齢制限があるので、うちのハイス
  クールではその年を迎えるまで受験させないって方針らしいんですけどね。まあ在学
  しながら何度受験したって問題はないらしいんですが……そっちにかまけ過ぎた挙句、
  ハイスクールの単位を落としておいて、もし高認の受験にも失敗したら、ハイスクー
  ルの過程をもう一年やり直す羽目になるわけですし。先走るなって意味も、あるみた
  いです」

 かと言って、ハイスクールをドロップアウトしてから高認を受験するっていうのも、籍
を置く者にとっては本末転倒ですし、と青年が乾いた笑いをもらす。

 「そもそも、ハイスクールに通えない事情を抱えた学生への救済措置も兼ねた制度です
  から、本当に高認受験だけが目的なら、なにもハイスクールに通う必要はないんです。
  飛び級入学を認めているユニバーシティなら17歳から入学可能ですし、それまでじっ
  くり受験勉強に集中した方が、近道なのかもしれませんし。……でも、そもそも僕が
  ハイスクールに編入したのは、勉強だけが目的じゃなかったから。そっちも疎かには
  できませんでした」

 そこまで語ると、悟飯は持ち上げた茶器の中身を一口煽った。口の中を湿すだけではな
く、言葉の接ぎ穂が欲しかったのか、嚥下するだけにしては長すぎる沈黙が、神殿に立ち
込める清浄な空気に浸透する。

 「……魔人ブウ…ミスター・ブウとの事もあったから、みんなの記憶が改竄されてから
  も、世界はそれなりに混乱しました。サタンシティでも、それは同じです。その分、
  なにもなかった頃と比べれば、ハイスクールの課程も遅れがちで。だから……焦った
  と言えば、焦った部分もあったのかもしれません」
 「悟飯……」
 「この8ヵ月、自分なりに後悔しないように、精一杯ハイスクールでの生活に勤しんで
  きたつもりです。同種族の、同世代の人間と殆ど付き合いらしい付き合いもしてこな
  かった僕に、気の合う友人が、あそこで沢山出来ました。これまで独学ばかりだった
  勉強も、人と競い合えることの楽しさを知りました。みんな、パオズ山を出なければ、
  知らなかったことです。それだけでも、ハイスクールに通えて良かった」

 でもこの辺で、目標の為に方向転換しないと―――続けられた言葉には、隠しようのない
寂寥の響きがあった。

 「初めてできた、同世代の友人達です。たった一年でまた別れてしまうのは、寂しくも
  あります。でも、みんないつまでも同じ場所にはいられない。将来のことを真剣に考
  えるなら、ここで未練がって、足踏みしているわけにはいかないんです」
 「悟飯……」
 「……だから、お父さんの甲斐性がどうとか、そういう理由じゃ、全然ないんですよ。
  僕が僕の将来の為に、決めたことなんです」





                                     TO BE CONTINUED..

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