Trifle・前編






 【Trifle(トライフル)】
        ―――残り物またはあり合わせで作ったデザート。「つまらない物」の意





 
 折り入って、お願いと御相談があるんですが―――

 天上の神殿を訪ねた青年が、改まってそう口火を切ったのは、その日、神殿の敷地で催
された異業種交歓会―――という名の茶会も宴たけなわを迎え、集った面子の旧交も程よく
温まった時分だった。

 面子と言っても、招かれた客は口火を切った青年一人で、あとの二人はそのホスト役だ。
そんな内輪の集まりで態度を改めた青年―――孫悟飯に、ホスト役の片割れであるピッコロ
はもの問いたげな視線を向けた。
 今一人のホスト役、地球の神デンデもまた、悟飯の様子を訝しむ。それでも、ピッコロ
と悟飯が旧知の師弟関係にある事を承知している彼はあえてそれ以上関与しようとはせず、
では僕は席を外しますねと言って、それまで腰かけていた椅子から腰を上げた。

 元来、デンデと悟飯も気心の知れた友人関係を築いており、今更垣根をおかなければな
らないような間柄ではない。だが、悟飯は気を遣わなくて大丈夫だからと言いながらも、
辞去しようとするデンデを強く引き留めようとはしなかった。

 このタイミングで口を開いた以上、友人に聞かれて困る話というわけでもないのだろう
が、敢えてその耳に入れたい内容でもない、という事なのだろう。ピッコロは青年の意向
を尊重しデンデを敢えて引き止めず、茶会の席はそれでお開きとなった。 


 「―――で、改まってどうした?」 

 デンデが立ち去り際に手配していったのか、入れ違いの様にミスター・ポポが替えの茶
器を掲げてやってくる。彼が卓上の茶器を取り替えて神殿の奥に戻っていくのを見送って
から、ピッコロは向かい合って座る青年を促した。
 話題として、辺りを憚るようなものでもないのだろう。ミスター・ポポに目礼し、新し
い茶器の中身を一口煽った悟飯は特に言いよどむこともなく、そのことなんですが、とピッ
コロの水向けに乗った。
 
 「この神殿が、本来僕達地上の人間が気軽に足を踏み入れていい場所じゃないんだって
  ことは、解っているんですが……いつもいつも、つい甘えてしまってすみません」
 「それは構わん。出入り自由なお前どころか、ここに縁のある奴らが入れ替わり立ち代
  り、ぞろぞろとやってくるんだ。今更、禁足地も何もないだろう」

 それで?と言葉を重ねると、青年は、すみません、と繰り返して首をすくめた。

 「実は、十日後にハイスクールの定例試験があるんです。その準備のために、この神殿
  にしばらく置いて頂けませんか?」
 「ほお?」
 「ハイスクールからこちらに戻って、またここから通学したいんです。試験の一週間前
  になるとハイスクールは試験休みになるので、その間は一日こちらで……試験が終わ
  るまでの間、そういう形でお世話になりたいと思って」

 しばらく、試験勉強に特化したいんです―――言葉を繋げた青年が、そこでちらりとピッ
コロの様子を伺う。
 駄目でしょうかと視線で問われ、ピッコロは間を置くことなく、それは埒もないことだ
が、と言葉を返した。

 「お前がそうしたいなら、一向に構わん。今夜からでも、必要なものだけ持ってこっち
  に移ってくればいい」
 「本当ですか?」
 「今更、改まった段取りが必要な客でもないからな。ここからハイスクールへ通学する
  のに支障がないなら、お前の好きなようにしろ。だが……」

 了承しつつも、このやり取りを二つ返事で片付けなかったのは、ピッコロが、青年の申
し出に対し微かな違和感を覚えたからだった。

 魔人ブウとの激闘を乗り越え、世界が平和を取り戻してから、はや半年が経過した。そ
して悟飯がオレンジハイスクールに編入して、そろそろ8ヵ月になる。その間にも、学力
考査を目的とする定例試験は何度かあったはずだが、青年がこのような申し入れをしてき
た前例はない。

 期末試験、と呼ぶのだったか……確かに節目にあたる大切な試験ではあるのだろうが、
そもそも、ピッコロにはここ数か月、定例試験の都度、青年が勉強一本やりになるほど偏っ
た生活を送っていたという記憶はなかった。

 「そこまで集中しなければいけない試験なのか?お前は日頃から勤勉だ。今更特別な準
  備がいるとも思えんがな」
 「いえ、それは買い被りですよ。確かに編入試験ではそこそこの結果を出せましたけど、
  子供の頃から高等数学だのなんだの勉強させられてきても、あの程度でしたからね。
  ハイスクールには優秀な生徒も大勢いて、うかうかしてたら僕なんて、すぐにランキ
  ング圏外です」

 軽く頭を掻いて謙遜の様相を見せる青年に、それこそが違和感の正体なのだと、伺うよ
うな視線を投げる。師の言外の問いかけを過たず受け取ったのか、悟飯は少しだけ、その
はにかみ顔を改めた。

 「……ええまあ。確かに、これまで試験の度に慌てるようなことはなかったんですが。
  ハイスクールでは勉強ばかりじゃなくて、集団生活に馴染むためとか、同じ年頃の相
  手との付き合い方を学ぶためとか、色々目的がありましたからね。成績の方は、まあ、
  学費を出してくれているお母さんをがっかりさせない程度の結果が残せれば、位に考
  えてましたし」
 「それなら、今更どうして焦る?」
 「あー……焦ってる、というわけでもないんですが。まあそれは、おいおいお話します。
  とにかく、少し学業の方にも本腰を入れたくなったので……」

 ―――お言葉に甘えて、いいですか?

 念押しの様に重ねて問われれば、ピッコロにはそれ以上青年を追求する理由は思いつか
なかった。
 元来、悟飯の抱く人生設計の機軸には、学者稼業につくという大きな目標がある。地球
を揺るがす脅威に晒され、その基軸は幾度となく揺らいだが、こうして世界が平和を取り
戻した今、彼が学生の本分である学業に専念したいと考える事に、何ら不思議はないのだ。
  
 悟飯本人が言葉を濁した以上、試験対策という目先の目的以外にも思うところがあって
の申し出ではあるのだろう。だが、サイヤ人や人造人間の再来に備えて修行に励んだ当時
であればともかく、現在の彼に、仔細に及ぶまでそれをしつこく追及するのは、青年との
間に築かれた対人関係の則を越えた行為だ。

 おいおい話すと青年が言うのなら、何も委細の全てを今知る必要はないだろう。そして
なにより、試験に専念したいという青年の懸念がどの辺りにあるのか、地上の現状を鑑み
れば、ピッコロにも想像するに吝かではない。

 アレか……と諦観交じりに思い至るのは、かつての宿敵であり、地上を幾度となく脅か
した脅威に共に立ち向かった同胞であり、事のなりゆきからこの手で仕込み鍛える事となっ
た、眼前の養い子の父親でもある、男の顔だ。
 孫悟空―――生まれながらにその母星を失い、もはや絶滅危惧種との呼び声も高い、生粋
の戦闘民族サイヤ人。母星の言葉でカカロットの異名を持つその男は、本来であれば七年
前、鬼籍に入ったまま二度と現世に戻る事のない存在だった。
 
 魔人ブウとの戦いにおいて、息子である悟飯の強化を施された縁で、神の中の神、大界
王神の命を譲り受けるという尋常ならざる経緯によって現世に復帰した彼は、魔人消滅の
後、平和を取り戻した世界でかつてと変わることなく、のほほんとあちこちふらついてい
ると聞いている。
 悟飯がこうして、人里離れた神殿への「避難」を望むのも、概ねその辺りが要因なのだ
ろうと、その野放図な為人を知るだけに、ピッコロがあたりをつけるのも容易かった。

 どうせまた、修行だなんだと口実をつけては悟飯を―――おそらくは第二子も込みで振り
回しているのだろう。遊びたい盛りの悟天にとってはそれも絶好のコミュニケーションの
機会となるだろうが、もう青年の域に達した長男の方は、すでに自分の世界を形成し、親
元からも精神的に自立しようとしている最中なのだ。
 悟空にしてみれば、離れていた間に一足飛びに成長してしまった息子のことが気がかり
であろうし、そういった未練も含めて、悟飯が可愛くて仕方がない、といったところなの
だろうが……現実を生きるのに忙しい悟飯にとっては、行き過ぎれば有難迷惑以外の何も
のでもないだろう。

 とはいえ、所詮は家族間の問題なので、そこにピッコロが口を挟むというのも出過ぎた
話だ。「近所のおせっかいなおじさん」ではあるまいに、求められもしないのにわざわざ
しゃしゃり出て押しかけ意見番になるなど、御免こうむる。
 まあ、悟飯がここで試験勉強に勤しむうちには、「おいおい」語られる話もあるだろう。
そこで請われるなり、強硬策もやむなしと判断した時には、多少の実力行使に訴えないで
もなかったが―――

 
 ともあれ、現時点での悟飯の希望がはっきりしている以上、彼をこの神殿で寝起きさせ
ることに否やはない。試験対策の為だという名分があるなら、口やかましい彼の母親も、
息子の外泊に難色は示さないだろう。 


 「―――まあ、交々した話は後からでもできる。とりあえず、日が落ちる前に家に戻って、
  用意を済ませてしまったらどうだ?」

 今夜から悟飯が神殿に滞在するという前提で、ピッコロは、突き詰めれば長々続きそう
なこの話題に、意図的に水を差した。
 促される様に悟飯が居住まいを正し、残っていた茶器の中身を浚おうと、その取っ手に
指をかける――こういう「招かれ側」の作法が自然に身に染みついている様なところは、
間違いなく母親の仕込みだろうななどと、ピッコロは埒もないことを考えた――。その様
子に、茶の一杯ぐらい慌てずに飲んでいけと、ピッコロは苦笑交じりに窘めた。


 「……そういえば、孫の様子はどうなんだ?」

 ピッコロがそこで孫悟空の名前を出した事に、大した意図はなかった。
 悟飯が茶器を煽る間の他愛ない時間つぶしになればと思い、深く考えることなく触れた
話題。返ってくる答えが容易く想像できるだけに、一言二言交わした後に、「まったくあ
いつはしようがない」と苦笑しあって、それで終わるはずの水向けだった。


 件の人物の姿を、魔人ブウとの決戦以来、神殿に住まうピッコロが、その目で確かめた
ことはない。あれから半年が過ぎようというのに、ただの一度もだ。

 現世への復帰を果たした後、悟空は糸の切れた風船のようにあちこち気ままに放浪し、
この神殿へも顔を出さない。この半年間、平和になったらなったで様々な事後処理もあっ
たのだから、それぞれ自分ができる仕事を分担して担ってきた他の同胞達のように、一度
くらいこの神殿に出頭してみろと言ってやりたい気持ちもあったが……あの孫悟空相手に
そのような機微を理解しろという方が無理だろう。
 魔人ブウとの壮絶な戦いに勝利を収められたのは、それを心から願った、力ない市井の
者達から発された祈りの力があったからだ。そして、ミスター・サタンの鼓舞により具現
化したその力を、練り上げ纏め上げ、雌雄を決する一撃として魔人に放ったのが孫悟空だっ
た。

 その功績に敬意を表して、というよりはある種の諦観によって、だから、周囲の人間達
は平定された世界に戻ってきた悟空に、生活態度を改めろとは言わなかった。
 適所適材、という言葉もある。乱世においてはこれ以上ない程に勇猛で頼りがいのある
あのサイヤ人は、平時にあってはその規格外の大器を持て余されるばかりであり、机上の
采配や地道な復興支援など――体力面に限定して役に立つこともあるだろうが――まったくの
不向きだった。

 まあそれでも、孫悟空は孫悟空なりに、自らの責任を自覚し、世間との折り合いをつけ
ようとする実直さを兼ね備えている。……と、思う。
 かつては命を奪い合う宿敵であり、お世辞にも良好な関係から始まったとは言えないピッ
コロでさえ不承不承に認めていることだ。ましてやその血族である身内の人間なら、その
辺りを汲むに吝かではないだろう。
 
 そう思えばこそ、世間話のように、気安くその名前を出したのだが……ピッコロの予想
に反して、件の人物の惣領息子は、あからさまな不興を示すように、その眉間を顰めて見
せた。


 「……悟飯?」
 「……ええ。もう相変わらずです」

 促すようにその名を呼べば、悟飯ははっきりとした嘆息と共に、首肯した。

 「はじめの内こそ、お母さんや僕達に気を使ったのか、パオズ山の家に居ついてました
  けどね。それもせいぜい、二週間くらいのことで」

 あとはもう、ご想像通りの瘋癲振りです―――投げやりに続けられた言葉と共に、青年の
目付きが与太ったものとなる。

 「どこそこの村で派閥絡みの小競り合いが起きてると聞いては飛んでいき、別の村が土
  砂崩れで、三日は流通を寸断されるだろうと聞いては取って返し……それ自体は、人
  の役に立つことをしているんだから、いい事なんでしょう。それで、本人が夢中になっ
  て家に帰ってこなくなること以外は」
 「……そうか」
 「お父さんにとっては、この世界は狭すぎるんでしょうね。そして、いわゆる守るべき
  場所…というか、テリトリーの区別がない。意識を集中するだけで世界のどこにでも
  行ける人なんだから、それは解らなくもないです。結果として人から感謝されている
  んだし、僕達家族も、理解を示すべきなんだろうとも思います。だけど……」

 だけどそれにも限度があるでしょう―――! 

 続けられた言葉は、青年が手にした茶器を勢いよく茶卓に戻す音と重なり、耳障りな響
きとなってピッコロの耳朶を打った。

 「それは……それは、昔のように、魔人ブウとの戦いのように、非常時ならそんな事は
  言ってられないでしょう。人の力には限界があって、でもそれを無視した力でこの世
  界が荒らされたなら、対抗できる力を持つものが動くしかない。……でも今世界は平
  和で、小競り合いだとか災害だとか、何もその全部をお父さんが解決する必要はない
  はずです。世界にはちゃんと人が生きていて、多少時間がかかっても、自分達で問題
  を解決できるはずなんです。本当に一刻を争う事態とでもいうならともかく……今の
  お父さんは、度を越している」

 そこまで言い募って多少は溜飲が下がったのか、それまでの剣幕を取り繕うかのように、
青年は腰かけていた椅子に座りなおした。
 乱暴な扱いをしてしまった茶器の損傷の有無を気にしたのか、再び手にしたそれを矯め
つ眇めつしながら、それは、僕もいまだにサタンシティの治安維持に協力したりはしてま
すけど、と、ぼそぼそと弁明する。
 言葉が過ぎたと自戒したらしいものの、青年は、己の主張を取り下げはしなかった。


 「……子供の頃は、とにかくいつでも絶対的に頼りになるお父さんの事が誇らしかった
  し、今だって、自分にはとても真似できない器の大きさを尊敬してもいます。でも、
  今になってみると、子供の頃はあんなに口煩いと思っていたお母さんの癇癪も、なん
  だかその気持ちが解ってしまって……」

 お母さん、随分苦労してきたんでしょうね―――言って、悟飯は諦めきったような苦笑い
を見せる。

 「本当にスケールの大きな人だから、パオズ山にずっといてくれとは思わないですけど
  ……折角、平和な世界に戻ってきてくれたんです。本当に必要とされる時までは、あ
  の家を支える要にだって、なってほしい。今までお母さんがたった一人でやってきた
  ことを、僕だけじゃなくて、お父さんにも……」

 僕が、我儘なんでしょうか―――そう言葉を締めくくる事で、悟飯は自分の言いたかった
言葉全てを吐き出したらしい。冷めてしまった茶器の中身を大きく煽ると、うるさくして
すみませんと、彼は小さく頭を下げた。

 ある意味予想外だった青年の剣幕に、ピッコロは束の間唖然とした表情を見せ……やや
して、苦笑交じりに相槌を打った。

 「……いや。お前の言い分はもっともだ。孫は、お前達家族に甘えすぎだ」 

 どこまで効果があるか解らんが、一度、ここに呼びつけて釘を刺しておくか―――続けら
れた訓戒に、言葉面ほどの深刻さはない。それは、悟飯の、彼にしては珍しいこれまでの
「愚痴」が、彼自身が父親に対して抱く好意と甘えから発されたものであることを、その
語勢からピッコロが感じ取っていたからだった。

 青年がこの世に生まれ、その物心つく時分にはもう、世界の命運は麻の様に乱れていた。
以来悟飯が父親と死に別れるまで世の混乱は収まらず、そうして、父親を失った悟飯は押
し出し式に、孫家の惣領息子として世帯を支える役目を余儀なくされてきたのだ。
 ようやく世界の平穏が戻った今、再会した父親にその役目を返したいと青年が思うのは、
無理らしからぬことだろう。

 そんな悟飯の、息子としての甘えと苛立ちを、悟空だとて気づかないはずはない。解っ
ていて生活態度を改めようとしないのは、悟空は悟空で、家族に甘え、こういった機微に
関する自らの苦手意識の克服を、後回しにしているからなのだろう。
 外野がこのまま事態を放置し、傍観に徹したところで、行き着くところは結局は、ただ
の親子喧嘩だ。にべもない。

 だが、場繋ぎに選ぶ話題ではなかったかと多少の自戒はしつつも、本来外野へと持ち込
まれては対処に悩むこういった身内の問題を、悟飯が躊躇いもなく口にしたことが、ピッ
コロには嬉しくもあった。


 ほんの半年前までは、こんな悟飯の姿は想像することすらできなかった。
 肉親に対する不満を他所で吐き出すなど、少年の日に父親と死に別れてしまった――それ
も、別離の要因は悟飯自身だ――悟飯にとって、それ程にありえない、親不孝だったのだろ
う。まだほんの子供であり、人間としても未分化な存在であった悟飯にとって、そういっ
た強迫観念が根付いてしまうのは、致し方のないことだった。

 だが、奇跡的な再会からはや半年。いまや立派な青年へと成長した悟飯は、少年だった
別れの日まで時間を巻き戻し、父親との関係を構築し直している最中だ。話を聞く限り、
父親の方は相も変わらず野放図で、家庭をなおざりにしたまま地上をふらふらしているよ
うだが……それでも、半年経ち、悟飯もこれまで思い至りもしなかった父親への不平不満
を、こうして外で発散できるようになったという事なのだろう。
 埒もない親子の関係だ。そして、その複雑な境遇ゆえに、誕生から十七年も経って、青
年がようやく手に入れた「日常生活のストレス」だった。


 「あー…あのっすみません長居しちゃって。お言葉に甘えて、一度家に帰って支度して
  から、またお邪魔しますっ」


 思いがけず大がかりなストレス発散の場へと発展してしまったピッコロの水向けに、話
題に食いついた悟飯の方も、多少の居たたまれなさを覚えたようだった。
 茶器の中身を綺麗に浚い、先刻の反省を活かして茶卓の上に静かに戻す。お茶請けの乗っ
ていた小皿も手元で軽く揃え、自分にと割り当てられた卓上の一角を見苦しくない程度に
整えると、悟飯は足元に置かれていた鞄をひっつかみ、ピッコロへの挨拶もそこそこに席
を立った。
 まるでその場を逃げ出すように、既に彼の出入り口として定位置となった神殿の端から
一目散に飛び立っていく青年の後姿を、ピッコロは、引き留めることなく苦笑いと共に見
送った。

 今度こそ、完全にお開きとなった茶席の後始末の依頼と、後刻再び青年が神殿を訪れる
旨を言い置く為に、ミスター・ポポの名前を呼ぶ。退去時の悟飯を見習うように、手持無
沙汰に自分でも茶席の卓上を適当に整えながら、ピッコロは、今夜から始まる青年の「試
験合宿」について、のんびりと思いを馳せた。

 悟飯をこの神殿に居候させることなど、その幼少時より幾度となく繰り返してきたこと
だ。今更改まったもてなしが必要な相手でもない。それでも彼なりの将来設計に基づいて
全力で試験に臨もうとしている青年の為に、少なくとも彼が敬遠した地上の生家よりは、
自分の事だけに集中できる環境を整えてやりたいものだと思う。
 ほんの半年程前には、世界の滅亡をかけて背水の陣を布いたこの神殿も、随分と平和で
変わり映えのしない場所になったものだ。そう考えると、自ら仕込み育てた弟子の滞在に
心を砕こうとする今の自分に対し、なにか面映ゆい心地になる。
 それでも、そんな風に、取るに足らないことをあれこれ思案することは悪い気分ではな
いと、ピッコロは思った。


    
 平時と変わることなく、のんびりとした様子で姿を見せたミスター・ポポを気安い口調
で労うと、悟飯滞在の間、地球の神デンデがこの神殿で執り行うべき神事が予定されてい
ないことを、改めて確認する。
 神の付き人を務める漆黒の精霊に、今夜から続く十日間について手短に依頼事項を伝え
たピッコロは、一刻後に再び神殿を訪れる青年がもたらすこととなるある種の懸念材料を、
当然ながら、この時はまだ、知らなかった。



                                      TO BE CONTINUED...


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