confession  エピローグ






  天下一武道会の開催から数日―――世界の命運は、めまぐるしく変貌していた。

 腕自慢達が凌ぎを削る、しかし所詮は勝ち抜きを目的とした和やかな大会となるはずで
あった武道会の会場は、参加者として舞台に上がった魔導師バビディの手飼達によって、
その本来の目的を失った。

 会場に集った参加者や観客達のほとんどが一連の騒動の真相を把握できず、成す術もな
く事態を静観せざるを得なかったその陰で、バビディの野望が着実に具現化していく。
 七年ぶりに開催された武道の祭典は落伍者や失格者が続出し、何とも消化不良な形でそ
の幕を閉じ―――時を同じくして、かつて世界を底なしの恐怖に陥れた魔人が復活した。  





 復活した魔人の暴走は、とどまるところを知らなかった。
 その復活から、わずか数日の間に世界は絶望の色一色に支配された。自分を超える戦士
の存在を求め、地上の人間すべてを虐殺することも辞さなかったブウの猛攻から逃れる場
所など、文字通り三界のどこにもない。
 頼みの綱であった悟天とトランクスのフュージョンも解けてしまい、再度合体を果たす
までの時間稼ぎをする余裕すら、生き延びた戦士達には残されていなかった。 

 圧倒的な力量差を前に、刺し違える事さえ叶わず、それでも地上に残された最後の戦力
として一矢を報いずにはおれず……光明の見えない死地に自ら飛び込む覚悟を彼らが固め
たまさにその時―――戦局は、大きく乱れた。
 孫悟飯……魔人ブウの復活と時を同じくしてその猛攻に晒され、戦いの表舞台から強制
的に引きずりおろされた青年が、再び戦場へと帰還したのだ。





 
 魔人ブウとの戦いによって命を落としたかと思われていた悟飯は一命を取り留め、大界
王神の施術により劇的な変貌を遂げた。

 生来の人の良さが強く出ていた容貌は一転して精悍さを増し、その視線で見る者を射抜
くようなきつい眼差しを、躊躇うことなく相手に向ける。何よりも、彼の為人を物語る上
で欠かすことのできなかったその温和さ……言い換えるなら人としての甘さが、きれいに
削げ落ちていた。
 そして―――欠落した自らの特性を埋めるかのように、青年は爆発的な破壊力を手に入れた。

 それは、それほど近しい付き合いを重ねていない存在ですら違和感を覚えるほどの、豹
変だった。ましてや幼少時よりの付き合いであり、その当時から、どう指導しても「修正」
されることのなかった側面であることを諦観交じりに受け入れた記憶を持つ、ピッコロの
衝動は大きい。


 真相を追求しようにも、戦況を打開する唯一の存在となった青年は、その経緯を物語る
余裕もなく魔人との戦いに突入してしまった。自らが戦力外である事を認めざるを得ない 
ピッコロには、同じようにこの戦局に加われない少年達を庇いながら戦いの行く末を見守
るしかなく、結局、業を煮やした魔人が自爆するという強行手段に出るまでの間、青年を
手助けすることもその場を離れることもできなかった。

 魔人の自爆を寸前に察した悟飯の機転によって難を逃れた一行は、ようやく一息つく暇
を与えられ……そうしてようやっと、ピッコロは再会した悟飯からこれまでの経緯を知ら
されたのだった。





 「……そういう事か」

 それまで激戦が繰り広げられていた荒野を離れ、周囲の様相が一望できる崖の上で、魔
人の再来に警戒しながら態勢を立て直す。フュージョンが解け、体力の消耗も激しい少年
二人を休ませながら、ピッコロと悟飯は油断なく周囲を伺いつつも、別行動中に互いが知
り得た情報を手短に交換した。

 そこで明らかになった悟飯の変貌の真相に、ピッコロは改めて感嘆の息を漏らした。
 さすがは人の世の理の及ばない、神の中の神が振るった采配だけのことはある。悟飯が
本来宿していた潜在能力を核としているとはいえ、ここまで効果的にその力を引き出し増
幅させるなど、文字通り人知を超えた所業だった。

 「それにしても、よくそこまで極められたものだ。限界を越えた能力を引き出されたと
  いうなら、そのバランスを取るだけでも生半な事ではないだろう」

 青年の「成長」を賞賛しながらも、どうしても含むものを残す物言いになってしまうの
は、戦局に対応するためのこの変貌が、悟飯の未来に少なからぬ負荷をかける事が解って
しまうからだった。
 天下一武道会開催を目前に控え、身の内に抱えるサイヤ人としての衝動に怯えて父親と
の再会すら拒もうとした悟飯。その命題は先送りにされただけで、今でも解決されたわけ
ではないのだ。そんな不安定な精神状態で、彼は限界を越えて引き出された潜在能力を御
しきれるのだろうか。

 口にしたところで詮無きことであり、どころか相手に余計な重荷を背負わせるだけだと
解っているから、大丈夫かとは聞かない。それでも、ピッコロが言外に匂わせた懸念を、
悟飯は過たず感じ取ったようだった。
 確かに、こんなことは初めての経験なので―――語調さえも凄味がかって聞こえる青年の
応えが、一呼吸程の沈黙に阻まれる。そして…… 


 「……正直、今でも不安で落ち着かない気持ちはあります。でも、大丈夫です」

 言って、悟飯はいまだ、平時の彼を知る者に違和感を抱かせる好戦的な面持ちで、ピッ
コロを仰ぎ見た。
 
 「魔人ブウと戦っている内には、僕は昔のように、殺戮の衝動に駆られてしまうかも
  しれません。今こうしていても、ひどく気持ちが高ぶっている感じがします。本格
  的に戦い始めたら、どうなるか解らない」
 「悟飯……」
 「でも、大丈夫です」

 それは、つい数日前には、実の父親に顔も合わせられないと、この青年があれほどに
嘆いた衝動であったはずなのに……彼にしては珍しい勝気な表情のまま、悟飯は静かに
笑って見せた。

 「ピッコロさんが、僕を止めてくれる。そう思ったら、自分の中に一本芯が通ったみ
  たいになって……ただ闇雲に怖いとは、今は感じません」
  
 ピッコロさんのおかげです―――そう続けた青年の語調に、揺らぎはない。肩肘を張る
ことなく、自然体のまま自分と向き合えているのだと、その目を見返したピッコロには
解った。
 安堵の思いが込み上げる。だがそれと同時に胸の内から湧き上がる、筆舌に尽くしが
たい居たたまれなさもあった。

 「……ぬかせ。俺がお前を止めようとする時には、お前は俺と心中する羽目になるん
  だぞ。勝手に憑き物が落ちたような顔をしやがって」
  
 口先だけは不機嫌そうに言い捨てて、伸ばした手で軽く頭を小突いてやっても、青年
の笑顔は変わらない。ここ数日、屈託を抱え込んだ彼の憂い顔ばかりを見続けてきたピッ
コロの目に、それは、とても得難いものであるように映った。
 
 これからまた、この青年は激闘に身を投じる事になる。この仕上がり具合ならばと周
囲が期待した悟天とトランクスでも魔人ブウには今一つ力及ばず、ここまでその指南を
担ってきた自分はそもそも、始めからこの戦況に貢献できるだけの戦力には数えられて
いなかった。
 結局は、この優しい青年一人の双肩に、ここから先の戦局を担わせてしまう。七年前
のセルとの戦いと同様、悟飯一人を戦いの矢面に立たせなければならない自らの非力さ
が不甲斐なく呪わしかった。
 だが、そんな自分の存在が歯止めになると言って、青年は笑う。戦いの最中いつ暴走
するかも解らない恐怖にあれ程怯えていた彼が、自分の手にかかりその恐怖から解放さ
れる事を拠り所に、笑って、再び苛烈な戦いへと赴こうとしていた。

 確約した自らの言葉を、撤回しようとは思わない。悟飯をあれ程に苛む懊悩から解放
する為なら、自分は自分に打てる手立ての全てを擲つ覚悟だった。
 だが、それはこの先いつ訪れるかも知れない、漠然とした未来に青年を向き合わせ、
それを乗り越えさせる為、その後押しを願っての苦肉の策だ。暴走した悟飯と刺し違え
る事で彼の矜持だけは守る結末など、想定しうる最悪の事態であり、誰がその実現など
望むだろう。

 こんな事しか約束してやれない不甲斐ない自分にその未来を預け、か細い希望に縋り
ながら自身を戦いへと駆り立てていく悟飯の姿が、不憫だった。それでも、ここで自分
が二の足を踏んでいては、それをただ一つの切り札として魔人との戦いに臨もうとして
いる悟飯の覚悟に水を差す。
 今の自分にできるのは、せめて表向きだけでも動ずることなく、砂を噛むような思い
で自らを変貌させたのだろう青年の覚悟ごと、彼の「進化」を受け止め、後押ししてや
ることだけだった。

 改めて呼びかけることなく、衝動の全てを身の内に封じた鉄面皮を装ったまま、もう
一度伸ばした手を青年の肩に置く。そうして意図した仕草で口角を持ち上げて見せれば、
促される様にこちらに向き直った青年もまた、その容色を彩る笑みを深くした。
 そして―――

   
 「……ありがとうございました、ピッコロさん」
 「悟飯?」   

 ピッコロをまっすぐに見つめる双眸は、先刻までと変わることなくきつく眦を釣り上
げ、強い意志の力を宿している。だが、その幼少時から見慣れた漆黒の虹彩が隠しよう
もなく揺らぐのを、ピッコロは見咎めた。

 「界王神界で……もう一度、お父さんと会うことができました」
 「悟飯」
 「大きくなった、強くなったと…そう言ってもらえました」

 それは、父親との再会を目前に控え、身の内に抱え込んだ複雑な感情に苛まれていた
悟飯がその胸中から絞り出した、二律相反する願いの片割れだった。会えない、会いた
くないと泣きながら、それでも吐露せずにはいられなかった彼の切望だった。
 会話が交わされた当時を追憶しているのか、言葉を繋ぐ青年の視線がふと、遠くなる。

 「今度は僕が死ぬ時に元気で会おう、なんて矛盾したことを言ってましたけど。ああ、
  お父さんは相変わらずだなって思って……だから、会えて、話せて、良かったです」
 「そうか」
 「ここから先を……今の僕と、魔人ブウの戦いを直接見たかったって、後は僕に任せ
  るって、言ってくれました。……僕に、任せられるって」

 その瞬間の悟飯の表情を―――なんと言い表したらいいのか、ピッコロには解らなかっ
た。

 父親と今生最後の対面を済ませ、それでも胸の内で消化しきれずに燻っているのであ
ろう、隠しきれない未練。
 終生の目標に掲げ、いつかは同じ高みに上り詰める事を目指した存在から、未来を託
されたという気負いと誇らしさ。
 そして、再び孤独な戦いに挑み、前進のみを世界から強いられた者の抱く、代替の効
かない覚悟。

 それら全てがないまぜになったような顔で、青年はそれでも確かに、笑っていた。
 
 「……七年前の、セルとの戦いの時とは違う。心構えもできないまま、訳も解らずに
  お父さんから引き継いだんじゃない。ちゃんと話して、僕自身が納得して、選んで
  ……僕は、お父さんからこの先の戦いを、託されたんです」
 「悟飯……」
 「あの時、ピッコロさんに気づいてもらえていなかったら……僕はまた、ただ事態に
  引きずられて、自分で判断する余裕もないまま今の僕になっていたと思います。覚
  悟もないまま力だけを引き出されていたら、魔人ブウとろくに戦いもしない内に、
  きっと僕は、暴走していた。身勝手に暴走して、身勝手に何かを恨んで……また、
  セルの時のように後から悔やんでも悔やみきれない間違いを、犯していたかもしれ
  ない」

 もしもあの時、ずっと抑え込んできた衝動と、無理やりにでも向き合わされていなかっ
たら―――そう続けた語勢にわずか、青年がその胸襟を晒した夜の慟哭を思わせる響きが
混ざったように感じる。だが、ピッコロの並外れた聴覚が、雄々しい宣誓のようなその
言葉に隠れた微かな震えを聞き咎めても、悟飯は決して、顔を伏せなかった。

 「……あの時、あんな状態の僕をピッコロさんが見捨てずにいてくれたから、僕はこ
  うして魔人ブウと戦えます。言い訳を探したりしないで、他の何かに押し付けたり
  しないで、自分の中の不安も恐怖も、あるがまま受け入れることができます。ピッ
  コロさんの、おかげです」

 ―――ありがとうございました

 繰り返される謝辞と共に、その身の内より押し出された情動の名残が、束の間、ピッ
コロを見つめる青年の双眸を揺らがせる。だが、それは一瞬のちには瞬きにかき消され、 
威儀を正した青年は再び勝気そうな笑顔をピッコロに向けた。

 「見ていて下さい」
 「悟飯?」
 「見ていて下さい。孫悟空の息子として、ピッコロ大魔王のただ一人の弟子として……
  僕の持てる力の限りで、魔人ブウを倒します。ピッコロさんが命がけの保証をくれ
  た自分の未来を、命を、簡単に投げ出すような真似はしません」

 
 胸を張り、顔を上げて、一言一言を噛みしめるように宣言した青年の顔を、ピッコロ
は改めて見遣った。
 その勝気そうな表情や、総身を覆う闘気だけではなく、悟飯本人が語ったように、そ
の内面に揺らぎない基軸が築かれたのが解る。物心つくかどうかといった幼少の時分か
ら見知ってきた青年が、ようやく一つの境地に辿りつき達観したその姿を、師として先
達として誇らしく思い……そして、命運を共有する同胞として、申し訳なく物悲しく思っ
た。

 尋常ならざる過程で自らの限界を超越した今の姿が、悟飯自身が望んだ結果によるも
のであれ、その能力を引き出された青年の本質は変わらない。
 他に手立てはないのだと骨の髄まで思い知らされたからこそ、自ら望み受け入れたそ
の爆発的な力を、今、彼はどれほどの覚悟で以て制御しているのだろうか。

 他に累を及ぼさないよう、ただ一人で重責を背負った悟飯がそこから解放されるには、
魔人ブウを完全に消滅させてしまうか、身の内で膨れ上がる力に飲み込まれ、自我を失
うまで暴走するか、力及ばず地球ごと魔人に滅ぼされるか、いずれかの結末にたどり着
くしかない。そして、その命運を引き寄せる介添役を、力の及ばない自分には担うこと
ができなかった。

 戦力として、同胞の誰一人当てにはできず、いざ身の内に巣食う力が暴走しても、そ
れを正してくれる存在もない。それは、どれほどの恐怖であり孤独であるだろうか。
 だが、それでも悟飯は笑う。身の内に抱える規格外の力の制御も、それを引き寄せた
自らの命運も……簡単には投げ出さないと言い切って、ただまっすぐに前を向く。
 それは、そんな青年と刺し違える覚悟を共有する事でしか、彼の未来に保証を与えて
やれなかった不甲斐ない自分に対しての、牽制の形をとった返礼でもあった。

 無為に暴走を許しはしないと。せめてもの気休めにと、ピッコロが差し出した「保証」
に安易に甘えはしないと……言外に込められた青年の宣誓を、ピッコロは、確かに聞い
た気がした。
 
 「……強くなったな、本当に」
 「ピッコロさん?」

 内に抱える衝動を収めきれず、自家中毒さえおこしかけたあの夜の悟飯の泣き濡れ顔
が脳裏をよぎる。限界まで自分を追い立てて、一人世界の行く末を担おうとしている青
年を、あの夜のように抱きしめてやりたくなった。
 だが……数瞬の間をおいて伸ばされた手は、向かい合う青年の特徴的な形に揃えられ
た頭髪を、乱暴に掻き乱すに留まった。

 「…っピッコロさん…っ」
 「―――勝って帰れ」

 その出し抜けの所業に、子供扱いしないでくれとでも言いたげに、師を呼ばわる悟飯
の語調に不服そうな響きが宿る。しかし続けたかったであろう抗議を皆まで言わせずに、
ピッコロは、威儀を正して言葉を重ねた。

 「勝って帰れ。生きて戻れ。魔人を倒し、お前自身の命運に打ち勝って、生きてここ
  に戻ってこい」   
 「ピッコロさん……」
 「今ここにいる、お前自身のままで……お前と刺し違えてでも歯止めになるなんぞと
  言った俺の言葉を、とんだ了見違いだったと、ここに戻ってきて笑い飛ばしてみせ
  ろ」

 大円に見開かれた青年の双眸を見つめながら、全霊の願いを込めて、一語一語言葉を
紡ぐ。祈る相手すら見いだせない世界の窮地に、なんの力も持たない切望である事を承
知の上で、それでも、これが青年の抱く覚悟を後押しする言霊になればいいとピッコロ
は思った。
 ピッコロを見返す、常になく眦をきつく吊り上げた勝気な顔が、束の間、何かを持て
余したかのようにくしゃりと歪む。引き締まった頬桁や結ばれた唇が連動するように戦
慄いて、その衝動ごと息を呑みこんだのか、次いで青年の喉が大きく動いた。
 悟飯が泣くのではないかとピッコロは思い、それならそれでいいのだろうとも思った。
これからやり直しの効かない決戦に臨もうとしている青年の士気を削ぎはしないかと懸
念しないでもなかったが、これも、天上の神殿で悟飯が抱える屈託を吐き出したあの夜
と同じことだ。やり直しの効かない戦いだからこそ、心に残した重荷は、一つでも下し
ていった方がいい。

 しかし、何度か呼吸を整えた悟飯は、数瞬の後にはもう、「常らしからぬ」士気に漲
る挑発的な戦士の顔に戻っていた。

 まっすぐに視線を交わしたまま、交わす言葉もなく五秒が過ぎ、十秒が過ぎ―――
 そして、焦れるほどの沈黙を経て居住まいを正した青年は、ピッコロに向かって大き
く頷いて見せた。


 「―――はい。勝って、生きて……必ず、ここに戻ります」

 ピッコロさんに守られて、育ててもらった、今の僕の心のままで―――力強く言い切り、
自らの宣誓を念押しするかのように、悟飯は誇らしそうに破願した。
 悟飯の宣誓に水を差すことはせず、ピッコロも悟飯を見つめ返したまま自らの口角を
持ち上げ、それを彼の言葉に対する返礼とする。
 荒廃した世界を一望する眼下の景色にはそぐわない、穏やかな時間が、束の間周囲の
空気を支配した。




 「……そろそろ、移動しましょうか」

 どれほどの時間を、そうあって向き合っていたのか……互いに語るべき事は言い終え
たと思ったのか、それとも自らの言葉に今更面映ゆさでも感じたのか、唐突に話題を転
換し、青年はそれまでピッコロと並んで佇んでいた崖上から踵を返した。


 「―――悟天!トランクス!そろそろここを離れるぞ」

 
 ピッコロの返事を待つことなく、有事の際にはすぐさま駆け付けられる程度の距離を
離れて体を休めていた同胞の少年達に召集の合図を送る。呼びかけに応じて合流した少
年二人の敬意と畏怖の入り混じった視線を一身に受けながら、悟飯はきびきびと、彼ら
に今後の行動に対する指示を出した。

 これから一行は、一時的に姿を隠した魔人ブウとの再戦に備え、地上の現状を把握す
ると共に、生き延びているはずの同胞と合流を果たすため行動を開始する。気を消して
こちらの様子を伺っているであろう魔人の動向に細心の注意を払いながらも、現在抱え
ている懸念事項を少しでも早く解消するため、迅速に事を運ぶ必要があった。

 これまで少年達の引率役を兼ねていた事で、次の行動指針を求められる立場に立つこ
との多かったピッコロだったが、今は、復帰した青年がその役割を十分に果たしてくれ
る。再会後の会話でそれを得心したからこそ、自分の意向を確認することなく次の行動
に移ろうとしている悟飯に、ピッコロは声を上げなかった。

 悟飯がこの先の戦いに集中できるように、他の面倒事の全ては自分が引き受ける。だ
が、自分のサポートが必要とされるまでは、この青年の行動を制限することがないよう
に、基本的な指針は全て、彼に委ねた方がいいだろう。
 そう胸の内で思い定めたピッコロの思いを感じ取っているのか、少年二人に指示を与
える悟飯はその言葉の最後までピッコロに諾否の確認を求めず、いざ方向性が定まって
から、ようやく同意を得るように背後を振り返っただけだった。
 一瞬だけ恐縮の表情を見せながら、それでも自ら立てた指針を疑わない様子で自分を
見やった青年に、ピッコロも目顔で同意を示す。
 ―――それで、指針は固まった。

   
 悟飯を先頭に、次いで少年二人を後に従わせ、背後を固める為ピッコロが殿となって
荒廃した地上をひた進む。  
 油断なく辺りを警戒しながら、先を飛行する青年の姿に、ピッコロはふと視線を向け
た。

 顔つきや身に纏う空気が変容したとはいえ、悟飯の体躯そのものには、以前と比べて
これといった変化はない。復帰した青年と見えた魔人が彼を侮ってかかったのも、それ
が原因だった。
 だが、こうして傍にあるだけでも心丈夫だと周囲の者に思わせる、青年の圧倒的な存
在感はどうだろう。外観の変化が乏しいだけに、その変貌はまるで奇跡のようだった。

 これから、世界の命運をかけた最後の戦いが幕を切る。用意された舞台に上がる資格
を持つのは、眼前を飛ぶこの青年だけだ。
 青年がその内に抱えてきたものを知るからこそ、何の助力もできず、彼一人を戦いに
送り出さねばならないというこの現実が、何度割り切ってみても、口惜しく腹立たしい。

 だが―――否。だからこそというべきなのか。
 追従する存在もなく単身高みへと引きずり上げられ、孤独な戦いを強いられた、自身
の弟子であり、最後の命運を共有する青年に、ピッコロは、腹の底からの願いを繰り返
さずにはいられなかった。

 ―――勝って帰れ

 戦局如何では、多分に具現化の恐れを孕んだ暴走への歯止め役は、誓約通り自分が引
き受ける。
 何を憂える事もなく、あるがままのお前の全てを、ぶつけて来い。ぶつけて、勝って、
お前が本来あるべき場所へ、望んだ未来へ……

 ―――生きて戻れ、悟飯……

  
   
 声なき呼ばわりに、先を行く青年からの応えは、当然返らない。それでも、この壮絶
な戦いの全貌を見届けるべき者の覚悟として、よすがとして―――ピッコロはきつく強く、
言霊になれとばかりに繰り返したその言葉を、自らの胸の内に刻み付けた。 


 雲間から差し込む、日差しが翳る。地上に届く陽光の角度が変わるほどに、太陽が傾
いたのかもしれない。悟飯が雌雄を決するまでにどれほどの時間を要するか予想がつか
ず、宵闇に呑まれては明らかに劣勢となる以上、魔人との再戦の準備を急がなければな
らなかった。
 先頭を行く悟飯も同じことに気付いたのか、殿のピッコロを一瞬顧みる。それに軽く
頷いて見せると、ピッコロも気を取り直すように大きく息をつき、その表情をきつく引
き締めた。

 まずは、地上に残された同胞との合流が、最優先事項だ。
 地上から失われた命を取り戻すための最後の希望、地球の神、デンデが残した微かな
気を辿り……一行は可能な限りの速度を維持し、蒼穹の果てへと滑空した。




                          ―――ご精読頂きありがとうございました


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