confession 13







 いつからそんな風に考えてしまったのか、よく解らないんです―――言って、悟飯は
それを告白の契機とするかのように、持ち上げた腕で再び自らの顔を拭った。


 「始めは、あの当時の記憶を繰り返し夢に見る事で、お父さんと顔を合わせ辛くなっ
  ているだけなんだと思いました。……そういう意識がどこかにあったから、夢に
  見たのかな。どちらが先なのか解らないけど、その程度の、僕一人の気後れなん
  だと思っていました」
 「ああ」
 「どれだけお父さんに申し訳ないって思っても、あの時のことをなかったことには
  できない。ピッコロさんや、みんなが言ってくれたように、お父さんが守ってく
  れたこの地球で、僕はちゃんと生きていかないといけないんだから。今更気まず
  いとか、顔向けできないとか思っても、それは僕の勝手な負い目だから、だから、
  武道会の日には、ちゃんと笑って、お父さんと再会できるって思ったんです。
  お父さんと別れた時、僕は今の悟天とそんなに年も違わなかった。でもあの後、
  お父さんがいなくなったあの家を、僕は僕なりに一生懸命支えてきたつもりだっ
  たから。今の僕を、お父さんに見てほしいって……」


 「自白」する覚悟を固めたのか、再び口火を切った青年は、ピッコロが想像してい
た以上に饒舌だった。
 陳述の途中で自問してみたり、論点を一足飛びに戻してみたりと、その独白は聞き
手に親切な語り口とは到底呼べない。それでも言葉を重ねることで、どうにかして自
分の胸襟を物語ろうとする追憶の邪魔にならないよう、ピッコロは、ただ悟飯が語る
のに任せた。

 そうして取り留めもなく言葉を並べていく内に、少しずつ、青年の中で話の焦点が
絞れてきたらしい。彼はどこか苦しそうに、「だけどどうしても無理なんです」と言
葉をつなげた。

 「たった一日なのに。もう後は、僕が死ぬまで会えない人なのに。お父さんの前に
  出た時のことを考えると、どうしようもなく恐ろしくて。どうしてこんな風に思っ
  てしまうのか、毎晩考えました。本当は、一日だけ会うのも躊躇うほど、僕はお
  父さんの事が疎ましいんだろうか。そんなはずない、お父さんに会えないのは僕
  の心の弱さで、お父さん自身に原因がある訳じゃない。……ないはずだって」
 「悟飯」
 「その時……初めて、解った気がしたんです。何が、そこまで恐ろしかったのか」

 それを認める事にはどうしても抵抗が残るのか、核心に近づくにつれ青年の語調が
歯切れの悪いものになっていく。それでも先を急かさず続く言葉を待つピッコロを、
悟飯は伺うように掠め見た。

 「悟飯?」
 「……こんなこと、今更言ったって仕方のないことだって解っています。お父さん
  が生きていた頃……あの頃は、地球は今みたいに平和じゃなかった。湧いてくる、
  としか言えないくらい、後から後からとんでもない敵がやってきて、それを倒さ
  ないと地球が滅ぼされるかもしれない、そんな状況だったんだから。戦う力を持っ
  ている僕達は何を置いてもそれを優先させなくちゃいけなくて……だから、強く
  なること以外に余計な事なんて、考えてる余裕はなかった」
 「ああ」
 「だから……あの頃、戦い続ける事は本当に怖かったし逃げ出したくなったりもし
  たけど、世界を守る戦いに加われた自分の事を……お父さんの子供に生まれた自
  分を、ピッコロさんに鍛えてもらった自分を、どこかで誇らしくも思っていたん
  です。戦う力があったから、僕は自分の未来を選ぶことができた。それは、ただ
  敵におびえて逃げ回っているだけじゃ勝ち取れなかったことだから」

 
 だから、孫悟空の息子に生まれたことを、僕は感謝しています―――そう続けられた
声音は、しかし、その言葉面に反してけして快活であるとは言えなかった。
 苦いものを無理やりに飲み下そうとしているような、顰め面をしている。いつでも
まっすぐに人の目を見て相対する実直な青年にはひどく不釣り合いな表情だと、多少
の物淋しさと共にピッコロは思った。

 「……そうやって、ひたすらに強くなることを求められて、自分でもそう望んで、
  僕はお父さんに認められるだけの力を身につけました。僕自身が、強くなろうと
  望んだ結果だったはずなんです。……でも、あの時……セルに、怒りで我を忘れ
  るように仕向けられた時……本当に、僕は自分が怖かったんです」

 心の底から、セルを嬲り殺したいと思っている自分が―――続く言葉の端々に、不自
然な力が籠る。そんな自分を取り繕おうとでもするかのように、悟飯は、歪んだ表情
のままで笑った。

 「怖いのに…このままじゃ駄目だって、頭のどこかではわかっていたのに……僕に
  は、僕の中でどんどん膨れ上がっていく気持ちを、止めることができませんでし
  た。セルを許さない。許す必要なんかない。こんな奴、そんなに簡単に殺してや
  ることはない。もっともっと苦しめて、この世界に手を出したことを死ぬほど後
  悔させてから殺してやるんだって……」
 「悟飯……」
 「あの時、早く止めを刺せというお父さんの声も、僕には煩わしいだけでした。も
  しあそこでセルが暴走して、世界を道連れに自爆しようなんて考えなければ、きっ
  と僕は、僕の気のすむまでセルを嬲り殺していた。……誰にも遠慮なんかする気
  はなかったし、止めろと言われても聞く気もなかった。だって、僕はあの時、あ
  の場所で一番強かった。「誰も僕を止められない」ことを、僕は知っていたんだ
  から……っ」

 不意に語尾を跳ね上がらせた供述のその先を、悟飯は笑おうとしたのか、叫ぼうと
したのか……頬を震わせた青年の容色は結局そのどちらも形作ることができず、中途
半端な戸惑い顔が、途方に暮れたように虚空を仰いだ。

 「お父さんがセルに降参して、僕がセルと戦うことになって……自分が負けたら本
  当におしまいなんだと悟った時、今までお父さんがどれほどのものを背負って戦
  い続けてきたのか、やっと解った気がしました。絶対に負けられないってことが
  どれだけ重いものなのか、心底思い知らされて、僕はセルと戦ったはずだったの
  に……僕は…あんなに簡単に、自分の力に溺れて……この世界を巻き込んで自滅
  するような真似をして……破壊の衝動に、溺れきって…っ」
 「悟飯」
 「……あれはきっと…僕の中にある、サイヤ人としての本能なんです。でも他の人
  は…お父さんだってベジータさんだって、それをちゃんと理性でコントロールで
  きている。なのに、半分は地球人の血が入っている僕の方が…僕だけが、自分を
  抑えることができないんです…!」

 僕以外に、僕を抑えられる人間はいないって知っていたのに―――!

 続く独白は、今度こそ叫びとなって、室内の空気を震わせた。

 言い放つなり絶句してしまった青年の喉奥から、飲み下し切れなかったのだろう嗚
咽が漏れ聞こえてくる。断続的に呼吸を乱す、その悔悟の嘆きを聞きながら、ここで
止め立てに入るべきなのかどうか、ピッコロは束の間逡巡した。

 悟飯の告白は、まだ終わっていない。その感情が高ぶり、それに引きずられている
今の内に、語れるだけ語らせてやるべきなのだろうと思った。そうでなければ、彼の
抱えるこの衝動は、いつまでたっても収めどころを見つけられない。
 だが、抱える鬱積をすべて吐き出させるために、それを解き放とうとする悟飯自身
の心を折ってしまっては、何にもならない。

 そもそもが、一朝一夕で解決しようもない命題なのだ。ここまで口を割ったからに
は、もう悟飯も自分の内面から目を背けはしないだろうし、これ以上急がせずに、日
を改めながら小出しに吐き出させてやるべきなのかもしれない。
 だが……堂々巡りになりそうなら一旦休ませようかと思案したピッコロの差し出し
手は、当の語り手自身の述懐によって空振りに終わった。

 「……あの頃は、とにかくセルを倒してしまうことが先決だったから、その為に僕
  がいつもと違う言動をしても、みんな何も言わなかった。倒したら倒したで、今
  度は事後処理も沢山あって、それに、お父さんがあんな事になってしまったから
  ……やっぱりみんな気を使って、何も言わなかった。……それをいい事に、僕は
  自分から逃げたんです。このまま平和になれば、この先、セルみたいなとんでも
  ない相手が現れさえしなければ、あんな風に血に飢えたような自分は、もう現れ
  ない。だったら隠してしまえ、この先ずっと、自分の中の奥の奥に、閉じ込めて
  しまえばいいんだって」

 あの時の自分を、僕は封じてしまいたかったんです……そう続けた青年は、しかし、
その舌の根も乾かない内に、だけどきっと無理だから、と言葉をつないだ。

 「ピッコロさん……お父さんが、あの時どうして、自分を生き返らせなくていいな
  んて言ったのか、覚えていますか?」
 「……ああ。自分がいる事で、地球に害意を持つものを引き寄せてしまうからだと、
  そんな事を言っていたな」
 「はい。それを聞いた時は、そんな理不尽な事があっていいのかって、内心腹を立
  てました。お父さんがそうは思っていなくても、それじゃやっぱり、お父さんは
  地球のために犠牲になったんじゃないかって」
 「ああ」
 「だけど、お父さんが地上を離れたら、本当に世界は平和になってしまって……あ
  れから七年も経つのに、ずっと平和なままで……小さな頃から戦い漬けだった事
  を考えれば、ハイスクールに通って、その片手間にヒーローごっこみたいな真似
  をして、そんな事が結構世間の役には立っていて……そんな生活は、夢のようで
  す。平和で平和で、体が鈍って仕方がないなんて言いながら、今の暮らしにどっ
  ぷり漬かって……お父さんが残してくれた平和は、なんてありがたくて贅沢なも
  のなんだろうって、心底思います」

 だから、今お父さんに会ったら、僕は今の暮らしぶりを報告して、沢山感謝しなきゃ
いけないのに―――

 それきり、唐突に言葉を途切らせてしまった青年の姿を見て……ピッコロは、彼の
抱える屈託の元始がどの辺りにあるのか、その全貌を、ようやく掴めたような気がし
た。
 そして、それ故に逡巡した。これが悟飯の「暗部」を突き詰めた結論であるのなら、
これ以上青年に物語らせることは、果たして彼にとっての救いとなるのだろうか。
反って、自らの腹の底の底まで暴き出すことで、この実直で心優しい青年を、二度と
立ち直れないほどに追い詰め打ちのめす結果になりはしないだろうか。
 それほどに、これは白黒では分けられない、ある意味では不毛な堂々巡りだった。

 そんなピッコロの逡巡を知る由もなく、自問に耽っていた悟飯の容色が目に見えて
翳っていく。だがそれでも、自らの覚悟を示すかのように、青年は述懐の言葉を飲み
込もうとはしなかった。

 「……お父さんに会いたい。会って、今の僕を見てもらいたい。こんなに平和になっ
  たこの世界を見てもらって、この平和を残してくれたお父さんにお礼を言いたい。
  ……だけど、そうしたらまた、七年前のあの僕が、僕の中に戻ってくるような気
  がして……」

 それが、どうしようもなく怖いんですと、悟飯は呟くように続けた。そして、それ
まで殆ど聞き手の反応を求めず、自分の中から湧き上がるままに言葉を吐き出してい
たのであろう青年は、この長い独白が始まってから始めて、まっすぐにピッコロと視
線を合わせた。

 「……がっかり、したでしょう?」
 「悟飯?」
 「これが……僕の、本心なんです」

 平時であれば、まるで似つかわしくないとピッコロが窘めたであろう、自嘲めいた
笑みが青年の容色を彩る。そんな歪んだ薄笑いの形に持ち上げられた口角が、ややし
て、語り手の情動を物語るかのように、小刻みな震えを帯びた。
 そして……

 「僕が、お父さんに会いたくないと思うのは、こんな身勝手な理由からなんです。
  自分で自分を抑えきれない不甲斐なさを棚に上げて、自分が変わっていく恐怖か
  ら逃げて……そのきっかけになるかもしれないお父さんと、会うことをただ恐れ
  ているんです」 
 「悟飯……」
 「会いたくない……こんな卑怯で卑屈な気持ちを抱えたまま、お父さんに会う事な
  んてできない……っ」

 吐き捨てるような語勢は、自らに向けられた嫌悪によるものだったのか……それき
り、明確な言葉を紡ぐことができず喉を詰まらせた悟飯は、耐えかねたように、それ
まで適度な距離を保って相対していたピッコロへと縋りついた。
 拠り所を得た事で最後の自制が切れたのか、ピッコロの肩口にその顔を埋めた途端、
青年が声を放って慟哭する。断続的に上がる嗚咽の隙を縫うようにして、震える声が、
苦しい、助けてと繰り返した。

 外聞もなく取り乱す青年の体を、肩に回した手で支えてやりながら―――どんな「自
白」であっても最後まで付き合うことを心に決めていたピッコロは、しかし、助けを
求める弟子の訴えに、とっさに言葉を返してやることができなかった。




                                   TO BE CONTINUED...


 
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