confession 10

 


 「……ピッコロさん……?」

 出し抜けに支え手を取り上げられ、あまつさえその手に突き放された形となった悟
飯の容色が、緊張に引き攣る様が夜目にもよく解った。それでもまだ、縋りたがって
いるかのような眼差しが落ち着かなさそうにピッコロを見上げ、かすかに不審の色を
のぞかせた呼ばわりが、室内の空気を震わせる。

 眼前の青年が、どれほどに自分の応えを待っているかを承知の上で、ピッコロは、
向けられたそれらすべてを黙殺した。
 半端な反応を見せる事で、自ら課した覚悟を裏切りはしないかという恐れもあった
が……ピッコロ自身、単純に心の余裕がなかったのだ。
 


 元来生殖行為を必要としないピッコロに、他者との交合の経験などない。一生縁の
ない行為であると自覚しているからこそ、そういった範疇に関して、同化した地上の
神から受け継いだ、叡智の結晶を用いてそれらの知識を検索しようなどと考えたこと
もなかった。

 だが、成り行きとはいえ、行動を起こすためには相応の前準備がいる。本来の目的
から外れた用途なのだという自覚があればなおのこと、仕掛ける側である自分が、い
ざ事に及んでから二の足を踏むことは許されなかった。
 人間相手の行為について、労せず引き出した知識を頭の中で反芻する。ついで、こ
れから自分が無体を働こうとしている相手と同世代である、一般的な青年男子の生態
情報も網羅した。

 我ながら、ひどく滑稽な真似をしているとは思う。だが、悟飯が自発的にその胸襟
を開く可能性をあきらめてしまった以上、どのような形であれ、自分は悟飯に外部か
らの圧力をかけなければならないのだ。
 例え、それがこの青年の望まない形であっても、自分のゆさぶりは、彼の膠着態を
打開する契機になる。その確信のみを頼みとして、ピッコロは、驚愕の表情を浮かべ
た青年の視線を、繕った鉄面皮で受け止めた。

 唯一救われた思いを覚えたのは、悟飯くらいの年頃の男子が、性に対して非常に敏
感かつ貪欲な一面を有しているという知識を得られたことだ。生理的欲求が人並み外
れて強いとされるこの世代には、往々にして自身の身体的欲求を理性で抑制できない
局面に陥りやすいという。

 あくまでも一般論であるから、目の前の青年にどこまで当てはまるものかは解らな
かったが、それならば、この無体の一方的被害者となる悟飯の中に、「不可抗力だっ
たのだ」という口実は残してやれるだろう。それで自分のしでかした業が相殺される
ことなどありえなかったが、肉体の欲求にやむを得ず引きずられてしまった自らを、
悟飯自身がやむなしと受け流せるよう、どんな名目であれ、逃げ道を用意してやれる
のはありがたかった。


 お膳立ては整ったとばかり、敢えて言葉を交わすことなく、寝台の上から身を起こ
しかけた青年に上体の力で負荷をかける。組み伏せられたような互いの体勢にいよい
よ狼狽の色を見せたその耳元に、ピッコロは、意識した声音で通告した。


 「お前自身、自分のやっていることが無意味だという自覚はあるだろう。そんな馬
  鹿げた底意地を張れと、いつ俺は教えた?」
 「…っ」
 「お前が自分で自分を追い詰めることをやめられないというなら、仕方がない。そ
  のくだらない意地を、俺が壊してやる」

 言い放つなり、抵抗を見せかけた青年の両の手首を伸ばした手で摘み取る。そうし
てその頭上にまとめて押さえ込むと、上体の自由を封じたピッコロの片手が、青年の
纏う夜着へと伸びた。
 「ピッコロさん…っ」
 泡を食ったように身を捩じらせるその片足に軽く体重を乗せただけで、組み伏せた
体から返される抵抗は半減される。そんな状態からの反撃など通じる相手ではないこ
とを身を以って知っているだろうに、それでも諦め悪く総身をバタつかせているのは、
これが戯れでもなんでもないことを、彼が本能的に察したからなのだろう。

 自分を見上げる悟飯の双眸に本気の怯えの色が混ざるのを、ピッコロは、胸の痛み
と共にわずかな安堵の思いで見遣った。
 それでいい。本気で自分に怯え、本気で自分を恨めばいい。そうして対外に吐き出
された衝動が、きっと悟飯の纏う心の鎧に、最初のヒビを入れてくれるだろう。

 狙い通りの反応を示す青年の姿が、ともすればこの選択に尻込みしかける自らを後
押しする。軽い恐慌状態に陥っているだろう彼の意識を、自分の一挙手一投足に釘づ
けにさせるために、ピッコロは更に行動を起こした。

 往生際悪く総身を捩じらせる悟飯の抵抗を片足の動きで難なく封じ、伸ばした手を
寛げた夜着の中へと滑らせる。途端に悲鳴のような吐息を喉奥に飲み込んだ青年の拒
絶を受け流し、その指先が逡巡なく目指す場所へとたどり着いた。

 書いて字の如く、人間の雌雄を最も明確に分け隔てた、雄の最大の急所―――

 「っひ……っ」

 今度は飲み下し切れなかったらしいあからさまな悲鳴が、室内の不自然な静寂を鋭
く裂いた。同時にこれまでにないほど激しい抵抗を示した悟飯が、切羽詰まった声で
ピッコロの名を叫ぶ。

 「ピッコロさん…っ!ピッコロさんなんで…っ!」

 詰問の形をとった呼びかけは、しかし不自然な震えを帯びながら尻すぼみに語勢を
失っていく。それこそ邂逅当初の幼子であった頃はともかく、成長を遂げてからはつ
いぞ目にする機会もなくなっていた、青年の拒絶の表情に、ピッコロは満足した。

 想定もしていなかった行為に巻き込まれ、悟飯の内面は膨れ上がった感情で飽和状
態を迎えているはずだ。
 ここまでくれば、起爆剤はどんな名前の感情だろうと構わなかった。限界まで抱え
込んだその衝動を、ただ爆発させてしまえばいい。そして、その胸襟に封じ込めたま
ま押しつぶされそうになっているもの全て、巻き添えにして吹き飛ばしてしまえばい
い。 

 断続的に繰り返される拒絶の声に一切取り合わず、手の中で衝動に縮こまってしまっ
た悟飯の性の象徴をじわじわと煽っていく。悟飯が、ピッコロが事前に仕入れた情報
通りの一般的な青年の体躯をしているなら、その精神状態とはきっと無関係に、こち
らの強引な先導に、否応なしに引きずられてしまうはずだ。
 
 果たして―――時折思い出したように抵抗を示す体を抑え込みながら何度も同じ所作
を繰り返すうちに、ピッコロの手の中で、悟飯自身が確かな芯を持ち始めた。その兆
しに後押しされる様に更に手を動かせば、組み敷いた体が弾かれた様に跳ね上がる。

 「…っひ…ぅ…っ」

 明らかに声音の変わった悟飯の容色に、夜目にも解るほど血の気が集まっていく。  
隠しようもなく欲情したその証を容赦なく煽り立てながら、頃合いだろうと、ピッコ
ロはそれまで強引に科していた、彼の両手首の拘束を解いた。
 思惑通り、体内に蓄積した情欲によって、悟飯はまともに抵抗する力と気概を失っ
てしまったらしい。自由を取り戻した両手を弱々しくピッコロの腕にかけるだけで、
それ以上の制止は成されなかった。
 失ってしまった手立ての代わりのように、隠しようもなく上がってしまった息の下
から、途切れ途切れに許しを求める言葉が漏れる。

 「…っは…も…嫌だ…っ」
 「悟飯」
 「ピッコロさ…っも、許してくだ…っ」

 強制的に逐情へと追い上げられていく事が耐えられないのか、それとももっと生理
的な衝動によるものだったのか、情欲に絡め取られ焦点のおぼつかない双眸から、堰
を切ったように溢れだしたものが朱を刷いた容色を濡らす。
 だが、そうして解放を訴える悟飯の限界を知りながら、ピッコロは決して手心を加
えなかった。

 「悟飯、お前の体は十分に育った。非常時でもない、なに不足なく健全に成長した
  体だ。まるで覚えのない感覚ではないだろう」
 「っひ…ぁ…っ…い、やだ…っ」
 「人間には、必要な事なんだろう。さっさと吐き出してしまえ。吐き出して、身も
  心も楽になってしまえ」
 
 間近に迫る逐情の瞬間から逃れようと身を捩る青年に、引導を渡すかのように手に
したものをきつく煽る。刹那、悲鳴のような声を上げて頭を打ち振るその耳朶に、ピッ
コロは、彼が眠るこの部屋にやってきて以来幾度となく繰り返してきた問答を、再び
仕向けた。

 「悟飯。もう余計な保身を考えている余裕はないだろう。……認めてしまえ、お前
  が孫に対して抱いている感情を」
 「…っ」
 「お前が自分で認めなければ、いつまでたってもお前は報われないぞ」

 総身を小刻みに震わせながら、身の内で膨れ上がっていく情動と戦っていた青年の
肩がびくりと竦む。もう自分を偽るのも限界だろうと見計らい、ピッコロは更にもう
一押し、認めてしまえと言葉を重ねた。
 だが……

 「…っふ…ぅ…っ」

 それまでの、悦楽に煽られてのものとは微妙に根底を違えた嗚咽が、きつく歯を食
いしばった青年の喉から漏れる。促すように名を呼んでも、泣き濡れた容色を歪ませ
ながら、悟飯は頑なに頭を振った。

 「悟飯」
 「…い、やだ…っできない…っ」

 振り絞るような吐露と時を同じくして、過ぎた悦楽に身を焼く青年が、解放を求め
て悲鳴を上げる。
 快楽に対する耐性の臨界が低い若い体は、もうとうに限界を迎えているはずだ。も
う自分ではどうしようもできない、気がおかしくなるほどの情欲を煽られ、いつ埒を
上げてもおかしくはない状態だというのに。

 だが、それでも……再三向けられた自白の誘い水に、悟飯は頑として、頷こうとは
しなかった。


                                 TO BE CONTINUED...


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