safety valve・2








 悟飯の体に起こった異変の原因は、界王神界から神殿へと戻った悟飯本人の口
から、報告を待っていた悟空やピッコロへとすぐさま伝えられた。


 さすがに、好色老人のあけすけな物言いをそのまま真似することは憚られ、真
相はそれなりに婉曲でつつましい言葉を選んだものとなる。それでも、悟空もピッ
コロも、「平和ボケして体が鈍っているだけ」という報告の趣旨に、明らかな安堵の
表情を見せた。

 
 ことに、内心で最悪の事態を想定し覚悟していたのであろうピッコロの反応は
水を得たように明朗だった。いい方向に予想を裏切られたピッコロはまず安堵し、
次いであからさまな喜色を見せ、最後に、得意の師匠顔でここ最近の弟子の自堕
落ぶりを叱責した。
 研究研究で不規則な生活を送っているからこんなザマになる。次の研究工程に
入った時同じ状況に陥らないように、俺が鍛え直してやる―――居丈高に言い放っ
たその姿は活気に満ち満ちており、言葉面とは裏腹に、彼がこの、「バイオリズ
ム調整の為、やむなく弟子に課さなければならない鍛錬」を、心の底から歓迎し
ているのは、傍目にも明らかだった。

 悟飯と同じく、あるいは悟飯以上に、かつての宿敵であり有事の際の同士でも
あるこの異星人が無類の「鍛錬好き」である事を知っている悟空が、無言のまま
息子の肩を叩く。迂闊に口を挟めば、ぐうの音も出ないまでに言い負かされるだ
けではなく、弟子の矯正を自らの使命と思い定めた相手から余計なとばっちりを
受ける羽目になるという事を、長年の付き合いから、彼は過たず察していた。

 そんな父親の無言の励ましを受けて、悟飯もまた、力ない笑いを漏らすしかな
かった。
 敬愛する師父と、久しぶりの―――それこそ年単位のインターバルを挟んでの鍛
錬の日々。今はスクールでの日程調整もしやすい時期だし、そうやって自分の中
にわだかまった「欲求不満」を解消していくのは、きっと胸のすく作業だろう。

 だが、指南役であるかつての大魔王は、ことこう言った分野において――中途半
端な「発散」では意味がないと知るからにはなおの事―――完膚なきまでに、容赦
がない。

 強制的に決められたこの先の鍛錬の日々をこなす為には、まずは、師父が言う
ところの自堕落で不規則な生活を改めなければならない。自分でも改善の必要を
感じていたとはいえ、身に染みついてしまった遅寝遅起きの生活サイクルを戻す
だけでも一苦労だった。
 自力での調整ならば適当な言い訳も自分に許せるが、この師父が相手ではそう
もいかない。朝方生活に体が慣れるまでなどと甘えたことを口にすれば、どれだ
け叱責されるか解ったものではなかった。

 まず引率を務めてくれた父に、そして今後の調整に協力――などという生易しい
ものではないだろうが――を申し出てくれた師父へと、神妙に頭を下げる。
 いろいろお騒がせしましたという詫び言に比べて、これからよろしくお願いし
ますと続けられた挨拶が尻すぼみに小さくなってしまったのは、悟飯の心情を思
えば致し方のないことだったかもしれない。


 



 翌日から、神殿に居を移しての、悟飯の調整生活が始まった。
 閑散期とはいえ、籍を置く以上グラジュエートスクールでの予定もそれなりに
入ってくる。本業であるそちらに支障をきたさないよう、適度な間隔をあけなが
ら「合宿」は続けられた。

 目的とするのは、あくまでも悟飯の元来の身体能力を持て余さない程度に発散
することであり、これまでのような、能力の向上を目指しての鍛錬とは根本的に
狙いが異なる。本業の合間を縫うように、二日、三日とインターバルを挟みなが
らの鍛錬は、かつて世俗から断絶された荒野で師父と二人きり、寝食に充てる以
外の全ての時間を費やして行われた修行の日々を思えば、当時の自分が泣いて喜
んだだろうと思えるくらい、緩いものだった。

 だが、それでも現実にどっぷりと馴染み、ごく当たり前の学生生活を長年送っ
てきた今の悟飯にとっては、そんな肩慣らし程度の修練でさえ、正直なところき
ついものがあった。
 足腰が痛い。日常生活でさして使うことのないあちこちの筋肉を使うことで、
その反動が全身から反ってくる。かつて馴染のあるそれらの感覚一つ一つが、
耐えられないほど辛いという事はなかったが、おくびにでも素振りに出せば、師
父はそれはそれは喜んで、その勢いのまま、自分は日頃の鍛錬不足の証拠だと叱
責されることだろう。

 その上で課されるであろう、よけいな追加課題を避けたいがために、悟飯は表
面上は平静を装って、日々の鍛錬に臨み続けた。弱音を吐けないという、些細な
ようでいて地味に蓄積していくストレスが、意外な重荷になるのだということを、
彼は身を以て学習した。

 ともあれ、鍛錬の名目で定期的に体力を消耗させることで、以来悟飯が夢の後
遺症に悩まされることはなくなった。夢も見ないほど深く眠るようになった、と
言い換えた方が正確であるかもしれないが、そうして強制的に自分を疲れさせ、
悟飯の本業に響かない程度にガス抜きをさせてくれるピッコロに、別種のストレ
スを抱えつつも、彼は素直に感謝したのだった。







 
 「……っ」


 久しぶりに、その夢に眠りを妨げられたのは、悟飯が天上の神殿に通うように
なって、およそ十日が過ぎた頃だった。

 心臓が早鐘を打つ感覚も、背中を濡らすいやな汗も、時間を空けて味わうと不
快感が倍増する。何とも言えず後味の悪い思いを味わいながら、それでも全身が
訴える肉体の疲労感に抗えず、悟飯はもぐりこんだ掛け布の中でのろのろと寝返
りを打った。

 ざわざわと身の内からせりあがってくるような衝動はこれまでと大差ないが、
それを内包する体の方が、連動するようにはついていかない。ガス抜きだけでは
なく、あの鍛錬の日々にはこういう効果もあったのかと、他人事のように感心し
た。
  
 今日はスクールの研究室で片付けなければならない用事があるから、いつまで
も寝台の中でダラダラしているわけにもいかない。多少無理をして起きだしても、
体がこの調子なら、不自然な高揚感がしばらく続こうが、なんの影響も出ないだ
ろう。まだ予定していた時間には余裕があるが、そろそろ本腰を入れて動かない
と―――

 と、その時……

 「……なんだよもう…」

 居汚く何度目かの寝返りを打った悟飯は、ふと我が身に覚えた違和感に、心底
うんざりしたように嘆息した。

 朝、起き抜けの、それなりに疲労の残る体。条件は全て揃っており、年齢的に
も、体が正しく機能している証拠だ。恥じ入る必要などない。
 悟飯も成人男性として真っ当な―――体力面で言えばむしろ規格外な肉体を持っ
ている以上、そういった生理現象には馴染があった。周期的にそうした肉体的衝
動に駆られれば、然るべき処理をする。それは男として、至極当然のことだった。

 頑是ない子供の時分であればともかく、分別のある年頃になったなら、自分の
体の面倒くらい自分が責任を持つべきだろう。特にこういった生理現象は、それ
を必要だと主張する、自分自身からの訴えが具現したものだ。まともに取り合わ
ずに放置し続ければ、男性としての機能に異常をきたす羽目になる恐れすらあっ
た。

 こんなものは、ただの排泄行為と同じだ。今まで幾度となく繰り返してきた
「処理」に、今更言い訳がましい理由づけなどいらない。さっさと「処理」し
て、自分は自分に与えられた日常を、始めなければならなかった。
 だが……


 『うかつにコトに及べばよ?相手のおなごを抱き壊しかねんからのぅ』
 「…っ」
 
 諦観の嘆息交じりに寝返りを打ち、処理の手を伸ばそうとした悟飯の脳裏に
……ふいに、まだ記憶に新しい、老人の飄々とした口調が蘇った。 
 
 『なんじゃ、大事な事じゃろうが』


 自分は規格外の身体能力の持ち主だから、番う相手は慎重に選べと諭された。
そうでなければ、「発散」どころか、自分の力が相手を壊してしまうのだと。

 そんなことは解っている。少なくとも、あの老界王神がわざわざあんな言い
様で忠告しなければならないほど、自分にとって、それが重大な命題であるこ
とは理解したつもりだ。
 自分は普通の地球人とは違う。きっと父よりも、同胞である今一人の純血の
サイヤ人よりも、自分は自分の伴侶となる相手を、慎重に選ばなければならな
かった。
 今はまだ、遠い未来の話だ。そうした相手と巡り合いたいと焦る気持ちも、
今の自分には湧いてこない。だからいつかは向き合う時がくると解っていて、
自分はこの命題を重荷に感じた自分の心に、蓋をした。ほかならぬ自分の事だ、
それを外部から非難される謂れはない。誰憚ることなく、自分はそう主張でき
るはずだった。

 なのに何故……よりにもよってこんな時に、自分は、あの「神託」を思い出
したりするのか―――



 「……っ、くそ…っ」


 他に聞く者もいない下宿であるのをいいことに、誰に向けていいのか解らな
いまま、口汚く罵倒の言葉を吐き捨てる。そうして踏ん切りをつけるかのよう
に毛布を被りなおし、悟飯は自分に対する八つ当たりであるかのように、空気
も読まずに兆し続ける自分自身に手を伸ばした。

 ただの排泄行為のようなものだ。誰に迷惑をかけているわけではない。こん
なものに、言い訳がましい理由づけすら、本来必要ではないはずなのに……

 何に対してかも説明できない、そんな不明瞭な嫌悪の思いで一杯になりなが
ら―――それでも雄としての本能を慰撫しなければならない今の自分の姿が、ひ
どく惨めだと、悟飯は思った。  


   

                   
                                 TO BE CONTINUED...
 


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