機動戦士ガンダムSEED−D #24傍話

     Dies illa -act.1

                 

 マルマラ海沿岸の戦闘で、敵機の不意打ちに遭い空中で大破したグフイグナイテッド。
 衆目の場で起こった惨劇の様相は、MIAの判定を待つまでもなく、そのパイロットの生
死を確信させるに十分すぎるものだった。
 まさかあの英雄がと、その場に居合わせた者達は一様に言葉をなくした。あまりにも
あっけない結末を目の当たりにした衝撃が、彼らの中の、怒りや悲しみといった、人とし
て芽生えて当たり前の感情を麻痺させる。
 何も考えられなくなった刹那の時間、同胞達は、四散しマルマラ海に堕ちて行くグフの
機体を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。

 だが、誰もがパイロットの絶望的な末路を覚悟する中―――その、文字通り水面下で
密やかに……奇跡は、起こっていた。





 ガイアガンダムの一撃によって、コクピットを支軸として真二つに破砕されたグフであっ
たが、どのような采配の妙か、パイロットのハイネ・ヴェステンフルスはその生体反応をキ
ャッチしたミネルバの迅速な措置によって、命からがら水中より引き上げられていた。
 もちろん、機体の損傷を考えれば、パイロットの五体満足を望むのは強欲が過ぎると
いうものだろう。だが、どれほど「変わり果てた」姿となろうとも、あの状況下で命があった
事そのものが、まさしく奇跡であるといえた。

 辛うじて命は取り留めたものの、重傷を負った状態で海から引き上げられたハイネの容
態は、けして楽観しできるものではなかった。
 まずは敵機の攻撃によるダメージと、その後に彼を襲ったグフ爆砕の熱量と衝撃が、
その下肢の一部を吹き飛ばし、また、接合、縫合が不可能なほどに焼け爛れさせている。
残された部分も広範囲にわたって皮膚が壊死し、その部位からの感染症を防ぐためにも、
切除することを余儀なくされた。
 結果として失う羽目になった、左右両方の足の代替品は、残された部位の傷がふさが
り、その相性を見極め、拒絶反応の懸念を払拭するまでは接合できない。なにより、満身
創痍である今の彼には、応急処置としての緊急手術に耐えうるかも危ぶまれるほどの、
体力しか残されてはいなかった。

 一連の関係者達が、祈るような思いで指折り数えた、絶対安静の日々。
 ―――面会謝絶がとけ、軍病院で本格的な治療を受けるために、ハイネがミネルバを
離れることになったのは、マルマラ海岸での戦闘から十日あまりが経過した頃だった。

 軍病院への搬送のため、医療用のストレッチャーに固定されたハイネの体は、掛けられ
た毛布の上からでもはっきりそれと解るほど、不自然な輪郭をしていた。下半身…殊に下
肢部にかけてのいびつなラインは隠しようもなく、その欠落が、もう彼が戦場に復帰する日
は二度とこないであろうことを、見るものの目に否応もなく突きつけている。

 上官であり、軍人としても先輩格である、軍きっての英雄のそんな痛ましい姿に、搬送
車両まで付き従った面々は誰からともなく視線をそらす。彼らの戸惑いを肌で感じ取ったの
か、ハイネは自嘲気味にその口元をゆがめて見せた。

  「…ざまぁないよな。さんざん偉そうなことを言っておいて、自分がこのざまだ」
  「ハイネ……」

 ひとまずは峠を越し、予断を許さない状況を免れてからも、それならばと相次いで面会を
願い出たミネルバクルーの誰一人とも、ハイネは会おうとはしなかった。
 どれほど特殊な義足をあつらえようとも、主軸となる片足さえ残らなかったハイネが、再び
グフのパイロットとして戦線に復帰する可能性は、殆ど絶望的だった。本来、戦艦における艦
長クラスの権限を持つフェイスの任務は前線に立つ事ばかりではないが、それでもエース級
パイロットとして腕を鳴らした者にとって、その任を取り上げられる焦燥と屈辱は、筆舌に尽く
しがたいものであるだろう。

 日頃どれほど泰然と構えて見せてはいても、やはりハイネとて、ようやく二十歳を超えたば
かりの若年なのだ。突きつけられた現実との折り合いをつけるための自身との戦いには、相
応の時間がかかっても致し方がない。
 医療スタッフからその旨を知らされ、また自らも同様の任に就いていたことで、状況を慮る
にやぶさかではなかったザラ隊の面々は、言われるままに、面会が許される日を待ち続けた。

 そうして数日を待ち、ようやく対面を果たした彼らの前に現れたのは、変わり果てた同胞の
姿……


 「悪かったな。見舞ってくれたのに追い返しちまって」

 ストレッチャーに固定されて、自らの意思では満足に身じろぎも取れない体。生死の境をさ迷っ
た数日間の憔悴を物語るように、その頭髪の色は褪せ、紡がれる声音は別人かと耳を疑いた
くなるほどに、か細く頼りない。
 だが、それでもまっすぐに向けられた双眸だけは、以前と変わらない強靭な意志の光を湛え
ていた。

  「冷静になるために、時間が必要だったってのもあるんだけどな。……動けないなりに、ごた
  ついてたのさ。実際」

 相槌を打つべきかどうか躊躇われ、結局沈黙を通した後輩達を尻目に、独白めいた声音が、
身の振り方も決めなきゃならなかったしな、と続けた。

  「こういう状況じゃなかったら、そうせかされる必要はなかったんだろうが……この艦だって人
  手が余ってるわけじゃないからな。軍部も新しい辞令の交付を急ぎもするよな」
  「ハイネ…?」
  「せっかくこの面子で組むことになっていたんだし、もうちょっと、お前らとつるんでいたかった
  んだけどな。―――退院したら、別の艦へ転属だ。そこの艦長は近年中に除隊が決まってい
  るって話だから、多分俺がその後釜に入るんだろう。そうしたら……」

 そうしたら、パイロットとして前線に出る事は、もうないだろうな―――
  敢えて飲み込まれた続く言葉は、しかし、その意図するところを過たず同僚達に伝えていた。



 

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