機動戦士ガンダムSEED−D #24傍話

      Dies illa -act.4

               




 その日何度目かの沈黙が、辺りの空気に重く浸透する。
 隊の部下達の前であることも、自分に向けられた、名指しの訓告であることも承知の上で、それでも
アスランには、かけられた言葉に咄嗟に反応することができなかった。


 お前は隊長だと、そう告げられた訓戒は、しかしここに立つ者すべてが肝に銘じなければならない、
「赤」としての心構えだった。

 今はまだ、ルーキーの域を抜け出せなくとも……実戦経験をつみ、机上の空論では到達することの
できなかった、プロの軍人としての境地に至った時、ここにいる後輩達は、名実共にザフトの「赤」へと
変貌する。先の大戦の傷跡もいまだ癒えきってはいない、この「人手不足」の状況下では、必要に迫
られた彼らが開花するのも、そう遠い日の事ではないだろう。

 だからこそ……いずれは隊を預かる重責を共有することになる存在だからこそ、ハイネの言葉には、
ここにいる全員が同等の覚悟で以って、受け止めなければならないだけの重みがあった。

 それでも敢えて、アスラン一人に向けられた訓告を―――本当の意味で理解できたのは、名指しさ
れたアスランだけだっただろう。


 『じゃあお前、どことなら戦いたい?』
 緊迫した戦況の中、煮え切らない態度の自分を諫めるでも詰るでもなく、ただ静かに紡がれた、問い
かけの声が耳朶によみがえる。


 先任後任の差はあっても、同じようにヤキンドゥーエの戦いを生き残り、そして今また同じフェイスを
名乗る隊長職同士として、短い付き合いの中でもそれなりに様々な話をした。
 大戦後の戦力の減少で、現在ザフトのパイロットは、アカデミーを卒業したばかりの新卒や、そのせ
いぜい数期年長程度の若年層が、大半を占めている。彼らより更に年長の世代となると、大戦の余波
による中間世代の不足から、否応なしに「管理職」へと押し上げされるのが、半慣例化した人事傾向
だった。

 いわゆる出戻り組であるアスランの場合、プラント最高評議会議長の後押しによる特例であるため、
幾分処遇が異なってくる。ヤキン時代のザフトレッドが、懲戒を受けたわけでもないのに艦長職や、「白」
クラスの管理職に就かず、いまだにパイロットとして現場勤務についているというのは、現在の軍部事
情を鑑みれば、かなり異例なことだった。

 同じように、デュランダル議長の声掛かりであるハイネもまた、異例さでは同様といえた。

 似た境遇に身を置き、なおかつ周囲のパイロット達と比べると、いささかとうの立った者同士。加えて、
ハイネ自身の屈託のない為人も手伝って、二人が親睦を深めるのに、さほど時間はかからなかった。


 組織を離れ、一度は敵対する勢力下に身を置いていたという過去が、出戻った「古巣」において、どれ
ほどの障壁となって自分と周囲とを隔てているのかを……ほかならぬアスラン自身が、身に染みて理解
していた。
 上層部からのお仕着せではなく、自らの意思で戦いの場を選び取ったあの日の選択を、迷いはしても
後悔したことは一度もない。そんな悔悟の念など差し挟む余地もないほど、自分は、自分達は、胸襟の
奥底までも曝け出して、世情に挑み続けてきたのだから。

 それでも―――理解していることと、外部からの刺激に無感動になることは、全くの別物であったから。

 再び与えられた名前と地位。それらを最大限に活用して、掲げた目的のために邁進し続けた心は遮二
無二前ばかりを見つめていたが……それでも、余人の理解し得ない水面下で、その心は酷く疲弊しても
いたのだ。


 周囲を取り巻くのは、今後のザフトを背負って立つべく輩出され、自分を始めとする先人達の指導を必要
とする後進の新人達。かつての英雄と呼ばれ、しかしその影では日和見を決め込んだ臆病者よと謗られる
境遇の中、それでも先駆者として年長者として、自分はいつでも凛然と顔を上げ、前を見据えていなけれ
ばならなかったから……


 そんな自身にとっても年長であり、軍人としても人間としても自分以上に豊富な経験を持つハイネという
人物の存在は、アスランの自覚する以上に、彼の中で得がたい支柱となっていたのだった。




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