機動戦士ガンダムSEED−D #24傍話

      Dies illa -act.3

            




 その刹那―――水を打つように場を沈黙させたその空気を、なんと呼び表せばよかったのか。


 戦争という、途方もない恐慌状態に対する畏怖とも違う。その攻防の中で両の足を失い、否も応
もなく戦場での居場所を奪われた男に対しての、憐憫の情とも違う。
 強いて言葉にするならば……それは、どこから生み出されてきたとも解らない、ただひたすらに
敬虔とした思いが作り出した静寂だった。


 ザフト軍籍に身を置く者にとって、その登竜門でありこの先の軍人生活を左右するといってもい
い、入籍前の予備軍を育て上げる事前訓練校、アカデミー。その訓練校時代の総合的な評価で、
軍入隊後の彼らの待遇は変わる。
 同時期に卒業する訓練生の中で、成績優秀と評された上位十名だけが、トップガンの証である緋
色の軍服を支給され、ザフトレッドを名乗ることが許される。その後の軍人生活の過程でよほどの失
態を犯さない限り、彼らは除隊のその日まで、ザフトが誇る「赤」として軍の中枢を担うこととなるの
だ。

 それだけに、ひとたび「赤」に選ばれた者達の、自覚と矜持は筆舌に尽くしがたい。
 自ら軍部の中核を担い、後進を率いていく立場であると自覚するからこそ、余人以上の切磋琢磨
を繰り返す。与えられた証に恥じることのない軍人であろうとする心が、誰から習うよりも覿面に、彼
らの精神をも育て上げた。

  あらかじめ率いられるべき立場にあり、嫉妬交じりの羨望でその背を見続ける一般兵卒達には及
びもつかないであろう重圧を、同じ赤服をまとう者達は共有している。
 軍病院に搬送されるハイネの見送りに立ち合ったのは、期は違えど全員が、ザフトの「赤」である
ことを認められたトップガンだった。
  だからこそ―――志半ばで戦線を退かなければならないハイネの無念さも憤りも……そして、そ
んな自分を反面教師にしろと語った彼の覚悟の程も、身につまされるように理解できる。

 ……否。理解せざるを得なかった。



 そして―――何よりも鮮烈に彼らの心を打ち据えたのは、部下であり後輩である自分達を前に、
取り戻しのつかない失策を犯した自身の姿を潔く晒した、ハイネの強さだった。


 自らの失態を認め、その非に正面から向き合うことは、老熟した世代の人間にとっても、容易なこ
とではない。ましてや、発育過程の只中に身を置く年頃であれば、底意地を振り捨てる為の敷居は、
尚のこと高く厚く感じることだろう。
 そして、ただでさえ自身の後ろ暗さとの折り合いをつけにくい世代である若年層が、構成員の大半
を占めるこの特殊な閉鎖社会で……更に選び抜かれたエリート集団が、ハイネ達属するザフトレッ
ドなのだ。

 選ばれた側の人間なのだという自覚が、彼らを更なる研鑽へと駆り立てる気概の源となる。それ
であるが故に、彼らの中に共通して根付いているのが、良くも悪くも、選民意識と呼ばれる感情だっ
た。
 自尊の念を抱くことは、必ずしも悪し様に評される行為ではない。自らを前面に押し出すくらいの気
概がなければ、集団の統率を取り、任された部隊を育て上げることなど到底できはしないだろう。そ
れは虚栄でも傲慢でもなく、上に立つ者に要求される矜持だった。


 後輩達に比べて軍属経験が長い分だけ、そういった、ある種の意固地さは、こうなってしまった以
上、ハイネにとってより深刻に根を張る障害となるはずであった。
 だが……


 再起を諦めざるを得ないこの現状は、選ばれたエリートの道をまっすぐ歩んできた彼にとって、どれ
ほどの痛手となっていることだろう。下肢を失い、一人ではろくに身動きすら取れない自身の姿を後進
達の目に晒す恥辱を、彼はどれほどの勇気と覚悟で以って、その人好きのする笑顔の下に押さえ込
んでいるのだろうか。
 同じ境遇に身を置いてきた同胞であるからこそ……見送りに立ち会った後進達は、改めてハイネ・
ヴェステンフルスという人間の器量に敬服した。



 と、その時―――
 「アスラン」

 憔悴で常よりも幾分覇気を失った声音が、それでもはっきりとした意志の力を思わせる響きで以っ
て、眼前に控える同胞を呼ばわった。

 「……はい」
 「他の奴等も勿論だが……いいか、特にお前だ。お前だけは、絶対に迷うなよ」
 「ハイネ……?」

 かけられた訓告の意味を咄嗟に飲み込めず、アスランが思わず双眸をしばたたかせる。しかし五秒
と数えるまもなく、続けられた言葉に、困惑気味に眇められた虹彩が大円に見開かれた。
 

 「戦場に出ちまえば、赤も緑もない。俺達は全員、同じだけの覚悟を背負って戦っている。……それ
  でも、お前は隊長だ。指揮を取る人間が揺らいでいたら、隊の統率なんか取れないぜ?その隙を
  付け込まれたら……立て直す間もなく、部隊は全滅だ」


 詰めの甘さでほいほい赤がリタイアしてたら、ザフトもお先真っ暗だからな―――自らがその先陣を
切ってしまったのだと、言外に自身の失態を当てこすった青年の容色からは……最早どこを探しても、
感傷の名残を見出すことはできなかった。





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