faith8





 それきり、自分の視線から身を隠そうとでもするかのように、持ち上げた両の腕で自らの頭を
抱え込んでしまったルルーシュの姿を、ロロはかける言葉もなく眺めやった。


 込み上げてくるもので途切れ途切れに呼吸を乱すルルーシュの醜態は、ロロにとっても初め
て目の当たりにする姿だ。虚を突かれたような表情が次第に困惑の色に変わり、ややしてその
眉宇が、やり切れないと言いたげに顰められる。

 時を同じくして辺りの空気を震わせた嘆息に……自身の衝動と向き合うのに手一杯のルルー
シュは、気付かなかっただろう。


 ルルーシュの抱える精神的な脆さは理解しているつもりでいたが、正直これほどに、彼が打
たれ弱い存在であるとは、思ってもみなかった。

 大抵の場合、人は自らを支える精神的な支柱を、複数持っているものだった。
 言動の基盤となる中核の柱は一つでも、それを周囲から支える補助的な柱も同時に用意して
おかなければ、人はただ一度の挫折で再起不能なまでに挫けてしまう。そんな事を繰り返して
いたら、人生など到底全うできるはずがなかった。

 だからこそ、人は挫折を経験する度に己の内面と向き合い、葛藤の末に自らの支柱を補強し、
あるいは組み替える。状況如何ではそれが妥協と呼ばれる手段であったとしても、そうしなけれ
ば直面する現実を乗り越え生き抜けない事を、人は本能的に知っているからだ。


 だが……ルルーシュには、それがない。彼を支える柱は、ナナリーの名を持つただ一つ以外、
一 切の替えがないのだ。


 もし、幼いころから暗殺の任を渡り歩いてきた自分が彼と同じ価値観の元に生きようとしてい
たら、 自分はほんの子供の時分に世界から抹消されていたことだろう。そう思うと、ルルーシュ
のそんな意固地さが腹立たしくもあり、また哀れでもあった。


 自分の人生を歩けるのは、他ならない自分自身だけだ。支柱が折れてしまったのなら、自ら
補強すればいい。再建しようがないほどに壊れてしまった柱なら、他の柱を代わりの支柱に据え
ればいいだけの事だ。

 それを逃避と呼んで認めないというのなら、自分で自分の生き様を、無益に制限するだけだろ
うに。


 「……兄さん」

 身の内から競り上がってくる様々な情動は、思いがけず掠れた呼ばわりの声となって、ロロの
喉元から押し上げられた。

 「兄さん、とにかくここを離れよう?いつまでもここにいても仕方がないよ」

 一度は躊躇われた差し出し手を、もう一度明確な意思を以て眼前の「兄」へと伸ばす。
 だが……


 「貴方は今、疲れすぎてるんだ。ここじゃ体を休めることもできないでしょ?どこかに移動して、
  それからゆっくり、これからの事を……」
 「触るな!」

 だが……意を決して伸ばした手は、激しい拒絶の言葉と共に振り払われた。

 加減のない力で手を払われた痛みより、その血を吐くような切迫した叫びに、ロロの双眸が見
開かれる。
 続く言葉を飲みこまざるを得なくなったロロを、背後の鉄骨に邪魔されてこれ以上後ずさること
のできないルルーシュが、半狂乱の態で振り回した両の手で牽制した。


 「触るな!もうこれ以上俺にかまうなロロ!」
 「兄さん!兄さん落ち着いて……」
 「俺はお前の兄じゃない!お前に気遣われる資格もないんだ!」
 「兄さん!」
 「俺にかまうな!頼むから!!」


 それは、口にしたルルーシュ自身、言葉の持つ意味を深く噛み砕いた叫びではなかったの
だろう。 それほどに、今のルルーシュは錯乱しており、手負いの獣のように手のつけられない
状態だった。

 だが……自虐の只中にあるだろう本人に例えその意図がなくても、ルルーシュの叫びは、
それを 叩きつけられたロロの耳には、ロロ自身の存在を拒絶するものとしか届かない。


 それまで根気強くルルーシュに付き添っていたロロの中で―――自らに課し続けてきた箍
が、音を立ててはじけ飛んだ。


 「じゃあ!」
 「…い…っ」

 しゃにむに腕を振り回して自分を遠ざけようとするルルーシュの両の手首を、加減のない力
で掴み取る。痛みを訴える苦鳴に頓着することなく、ロロは力づくで引き寄せた「兄」に、息が
かかる程にそ の顔を近づけた。


 「じゃあ!……このまま放っておけって言うの?こんな状態の貴方を、たった一人で!!」
 「……っ」
 「こんなところで一人鬱々として、それでなんになる!?いつまで籠ってたって、何も変わる
  もんか!!」
 「…っロロ……っ…手…はな……っ」
 「「恨んでいい」?「報復していい」?……だったら、そんなに僕に脅えなきゃならないほど後
  ろめたいって言うなら……贖って見せてよ!貴方が!!」


 それまで頑なにロロと向き合うことを避けていたルルーシュの双眸が、ハッとしたように見開
かれる。ややして、同じ色彩を持つ「弟」のそれと、及び腰の視線が空でかち合わされた。


 外部からの触発一つで、自己崩壊を起こしかねないほどにルルーシュは錯乱していて―――
そんな彼の姿を見やる、一年余りをかけて互いに隔たりを持たない肉親関係を築き上げてき
たロロ の整った容色が、不意にくしゃりと歪められた。


 「………償いでもいいから…」


 「弟」の変化に虚を突かれたルルーシュの総身は……次の刹那、抗う暇もなく、伸ばされた
ロロ の腕の中に抱きすくめられていた。



 「……信じようと、して見せてよ…」
 「……っ」
 「貴方が脅える必要がないくらい……僕達の関係を、真実にして見せてよ……」


 互いの体を通して伝わる小刻みな震えは、果たしてどちらの心因から発したものだったのか……


 互いの存在が楔となって、どちらも身じろぐことができないまま―――二人は、言葉もなくそ
の閉ざされた世界を共有していた。



                                  TO BE CONTINUED...


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