faith7





 その言葉は、依存する世界の喪失に打ちひしがれるルルーシュの耳を、まるで甘美な音楽の
ように魅 了した。


 けして自分を裏切らないと確信できる相手ほど、その身を側に置くのに居心地の良い存在は
ない。心弱くなっている時なら、尚の事だ。
 それは家族であったり、将来を誓い合った伴侶であったり、重きを置く存在をどう認識するかに
よって、 相手は変わってくるのだろうが……一度そう心を砕いた存在が、何ものにも代えがたい
精神的支柱にな るのと同時に、胸の奥底で絶えず訣別の瞬間に脅えなければならない二律背
反する存在である事を、 今のルルーシュは身に沁みて思い知らされていた。


 そして、今眼前で自分に向けて手を差し出している相手は、まさに自分が籠絡せんと目論ん
でいた、 ロロ本人でもある。
 ずっと自分と一緒にいると笑ったロロの言葉は―――彼に未来を約束したあの時の自分の搦
め手そのものに思えた。

 ロロの精神的外傷をつき、彼が最も望む言動を敢えて見せつけることで、自分はロロを、機密
情報局からのダブルスパイに仕立て上げた。自分を信じていいのかと、その猜疑心とせめぎ合う
彼の葛藤をこちら に都合よく操ったからこそ、自分達は今の関係を再構築できたのだ。

 ならば……ならば、今のこの状況はどうなのか。


 ロロの際たる望みである未来を、自分にはまだ提供できる力がある。その見返りを前面に押し
出した上で差し出してくる手なら、共にありたいと願う彼の言葉に、少なくとも反意はないと考え
たいが……

 ……否。それこそが、かつて自分がロロに対して仕掛けた、意図した手管ではなかったか。
 そうすることで、機密情報局におけるロロの足場を完全に奪い取ることを承知の上で、自分は
彼に、 けして裏切らないと誓って見せたのではなかったか。


 人一人の人生を自分の介入によって捻じ曲げることの重さは、始めから覚悟の上での野心だっ
た。その結果として、裏切りを犯した相手から叩きつけられる怨嗟の声も、始めから想定内の負
債だと覚悟していた。

 自分の作り変えようとする世界には、それだけの代償を払うだけの価値があると信じていた。
そのために被る汚名も、自分自身に向けられた様々な負の情動も、自分になら耐え凌げると思っ
ていた。
 だが……


 だが、いざ蓋を開けてみれば、この有様は何だ。
 自分は今、これまで自分が踏みつけにしてきた存在が、まさに自分に対して抱いたであろう衝
動に、 意気地なく苛まれている。

 けして自分を裏切ることはないと、そう確信して引き入れた相手だ。ロロの言葉は真意からのも
のだ と、そう信じたかった。それでも、あの日の愁嘆場の攻守をそのまま入れ替えたようなこの状
況は、疲弊したルルーシュの心を心底震え上がらせた。



 「…………ロ、ロ……」

 今初めて……ルルーシュは、自分に傾倒したロロの、その内面で鬩ぎ合う葛藤の程を、まざま
ざと思い知らされたような気がした。

 どれ程の怨嗟も受け止めて見せると自負していた、その衝動が、抱く側にとってはどれほどのも
のであったのか……机上の空論を振りかざすばかりで、その実、自分は何もわかっていなかった……



 こちらを覗きこんだままの「弟」に、何か返さなければと思いながらも、全身を苛む衝動に、喉が
干上 がって言葉が続かない。
 辛うじてその名を象った口唇は、しかしそれきりその機能を麻痺させ……ややして、総身を戦慄
かせたもの をやり過ごすことができなかった歯の根が、ガチガチと耳障りな音を立てた。


 これは、それと承知で裏工作に手を染めてきた、自分が払うべき代償だった。おそらくは真意か
らの言葉を自分に差し出したのであろうロロと、それでもこんな逃げ腰の感情で向き合わなければ
ならないのは、全てこの身から出た錆だ。

 ロロに原因がある訳ではない。彼の「兄」として彼と向き合うことを、自分は彼に誓ったはずだ。
 何か言わなければ……この葛藤を、自分は自分の業として、この身の内で収めなくては……


 考えれば考えるほど、衝動に息が上がり、歯の根が鳴る。そんなルルーシュに何を言うでもなく、
ロロもその眼前で沈黙を守り……辺りは、再び不自然な圧迫感に支配された。



 耳障りな歯鳴りの音だけが時折静寂を乱す、そんな時間を共有していたのは、果たしてどれ程
のものだったのか……


 「……兄さん」


 行動を起こしたのは、ロロが先だった。

 動揺に我を失いかけているルルーシュを触発しないためか、伸ばされた差し出し手は結局ルルー
シュに触れることはなく……互いの間に、敢えて更に一歩の距離を取ると、ロロは静かに口火を切っ
た。


 「兄さん……焦ることはないよ。今すぐ、気持ちを切り替える必要なんてない。復帰を考えるにして
  も、貴方が直々に指揮してきた騎士団なら、貴方なしでも何日かは不測の事態に対処できるでしょ?
  少し時間をおいて、それでもどうしても重すぎて、貴方が背負えないと思うなら、その時は改めて
  騎士団を解散したっていい。貴方の気持ちを優先しても、誰にも貴方を責める権利はないんだ」
 「……っ」
 「気持ちが落ち着くまで、それこそ表舞台から完全に身を隠して、ゆっくり体を休めればいい。疲れ
  が取れれば、きっと気の持ち方も変わってくるよ。……そのくらいの時間、僕も一緒に付き合える
  から」


 ―――だから、今はここを離れよう……?


 言って、その言葉に力を持たせるかのように、ロロが笑う。その覇気に裏打ちされた表情は、常で
あれば、自身の野心を後押しする力となって、ルルーシュを鼓舞したことだろう。
 だが……向けられた笑顔から逃れようとするかのように、ルルーシュはゆるゆると頭を振った。


 「……お前は…ナナリーじゃない……」
 「兄さん?」
 「俺は、お前を……ナナリーのようには、愛せない」
 「……それは、さっき僕も言ったよね?僕も、ナナリーの身代わりになるつもりはないって」
 「違う!そういうことじゃない!」


 喉奥から辛うじて絞り出したかのような、その吐露が終わるのを待てずに、情動に揺らいだ双眸か
ら、 戦慄き続ける頬を堪え切れずに伝い落ちたものがあった。


 「……俺は…解っていなかった……最後の拠り所を失うって事がどういうことなのか、感情では理解
  していなかった……」
 「ルルーシュ、何を……」
 「解りもしないで……俺は、お前を利用した。俺の目的のために、お前にそれを捨てさせたんだ……
  お前は俺を、恨んでいい。報復していい。だから……そんな風に、俺に手を差し伸べるな……っ」


 続く言葉は、せりあがってくる嗚咽にまぎれて、意味を成すものとしてロロの耳には届かなかった。


 それは―――恐らくはブリタニアを出奔して以来、初めて人目に晒された、ルルーシュの腹の底か
らの激情だった。




                                    TO BE CONTINUED...



   お気に召しましたらこちらを一押ししてやってくださいv創作の励みになりますv


    コードギアスR2の小部屋へ