faith6





  一語一語、噛みしめるかのように語尾を強調したその言葉は、先入観からの聞き違い
という逃避を、眼 前のルルーシュに許さないためだったのか。それとも、それを仕掛けたロ
ロ自身が、自らに言い聞かせる ためだったのか……


 予想もしていなかったのだろう「弟」の言葉に声を失ったルルーシュを見下ろしながら、ロ
ロは向けた表情はそのままに、取りつくしまもなかったその語調だけを、わずかに和らげた。


 「……貴方を責めようとして、こんな言い方をした訳じゃないよ。自分の身も守れない子供
  だった頃にブリタニアを追われた貴方達の過去が、身内のいなかった僕より幸せだった
  なんて思ってない。血が繋がっているからこそ、どうしても癒せない傷を残すこともあるよ
  ね。そういう傷を知らずに生きてきた僕の方が、貴方より幸せだった部分も、きっとあると
  思う」

 こんな言い方しか、僕はできないけど―――言って、ロロはその場に座り込んだままのル
ルーシュの前 に片膝をついた。それまで手にしたままだった注入機を傍らの地面に置くと、
目線の高さを合わせた「兄」 の動揺に揺らぐ双眸を、改めて正面から覗きこむ。


 「僕が言いたかったのは……ナナリーと手が離れたこちら側の世界で、貴方がどれだけ逃
  げ道を探そうとしても、誰もナナリーの代わりにはなれないって事なんだ」
 「……そ…っ」
 「きっと、そんなこと、あなたが一番よく解っているよね。でも……傍から見ている方は、た
  まらないんだよ、ルルーシュ……貴方がいつまでも、幻のナナリーを誰かの上に重ねて生
  きていく姿が……」

 弾かれたように反駁しかけたルルーシュの機先を制するかのように、間髪入れず続けられ
たロロの言 葉がその口を噤ませてしまう。衝動のぶつけどころを取り上げられ、消化不良に
焦れるルルーシュの苛 立ちを知りながら、ロロはそれでも、自身の我を譲らなかった。


 「僕は、ナナリーじゃない。ナナリーの代わりにもなれない。たとえ振りだけでも、貴方の望
  む「ナナリー」を演じてあげることはできない……でも…」


 これはきっと、相手の弱みにつけ込みつけいる、詐術の一種なのだろう。少なくとも、この先
彼元来の 覇気を取り戻した時、ルルーシュは今自分が口にしている言葉を、そう判断するは
ずだ。

 それでもいいと思う。所詮言葉の持つ真意は受け取り手の判断一つに委ねられるもので、ど
れほど腹 の底から叫んだ言葉でも、生涯受け止められることのない思いもある。
 ただ……それを詐術と蔑まれようと、自分はルルーシュに、どうしても告げておきたい言葉が
あった。


 「でも……その代わり、ナナリーにできなかったことを、僕はあなたにしてあげられるよ。僕が
  側にいることで、貴方に生きる意味はあげられないかもしれない。だけど、僕はきっと、あな
  たの役に立つ」


 監視者としての搦め手だと、そう思われるのならそれも仕方がない。それでも、それは確かに
自分がル ルーシュに向けた言葉なのだと、自分は自分の意識に、刻みつけておきたかったのだ。

 それは、相反する二つの立ち位置の間で揺らぐ自身の足場を固めるために、自ら課した儀式
めいた述懐であったのかもしれない。最後の最後で自らの立ち位置を選びあぐねている自身の
背中を押す為に、 眼前で虚を突かれた面持ちを見せるこの青年を、都合よく巻き込んで利用して
いるだけなのかもしれない。

 だが、それでも……監視対象であったはずの「兄」に、この胸襟でわだかまる思いを受け止め
てほしい と考える気持ちも、確かにロロの中にはあったのだ。


 「これまで、ずっと一人で戦ってきた貴方を……騎士団とか、直属の部下とか、そんな風に枠に
  とらわれた関係じゃなくて、もっとお互い自由な立場で、僕は貴方を支えることができるよ。貴
  方さえ望んでくれれば、騎士団の先頭に立つ貴方の後押し役にも、歯止め役にもなれる。
  ―――貴方にその安心を与えられるだけの「力」を、僕は持っているつもりだよ……兄さん」


 こちらの真意を測りかねての事か、それとも自らの気持ちの整理がつかないのか。忙しなく瞬
きを繰り 返すその若紫の双眸が、視点の定まらないまま、跡地のそこここを逃げ腰に眺めやった。
その焦点が、 最後に向き合う二人の足元へと落とされる。
 自分の視線から逃れようとするかのようなルルーシュのそんな挙動に、ロロは敢えて気付かな
い振り をした。


 「貴方は僕に、未来をくれるって言ってくれたよね。だから、僕も貴方の役に立ってみせるよ。ナ
  ナリーじゃない僕が一方的に寄りかかったら、貴方には重荷でしょ?」
 「ロロ……?」
 「貴方の望むように、僕を役立てて、ルルーシュ。……嫌な言い方だけど、お互いに相手から見
  返りを受け取っているんだと思っていれば、僕達は余計な建前を探さなくても、一緒に生きてい
  けるよ」


 ルルーシュは、自身の望む世界を構築するための力の一つを。
 ロロは、あるがままの自分の存在を受け入れ生かす事のできる、確かな足場と未来を。


 互いの手を取ることで互いに見返りを与えあう内は、どちらか一方の存在を踏みつけにしている
という 後ろめたさも抱かずに済むだろうと……言外に取引を持ちかけるロロの言葉に、ルルーシュ
が弾かれた ように顔を上げる。

 打算の上に成り立つ関係など、拠り所になるどころか互いの心を冷やすばかりの虚しいものでし
かな いのだろうに……それでも、「兄」の動揺に揺れる視線を受け止めたロロの顔は、確かに笑っ
ていた。


 「……ロロ…」
 「ああ……例えでこんな言い方になったけど、別に、貴方が本気でゼロを捨てようと思うなら、そ
  れでもいいよ。貴方が望むように生きられて、僕もそこに存在できる世界なら、それがどこだって
  構わない。僕を必要としてくれる未来なら、僕はどこででも、ずっと貴方と一緒にいるから」


 と、その刹那―それまでまっすぐルルーシュに向けられていた視線をふと遠くし、一瞬何事かを考
え 込むような素振りを見せると、ロロはその口角を、苦笑の形に歪ませた。
 そして……

 「……今の言いかたは、ずるかったかな」


 改めてルルーシュへとひた据えられた若紫の虹彩が、束の間激情の欠片を思わせる揺らぎを見せ
る。 そして……自分と同じ色彩を持つ眼前の「兄」へと向かい、ロロは躊躇うそぶりもなく、その手を
まっすぐ に差し伸べた。




 「貴方の望む世界に……ずっと一緒にいさせてくれる?―――兄さん」




                                          TO BE CONTINUED...



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