その時―――大円に見開かれたルルーシュの双眸に、刹那の間に様々な情動の色が踊った。
虚をつかれた事への、純然たる驚きの感情。
向けられたままの注入機への、本能的な恐れの感情。
そして……言外に、自分も切り捨てるのかと詰問したロロに対する、罪悪感交じりの後ろめたさ。
ルルーシュの唇が、何事かを訴えようとするかのように小刻みに震え……しかし、わななく口角は結局
ただの一言も発することなく、彼は眼前に迫る「弟」から逃れるようにさらに数歩の距離を後ずさった。
互いに押し黙り、静寂が支配した開発地跡に、ルルーシュの、喘ぎにも似た切迫した呼吸音だけが浸
透していく。
向き合った体勢のまま、二人して沈黙を共有していた時間は、果してどれ程のものだったのか……。
「……ごめん」
注入機ごと相手に向けたままだった腕をおろし、先に口を開いたのは、仕掛け人であるロロの方だった。
「ごめん。今の言い方は卑怯だよね。貴方の監視者として送り込まれた僕が、言っていい言葉じゃな
かった」
「……ロロ…」
「でも、ルルーシュ……本当に、それでいいの?」
非難しているわけではないのだと言外に告げながら、それでもまっすぐにルルーシュを見据えるロロの
双眸は、曖昧な言い逃れで事態を煙に巻く事を、けして相手に許さなかった。
「貴方は、ナナリーのためだけに存在するの?ナナリーが貴方を必要としなくなったら、貴方は貴方自
身の存在を否定するの?」
「……っ」
「……ずっと、貴方に聞いてみたかった。貴方の幸せは、過去にしか……ナナリーの側にしかないの?」
偽りの兄弟として、共に暮らした一年余り―――ルルーシュは、ロロにとって実に理想的な庇護者だっ
た。
本来、訓練された軍部の人間であるロロに対して、けして危急を被ることがないようにと、神経質なまで
にその周囲に気を払い、雛を守る親鳥さながらに、文字通り包み込むようにしてロロの「居場所」を整え守
る。
それは、身内という存在を持たないロロに、それが唯一無二の世界であると錯覚させ、溺れ浸らせかけ
たほどに、居心地のいい空間だった。
傍目には頑強と呼ばれる外見をしていなくても、まぎれもなく五体健常に生まれた自分に対してすらこ
の過干渉振りならば、目と足に障害を持つ本当の妹に対しての彼の献身ぶりは、想像に難くない。
この世にただ二人放り出された、兄と妹。互いの存在のみを拠り所として生き抜こうとするその姿は、
きっ とこの上なく清らかで、聖性を帯びた光景として、周囲の目には映ったことだろう。
そんな風にして、互いに寄り添うことで互いの未来を築こうとする関係を、共依存であるとは思いたくな
かった。
だが……寄り添い合って生きてきた兄妹の片割れは、既に自らの歩く道を自ら選びとった。
自身の指標を得て、そこに辿るための道程の一歩を踏み出したナナリーの後ろ姿に向かって、ルルー
シュだけが、形を変えようとしている互いの絆を手放すまいと、渾身の力でしがみついている。
これこそが、自分の望む世界であるのだと。
この絆以外に、この身の幸甚は存在しないのだと、声高に訴えて。
それは……それは、もはや独り善がりな依存と呼ぶよりない感傷ではないだろうか。
「……それなら……これから、貴方はどうするの?」
所詮は作られた、紛いものの「弟」である自分に、「兄」の身の振り方を云々できる権利も力もない。ゼロ
の監視者としての立場を意識するなら、尚のこと自分は不干渉を決め込むべきだった。
だが……
「あの頃は良かった、幸せだったって……そんな風にナナリーとの過去ばかりを見て、今も、この先の未
来も、全部意味のないものにしてしまうの?」
向き合った視線のその先で、ルルーシュの総身が小刻みに震えているのが分かった。今自分が口にし
ている言葉は紛れもなく彼の抱える傷を抉るもので、それがどれほど非情な振舞いであるか、ほかならぬ
自分自身が、身に沁みて解っていた。
だが…それでも……
「貴方は、これまでずっと、ナナリーの為だけに生きてきたのかもしれない。でも、貴方はその為だけに存
在しているの?」
それが厭悪でも、憤りでもかまわない。彼の心を癒す、優しい感情などでなくてもいい。
彼の衝動を突き動かす、そんな外的要因が、今は他の何よりも必要なのだ。
「……こんなものに、縋ってまで…」
手の内に収めたままのものを一瞥し、意図した仕草で再びそれを構える。反射的に総身を強張らせたル
ルーシュの、息が触れあう程間近に詰め寄りながら、ロロは眼前の「兄」を責め立てた。
「こんなもので無かった事にしてしまいたい位、「今」が辛い?ナナリーと築く未来以外、拒絶したいと思
うくらいに?だったら……」
「……っ」
「だったら……貴方の人生は、始めから、貴方の為のものじゃなかったって事になる」
「ロロ!!」
刹那―――淡々と続けられる糾弾にも似たロロの語尾に、ルルーシュの血を吐くような叫びが重なった。
それは、それまでこらえにこらえ続けた激情の全てをぶつけた叫びであったのだろう。人気のない跡地の
骨組みを残す鉄骨のそこここに彼の叫びは反響し……ようやくそれが治まりを見せた頃、ルルーシュの
体は、
それまで背にしていた鉄材にもたれるようにして、力なく地面に崩れ落ちていた。
嗚咽を思わせるかのような、荒い呼吸音がしばらく続き……その起伏が幾分緩やかになった時、地面に
座り込んだルルーシュの、激情に充血した双眸が、再びロロを捉えた。
「……ものか…っ」
「ルルーシュ?」
「お前に、俺達の関係が……俺の気持ちが分かるものか…っ」
それは、本心が言わせた吐露と言うよりは、心弱さと、ロロなら反駁できないだろうという甘えから出た、
子供の駄々に近い言葉だったのだろう。
だが……
「解らないよ」
だが……恐らくは相手の返事を望んでいた訳ではなかったのであろう呟きは……間髪すらはさまず、思い
もかけずきっぱりとした否定の言葉によって、遮られた。
虚をつかれたように見開かれたルルーシュの双眸をまっすぐに見下ろし、ロロは取り繕うでもなく、続く言葉
に力を込めた。
「解らないよ。僕には物心ついた頃から、血のつながった親も兄弟もいなかった」
TO
BE CONTINUED...
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