faith4





 「『大丈夫だよ』」


 ルルーシュは脆い。ただ一人の身内を身の寄り処としてきた幼少時からの
習癖によるものなのか、彼 の中で、世界はひどく不安定な形をしていた。

 あまりにも強すぎる、突出した依存の形が、彼を取り巻く世界を歪めている。
ただ一度の決裂で、世界 の全てが無価値なものへと変容してしまうほどに、
彼の執着の全てはナナリーへと向けられているのだ。


 「……『僕だけは、どこにも行かない』」

 それは、監視者としての目線から図れば、ひどく御しやすい精神状態である
のだろう。ルルーシュの自意識の大半を占めていたナナリーと言う存在の欠落
によって、彼の内面からはその中核を成すものが失 われた。

 主軸を失った「器」を、外部からの干渉で望み通りの傀儡へと作り変えること
は容易い。元来有する潜在能力が高い「器」であれば、その使い勝手は言わず
もがなだ。


 ルルーシュ……神聖ブリタニア帝国の皇統に生まれた、高度な知力と他者を
圧倒するカリスマ性を備 えたこの男は、その「教育」次第では、さぞや有益な傀
儡となることだろう。ゼロを捨て、黒の騎士団を捨て、そして唯一つのよりどころで
あった実妹の存在を完全に手放した時、同時に柵の全てから解放された彼の才
覚は、恐らくは帝国の望む形に開花し、如何なく発揮されるのだ。

 この先、ナナリーが作り上げようとしている優しい世界の礎の一端を担うという
なら、それはルルーシュ にとっても本望だろう。勝ち得ずして、他者から一方的に
与えられる安寧を、彼が甘受できるのであれば。


 「『ずっと…兄さんと一緒だから』」


 拠り所を持たない人生を送ってきた時間の長さでは、自分の方が上だ。今、こうし
て抜け殻のようになっ たルルーシュを懐柔し、その牙を完全に抜き去ってしまうこ
とは容易い。

 暗殺者としての使い勝手の良さを方々の組織に買われた、自分の手管に自信を
持ってもいた。この一年余を、彼の側近くで過ごした偽りの弟として、監視者として、
安寧を得た彼がその形をひそめる結果に なるのであれば、それもいいのではない
かと思ってもいた。
 少なくとも……牙を失った無害な獣を、世界はこれ以上追いたてない。


 だが……


 「……でも…」


 不自然なまでに眼前の「兄」を凝視していたロロの双眸が、つと、それまでとは色合
いの異なる情動に 揺らいだ。


 「いいの?本当にそれで」
 「……ロロ……?」


 続く言葉の微妙な語調の変化を感じ取ったのか、ルルーシュもまた、至近距離で向き
合うロロの、その 意図を感じさせる目線の動きを追う。

 視線の行きついた先にあったのは、地面に転がったままの件の注入機だった。さりげな
い動作で拾い上 げられたロロの手の中で、その先端がまっすぐルルーシュへと向けられ
る。

 反射的に一歩後ずさったルルーシュの逃避を、ロロは許さなかった。


 「……これを使えば、辛かったことは全部忘れられる。幸せだった頃に戻ることができる」
 「……っ」
 「そうやって、何もかも一まとめに忘れてしまえば……本当に、貴方はそれで幸せなの?
  ゼロも、黒の騎士団も、ナナリーも」


 ルルーシュの後退に合わせるように、ロロも同じだけの歩数で彼を追い詰める。そうやっ
て数歩の鬩ぎ合 いを繰り返した後、ロロの視線が再びルルーシュを捕らえた。





 「……僕の、事も」






                                      TO BE CONTINUED...



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