faith3




 ロロの言葉は、言外の非難の形を取ってルルーシュの耳には届いたらしい。
 束の間落ち着かなそうに 逸らされた視線を再び足元へと落とし、彼はどこか
投げやりに呟いた。

 「……お前は、俺の監視者だったな。忘れていた」

 それは、ルルーシュにしてみれば加速度的に余裕を失っていく自らをあてこすっ
た、他意のない独白で あったのかもしれない。
 だが……その言葉の持つ重みは、語り手と聞き手の価値を同じくするものでは
なかった。



 「……『いいじゃない。忘れてしまえば』」


 恐らくは……「監視者」としての立場から見れば、この状況はこの上なく好ましい
ものなのだろう。
 ルルーシュが「ゼロ」を捨て、新総督を据えたエリア11はこの一年余りの騒乱か
らようやく解放される。 実妹の統治する地でルルーシュが事を起こそうなどと考える
ことは二度とないだろうし、そうなれば、ルルー シュに対する帝国の監視も必要がな
くなる。

 だが……


 「『重いだけだよ。ゼロも、黒の騎士団も、ナナリーも』」
 「…っ…ちがう!ナナリーは……」
 「『ナナリーの、為でもある』」
 「……っ」


 任を受けた当初から、いずれこんな事態が起こった時を想定して用意してきた「監視
者」としての誘いの言葉。自分の発する言葉から逃れようとでもするかのように、自分
から後ずさっていくルルーシュの姿は、 想定内のものであったはずなのに……自ら仕
掛けた言葉に、恐らくは彼と同種の衝動を覚えている自分 がいることを、ロロは意識し
ない訳にはいかなかった。


 「『今なら、何もなかったことにできる。普通の学生として、兄さんは幸せになれるよ』」

 自分が監視者である事を、忘れていたとルルーシュは言った。それはおそらく、予測
できなかった事態 に対する当てこすりや負け惜しみの意味合いが大半で、彼の底意か
ら出た言葉ではないのだろう。

 だが、それでも……少なくとも、そんな言葉で揶揄する甘えを自らに許すほどには、ル
ルーシュにとって 自分は近しい存在になりつつあるのだ。


 「……『何がいけないの?幸せを望むことの』」


 あの時……ナナリーの名を呼びながらうなされるルルーシュを前に、自分の中で、それ
までなりを潜め ていたかに思えていた「監視者」としての自意識が、唐突に芽をもたげた。

 これは、おそらく好機だ。ナナリーを失い心身ともに疲弊している今のルルーシュを、「監
視者」としての、 ひいては帝国の望む形へと懐柔し、籠絡させる事は容易い。


 実妹であるナナリーのあるべき居場所を奪い、偽りの身内としてその聖域に入り込んだ
自分の存在を、 取り戻した記憶と共に真相を知ったルルーシュは、筆舌に尽くせない憎悪
を以て迎え入れたはずだ。ナナ リーに対する彼の依存の程をこうまで見せつけられた今と
なっては尚のこと、偽りの家族関係が壊され た当初、自分に向けられた彼の差し出し手が
いかに紛いものであったのか、否応なく肝に銘じざるを得な かった。

 相手の体感時間を支配できる自分のギアスは、世界の変革を望む「ゼロ」にとって、この
上ない武器と なるものだから……腹の底に全ての負の情動を飲みこんででも、自分を側に
置こうと考えた彼の心の動 きは理解できる。
 自分に向けられた「兄」としての表情も言葉も、全ては自分を体のいい駒に仕立て上げる
為の手管に過 ぎない。そんな風にして、彼が自分を籠絡しようと目論むのであれば、自分は
その懐で彼の望む通りの 従順な「弟」の顔を演じ続けようと思った。

 「監視者」とその対象として、再び互いの足場が分たれるその時までに、握れる情報は多
ければ多い ほどいい。
 単純な化かし合いなら、自分の勝ちだ。ルルーシュとは違い、「身内」という拠り所に幼い
頃から縁の なかった自分の方が、他人の機微にも敏感なら、相関が瓦解した折の衝動に対
する耐性も備わってい る。


 自分はただ、彼にとって都合のいい弟であり続ければいい。そうやって勝ち得た信頼が、じ
わじわと彼 を籠絡していくのだ。



 ……その、はずだった。少なくとも、自分のこれまでの言動は、その前提の元に意図して積
み上げて きたものであるはずだった。
 だが……それなのに……


 何故なのだろう。きっと一番待ち望んでいた光景であったはずなのに……リフレインに手を出
してまで この現実から逃げだそうとしたルルーシュの姿が、どうしようもなく胸に痛かった。






                                   TO BE CONTINUED...

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