その刹那―――虚を突かれたロロの双眸が、大円に見開かれた。
ぽかんと口を開いた半端な表情のまま、思いもかけない水向けをしてのけた
兄の顔をまじまじと眺めやる。
内心の動揺をそのまま表したかのように、その状態のまま長いこと、ロロは無
言だった。
互いに押し黙ったまま、気まずい空気を共有していたのは、果たしてどれ程の
時間であったのか。
「……兄さん」
気を取り直すように、ようやっと口火を切ったロロの作り笑顔は、ごまかしよう
もないほどに引き攣っていた。
「兄さん、何、言ってるの?」
不自然に言葉を切りながら、爆弾発言を落としたルルーシュとさし向う形で、床
の上にドスンと腰を下ろす。けして行儀がいいとは言えないどこか投げやりな体
勢のまま、ロロは続く言葉を喉奥から絞り出した。
「それって……自分で何言ってるのか、解ってる?」
今は、そんな状況じゃないでしょ?―――続けられた言葉に、水を向けたルルー
シュの視線が困惑を物語るように逸らされる。
だが、伏せられた顔の下から、ルルーシュは囁くような声で、それでも解ってい
る、と応えた。
ロロの腹の底で……何に起因したかもわからない沸点が、一瞬で、その臨界
を超えた。
「解ってないよ!」
「……っ」
吐き捨てるように叫びながら、寝台に両手をついて、兄との距離を近くする。出
し抜けに目前に迫ったロロの顔に反射的に身を引いたルルーシュの様子に頓
着することなく、彼は苛立たしさを隠そうともせずに言葉を続けた。
「あのさ兄さん、全然解ってないよ。僕はいいのかって……それで僕がよくな
いって言ったら、どうするつもりだったの?僕だって子供じゃないんだし、兄
さんだって男なんだから、それがどういうことだか解るでしょ?解ってて、そ
んなこと言うの?」
「ロロ……」
「兄さんは今、いつ倒れても不思議じゃないくらい疲れきっているんだよ?こん
な状態でそんな……その、したりしたら……冗談じゃなく、気絶するよ?兄
さんに休んでもらおうと思ってここに案内したのに、そんな事になったら何の
為に……ああもう!言わせないでよこんな事!」
それは、ルルーシュの体を慮った苦言のようでありながら、その実、痛いところ
を突かれたロロの、体のいいやつ当たりともとれる叫びだった。
ルルーシュに指摘された通り、確かに、自分は兄の「処理」を施しながら、欲情
していた。それまで思いもよらなかった自身の烈情を思い知らされ、その気まず
さから、兄の顔を見るにも相当の勇気がいったほどだ。
それを、こうも真正面から、あからさまに指摘されたりしたら……
そもそもが、兄の体の変化に気づいた時点で、自分がどれほどの努力で平
静を装っていたのか、彼は少しでも、思い至ってはくれなかったのだろうか。
そんなロロの内心を知ってか知らずか、ルルーシュは、やはり囁くような微か
な声音で、悪い、と呟いた。
それでもと……続けられた言葉と共に、その伏せられていた双眸が、再びロ
ロへと向けられる。
「……それでいい。それこそ、夢も見ないで眠れる」
「兄さん!」
「お前がもし……嫌でないなら」
弾かれたようにルルーシュに向き直ったロロの眼許が、込み上げた情動の
残滓に赤く染まる。
当人達が知覚するよりもずっと長い時間、再び下りた沈黙の帳が、向かい合
う二人の間を隔てた。
ややして―――その幼い容色が、抑えきれなかった衝動に歪められた。
「……じゃあ……そう言って。兄さんから」
どこか泣きだしそうな声音で、それでも先に口火を切ったのは、ルルーシュ以
上に衝動を味わわされたような顔をした、ロロの方だった。
「あの時……ゲットーで、口にしようとしていたこと」
「……ロロ…」
「言って」
逡巡の程を思わせる、長い沈黙が室内の空気を支配した。
これは、情を交わした者同士が共有する、性の交歓ではないのだと、互い
に思う。互いにそう感じていることがその表情から読み取れてしまうほどに、
二人はまるで、痛みを堪えるかのような容色をしていた。
その後ろ暗い共感が、最後の抑止となって、束の間ルルーシュの口を噤ま
せる。
引き返すのなら、今だった。ここで自分が一言やめようと言えば、この危うい
ところで保たれた均衡を、自分達はおそらく守ることができる。
だが……それは、所詮は作り物の安寧だった。
ここで互いに手を引けば、確かに自分達の関係は波立たない。そうやって、
焦ることなく急ぐことなく、互いの足場をゆっくりと固めながら作り上げていくの
も、一つの縁の形だった。
それでもいいと、一度は思った。自分達を結ぶこの相関に、無理やりに名前
を付けることもないだろうとも。
それでも……そんなどちらつかずの関係に、自身の確かな居場所を渇望す
るロロは、きっともう、耐えきれないところまで焦燥している。そもそもが、そん
な彼の不安定な精神状態を承知の上で、籠絡を目的に悪戯に弄んできたの
は、他ならない自分なのだ。
責任を―――取らなければならないと思う。
否……その言い方には、語弊があるかもしれない。
他ならない自分自身が……この中途半端な関係に、きっと耐えられなくなっ
ているのだ。
ならば……この均衡を崩す最初の一打は、自分こそが負わなければならな
い。
「…………ロロ……」
呼びかけるそばから、頬に血の気が集まってくるのが分かった。自分を凝視
したままの弟の目線に、当たり障りのない言葉でこの場を濁してしまいたい衝
動に駆られる。
だが……それでも、ルルーシュは最後の矜持で、逃げを打つ自分を許さなかっ
た。
「……俺を…慰めろ」
「…っ」
喉奥が干上がるほどの緊張に耐えながら、ようやくの思いで続く言葉を言い
放った刹那――――痛みを覚えるほどの激しさで、伸ばされた腕の中に抱き
すくめられる。
互いの体勢を知覚した時には、息がかかるほど間近に迫っていたロロに、噛
みつくように唇を奪われていた。
「…ん……っふ……っ」
性急に歯列を割り、入り込んできた舌と共に口腔内に広がった苦味は、先刻
自分が放った性の名残か……
えもいわれぬその後味の悪さに、知覚するよりも先に閉じられた眉間が顰め
られる。
それでも―――無我夢中に自分の口内を貪るロロを、とどめようとはどうして
もルルーシュには思えなかった。
TO
BE CONTINUED...
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