faith



 ルルーシュが、失踪した。


 その行方を辿ることの可能な放浪を、彼を日常的に取り巻く者達は、失踪とは呼ばない
かもしれない。 監視役を任じられてきた自分の「目」と「耳」を使えば尚のこと、それはいっ
そ可愛げすら抱かせるほどの 狭範囲で。


 それでも……黒の騎士団の頭角を担い、世界に対する変革の只中に我が身を投じた存
在として、この 現況下に己の「持ち場」を投げ出す事は、まぎれもない失踪だった。

 ナナリーの奪還に失敗し、救出に向かった紅蓮によって水没する護衛艦からかろうじて
脱出を果たしたルルーシュは、外傷こそないものの既に困憊の体で、出迎えたロロに対し
てもろくろく口を利くことなく、その まま自室へと籠ってしまった。
 以来二日。彼はけして彼の地での真相を物語ることなく、修学旅行の出立を直前に控え
て浮足立つ学 生達を隠れ蓑としたかのように、学園から姿を消したのだ。


 意気消沈したルルーシュの足跡を辿る事は、機密情報局側の人間でもあるロロにとって
造作もないこと で……しかし、主軸を抜き取られた抜け殻のような「兄」の心理は見定めら
れず、言葉をかける機も逸した まま、こうして丸一日、不毛な追いかけ鬼を続けている。


 色々な意味で、これは一つの転機なのだろう。
 だが……この機に乗じて自分が取るべき手立てを、ロロは今、図りあぐねていた。


 自分の寝返りを、まだ情報局の殆どは把握していない。そのため、いまだに残されている
本国とのパイ プによって、メディアに上がることのない軍部の情報も、大まかには入手でき
た。

 ナナリー奪還のために行動を起こしたルルーシュが、向かった彼の地でどれほどの衝動を
味わわされ たのか……だから、以来口を開くことのない彼を問いただすまでもなく、自分は知
り及んでいる。

 他の誰に対するより心を開き、その未来を築くために暗躍を繰り返してきた実妹からの、ま
さかの拒絶。
 それは、血を分けた存在を持たない自分ですらも、想像に難くない痛手で……。

 いわば今の彼は、ブリタニア出奔以来すがり続けてきたよりどころの全てを失ったようなも
のだ。それほ どの衝動に晒された彼が自らの耳目を閉ざし、周囲の言葉を受け入れなくなっ
てしまったことは、ある意 味当然の成り行きであったかもしれない。
 ましてや……こうなった今や、実の血族との差異をあからさまに突きつける存在となったであ
ろう、偽り の「弟」の言葉など。


 所詮は自分の存在など、彼にとっては作り物の身内に過ぎなくて。だからこうなった今、自
分の言葉が 彼に届かなくともそれは致し方のないことだと思っていた。だからこそ、一人にし
てほしいという彼の意向 を尊重し、遠巻きにその様子をうかがうにとどめてきたのだ。
 それは、ルルーシュのみならず、「弟である自らの足場を見定めるためにも、ロロにとっても
必要な時間 だった。


 だが……そんな膠着状態も丸二日が過ぎるとなれば、監視者としても弟としても、傍観に徹
する我慢も 限界だ。
 ルルーシュと接触し、良くも悪くも、この事態を動かす何らかの一石を投じなければならない。
  この息詰 まるような膠着に、ルルーシュの精神がもはや耐えられないだろう。互いの相関が
この先どのような方向へと向かおうと、それは自分の本意とするところではなかった。


 と、その時……頃合いを見計らったかのように、ルルーシュが身を潜めていたシンジュク再開
発地区の 跡地から、切れ切れの叫びがあがった。

 こちらとの距離から内容までは聞き取れないが、先刻あの中に入って行ったカレン・シュタット
フェルトの声である事は間違いない。とすれば、中のルルーシュと彼女との間で、何事かの諍い
があったのか。


 ほどなくしてその場を走り去って行ったカレンの後ろ姿を見送ると、ロロはそれまで傍観に徹し
ていた鉄骨の蔭から、ようやく重い腰を上げた。

 おそらく、今のルルーシュが何よりもその目にしたくないと考えているのは、ほかならぬこの自
分の顔だ ろう。実妹との間に築かれた絆を断ち切られた今、偽りの弟の存在など疎ましいばかり
のはずだ。
 彼の精神の安定を思うなら、このまま彼の前に姿を見せるべきではないのかもしれないが……


 だが……それが厭悪でも、憤りでもかまわない。彼の心を癒す、優しい感情などでなくてもいい。
 自身を突き動かすだけの、腹の底からの情動が―――空虚な抜け殻と化した、今の彼には必
要だった。


 自らを鼓舞するかのように、ぐっと一歩を踏み出して、暗がりの奥にたたずむ「兄」の元へと互い
の距離 を詰める。
 敢えてこちらから声をかけるまでもなく、カレンの立ち去った方向を振り返ったルルーシュの体が、
側近 くまで歩み寄っていたロロへと向き直った。



 「……っ」


 驚愕に見開かれた若紫の双眸。反射的に半歩後ずさった総身。
 だが、それでも……



 「………ロロ…」


 恐らく拒絶されるだろうと覚悟していた予想に反し、顔を上げたルルーシュの目線は……逸らさ
れることなく、まっすぐにロロへと向けられていた。



                                        TO BE CONTINUED...

 お気に召しましたらこちらを一押ししてやってくださいv創作の励みになりますv



    コードギアスR2の小部屋へ