greatly mature





  その、時間にすれば200秒にも満たないであろう僅かな間に起こっ
た出来事は―――それをただ見届けるしかなかった悟飯の目に、ま
るで連続した静止画のように映っていた。


 復活したフリーザによって、彼が仇敵と見做し憎しみを募らせてき
た存在、孫悟空への復讐心を満たす為に仕掛けられた地球侵略。
幾たびもの窮地を迎えながら、その攻防は、最後の攻手として名乗
りを上げたベジータによって、ようやく激戦の終局を迎えようとしてい
た。

 修行によって身につけたという、他を圧するまでの戦闘能力もい
よいよ底をつき、ついには最終形態すら保つことができなくなった
フリーザを前に、ベジータが引導を渡す―――まさにその瞬間の、
出来事だった。
 
 完全敗北を眼前に突き付けられた敗者の負け惜しみにしては、揺
るがない語勢でなされた意趣返しの宣告。その言葉と共に、フリー
ザの手から放出されたエネルギーが、一瞬で地中深くまで打ち込ま
れた。

 地球に打ち込まれた、地核そのものを破壊するエネルギー弾によっ
て、地球は瞬時にして瓦解し、そこに生息するすべての命を巻き添
えにして四散した。戦いを静観していたウィスの采配によって、フリー
ザと直接対峙していたベジータ以外の者達は、ごく限られた空間に
張り巡らされた保護膜に守られて宇宙空間に避難することができた
が……彼らは、跡形もなく砕け散った地球の残骸が視界一杯に漂
う様を目の当たりにする羽目になった。

 言葉を失い、眼前の光景を呆然と眺めやる一行の中でいち早く我
を取り戻したブルマが、家族の名を叫んでその場に泣き崩れる。その
場に居合わせたただ一人の非戦闘員である彼女の嘆きを宥める余
裕もないまま、悟飯もまた、眼前に広がる「地球であったもの」を眺め
ながら、その手を拳の形に握りこんだ。

 「……ビーデルさん……パンちゃん……」

 喉奥を突いて出た、既に答える者のいない自らの呼び声が、酷く遠
く聞こえる。我が家に残してきた妻子が、実家で自分達の帰りを待って
いたであろう母が、弟が……彼らの顔が、脳裏に浮かんでは消えていっ
た。
 そして―――追憶の中で繰り返し再生される、自分に背を向けて立
つ、師父の後姿……

 『ピッコロさん……』

 最後まで自分を振り返ることなく、そして襲い掛かるフリーザの気弾
を最後まで自分に届かせることなくその場に立ち尽くした師父。彼は、
一切の保身を放棄してひたすらに自分を守り、そして息絶えた。
 そんな風に、幼い時分にも、彼は自分の命を繋いでくれたことがある。
あの時も、彼はただ、自分を生き延びさせるために、その身を擲ってく
れた。

 地球に襲来したサイヤ人達を前に、当時の自分では、満足な戦力に
はならなかった。無人の荒野でただ二人、修行の日々に共に明け暮れ
た師父が、自分の力量を判断できなかったはずがない。
 最後の気概を振り絞るようにして、逃げろと言われた。彼はあの時、
自分に戦況を託そうとしていたわけではなかったのだ。
 ただ、逃げろと、生きろと、彼は自分に、そう望んだ。あの後、寸での
所で駆けつけてくれた父によって戦局は一転したが、自分一人では、
師父の敵など到底とれはしなかった。

 今回も……あの頃と、本質的には何も変わらない。今の自分が、フリー
ザと満足に渡り合えない存在であることを承知の上で、彼は、戦局に
何の役にも立てない自分の命を繋いでくれたのだ。

 自分自身が余りにも不甲斐なくて、師父の亡骸に取りすがる事すらで
きなくて―――だがそれでも、駆けつけてくれた父が師父を神殿まで運
んでくれたことで、辛うじて安堵の思いを抱いた。父の言葉通り、ナメック
星のドラゴンボールで師父の命を現世に取り戻せたら、その時はどれほ
ど居たたまれなさに苛まれても神殿に向かい、この不甲斐なさを幾重に
も言葉を重ねて詫びるのだと、そう心に決めていた。
 だが……これではもう、ナメック星のドラゴンボールを、集めるどころで
はない。地球そのものが瓦解してしまったのだ。地球の神殿に亡骸が安
置されていたはずの師父を復活させる手立ては、完全に失われてしまっ
た。

 家族が、師父が―――あの僅かな時間の間に、取り戻せない存在に
なってしまった。その現実が、白濁した思考にじわりと浸透していく。
 せめて、ブルマのように声を上げて嘆く事ができたなら、ほんの僅かで
も、この衝動はぶつけどころを見つけられたのだろうか。それでも、喉奥
に何かが張りついてしまったかのように、悟飯は、叫ぶどころか何の言
葉も発することができなかった。

 その場に居合わせた者達も、概ね同様の状態だったのだろう。己の
衝動を収めきれないブルマの嗚咽が時折辺りの静寂を乱す中で、一
行は、不自然なまでに静まり返っていた。
 そんな風にして、重苦しい沈黙を、どれほどの時間共有していたのだ
ろう。それまで事態を静観していたウィスが、事もなげに口を開いた。

 「―――じゃあ、ケリをつけますか?」







 体感時間に換算すれば、酷く長い時間が過ぎたようにも思えた。そ
れは蓋を空ければ、わずか数分にも満たない時間に過ぎなかったが、
逆行した光景を見聞させられるという破天荒な体験が、一行の時間
間隔を狂わせる。

 『やり直すんですよ』

 あの後――ー気負うでもなく、天気の話でもしているかのように気安
い口調で続けられた、ウィスの言葉の信憑性を、一行は、身を持って
体験させられた。
 瓦解するレベルにまで破壊された「地球であったもの」が、再び一所
に集まり、星の形に戻っていく。地核に打ち込まれたエネルギーはそれ
を発した者の手に吸い込まれ、地球は本来あるべき形を取り戻していっ
た。

 ウィスが語っていた「巻き戻し」が目的の瞬間まで時流を遡ったところ
で、それまでノイズだらけだった視界が瞬時に鮮明になっていく。「その
時」が戻ってきたのだと身構えた悟空が気弾を放つ構えを取った。
 瞬時に標的の元へ飛来した男の両腕から、極限にまで蓄積され凝縮
された気弾が弧を描いて放たれる。
 それは、その場に居合わせた者達の目に、「やり直し」が成功したの
だと知らしめる、言葉以上に雄弁な請合の証だった。



 そして―――再び日常を取り戻した地上では、激戦に勝ち残った戦士
達が慌ただしく動き始めていた。
 時間を巻き戻し、地球崩壊の危機を脱した事を身を持って得心しても、
それぞれに残してきた家族や、心を砕く者達がいる。彼らの無事な姿を
この目で見届けたいと思うのは、ようやく戦いから解放された戦士達の
心境として、至極もっともな事だった。

 それぞれに残してきた存在の元へ向かうべく、一行は三々五々に解
散する。悟空もまた、家族の様子を伺いがてら、天上の神殿に立ち寄
ると言い残して瞬間移動を行った。
 神殿に預けてきたというピッコロを復活させるため、そこからナメック
星に飛んでポルンガを呼び出すつもりなのだろう。

 悟飯もまた、父の後を追って、神殿を目指しかけた。―――だが、次
の瞬間、居住まいを改める。
 今すぐにも神殿に向かい、師父の復活に立ち合いたい。どれほど顔向
けできない自責の念に苛まれようとも、その無事な姿をこの目で確認し、
そして自分の不甲斐なさを彼に詫びたかった。
 だが……


 「―――あの……」

 あの時、師父は自分にこの先の戦局を担える力がない事を承知の
上で、身を挺してまで自分の命を庇ってくれた。それは結果として、か
つてサイヤ人達との攻防の際に自分達が辿った経緯と同じであるよ
うでいて、しかしきっと、その根幹にあった師父の思いは、違っていた。
 自分を生き延びさせようとしてくれた、目的そのものは変わらなくて
も……何故彼がその身を擲ってくれたのか、彼が自分に何をさせたかっ
たのか……きっと、自分が幼子であったあの当時とは、師父の思いは
違う。

 自分が妻を娶り、子をなして―――そんな風に、段階を踏みながら
自らの所帯を築いていく姿を、はっきりとした言葉で示された訳では
なかったが、師父はおそらく、好ましい思いで以て、これまで見守って
くれた。
 元来、人中に好んで交わるような気性をしていないピッコロが、挙式
の折も、娘の生誕祝いの折も、姿を現し、祝ってくれた。以前と比べれ
ば大分闊達になったとはいえ、けして口数が多い方ではなかった彼が、
言葉少なに、しかし力強く言祝いでくれたのだ。

 あの言祝ぎに―――戦場を離れて久しい今の自分に、彼がどんな
姿を望んでいるのか、自分は、おぼろげに理解できたように気がした。
 日常に忙殺され、鍛錬する事すら忘れてしまった脆弱な体。本業の
繁忙期と子育てが重なった折などは、そんな自分の姿はさぞや非力
で情けないものとして、師父の目には映っただろう。
 だが、そんな自分の姿を、彼は一度でも、不甲斐ないとは評さなかっ
た。
 
 夫婦そろってどうしても外せない用事が入った時には、不承不承とい
う態でありながら、それでもいつでも、頼れば娘の面倒を見てくれた。
両親と全く風貌の異なる師父にてらいなく懐く娘の様子を見ていれば、
自分達が不在の間に、彼がどれだけ心を砕いて我が子を慈しんでく
れたのか、手に取るように解った。
 そうして、いつしか自分と師父との間に築かれ始めた、新しい相関。
それはこれまで長年積み重ねてきた、戦士としての師弟関係に訪れ
た一つの過渡期であるのと同時に、彼が自分の存在を、世帯を担う
一人の独立した人間として認めてくれたという契機でもあった。

 いま、かつての「手のかかる弟子」のまま師父の元に駆けつければ
―――彼はきっと、何を浮き足立っているのだと自分を叱責するだろ
う。守るべき存在を放り出して何をやっているのかと怒鳴りつけられ、
場合によっては張り倒されるかもしれない。
 それこそが、今の自分に対して、師父が望んでいる姿なのだ。

 師父の身を案じる、不肖の弟子である前に……自分は今、一つの
所帯を預かる世帯主として、行動すべきだった。その役割すら満足に
果たせないのなら、自分には家庭を築く資格がない。
 ここで浮足立ったままなら……この先も、自分は師父にとって、「手
のかかる弟子」のままだ。


 「……僕もちょっと、失礼します」

 周囲の同胞達に一言断って、返事を聞くのもそこそこに中空に浮上
する。そのまま、悟飯は一路、妻子の待つ我が家へと飛翔した。







 ――――それから、半時ばかりが経過した。

 駆けつけた我が家で妻子の無事を確認し、その足で取って返した天
上の神殿。先行していた父親はすでに下界へと戻ったらしく、旧友に招
き入れられた神殿の内部で、悟飯は平素と変わらぬ佇まいを見せる師
父に迎えられた。
 既にこの場所を離れ、下界へと拠点を移した彼がここに居残ってい
たのは、命を取り戻したばかりの彼の体を案じたデンデやミスター・ポポ
が休養を勧めたからだろうか。あるいは、ここに残れば、直に自分がやっ
てくるだろうと想定して、彼は、自分を待っていてくれたのか―――
 師父と顔を合わせたら、まずは言わなければと胸に決めていた言葉
がいくつもあったはずなのに……いざその姿を目にした途端、喉の奥が
詰まって、何も言えなくなった。



 「……ピッコロさん」
 「―――悟飯。色々大変だったな」

 大事はなかったかと、そう続けながら一歩歩みを進めたピッコロの容
色が、束の間怪訝そうに曇る。そして、何事かに思い至ったかのように、
師父の表情が、険しくなった。

 「家の様子は、見てきたのか」
 「…っ」
 「家族の無事を、その目で確認してからここにきたのか?」

 起伏に乏しく、抑えた語調で重ねられた問いかけには、その言外に
隠されているはずの相手の胸懐を推し量る事は出来なかった。元来
表情に乏しい師父は今この時も平時と変わらぬ鉄面皮で、その様子
から彼の心中を察する事もできない。
 だが、これは彼が平素のままに行動しているのではなく……試され
ているのだと、悟飯には解った。

 成す術もなく嬲り殺されるのを待つばかりだった自分を、身を挺して
庇ってくれた師父。そんな彼の命と引き換えに生きながらえながら、結
局は戦局を覆す働きもできないまま、自分は最後まで傍観者のまま、
あの戦場を後にした。
 そして、そんな自分の命を繋いでくれた師父の元へ向かうよりも先に、
残してきた家族の安否を確かめるため我が家に走った。
 その全てに対して……師父は、自分の覚悟を、試している。

 全てを覚悟した上で、自ら選択した行動であるはずなのに……いざ
眼前にそれを突きつけられると、全身に冷水を浴びせかけられたよう
な心地になる。総身を支配する緊張が喉元を干上がらせ、満足に言
葉を紡ぐ事もできなかった。
 だが、ここで衝動に負け、口を閉ざしたままこの問答をやり過ごして
しまうなら、自分の本質は、この先もきっと一生、変わらない。
 それは一人の男として、家庭を担う存在としてあまりにも卑怯な逃
避であったし……なによりも、そんな自分の命を繋いでくれた師父に
対して、なによりも顔向けできない不始末だった。


 ともすれば震えを帯びそうになる口元をグッと噛みしめて、腹の底
に力を込める。神の住まう神域で浄化された空気を胸の奥に送り込
み、悟飯は己を鼓舞するかのように、大きく息を吐き出した。
 急かすことなく、問いかけの答えを待つ師父へと向かい、意を決し
て顔を上げる。
 そうして―――悟飯は一言、はいと答えた。


 「……はい。ここに来る前に、家に寄って家族の無事を確認してき
  ました」

 相も変わらず感情を気取らせない師父の視線を、意地のように受
け止め、見つめ返す。そうして、悟飯は緊張で今にも掠れそうになる
声を、張り上げた。

 「ビーデルさんも、パンも……元気でした。ついさっき、この地球に
  何が起こったのかなんて全然気づいてなくて、いつもみたいに、
  笑って僕を出迎えてくれて……」
 「悟飯」
 「ピッコロさんが、僕を庇って下さったおかげで……家族の無事な
  姿を、この目で見る事ができました。……本当に、ありがとうご
  ざいました」

 思い切りよく、頭を上げる。
 謝罪と、返礼と、告解と―――それら全てがない交ぜになった辞儀
を示し、報答を待つ。だが、悟飯の予想に反し、師父の応えはいつま
でたっても返らなかった。

 十秒が過ぎ、二十秒が過ぎ……いよいよ痺れを切らした悟飯が頭
を上げた視線の先で、平素と変わることない鉄面皮のままこちらを見
遣っている、師父の目線を受け止める。
 時間が過ぎればすぎるほどいや増していく居たたまれなさに気圧さ
れ、悟飯は自分に弁明の資格などない事を承知の上で、師父に向か
い口を開きかけた。
 その、刹那―――


 「……そうか」
 
 機先を制する形で成されたピッコロの応えが、想像していたよりも
ずっと穏やかな響きで以て、悟飯の耳朶を震わせる。
 弾かれた様に居住まいを正せば……こちらを見下ろす形で向き合っ
た師父は、その口角を、僅かに笑みの形に持ち上げてみせた。 

 「肝が据わったな。自分が背負うものの重さを、自覚した男の顔に
  なった」
 「ピッコロさん……」
 「これで、何もかも放り出して、いの一番にここまでやってきていた
  ら、顔を見た瞬間にはっ倒してやろうと思っていたが……余計な
  心配だったようだな」

 よくやったと、言葉少なに、労われる。耳朶に沁み通るような師父の
声音を耳にしながら、悟飯は咄嗟に俯いた。
 見慣れた神殿の床模様が、こみあげるもので滲んでいく。それでも、
ここで醜態を晒す事だけはどうあっても避けようと、奥歯を食いしめる
ようにして、悟飯は喉奥からせり上がってくるものを飲み下した。
 ふと、伸ばされたピッコロの手が、小刻みに震えを帯びる肩に触れ
る。彼は悟飯を強引に向き直らせようとはせずに、その手で二、三度、
鼓舞するかのように触れた肩を叩いた。


 「……俺はあの時、死んでいたからな。強制的に送り込まれたあの
  世の入り口で、地球の様子を一部始終見ていた。あの世の鬼達も
  閻魔大王すら、地球で何が起こったのか正確に理解できた者はい
  なかっただろうが……地球が破壊され、時が巻き戻され、そして
  地球の命運が塗り替えられたのを、この目で、俺も見届けた。
  ―――悟飯。お前があの場で、どれほどの思いで戦い抜いたの
  かもな」
 「…っ」
 「なにしろ、理屈では説明できん事ばかりだ。全て終わってから、あ
  れはああいうことだったのかとようやく納得できたことも多かったが
  ……お前がお前の体を極限まで酷使して、懸命に孫を地球に呼び
  寄せた事は、あの世で見ていてもよく解った」

 よくやったなと、そう続けられたピッコロの語調は、先刻の労いよりも
柔らかい響きで以て、悟飯の耳に届いた。

 「あれを、益体もない捨て鉢な行動だと言い捨てる敵もいただろう。
  だが、あの時お前がお前自身の手で、フリーザを食い止める事に
  固執していたら……孫はお前の気を掴むことができず、孫とベジー
  タがあの場に駆けつける事も出来なかっただろう。お前は、お前
  の戦士としての矜持にしがみつかず、あの場で想定できる最善
  の行動をとった。だから、地球はこうして、これまで通りの日常を
  取り戻した」
 「……ピッコロさん…」
 「最前線で、敵の大将と渡り合う事ばかりが戦いではない。お前に
  は、こうして戦場を長く離れた今でも、自分に何ができるかを冷静
  に見極め、戦場を戦い抜く気概があった。だから、フリーザにも勝
  てた」

 胸を張れ―――そう言って、ピッコロは、その場に俯いたままの悟
飯の背を張った。

 「お前が孫を呼び寄せた、あの姿を見て……俺が命を張ってでも
  お前を生かした意味が、あったと思った。長く戦いを離れていて
  も、お前はやはり、俺が鍛え上げた、俺のただ一人の弟子だ。そ
  う思った。……だから、いい加減に胸を張れ」

 それを契機とするかのように、一際大きな音を立てて、背中を張ら
れる。反射的に顔を上げた悟飯の泣き濡れ顔に、ピッコロは皮肉げ
に口元を歪めて、なんだそのザマは、と言い捨てた。

 「いい年をしたいっぱしの男が、情けない面をするな。……さっき来
  ていた孫が、帰りがけに言づけていったんだが、これから下界の
  C.C.で、祝勝会だか慰労会だか、開くそうだ。関係者は全員、万
  障繰り合わせて参加、とのことらしい。後でブルマからつるし上げ
  られたくなければ、お前も合流しろ」
 「……あ、はい」
 「その前に……下界に戻る前に、その情けない面を何とかしてお
  け。会は夕方かららしいから、もうしばらくここに残って、少しはま
  しな顔になってから戻ってこい。デンデには、俺から話しておく」

 言うべきことは全て言ったとばかりに、悟飯の返事も待たずに、ピッ
コロが踵を返してその長身を翻す。ゆったりとした歩幅で神殿の外
庭へと向かいながら、彼は立ち去り際、駄目押しのように悟飯の肩を
叩き―――そして、持ち上げた掌で、奔放に跳ねるその頭髪を掻き
乱した。

 「…っ!?」

 師父の出し抜けの行動に面食らい、慌てて己の頭部を庇いかけた
次の刹那、こちらに背を向けたままの長身は、背後を振り返ることな
く、今度こそ室外へと歩み去っていく。
 次第に遠ざかっていく師父の背中を見送りながら……悟飯は、その
後ろ姿にを呼び止める言葉も見つからず、ただ頭を下げる事しかで
きなかった。

 虚を突かれ、一旦はなりを潜めた情動の名残が、再び込み上げて
きて視野を滲ませる。神殿の床模様がその輪郭をぼやけさせていくの
を意地のように見つめながら、悟飯は、持ち上げた手でその目元をグ
イと拭った。

 
 謝罪も、返礼も、告解も―――言葉にして師父に伝えなければなら
ない事は、いくつもあった。全てを受け入れ、自分の背を押してくれた
ピッコロの雅量に報いるためにも、自分は決して有耶無耶にすること
なく、その一つ一つを彼に伝えなければならない。
 だが、どの道この不甲斐ない有様では、すぐさまその後を追ったと
ころで、彼は自分とこれ以上向き合ってはくれないだろう。師父の言い
つけ通り、与えられた猶予時間を使って少しでもましな面相にならなけ
れば、それこそ不甲斐ないの一言で、神殿へと叩き返されるだけだ。

 C.C.で開催される祝勝会とやらは、夕方からだと聞かされている。
それまでのあと数時間、自分は自分を独立した一人の人間として認
めてくれた師父の厚情に報いるためにも、意地でも平素通りの自分
を取り戻しておかなければならなかった。

 ブルマ主催の会となれば、過去の前例から間違いなく、飲めや食え
やのどんちゃん騒ぎになる事は目に見えている。となれば、強制的に
宴席にまねかれた自分達は、おそらくは今夜一杯、その会場から解放
されないだろう。……先行した師父と顔を合わせ、改めて言葉を交わ
す時間は、十分過ぎるほどにある。
 だとすれば―――自分の奮励が求められるのは、これからだ。

  
  
 フリーザ軍の来襲を迎え撃ったあの時から、自分の中に植え込まれ、
爆発的に育ち膨れ上がった、一つの懸念がある。それは、この先も母
星の有事に備えるべき戦士の一人として……そしてなによりも、一つの
所帯を担う一人の男として、見て見ぬ振りでやり過ごしてしまう訳には
いかない命題だった。
 そのためには、師父への依存を承知の上で、彼に頼らなければなら
ない事がある。

 夕方から開催されるC.C.の祝勝会で、自分は何としてでも、師父を
捕まえ、自分の懇請に耳を貸してもらわなければならない。
 ひどく今更な話だ。長年かけて自分を仕込んでくれた師父に対して、
全てを錆びつかせてしまった自分が、今更希える内容ではないだろうと
も思う。
 きっとあきれ返るだろう師父の姿を前にして、自分は、彼が自分に望ん
だように胸を張り、最後までこの請願を口にする事ができるだろうか……
 だが、それでも……


 『俺が命を張ってでも、お前を生かした意味が、あったと思った』

 先刻、ただ俯くばかりだった自分に向かい、師父が残してくれた言葉
が、再び耳朶に蘇る。自らの不甲斐なさに居たたまれない思いを味わ
わされながらも、それでも、あれ程に誇らしいと感じた言葉はなかった。
 再び自分の背を押してくれた、師父のあの言葉を前に―――ただ恥
じ入るばかりの自分には、なりたくない。

 幼少の時分から、十有余年という時間を、家族にも近しい存在として
親しんできた、得難い先達。その彼が唯一認めてくれた不肖の弟子と
して、自分はこの先も、ただ彼に庇い守られるばかりの存在であること
を、自分に許す訳にはいかなかった。
 ここを出て、下界で合流したら―――その時は、自分の口から、願い
出るのだ。再び、彼に師事したいと。
 彼の弟子を名乗るに相応しい自分を、この先もずっと、保つために。


 と、刹那―――神殿の奥庭の方から、自分の名を呼びながらこちらに
近づいてくる、旧友の声を、悟飯は知覚した。
 おそらく、神殿を立ち去りがてら自分の逗留を言づけていったであろう
師父の依頼を遂行するために、デンデが自分の姿を探しているのだろ
う。本来、下界からやってきた自分達のホスト役など親友の役割ではな
いというのに、こうしていつでも心を砕いてくれる彼の厚情がありがたく、
そして申し訳なく、悟飯は思った。
 それでも、この浄化された神殿の静謐な空気は、下界のどの場所に
身を落ち着けるよりもずっと、精神の安定を促してくれる。目前に一つ
の大きな命題を抱えた今の悟飯にとって、これ以上にありがたい場所
は、他になかった。

 自分を探している旧友の呼び声に応えるように、大きく声を張り上げ
て、応答する。そして、悟飯は胸襟に蟠った衝動の名残を振り払うかの
ように一つ大きく頭を振った。
 先刻自分を置いてここを立ち去っていた師父の足跡をたどるかのよう
に、神殿の外庭に向けて、一歩を踏み出す。
 足を進めるごとにその眩しさを増し、外庭から差し込んでくる目を射る
ような外光が……まるで自分を鼓舞する後押しであるかのように、悟飯
には感じられた。 

          



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