castling8







 『だって……そうしないと…』


 それは、深層意識においてもいまだ作用を続ける、自白剤の追及に抗いきれず
にロロが吐露した、彼の紛れもない本心だった。

 いたたまれなさを誤魔化すかのようにロロに語りかけたに過ぎなかったルルーシュ
にそのつもりはなかったが、ロロの名を呼んでの問いかけは、学園の地下で執拗
に続けられた尋問の続きとして、ロロの深層意識は捉えたらしい。

 そうではないのだと制止したくてもロロは深く眠り続けたままで、多少揺り起こし
た程度では目覚めそうもない。それを狙って「処置」を施したのだから当然なのだ
が、こうなるとこのままロロを眠らせておいてもいいものか、束の間ルルーシュは逡
巡した。

 ここはすぐにロロを起こすべきだろうか。それとも、無理に起こしたりせずにこの
まま様子を見るべきなのか。

 とにかく咲世子を呼ぼうかと一端は腰を浮かしかけ……しかし、まだ何事かを語
ろうとしているロロの口元をに気を取られ、ルルーシュは、受話器を取り上げるとい
うそれだけの動作を、一瞬ためらった。
 そして……



 「……に…さんに……み、すて…」
 「…・…っ」
 「ぼく…は……本物じゃな……から」



 その言葉の持つ意味が、不自然なまでに時間をかけて自らの奥深くまで浸透し
た刹那―――ルルーシュは、いなし切れなかった衝動が総身に震えを走らせる
のを、止めることができなかった。




 自分に見捨てられるというロロの言葉……それは、ロロ自身が自分達の相関を
どのように認識しているのかを、如実に物語っていた。
 そして、それを杞憂だと笑い飛ばしてやれないほどには、自分もかつてロロに対
し、内に含むものを抱えていた。


 機密情報員だったロロの立場と情報経路を都合良く利用し尽くし、いざ用済みに
なれば躊躇いなくロロを切り捨てる心づもりでいた、記憶を取り戻した当初の自分。
 そんな自分の執拗な搦め手を、ロロはおそらくは壮絶な葛藤の末に握り返した。
当時の自分が望んだように、自分に対する疑心暗鬼に駆られながら、それでも、日
一日と自分に心酔して。

 そうなるように、自分が仕掛けた。盲目的に自分に依存するように、自分がロロ
に望んだのだ。


 ナナリーと決別することになったあの日、そんな自分の目論見がどれほどロロを
追いつめていたのか、我が身を以て思い知らされた。そして、それでもなお、自身
の抱える葛藤を超えて、その手を差し伸べてくれたロロに、自分は心の底から感
謝した。

 だからこそ、自分達は変われると思ったのだ。それまで築き上げてきた偽りの相
関を、自分達はあの日、互いの意思で壊したのだから。
 今は互いに、ただ依存しあう関係でもいい。腹に含むところを交えずに、ロロと向
き合いたいと思った。その為に、時間はかかっても、自分の求める相関をロロと一
から作り上げていきたいと思った。

 その思いは、ロロもきっと同じなのだと思っていた。
 だが……



 『そうしないと、兄さんに見捨てられる』
 『僕は、本物じゃないから』


 気を失うようにして眠りに落ちた、深層意識にまで追いすがる自白剤に追い詰め
られたロロの、それが、腹の底からの本音なのか……



 「……ロロ…」


 なぜ、と問う資格は、自分にはなかった。
 精神的な優位を利用し、一度は手駒に仕立てようとした「弱者」に、その立ち位置
がすり替わった途端、心身ともに困憊した自分の拠り所を求めようとした。寄せられ
た好意に甘えて、この先もロロに自分の側にあってほしいと望んだ。

 今思い返しても、身勝手な話だ。自分はそれまで曝け出せなかった自分の脆さを
受け止められ、そして癒される心地よさに夢中になった。もっともっとと望むばかりで、
そんな自分を受け入れてくれたロロの胸の内など、自分は思い巡らせもしなかった。


 自分を迷惑に思わないうちは側においてほしいと、そう言って、自分の中に穴をあ
けた心の空虚な部分を癒してくれたロロ。自分がロロに対して抱いた後ろめたさを
贖えと叫びながら、しかしその実、彼はただ自分に手を差し伸べることで、自分達の
相関を築き直す契機を与えてくれたのだ。


 改竄された記憶で共に暮らした時間の中で、そして封じられていた記憶を取り戻し
たのちに調べ上げたデータの中で―――自分にとって、ロロは、まだ精神の成熟し
きっていない、不安定な子供だった。裏組織の構成員としては有能でも、表社会を
大過なく生きていくには、逆に危うい存在に思えていた。
 だからこそ、そんなロロが自分に見せた、思いもかけなかった一面が意外で、そし
てそれ以上に嬉しくて……だから、自分はあの日、ロロに心からの感謝を―――


 「……っ!」


 そこまで思い巡らせて……ルルーシュは、苛立たしそうに頭を打ち振った。それで
もおさまらず、ロロの眠る寝台に両肘をついた手のひらで、自身の頭を抱え込む。




 感謝だけで、すませられるはずがなかったのだ。ロロの置かれた境遇を思えば、そ
んなものでは、自分の返す思いはあまりにも軽すぎる。

 自分は一度でも、考えただろうか。あの日、見返りを求めない厚情を惜しげもなく差
し出してくれたロロが、その胸の内に何を抱えていたのかを。
 自分が仕掛けたことで、ルルーシュという人間の側以外に自身の居場所を失ってし
まった少年が、どれほどの思いで自分と向き合おうとしていたのかを。
 自分は一度でも、主観を交えない視点で、考えてみた事があっただろうか。


 あの日の自分以上に重く深く、終わりの見えない不安をずっと抱えていただろうロロ
に、自分は彼が自分に与えてくれたような「安心」の一つでも、目に見える形で示そう
としただろうか。それを伝えなければと、真剣に考えただろうか。



 思いは、言葉に出さなければ伝わらない。そして、自分ではない他者に自分の思うと
ころを余すところなく伝えたいと願うなら、きっと自身と向き合うよりも何倍もの労力が必
要だった。
 互いに別々の道行きを選んだナナリーと決別したあの時、自分はそれを、深い悔悟
の記憶とともに学んだはずではなかったのか。

 自分は、果してそれだけの努力をしただろうか。身を寄せる組織を裏切り、身一つに
なる覚悟で自分の側に残ったロロの決意に、同じだけの代償を払ってきたと言えるのか。



 その自問は、まるで苦い薬を飲み下した時のように、反芻するルルーシュの胸を焼
いた。

 自分が内心でどう思い、どう決意したのかなど、この際どうでもいいことだ。自白剤に
うなされたロロの言葉を聞けば……そもそもが、自白剤の追及から逃れようとするあま
り、ロロが自ら気道を塞ぐような真似をして見せた時点で、既に自問の答えは示されて
いた。


 自分に対して疑心暗鬼に駆られていたであろう当初の葛藤から、ロロは今でも解放
されていない。彼は今でも、自分を失望させ、そしてそれにより自分に掌を返されること
を恐れていた。
 だからこそ、ロロは自分に突き放されないために、それこそ命の危険を冒してでも自
分の役に立とうとする。ロロに対し、自分がこう望むだろうと彼が先走って作り上げた理
想像に沿うように、自らの言動を調整してしまう。

 それは、互いの弱みを曝け出し、互いなしには一歩も歩けなくなってしまうようなもた
れ合いの関係よりもたちが悪いと、ルルーシュは思った。



 「……ロロ…」

 呼ばわりとともに続けたかった言葉は、少年に対する謝罪の言葉だったのか。それ
とも、ロロの心の機微にすら思い至らなかった、自らに向けた罵倒だったのか。
 だが、いずれにしても、それは今ロロが必要としているものではないと、ルルーシュ
は自己満足に過ぎないそれらの言葉を、吐息とともに喉奥に飲み下した。そして、今
自分がなすべきことが何なのかを考える。


 このまま、自白剤の薬効が残るロロに問いかけ続ければ、自分は、これまでロロが
口にすることのなかった彼の鬱積した思いを、労せずして知ることができるだろう。この
先の自分達の相関を築き直すために、ロロの望む「安心」を過たず理解し、そしてそれ
をロロに与えるために、それはきっと、必要な情報だった。
 だが―――ただ解決を急ぐために、これまで真意を飲みこみ続けたロロの気持ちも
顧みずに、安易な手立てでそれを求めてしまえば、それは、恐らくはロロが最も守りた
かったであろうものを、他ならない自分が踏み躙ってしまうことになる。
 そんな風にして、ロロ本人を出し抜いて一足飛びに手に入れた「答え」を差し出して
見せたところで、それでロロが心底から安堵してくれるとは思えなかった。

 ロロの鬱屈する思いは、ロロ自身の口から自分にぶつけさせてやりたい。それを決
断するだけの気持ちの整理もつけさせてやれないままその胸の内を覗き込むのは、
兄としてどころか利害を共有する共犯者としてすら、あまりにも情けなく、卑怯だった。

 自分との決裂を恐れるあまり身の危険をも顧みない、このあまりにも一途でほかに
寄る辺もない少年の前で、これ以上、卑怯者にはなりたくない。





 眠るロロの額に滲んだ汗をタオルで拭い、ルルーシュは、今度こそベッドヘッドに置
かれた受話器を取り上げた。
 クラブハウス内に待機しているはずの咲世子と今後の施療方法を相談をするため、
内線番号を呼び出す指先はわずかに震えていたが……それでも、その動作に躊躇
を思わせるものは感じられなかった。





                                    TO BE CONTINUED...


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