もはや何度目になるかもわからない、強引な逐情へと追い上げられたロロの総身が、
次の瞬間、糸が切れるように寝台に沈んだ。
催淫剤によってしつこく体内に蟠っていた熱を、ようやく吐き出し切ったのだろう。完全
に意識を飛ばしてしまったロロの様相は、精も魂も尽き果てていた。
ようやっと眠りに落ちたロロの様子に安堵しながらも、自分の手で極限まで彼を疲弊
させたのだという事実がルルーシュの罪悪感を煽る。施療の為に必要な処置であると
承知の上での行為であっても、流した涙や汗に幼い容色を濡らした弟の姿はやはり、
必要だからの一言で打ち消すことのできない痛みをルルーシュに与えた。
「……ロロ」
それと承知で働いた無体を詫びればいいのか、それとも様々な拘束下で不自由を強
いられた身体でよく頑張ったと褒めてやればいいのか……名を呼んだそのあとに続け
るべき言葉を、束の間ルルーシュは迷った。そして同時に、意識のない弟にまずしてや
らなければならないことはそれなのかと、そんな自身の逡巡を一蹴する。
まずは、ロロ体を清め、着替えさせなければならない。そうしてひとまず彼を休める状
態にしてやってから、今度はこの部屋に濃厚に残された先刻までの「処置」の痕跡を、
後からやってくるであろう咲世子に訝しがられない程度に拭い去ってしまわなければな
らなかった。あくまでも使用人の立場で自分達に仕える咲世子が、仮にこの部屋で行
われた事の全てを見聞きしていたとしても、自分やロロに対してその態度を変える事な
どないだろうが、それでは不可抗力を強いられたロロが不憫だ。
介抱用に用意しておいた濡れタオルで全身を清めてから、備え置かれていた部屋着
に着替えさせる。自分のなすがままに全身を委ねきった痩身を再び寝台に横たえ、冷
やさないようにと薄掛けでくるんでやると、ルルーシュはようやく人心地ついたように大
きく息をついた。
ひとまずの身繕いを整えてやってから、あどけなさを残す幼い容色に、ところどころ乾
き始めて筋を残す涙の跡を丁寧に拭き取ってやる。そうやって直接ロロの肌に触れて
いると、既に絶頂の余韻も過ぎ去ったはずの体からは、不自然なほど温もりが伝わって
きた。
投与されたいま一つの薬物と、長時間強いられた荒淫によって、ロロが発熱している
ことは明らかだった。少しでもこの熱を下げなければロロの消耗が心配だったし、それ
にいったん眠らせたロロへの今後の措置を、咲世子と相談しなければならない。
疲弊しきったロロの負担になりはしないかと多少気を揉んだが、風邪をひかせるより
はと、薄掛けの上にもう一枚上掛けをかけてやる。その上で、この室内でなされた行為
の痕跡をいち早く拭い去れるよう、ルルーシュは空調を作動させた室内の「後始末」に
とりかかった。
とはいえ、長くこの部屋にいたことで室内にこもった臭気や熱気に慣れてしまったル
ルーシュには、これで完全に痕跡を消し去ったと断定できるきっかけが掴みにくい。
空調の換気機能を調整したり、「後始末」の際に出た廃棄物をひとまとめにごみ袋に
詰め込んで隠蔽を図ったり、これで大丈夫か、いやまだ不十分かと、合間合間にロロ
の様子をうかがいながら無表情の下で逡巡する時間は、おそらくは彼が体感している
よりも長いものだった。
自分一人では終息のきっかけが掴めない堂々巡りを、どれほどの時間繰り返したこ
とだろうか―――
「……っ…ん…」
「…っ」
規則正しい呼吸を繰り返す気配以外は、それまで置物のように身じろぎひとつ見せ
なかったロロが、喉の奥で何事かをうめくと、出し抜けに寝がえりをうった。その唐突な
動きに、虚を突かれたルルーシュの背筋が反射的に正される。
目を覚ましたのかと寝台に詰め寄りかけたが、見改めたロロは疲弊しきった態で、重
く瞼を閉ざしたままだ。
のみならず、「荒療治」により昏倒した直後よりも、その白い容色を苦悶に歪ませて
いる姿に、つられるようにルルーシュの眉間が寄った。
夢も見られないほどに深く眠れば、ロロを蝕む自白剤の責め句から少しは逃れられ
るかと、そう狙っての荒淫だったが……所詮は付け焼刃に過ぎなかったのか。
薬は厭だと泣いて訴えたロロの気持ちを思えば不憫だったが、深い眠りの底にまで
追及の手を伸ばしてくる薬物相手に、やはり手心を加える余地はなさそうだ。
一端ロロの側を離れると、先刻までのものとは希釈の割合を違えた中和剤を再び自
ら煽る。そのまま間髪いれずに合わせた唇を割ってロロの喉奥に流し込んでやれば、
反射的な動きか、意識のないロロが、苦鳴とともにむせ返った。
ロロの呼吸を確保するため慎重に様子を窺いながら、二度、三度と小分けに薬を飲
み下させる。ロロがむせ溢した薬をタオルで拭い、改めて身繕いを整えてやれば、もう
この室内でルルーシュに出来ることはなかった。
自白剤の効用が予想以上に根強いとなると、ロロの体力回復を待って、漫然と彼を
眠らせておくのは危険だった。元々が欠陥を抱えたロロの心臓は、時間をおくことで中
毒症状からの自然治癒を図れるほど頑強ではない。
ここから先は、咲世子の領域だ。身内としての情に負け、ぐずぐずと素人療法を続け
れば、取り返しのつかない事態を招きかねない。
何かあればすぐに連絡が取れるようにと、あらかじめベッドヘッドに移動させておいた
電話の受話器に手をかける。そのまま、咲世子の控える部屋に繋がる内線番号を呼
びだそうとして……束の間、ルルーシュは逡巡した。
「……ロロ…」
この少年の華奢な痩身を。堅い蕾が、花開くように徐々に綻び形成されていった稚
い気性を。共に暮らしたこの一年余り、自分はこの耳目で見聞してきた。与えられた
記憶に支配されていた間でさえ、その見識は自分の中に蓄積し続けた。
記憶を取り戻し、ロロが高度に実地的な訓練を受けた暗殺者である事を知らされて
尚、結局は、自分の中で形を違えることのなかったロロ・ランペルージという人間の心
証。無害で大人しいばかりの弟像を演じていた当時も、裏社会に身を置く人間のもつ
暗部を自分の前でさらけ出してからも、ロロは、自分に対していつでも従順で一途だっ
た。
―――なぜそこまでと、いまだに考えることがある。
望む未来を与えると、約束はした。そのために必要ならばこの先もお前の兄でいる
と、そう口にもした。
だが、それはいわば、互いの利害の一致を見た上での契約であり、手を結んだ自
分達の関係は、同じ目的を抱いた共犯者以外の何物でもなかったはずだ。
少なくとも……ロロが自らの正体を明かした、あの当初は。
その後、自分達を取り巻く環境のめまぐるしい変化に煽られるように、一端築かれ
た相関もまた、日を追うごとに形を変えていった。それが必要なのだと互いに納得の
上で、それぞれに受け入れた変化なのだからそれは構わない。
ただの共犯者としての相関を超えて、ロロの存在を先に求めたのは自分だ。それに
応えたロロにも自分に手を伸ばすだけの理由があったのならば、きっと世間が共依存
とでも呼び表すのであろうこの相関の是非など、どうでもいいことだと思う。
ナナリーとの決別を余儀なくされたあの日、抜け殻のようだった自分に、それでも
掛け値のない厚意を示してくれたロロの手を、自分はもう離すことができなかった。
自分にも、ロロにも、互いに執着するものがある間は、このまま互いに依存してしま
いたいという誘惑を打ち消せない。それぞれに精神の安寧を得て、きっと理想的な距
離を図れるようになるのであろう互いからの自立の時を、できることならば迎えたくな
いと思ってしまうほどに。
だが……
だが、それはけして、自分に対する盲目的な従順を求めたがための、望みではなかっ
たはずだった。
そばにいてほしいと思う。自分の絶望を溶かし癒してくれたあの温かな差し伸べ手
を、この先も変わらず自分に向けていてほしいとは思う。
それでも……それこそ自らの命を危うくしてまで、忘我の献身を自分に捧げてほしい
など、一度でも自分は望みはしなかった。
なぜそこまで―――この華奢な少年は、自らを擲ってしまうのか。
「……なあ、ロロ…」
答えが返らないことを承知していながら、それでも喉奥からこぼれ出てしまった独白
のような呼ばわりは、ルルーシュの弱気の具現か。
眠り続けるロロの幼い容色を気詰まりそうに眺めながら、ルルーシュは、居た堪れ
ないといった風情で、続く言葉を口にした。
「……どうして…そこまでしてくれるんだ…?」
一度は手駒として使い捨てようとした自分の為に。
ナナリーの身代わりを求めただけなのかもしれない、こんな自分の為に。
これほどにまっすぐに示された、あまりにも深い厚意に……きっと自分はこの先も、
報いきることなどできないのに。
少年の寝顔を眺めながら、一方通行の自問に浸っていた時間は、果してどれ程のも
のだったのか。
そろそろ咲世子を呼んでロロの容体を診せなければと、そんな事が意識の片隅を過
り始めたころ、寝台に横たわるロロがかすかな呻きとともに、身じろいだ。
「…っ」
「ロロ?」
今度こそ目覚めかけているのかと、ルルーシュが覆いかぶさるようにロロの容色を覗
き込む。だが、閉ざされた瞼はかすかに震えるばかりで、それ以上の動きを見せなかっ
た。
だが……
「………だ…て…」
意味をなさない呻きとは色合いを違えた声が、僅かにロロの喉奥を震わせる。
ロロが目を覚ましていないことは明らかで、ならばこれは何を意味するものなのかと、
まだ何事かを形作ろうとしている少年の口元を、ルルーシュは固唾を飲むようにして
凝視した。
「ロロ?」
「…だ…て……そう…しな…と」
呼吸に紛れてしまいそうなほどにかすかな声は、ややもすれば聞き逃してしまいそう
なほどに不明瞭だった。きっと意味のある訴えなのだろうその言葉を聞き洩らすまいと、
震える少年の口元にルルーシュが耳を寄せる。
そして……
「……っ」
次の瞬間―――耳朶に届いた微かな声に、ロロに覆いかぶさった不自由な体制のま
ま、ルルーシュは瞠目した。
TO
BE CONTINUED...
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