castling4




 とっさにかける言葉を持てずに押し黙ったルルーシュを前に、ロロの呼吸が次第に荒
くなっていく。



 隠しようもなく紅潮したその容色や、熱に浮かされたかのように潤みを帯びた双眸は
平時の彼のものとはあからさまにかけ離れており……ロロの体が、欲情していることは
ルルーシュの目にも明らかだった。


 ロロの言に記憶の混乱による齟齬がなければ、ロロを拘束した情報局員達は、彼に
二種類の投薬を施していたらしい。そのうちの一つが、これまでも彼を苦しめ続けてき
た件の自白剤であり、彼が保険代わりと罵った、もう一つの薬の効果が、今になって
具現してきたということなのか。

 発症のタイミングとロロの容体から鑑みて……それが、おそらくは遅行性の催淫剤の
類であることは想像に難くなかった。


 元来戦闘員としての訓練を受けているロロは、機密保持者の心得として、拷問や尋
問への対処を当然組織から学んできたはずだ。そんなロロを警戒したかつての「同僚」
が、二重三重の保険をかけようと考えるのは自然の成り行きであったかもしれない。

 自白剤に抵抗するには、けして薬の誘惑に引きずられない強固な意志の力が必要
だった。その防御壁を突き崩しにかかるなら、暴力などに訴えるよりも、対象者の意識
を攪乱させてしまう方が余程効果的だろう。


 「任務」に対しての忠実さ、情の強さを身をもって知っていたからこそ、彼らはこんなや
りようでロロを陥落させようとしたのだ。
 そうまでされても自分を守り抜いたロロの決死の思いが、愛しさを覚える以上に、不
憫で痛ましい。



 ともすれば後ろ暗い物思いへと陥りそうになる自らに、そんな場合ではないのだと、
一つ頭を振って喝を入れる。このまま手をこまねいていて、事態が好転するはずがな
いのだ。


 とにかく、そういう状況ならば、拘束を受け続けるほどもどかしく苦しい事はないだろ
う。後の処置はどうあれ、今度こそその腕の戒めを解いてやろうと、ルルーシュはロロ
に向かって手を伸ばした。

 だが……寝台の少年から帰ってきたのは、先刻よりも激しい拒絶の叫びだった。


 「…だめ…っ離れて兄さん!」
 「……ロロ…?」

 ロロの体力にもう少し余力があれば、ルルーシュは再び床の上に突き倒されていた
かもしれない。それほどに、切迫した拒絶だった。
 思わずその手を引き戻したルルーシュに向かい、困惑しきったようにその顔を歪ま
せたロロが、離れてくれと繰り返す。



 「……っにい、さん……っおねが…離れて……っ」
 「ロロ、なにも心配しなくていいから…」
 「離れてっ!」


 それでもロロを落ち着かせようと、一歩の距離を下がって声をかけたルルーシュに、
血を吐くような叫びが叩きつけられる。その語勢に続く言葉を飲み込んでしまったル
ルーシュの前で、自らを庇うかのようにその身を丸めながら、ロロが総身を小刻みに
震わせていた。


 「……ロロ?」
 「お願いだから…離れてて…っ……このままじゃ僕……兄さん、に……っ」
 「…っ」

 それまで、ようやくという様相で途切れ途切れに言葉を繋いでいたロロの眉宇が、
きつく眇められる。時を同じくして、その双眸から溢れ出し、とどめ切れずに震える
頬を伝い落ちたものがあった。

 「……もう…自分で、どうにも…できないんだ…お願い…離れてて…っ…部屋…
  出てて…っ」
 「ロロ…」
 「だい…大丈夫、だから…このままで……自分で…ちゃんと……」
 「でもそれじゃお前…」
 「いいから!大丈夫だから!……今…・解かれたら…我慢できな…っ」


 自分で始末をつけるから、と言外に訴えるロロがどれほどの羞恥に耐えているの
かを承知の上で、それでも同性としてその辛さを知るからこそ、思わず食い下がって
しまう。
 事が事であるだけに、語尾を濁らせてしまったルルーシュの水向けの言葉に、ロ
ロの切迫した叫びが重なった。



 つまりは、解放されたが最後、薬による衝動を抑えきれなくなったロロの「捌け口」
が、そのまま自分に向けられるということなのだろう。自身の衝動を制御できないこ
とへの居た堪れなさからか、ルルーシュに向けられていた潤んだ双眸が、次の瞬間
ふいと逸らされた。


 「……ロロ…」



 本音の部分を曝け出してしまえば……それでロロが、彼を苛む薬物の、少なくとも
片割れからは解放されるというのなら、それでも構わないと、この時ルルーシュは
思っていた。
 そもそもが、すでに体の関係を持ってしまった間柄だ。それも、血を分けた実妹と
の決裂で軽度の睡眠障害を起こしかけていた自分を眠らせるために、ロロが手を差
し出してくれたことがその始まりだった。

 元々がそんな風に結んでしまった関係なのだ。今更行為そのものを、神格視する
わけでもない。あの時の自分と同じように、それを体が必要としているなら、そのまま
自分にぶつけてしまえばいいのだ。その程度の衝動を、受け止めきれないほど自分
が不甲斐ないとは思わない。


 「……俺なら…構わないから」

 だから自分を抑える必要はないと―――そう、ロロを促すことは、予想していた以
上のいた堪れなさをルルーシュに味わわせた。自ら水向けした以上はその経緯に
まで責任を負わねばならず、かつてそれを背負いきったロロの覚悟の程に、今更
のように感嘆させられる。
 自分が動揺を見せれば、それは鏡のようにロロに跳ね返るだけだった。そう自ら
に言い聞かせることと、弟が凌ぎ切ったものに自分が囚われてたまるものかという
年長者としての矜持が、ギリギリのところでルルーシュに平静を装わせる。


 だが……ようやくのことで喉奥から絞り出された水向けの言葉に、間髪入れず返
されたのは、激しい拒絶の叫びだった。


 「っ駄目だよ!お願い離れて!!」
 「…っ」
 「ち、がうから…あの時…とは…ほんとに…自分で、なにするか……もう…っ」
 「ロロ、だからお前が楽になるなら、俺は……」
 「ちが……駄目…ぁああ話しかけないで!!」


 上がる息の下から、それでも懸命に制止の言葉を繰り返していたロロの懇願が、
突然上がったそれまでとは語勢の異なる叫びに遮られる。
 何事かと双眸を見開いたルルーシュの前で、ロロの喉奥から、再び激しい叫び
が吐き出された。


 「ロロ!」
 「やめて!話しかけないで!!…ぁ…頭…おかしくなる…っ!!」


 行動範囲の限られた寝台の上で、それでもルルーシュから少しでも逃れようとす
るかのように、両腕を拘束されたままの体が激しくもんどりを打つ。その勢いに寝
台から転げ落ちそうになった体をとっさに支えれば、総身を突っ張らせるようにして
ロロが悲鳴を上げた。


 自分に手を出しかねない、この状況を危惧した自制にしては、向けられた拒絶が
あまりにも激しすぎる。
 ではいったい何が―――そう自問しかけて、ルルーシュは、こうしている間にも
ロロを責めさいなんでいるもう一つの薬物の後遺症に、ようやく思い至った。


 「……ロロ」


 今のロロには、恐らくは、誰が何を言っても、地下室での尋問の続きのように聞こ
えてしまうのだろう。
 失神し、眠りの中に逃げ込んでも対象者を逃すことなく追い詰める、中毒性の高
い自白剤。その後遺は、あれからそれなりの時間が経った今になってもなお、鎮
静の気配すら見せることなくロロの精神を苛んでいた。


 ただでさえ、心臓に欠陥を抱えた体だ。与えられた二つの薬の後遺にこれ以上
苦しませれば、本当にその命にまで係わってくる。
 ―――躊躇っていられる時間など、もはやなかった。



 一端寝台から離れ、ルルーシュは机の上に置かれたままになっていた容器の一
つを手に取った。ロロの処置を引き受けた際に、件の気付け薬と共に咲世子から
託されたものだ。
 少しずつ薬を抜くために、順を追って与えるようにと指示を受けているそれを手に、
自白剤の副作用に総身を震わせているロロのもとへと取って返す。

 そして―――自分から逃れようとするかのように背を向けた細身の体を、有無を
言わせぬ力でルルーシュはその腕に抱き起こした。

 「…ぁああ…っ…放し…っ触るな…ぁ…っ!」

 激しく首を打ち振って腕の中から逃れようとするロロの抵抗を抑え込み、自ら煽っ
た容器の中身を、間髪入れずに重ねた唇を押し開くようにしてその口内に流し込
む。そのまま深く口付けることで、抵抗を許さず含ませたものを強引に嚥下させると、
ようやく解放され束の間脱力したロロへと、ルルーシュは改めて向き直った。



 「……ロロ…」


 かつて、失意のどん底にまで叩き落された自分の為に、この少年が差し出してくれ
た厚意の手を思い出す。それがどれほどの勇気と共に成された差し出し手であった
のか、立場を違えた今、ルルーシュは我が身を以て思い知らされていた。

 それまで築き上げてきた、相関を自らの手で壊そうとすることへの躊躇いもあった
だろう。自分の拒絶に対する、怖れもあっただろう。
 それでも……敢えて互いの相関を変えるための一歩を彼が踏み出してくれたから
こそ、自分達はこうして、今でも命運を共有していられる。

 ならば……今度は自分が、自らの背を押さなければならない。この手を伸ばし、彼
をこの苦しみから解放してやるため勇気を、自らに課さなければならなかった。
 ここで、自分が躊躇いを見せれば、ロロをなおさら追い詰めるだけだ。



 それまで、ほかの優先事項によって後回しにされ、制服の上着を脱がせただけで着
替えもさせていなかったロロの着衣に、明確な意図を以て手をかける。瞬時にそれと
察して総身を強張らせたロロの衝動を、敢えてルルーシュは黙殺した。



 「……目、閉じてろ」
 「…っひ…ぃ…っ」
 「楽にしてやる……何も考えるな」


 反射的に総身をはね上げ、喉奥から悲鳴を漏らしたロロの拒絶に取り合わず、伸ば
した指を既に兆しきった性の証に絡ませる。自由の効かない体からの抵抗を抑え込み
ながら、そのまま意図した手の動きを速めると、反らされた喉から堪え切れなかった嬌
声が放たれた。


 「ぁや…っ…に…さん…やめ…っ」
 「薬のせいだ、何も考えなくていい。全部吐き出してしまえ」
 「…は…ぁ…っダメ…っ…ダメ、だよにいさ…ぁああ…っ」


 最後の自制で振り絞ったのであろう制止の叫びは、しかし、その最後までは言葉
にならなかった。悲鳴のような喘ぎが上がったのと時を同じくして、限界を悟って煽
り上げたルルーシュの手の中に、呆気なくロロが逐情する。
 一瞬の硬直の後に、力なく寝台に沈みこんだその幼い容色を、閉ざされた瞼を押
し上げて溢れ出したものが伝い落ちていった。



 なかなか治まらない逐情の余韻に、荒く胸を弾ませるロロの額に張り付いた前髪
を空いた手でかきあげてやりながら、これで人心地つかせてやれるかと、ルルーシュ
も内心で胸を撫で下ろす。
 だが……一端はその衝動を治めたかに見えた性の証は、双方の期待を裏切り、
程無くして再びその芯を持ち始めた。

 それと気づき、途方に暮れたように顔を歪めたロロを前に、自分こそ持て余した動
揺を吐き出してしまいたくなったが……自分が行為を仕掛けたのだと言う自意識に
しがみつくようにして、ルルーシュは、こぼれかけた嘆息を辛うじて喉奥で飲み込ん
だ。

 とにかく、このままの状態でロロを放り出すわけにはいかない。ここまで来たら、ど
れほど拒絶されようが、ロロの体から薬が抜けるまで、強引に事を推し進めるしかな
かった。

 意を決したように、再び手にしたものを刺激すれば、今度は聞き違えようがないほ
どはっきりとした嗚咽が反らされた喉奥から押し出される。
 離してくれと、泣きながら繰り返すロロの幼い容色に、ルルーシュの胸もやり過ご
せない痛みを覚えたが―――今更、その手を引くことはできなかった。


 「……ロロ」

 嗚咽する幼い容色に顔を近づけて、その耳元で名前を呼べば、それだけでロロの
総身が跳ね上がる。そんな弟の衝動を宥めるように頬を濡らすものを拭ってやりな
がら、ルルーシュは彼が正常な判断能力を残していないことを承知の上で、囁くよう
に自らの所業を詫びた。

 「お前を苦しめたくはない。それでも、お前を失ってしまうのはもっと嫌だ。だから……」

 許してくれ―――



 続けられた言葉と共に、絡めた指の動きに力を込める。
 程なくして……嗚咽交じりの喘ぎが上がり、ロロはルルーシュの手の中に、二度目
の欲を放った。



                                   TO BE CONTINUED...


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