castling14










 ―――お前はきっと、このまま世界を閉ざしてしまう



 自身の内面と向き合い、気持ちの折り合いをつける為に、戸惑い躊躇いしながら
ようやくの思いでルルーシュが口にした言葉の意味を―――虚を突かれた様子で
こちらを見つめるばかりのロロは、ルルーシュが望む形には受け取りあぐねている
ようだった。

 ルルーシュの真意を察していながら、そこから目を背けていたいがための、計算
された困惑顔ではない。ロロは、今己に求められている事を、純粋に理解できてい
ないのだ。
 彼が盲目的に愛情を求める「兄」として、彼をそうやって、自分にばかり依存させ
るように仕向けてきた元凶として……その程度の心の動きは、あれこれ思案するま
でもなく酌み取ってやりたいと思う。

 そもそもが、一言二言の説得で、容易く解けるようなわだかまりではないのだと、
改めて自らに言い聞かせる。そうして長丁場への覚悟を再認識しながら、ルルー
シュは、自分の言葉を待つ少年を前に居住まいを正した。



 「ロロ……お前にとって、お前が俺の世界の全てじゃないという事は……耐えら
  れない程に、辛いことか?」
 「……っ」
 「お前とたった二人で、この先の時間を生きていくことはできない。お互いの事だ
  けしか目に入らずに、他の人間に一切興味を持たずに生きていけば、自分達
  の手で先細らせてしまった世界に巻き込まれて、俺達はいつか、共倒れにな
  る。……そんな風にして、俺はお前との関係を破綻させたくないんだ」

 解ってくれないか?―――続けられた言葉に、理性では押し殺しきれなかった感
傷の色がよぎった。


 「なあロロ……俺達がこうして水面下で活動して、この戦いを勝ち抜くために支え
  合っている内は、これでいいかもしれない。どこに敵が潜んでいるのか、どこま
  でが組織の味方だと言えるのか……そんな風にいつでも周囲を警戒していな
  ければならない時に、この相手だけは絶対に自分を裏切らないと思える存在が
  側にいる事は、これ以上ないほどの支えになる。お前が側にいることで、どれ
  ほどの安心を貰えているか解らない」
 「……兄さん」
 「だけど……そこから先はどうだ?黒の騎士団として掲げた目的の全てを果たし
  終えた時……その後は、どうなんだ?せっかく勝ち取った未来なのに、お前は
  お前の世界を……俺達の世界を、閉ざしていってしまうのか?」


 それは、監視者としての正体を自ら明らかにしたこの少年と、新たな関係を作り
なおして以来、ルルーシュの中で常に燻り続けていた思いだった。

 どう考えても建設的であるとは思えない、お互いに依存しあった関係の先に、ロ
ロが求めているものは何なのか……そうして互いの姿だけを求めて生きていく事が、
本当に、ロロが望む自分達の「未来」なのか……

 
 本当は、そんな関係を仕向けて依存のきっかけを与え続けた自分こそが、もっと
早くに向き合わなければならない問題だった。互いに寄りかかり合う関係の心地
好さに目を瞑り、究明する事から逃げ出した自分の弱気に、自分は、今こそ責任を
取らなければならない。

 だからこそ……それが自分に依存するロロの思いをどれほど傷つけるのかを承
知の上で、ルルーシュは、続く言葉を飲み込まなかった。




 「お前の欲しがっていた「未来」は……本当に、こんな形をしているのか?ロロ」



 ギアスによる記憶の改竄から解放された自分と、そんな自分の変化をいち早く察
して監視者としての行動を起こしたロロ。お互いがようやく素のままの姿で向き合
うことになった当初……それは、互いの利害を一致させる為に交わされた、ひどく
うそ寒い約束だった。

 お前に「未来」を作ってやろうと、そう口にした当初の自分は、放置しておけば明
らかに自分の害となるこの少年を、とにかく抱き込んでしまいたい一心だった。
 相手の弱みを探るにも、情に付け込んで籠絡するにも、とにかく時間が足りなく
て……その場凌ぎでもなんでもしてこの銃口から逃れようと、形振り構わずに取
り付けた口約束。その時は、ロロもまた、自分の出方を探るために、敢えてこちら
の口車に乗ったのだと思っていた。

 だが……急場を凌ぐためとはいえ、一刻を争う事態だったとはいえ、自分はもっ
と、自分の持ちかけた約束の重さを、当初から認識しておくべきではなかっただ
ろうか。


 監視者としての自分、機密情報部の使い勝手のいい手駒としての自分に、その
存在意義の全てを求めていたロロ。他に生きる世界を、思いを傾ける存在を、彼は
きっと、それまでずっと知ることなく生きてきた。

 そういった意味では、ロロは、生まれたばかりの赤ん坊と同じだったのだ。
 子供は、物心つくまではものの善悪の判断も出来ず、成長に合わせて周囲の
人間と関わり合っていくことで、次第に倫理観や、独自の価値観を育てていく。い
わゆる一般的な家庭に生まれ育った存在であれば、両親の手を借りて段階を踏
んでいくそれらの過程が、裏社会で特殊な教育を施されてきたロロの半生からは、
完全に欠落していた。


 お互いの存在を認め合い、その上で依存しあった以上―――世の家庭のよう
に、自分が彼に対して、ものの道理の何もかもを教え導く、親代わりを担うべきだっ
たとは、今でも思わない。赤の他人として全く接点を持たないまま、互いに十有
余年を別々の世界に暮らしてきた相手に対して、それはあまりに現実味のない
仮定話だ。

 第一、自分よりもよほど過酷な裏社会で生き抜いてきたロロに対して、その半
生で培ってきた「生きる為の術」を、彼ではない自分が容易く否定していいはず
がない。そんな風に自らを否定される事が、どれほど相手の心を抉る傷となるか、
自分はかつて、我が身を以て思い知らされたはずだった。


 『お前の存在そのものが、間違っていたんだ!』

 未だに拭いきれないしこりを残しながら、それでも、自分を否定した旧友にもそ
れを口にせざるを得ない葛藤があったのだろうと、今なら思える。だが、だからと
言ってあの日味わわされた痛みを、自分の心が忘れた訳ではなかった。

 だからこそ……



 親ではない自分に、ロロの存在すべてを懐にしまいこんで、その言動の逐一を
管理し、教え導いてやることなどできない。それでも、彼と対等な存在として向き
合い、彼が自滅の道を選ぶのを留める事はできた。

 自分の生きる世界だとて、外部から見れば、褒められたようなものではけして
ないが―――「こちら側」の倫理観や良識に、彼がすんなり順応してくれればい
いとは思う。できるなら、この先の未来に支障をきたしかねない、彼の馴染んだ
「あちら側」の諸々を、早く忘れてくれればいい、とも。
 それでも、その為に彼の半生を否定すれば、自分は、自分が忍んだあの日の
痛みを、そのままロロに転嫁する事になる。



 だから……自分とまったく異なる倫理の中に生きてきたこの少年に、お前の生
き様は間違っていたのだ、とは言いたくなかった。



 「……なあロロ……俺は、そんな未来を、お前と迎えたくないんだ。自分達の手
  で少しずつ、自分達の世界を壊していくような……そんな未来を見る為に、俺
  はお前に、あの時縋った訳じゃない」
 「……兄さん、でも……」
 「俺は欲が深いか?身の丈に合わない望みを、俺は求め過ぎているか?……
  それでも俺は……俺は、未来を諦めたくない」


 かつては自分の監視者に過ぎなかったロロと、互いを支えに、共に勝ち得る、こ
の世界への反逆を果たした未来。
 今はその歩みを分かってしまった妹が、今でも単身目指し続ける、優しい世界。

 両極に位置しているようにも思える二つの未来は、目指す者の歩み次第で、そ
れを一つに結び付けることも可能であるはずだった。
 その為には……


 「俺は……お前の事も、ナナリーの事も、諦めたくはないんだ」
 「……っ」
 「戦い抜いて、この反逆がやっと終局を迎えた時……たどり着いた未来を前に、
  この未来の為に戦い抜いてよかったと……俺は、お前と一緒に、そう思いた
  いんだ、ロロ」


 その為には―――この少年の理解が、どうしても自分には必要だ。
 今、眼前で所在なさそうに震えているこの少年が、自分の言葉に理解を示して
くれなくても……自分に疎まれまいと、表向き納得した振りをして、その内で自ら
の思いを殺してしまっても……自分の望みは、叶わない。


 自分の望む未来を勝ち得る為には、今、ロロの本心からの理解を得なければな
らないのだと……ルルーシュは、胸の奥底で警鐘を鳴らす確信めいた危惧を、こ
の時、確かに感じていた。






                                   TO BE CONTINUED...


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