accomplice




 イケブクロの駅ビルを拠点として発生したテロ騒動は、その仕掛け人となった男の真意
が発覚したことで、ひとまずの落着を見せた。


 ギアスの拘束を無効化する能力を有した、ジェレミアという男の存在は、今後ギアス
という能力そのものと向き合っていかなければならないルルーシュにとって、大きな転
機となり得た。黒の騎士団の組織力への梃入れが期待できる彼の戦力加入は、その
隠されていた為人も手伝って、非常に望ましいことのようにルルーシュには思えていた。


 だが……揚々たる出会いと引き合いでもしたかのように、一つの別れもまた、ルルー
シュの元へと訪れる。
 シャーリー・フェネット……アッシュフォード学園に通う女生徒であり、ルルーシュと同
じく学園生徒会に籍を置いていた彼女は、テロ騒動の只中にルルーシュを案じてその
現場に急行し―――そして、命を落とした。


 ルルーシュの出自も、その暗躍の目的も知らなかった部外者の彼女を、手にかけた
のは……公には実弟として扱われている、彼のかつての監視者だった。







 控え目なノックの音が、部屋の主に来室と入室の意志を告げる。
 三度に渡るノックは全て不首尾に終わり、来室者―――ロロ・ランぺルージは、扉の
前で大きく息をついた。


 部屋の主である、ルルーシュの在室は始めから確認している。常であれば、誰何の
問答など省略しても咎められないような間柄ではあったが……今夜ばかりは、平時の
ように相手の返事も待たず、室内に顔をのぞかせるだけの勇気が、ロロにはなかった。


 事の起こりは、今日の夕刻。
 当初、嚮団からの刺客と思われていたジェレミアがルルーシュの傘下に下ったことで、
ルルーシュを巡る環境に、大きな変化が訪れた。
 その上で、彼はイケブクロで合流するなり、自分に告げたのだ。ギアス嚮団を潰す、
と。


 その言葉はあまりにも唐突であり、結果として頷かざるを得なくなったロロの中に、拭
いがたいしこりを残した。
 ルルーシュの意向であれば、従う覚悟はある。それが、自分の育った「古巣」であろ
うとも、躊躇いを覚えはしても、彼の決定事項に否やを唱えようとは思えない。
 だが……それは、事前に納得できるだけの理由を説明された場合だった。先刻のよ
うに、何の前情報も与えられず、出し抜けに決定事項だけを伝えられても、心底納得の
上で従うことはできなかった。

 自分達の未来の幸せの為と、ルルーシュは言ったが……口先だけは耳に心地よく
囁かれたその言葉の裏に、含むものを感じずにはいられない。

 こんな半端な精神状態では、ただでさえ心臓に負担をかけると承知の上で、「敵地」
で己のギアスをあやつり、ナイトメア戦を繰り広げることなどできなかった。
 従うと決めたからには、己自身の足を引っ張る事になる余計な物思いは、すべて払拭
しておきたい―――それ故に、後もう一度ルルーシュと話してその意向を再確認しよう
と、ロロは先刻から、閉ざされたままの彼の部屋の前に佇んでいた。



 室内からは、相変わらず何の反応も返ってこない。常らしからぬ門前払いは、ただで
さえその胸の内を測りあぐねているロロの内に、わだかまる溜飲を重くした。

 とにかく、ルルーシュに会わなければ。会って彼と話をしなければ、自分は明日、戦
えない。
 戦力として認められた自分の不調は、組織の頭角にいる兄にとっても痛手になる筈
だと自らに言い聞かせ……通算五度目のノックが空振りに終わったのを契機に、ロロは
自分と兄とを隔てる扉に、及び腰に手をかけた。
 あれほどの無反応を貫きながら―――扉には、施錠がされていなかった。







 躊躇いがちに開かれた扉の向こうは、窓を通して差し込んでくる外からの明かり以外
に、一切の光源がない薄闇だった。

 眠っていたのかと、一度は扉の向こうに踵を返しかけ……しかし、漏れ入る明かりに
ぼんやりと照らされた窓際のソファーに、彼が腰をおろしていることに気づく。
 少なくとも起きてはいたのだと気を取り直し、ロロは逆光でこちらからは表情の読めな
い室内の兄に向って、遠慮がちに声をかけた。


 「……兄さん?…疲れてるとこごめんなさい。話があるんだけど…今、いい?」


 及び腰の呼びかけに、ソファーに腰掛けた人影が僅かな反応を示す。数瞬の沈黙の
後、彼はゆらりと立ち上がると、短く入れ、と促した。

 そっけない承諾の言葉に幾分二の足を踏みながらも、それでも言質は取れたのだか
らと室内に足を踏み入れる。相手の目を見ずに話せる話題でもないと考え、電気をつけ
ていいかと重ねて聞いたが、今度は答えは返らなかった。
 それでもと、敢えて自身の欲求を優先させる。否とも返事をしなかったのだからと自分
に言い訳しつつ、ロロは重ねて念を押しながら室内の明かりをつけた。


 「……ごめんなさい。どうしても、確認しておきたい事があって……っ」

 そして――――
 振りかえりしな、窓際に佇む兄と視線を合せ……ロロは、思わず続く言葉を失った。



 「……にい、さん?」

 向き合う体制となったルルーシュの容色は、その表面上だけは穏やかでこれといっ
た感情の起伏を感じさせない。それでも、ある意味感情豊かであるともいえるその双
眸だけが、不自然なまでに情動の色を気取らせなかった。
 それは、例えるならば、自分が機密情報局からのスパイである事を看破した瞬間に
彼が初めて見せた、他人として―――敵としての表情だった。

 「……話というのは何だ?」


 久方ぶりに目の当たりにしたルルーシュの側面に、我知らず一歩後じさったロロに
向い、抑揚にかける声音が来訪の目的を促す。思わずこのまま立ち去りたい衝動に
駆られたが、それでは当初の目的が果たせないと思い直し、ロロはルルーシュに気
取らせないように、密かに固唾を呑んだ。


 「あ、の……夕方話してた、嚮団殲滅の事なんだけど……」
 「ああ。それで?」
 「一度話したと思うけど……嚮団には、非戦闘員が結構いるんだ。むしろ、戦闘要
  員の方が少ないくらい。ギアスユーザーには小さな子供も多くて……ううん、それ
  は後々障害になるって解ってるから、兄さんがやれって言うならそうするけど……
  でも、子供も含めたそういう戦力外の存在を、敢えて皆殺しにする必要があるのか
  なって……」
 「ロロ」

 慎重に言葉を選びながら続けられた問いかけは、ロロに向けられたルルーシュの一
瞥で封じられる。短く名を呼ばれただけで背筋を冷たいものが伝い落ち、ロロは慌て
てかぶりを振った。

 「あの、もちろん!……反対する訳じゃ、ないんだ。あの時、僕も兄さんに従うって
  言ったんだし、今になってできないなんて言わない。……ただ、その……納得で
  きる理由っていうか……そうするべきなんだって言う、後押しが欲しいって言うか
  ……」


 それきり、言葉を探しあぐねて黙りこんでしまったロロの姿を、ルルーシュは頭の先
から爪先まで眺めやった。
 それきり、相手の出方を待つには長すぎる沈黙が、室内の空気に思い帳を下ろす。

 あたりを支配する緊張に、先に耐えきれなくなったのは、仕掛け側であるロロの方
だった。


 「……ごめん。今更だよね、それこそ。……疲れている時に、変なこと言ってごめん
  なさい。もう言わない。作戦が始まったら、もう余計なことは考えないから……」


 ここで引き下がってはなにも解らないままだと、胸の奥底から自らを戒める声が
する。それでも、こんな状態のルルーシュとこれ以上向き合うことは、今のロロには
耐えられなかった。


 もう一度、ごめんと繰り返すと、退室の意志を示すように一歩の距離を引きさがる。
 だが……そんなロロを引きとめたのは、ルルーシュの、思いもかけない一言だっ
た。



 「……納得できる、理由か」
 「……兄さん?」
 「それがあれば……お前は、迷うことなく任務を遂行できるのか?」


 言いながら、ゆったりとした足取りで、ルルーシュがロロへと近づいてくる。反射的
に身を竦ませたロロに向って、ルルーシュはその口元だけで笑って見せた。


 「そうだな……理由は、大切だな。それがあるとないとでは、任務遂行の士気も
  大きく違ってくる」
 「兄さん、あの……」
 「ロロ、それなら俺も、お前に聞いておきたいんだがな……」


 一歩一歩、互いの距離をゆっくりと縮めながら、語調だけは平静を保ったまま、ル
ルーシュがロロを威圧する。つられて後じさり、部屋の入り口付近前押し戻されたロ
ロの眼前までいつしか迫っていた彼は、自分よりも視点の低い双眸を覗きこみなが
ら、続く言葉を口にした。


 「俺にも……教えてくれないか」
 「…っ」
 「お前がシャーリーを殺した……納得できるだけの理由を」


 言うが早いか、自らの言葉に突き動かされたかのように、前触れもなく伸ばされた
両手がロロの襟首をつかみ寄せた。
 咄嗟に逃れようとしたロロの抵抗を許すことなく、互いの息がかかるほどに顔を近
づけた体勢から、ルルーシュが恫喝する。


 「……にいさ……だって…あの時は…っ」
 「ああそうだな、確かにお前は、俺の秘密を守った。……だがな…あんな理由で、
  納得できるはずがないだろう!」

 あの時は自分を労ったのではなかったのかと、そう続けようとしたロロの機先を制し、
初めてその情動を顕わにした様相でルルーシュは声を荒げた。咄嗟に何度も首を
振って他意を否定する様子が気に障ったのか、その体を掴み寄せる腕に更に力を
込める。

 「言え!何故シャーリーを殺した!!」
 「…っ」

 叫びと同時に掴まれた襟首ごと激しく体を揺さぶられ、ロロの喉奥から堪え切れ
なかった苦鳴が漏れた。
 このままでは本気でくびり殺されかねないと……初めて目の当りにしたルルーシュ
の激情に、その幼い容色が青ざめる。



 「…っ…シャーリーは……記憶が戻ってて…それで、銃を手に…兄さんを……っ」
 「嘘だ!」

 襟首を絞め上げられた息苦しさの下から、それでも日中兄に告げた、同じ言葉を繰り
返す。それは必ずしも真実のみを物語ったものではない、語り手に都合のいい解釈に
裏打ちされた詭弁だったが、一度そのように状況説明がなされた以上、後出しに言葉
を重ねてその信憑性を失うわけにはいかなかった。

 だが……記憶に残るのと同じ言葉をなぞってみせたロロに対して、ルルーシュは激し
く反駁した。

 「俺はシャーリーと直接話をしたんだ!…彼女の記憶が戻っていたのは俺も知ってい
  る。それでもあの状況で、シャーリーが俺を殺そうと俺を追っていたはずがない!
  俺の身を守るために、お前が手を出す必要なんてなかったはずだ!!」
 「…っ」
 「何故殺した!危害を加える相手でもないシャーりーを、何故お前がわざわざ殺した
  んだ!」

 互いの身長差から、つま先立ちの体勢でルルーシュに引きずり上げられる形となり、
自身の体重が負荷となってロロの呼吸を圧迫する。その腕に手をかけてどれほど抗お
うとしても、ルルーシュの拘束を解くことはできなかった。



 これ以上は―――言葉を重ねて、兄の追及をかわすことはできない。
 せめて向けられた視線から逃れようと、眼前のルルーシュから懸命に顔を背けなが
ら……震える声で、ロロは告解した。


 「…っナナリーの…事を…」
 「……っ」
 「ナナリーを…兄さんの側に戻したいって……」


 刹那――――室内の空気が、水を打ったように静まり返った。

 襟首を絞めあげてくる手から不意に力が抜け……弾かれたように顔を上げたロロの
視線の先で、どこか茫然とした様相で、ルルーシュが立ち竦んでいた。
 息詰まるような静寂と緊張を、互いに共有していたのは、果してどれ程の時間であっ
たのか。

 衝動に見開かれたルルーシュの双眸に、ややしてそれまでとは別種の情動が揺ら
いだ。



 「……ふざけるな!!」
 「…っ!」


 叩きつけられた言葉と同時に、容赦のない力で足を払われ重心を崩す。
 襟首を掴み寄せられ、それまで目にしたこともない形相で自分を責め立てるルルー
シュの様相に意識を奪われていたロロは、思いもよらない方向から成された邪魔立て
に、対処することができなかった。

 もつれ合うようにして床の上に転がった体勢から立て直す間もなく、自重の全てで
その抵抗を抑え込もうと、ルルーシュがロロの上に馬乗りになる。そのまま息つく間も
与えずに、震える両の手が、まだ子供じみた輪郭を残す喉元へと絡みついた。


 「……っ」

 首を絞められたのだと気づくまでに、瞬き程の時がかかった。それほどに、ルルーシュ
の所作には躊躇いがなかった。


 「それが本当の理由か!だから殺したのか!……そんな…彼女には何の関係もない
  ことで!!」
 「にい……っぐ…っ」
 「お前にも関係ないだろう!ナナリーが戻ってきたら自分が放り出されるとでも思っ
  たのか!?いつ俺が、そんな事を言った!!」


 叫びと共に、首にかけられた両の手にグッと力が込められる。気道を塞がれ、一切の
反駁を封じられたロロの苦痛に歪む顔を見下ろしながら、ルルーシュの双眸に激しい憎
悪の色が躍った。

 「結局お前は……お前の思い込みで、シャーリーを殺したんだな!?なんの根拠もな
  く!シャーリーがお前の居場所を取り上げると思いこんで!!」
 「…に…やめ……っ」


 死に物狂いで兄の腕をもぎ離そうと暴れながら……体の訴える苦痛によるものだけで
はなく、ロロの双眸から堪え切れず溢れだしたものがあった。

 それだけではないのだと……そう、告げたかった。

 シャーリーの口からナナリーの名前が出た時、何かを考えるよりも早く、自分はギア
スを発動させていた。それは感情に優先して自分の体を動かした、深層意識の奥底に
刻み込まれたかのような、ある種の強迫観念にも似た衝動で。

 表向きには今でも改竄され、存在しない事になっているルルーシュの、本来あるべき
姿と記憶。それを知る人間を彼の側近くに置くことは、本国に泳がされた形となっている
彼にとって、あらゆる障壁の温床となり得た。
 相手の真意が問題なのではない。……否、むしろ純粋な善意から秘密を共有しようと
する相手にこそ、ルルーシュの進退に重大な影響を及ぼす危惧がついて回る。
 彼を取り巻く境遇を正しく理解することなく、それでも感情のままに彼に手を差し伸べ
ようとしている存在であれば、その危惧はなおのことだ。


 あの少女を、ルルーシュの側近くに置くべきではないと―――そう声高に訴えた本能
が、あの時ロロに行動を促した。それはある意味では、ルルーシュの監視役としての
任をまっとうしていた時分の感覚に近く、だからこそ、それが自分の私欲ばかりを前面
に押し出した上での顛末であったとは、今でもロロには思えなかった。


 シャーリーに……そしてナナリーに対しても、思うところがなかったと言えば、それもきっ
と偽りとなったが……



 喉元にかかる、限界近い圧迫感も手伝って、結果として続く言葉を諦めてしまったロ
ロの姿に頓着することなく、その首を絞めあげるルルーシュの手に、更に力が込められ
る。

 殺されると――――本気で、思った。

 身の内から湧き上がってきた生への渇望が、弾きだされるように右目の虹彩を染め
上げる。相手がルルーシュである事も忘れて、ロロは自らのギアスを解放した。
 ……否。解放しようと、した。


 だが……それと察したルルーシュの、眼前を掠めた手の下から同じ色に染まった瞳
が現れる方が、仕掛けたロロよりも僅かに早かった。

 「俺に抵抗するな!!」
 「……っ!!」


 色を変えた兄の瞳と、叩きつけられた言葉の意味を知覚できた時には―――もう、ロ
ロの体は、ルルーシュを押しとどめるために指一本動かすこともできない状態だった。

 本気の力で首を締めあげてくるルルーシュから、逃れることができない。
 抵抗の一切を封じられたことをその身を以て思い知らされ……迫りくる死への恐怖に、
ロロは半狂乱になった。


 「…ぁぐ…ぅ…っひ…っ」


 気道を絞めあげられ、やめてくれと言葉に出して訴えることさえできない。
 馬乗りの体勢のまま自分を見下ろしてくるルルーシュの容色は、取り違えようがな
いほどに鮮烈な憎悪に歪んでいた。

 呼吸を封じられた苦しさと、身の内から競り上がってくる名状しがたい情動に、我知
らず視界が歪む。焦点の合わなくなった双眸を一度はこらしかけ……しかし、その先
に待っているであろう、兄の歪んだ表情を思い出し、ロロはきつく瞼を閉じた。


 殺されるのか……あれ程に、その側近くで自分を愛しんでくれた、この人に。
 二人で共有した、あの時間の全てを振り棄て、擲たせてしまうほどに……自分はこ
の人の、逆鱗に触れてしまったのか……


 シャーリーに対する、後ろ暗い思いは確かにあった。それは自分でも否定できない。
 ただ、それでも……自分は本心から、この人の未来の安寧を求めて……


 兄さん…ルルーシュ……




 その、刹那―――


 あからさまな殺意を以てロロの首を絞めあげていたルルーシュの両手が、不意に激
しい痙攣を見せた。
 一瞬の脱力と、その後気を取り直すかのように縊る力を込め直すことを繰り返され、
限界を訴えるロロの喉奥から、何かが押し潰されたような不快な音が漏れる。

 その音を契機としたかのように……ルルーシュの指先から、完全に、力が抜けた。



 「…っ…ぇ……っごほ…っ…」

 同時に、のしかかる相手の体重からも解放されたロロの体が、弾かれたように床を
転がりルルーシュの拘束から逃れる。死に物狂いで空気を求め、しかしそれまで拘束
を受けていた気道が持ち主の期待通りには機能できず、結果として、ロロは己の喉元
を掻き毟りながら、激しい咳と嘔吐の発作に苦しむ事となった。

 自らの身を庇うかのように背を丸めて、身の内から競り上がってくる衝動と戦ってい
たのは、果してどれ程の時間であったのか――――


 ようやく発作をやり過ごし、取り戻した体の自由に脱力して身を起こすこともできな
いロロの耳朶を……それまで耳にした事もないような、咆哮じみた兄の叫びがつんざ
いた。

 僅かに頭を巡らせて目線を向けた、涙に歪んだ視界の中で、ルルーシュが、床に
突っ伏した姿で号泣している。
 振り上げた拳を何度も床に叩きつけながら―――彼は、シャーリーの名を呼んでい
た。



 「シャーリー…シャーリー……すまない…許してくれ……っ」
 「……っ」
 「俺の所為だ……っ…俺がもっと…ちゃんと…っ」


 激しく頭を打ち振り、床を拳で叩き続けるルルーシュの姿は、それを目にしたロロ
をぞっとさせるほどに常気を逸していた。
 双眸から溢れ出したものがしとどにその顔を濡らすのにも頓着することなく、断続
的に上がる嗚咽の下から、彼は件の少女に詫び続ける。


 「……許してくれ…許してくれシャーリー…っ」


 自らがその手を下した訳でもないこの一件を、それでも自分の所為だと繰り返す
ルルーシュの憔悴が、窒息の衝動が抜けきらないロロの胸に、別種の痛みを呼び
起こす。それでも彼に言葉をかけられる立場にない自分を承知し、沈黙を守るロロ
の前で……思いもよらなかった告解が、その口から成された。



 「…弟なんだ……」

 懺悔と呼ぶにはあまりに悲痛な―――始めから免罪符になどなりえないと承知
の上で絞り出したかのような、苦鳴。
 嗚咽の隙を縫うようにして成された、血を吐くような叫びに……それを目の当りに
したロロの双眸が、我知らず見開かれた。




 「血の繋がりはなくても……俺の…弟なんだ…っ!!」









 今……彼は、何と言った?
 激情のままにこの首に手をかけ、そのまま縊り殺すことも辞さないほどの憎悪を自
分にぶつけたあのルルーシュが……それでも、自分の事を弟だと言ったのか……



 茫然とその姿を見やるロロの様相に頓着することなく、ルルーシュの慟哭はそれか
らひとしきり続いた。
 やがて―――始まった時と同じく唐突に、室内に静寂が戻る。
 それまで伏せられていたルルーシュの顔がゆらりと持ち上げられ……拭いもせずに
放置された激情の名残に濡れた双眸が、再び床に転がったままのロロの姿を捉えた。



 己の感情全てを吐きだし、まるで抜け殻となったかのような虚ろな瞳が、それでもまっ
すぐに、ロロを射貫く。
 声を荒げ、情動のままに叩きつけられる負の感情以上に戦慄を覚えさせる静けさが
存在することを、この時、ロロは初めて我が身で以て味わった。


 「……っひ……っ」

 まだ満足に動くこともできない体で、それでも向けられた視線から逃れようと身を捩
る。そんなロロの姿に感情を晒すでもなく、変わらぬ鉄面皮のままルルーシュは立ち
上がった。

 靴先が床を鳴らし、焦れるほどの速度で以て……それでも確実に、二人を隔てる距
離が狭められていく。
 抵抗を封じられたままのこの状況で、何をされるのか想像することさえ、ロロの背筋
を凍らせるほどの恐怖を煽った。


 そんなロロの狼狽に気付かない筈もないのに、表情一つ変えないまま、ルルーシュ
の歩みは止まらない。
 触れあえるほどの距離までその隔たりを詰めた断罪者の靴音が、一際大きく、ロロ
の耳朶を打った。
 と――同時に、限界を超えた緊張に耐えかねた心臓が、持ち主に抗議するかのよ
うに、自身の鼓動を大きく乱す。

 「―――――っ!」

 身の内から叩きつけられた衝動に、耐えられたのはそこまでだった。


 心臓が絞めあげられるような衝撃にその身を二つに折り、持ち上げた両手で何とか
庇おうとでもするかのように、上衣の胸元をきつく掴み寄せる。

 ここで意識を手放すわけにはいかない。今度こそ、自分はルルーシュに殺される―――
身の内から湧きおこる警鐘にしがみつき、ロロは懸命に意識を保とうと歯を食いしばっ
た。
 だが……意志の力で引きずれるほど、ロロの体には余力が残されていなかった。



 「……に、いさ……」


 無表情に自分を見下ろすルルーシュの姿を見上げ、振り絞った最後の気概で、呼び
かける。
 これが、自分の残す最後の言葉となるのだろうか―――
 そんな事を考えてしまった自分にどこかで絶望しながら……相手の応えを待つことす
らできず、ロロはその意識を手放していた。






 意識を取り戻した視野に最初に飛び込んできたのは、自分と兄が居住区として暮ら
す、クラブハウスの見なれた天井だった。
 意図するでもなく握りこんだ指先が滑らかなシーツの感触を辿り、自分が寝台の上
に寝かされていた事に遅ればせながら気づく。天井の意匠や違和感を覚えるシーツ
の感触に、それが自室に据えられたものではなく、兄の使用する寝台であることが分
かった。

 兄の部屋で寝かされていたという現況からそこに至るまでの経緯を思い出し、いった
んは鎮静化したロロの鼓動が、今更のよう早鐘を打った。



 自分は……死なずに、すんだのか。
 否。ルルーシュは、あの激情の最中、本当に自分の命を見逃したのか……


 ぼんやりと視線を巡らせると、窓際に置かれた椅子に腰をおろしながら、その視線
を遠くに飛ばしたルルーシュが所在なさげに佇んでいた。



 「……にいさ…」


 そう呼ばれることを、まだルルーシュは自分に許すだろうかという躊躇いの元に成
された呼ばわりの声は、しかし、自分でも耳を疑うほどに掠れた頼りない響きを以て、
室内の空気を震わせた。
 同時に、喉奥から突き上げてきたこれまで経験のない痛みに、堪え切れなかった
咳の発作に襲われる。

 そんなロロの様子に室内を振り返ったルルーシュは、しかしその表情を動かすこと
なく、片手にグラスを提げた姿でロロの横たわるベッドへと踵を返した。


 「……気がついたか」

 意図したポーカーフェイスで自分の前でその胸の内を偽ることなら、これまでにも数
え切れないほどあったのだろう。だが、こんな風に一切の表情を払拭したルルーシュ
の顔を、自分は目にしたことがなかった。

 何の感情も表わさない兄の双眸が、身の内から震えを呼び起こすほどに恐ろしい。


 身を固くして押し黙ったロロの目前まで迫ったルルーシュが、手にしたグラスの中
身をその指先でつまみ上げた。そのまま、サイドテーブルにグラスを移して空いた手
が、予備動作もなしにロロの口元へと伸ばされる。

 「…っひ……っ」
 「口開けろ」

 つい先刻の喧騒を生々しく思い起こさせるその仕草に喉奥で悲鳴を上げたロロの
様子に頓着することなく、ルルーシュは手にしたそれを、結果として自ら開かれた
口内に放り込んだ。

 「……っ」
 「しばらくそうしていろ、少しは楽だろう」


 反射的に吐き出そうとしたそれが自身の歯列に当たり、口内に跳ね返る。再び舌
の上に戻された物を無意識に転がせば、それが何の変哲もないただの氷の塊であっ
た事に、ようやくロロは気づいた。


 喉奥へと伝い落ちていくその冷たさが、まるでささくれ立っているかのような喉の
痛みと不快感を、じわりと癒していく。
 ルルーシュの行動の真意を咄嗟に測りあぐねて、その視線から逃れるかのように
改めて室内へと視線を巡らせると―――頭を巡らせた動きに引きずられたのか、ロ
ロの喉元から何かが落ちた。

 それまで意識に上らなかったそれを拾い上げてみれば、それは水で濡らしたタオ
ルだった。


 喉元を冷やす為としか思えない、そんな配慮を自分に施したのは、激情のままに
この首を絞めて自分をくびり殺そうとした、ルルーシュなのか……
 口内で解ける氷の涼と合いまって、喉奥から突き上げる痛みは確実に薄れ始め
ているはずなのに……呼吸の度に、胸襟が痛みに軋む。



 「………兄さん…」


 その意図が解らず、ただ茫然とその名を呼ぶしかなかったロロに向って、ルルー
シュは何も語らなかった。その取りつく島のない態度からも先刻の喧騒が現実で
あったことは明白なのに―――何故、今になって、彼は自分に情けをかけるような
真似をするのだろう。


 互いに押し黙ったまま、気まずい空気が向き合った二人の間に重苦しい帳をおろ
す。そうやって、居たたまれない時間を共有していたのは、果たしてどれ程のこと
だったのか……



 「……シャーリーは…」

 今の二人にとってこれ以上ないほどの鬼門となった、その名を敢えて口にするこ
とで先に沈黙を破ったのは、ルルーシュの方だった。


 「シャーリーのことは……自殺として、押し通すしかないだろうな」
 「兄さん……?」
 「状況的には、それで押し通せる。監察医も……このまま何も証拠が出なければ、
  そう結論付けるだろう。―――お前が、現場にそんな証拠を残すとも思えないし
  な」
 「兄さん、でも……っ」
 「そうするしかないだろう!!」


 弾かれたように身を起して反駁しかければ……その倍もの激しさで以て叫び返さ
れる。
 それまで殊更に自らの感情を封じていたルルーシュの、箍が外れたかのようなそ
の叫びに、ロロは結果として押し黙るよりほかはなかった。
 向き合ったルルーシュの顔が、ロロが意識を取り戻して以来初めて見せた感情に
歪む。


 「……ここでお前がシャーリーを殺したと、馬鹿正直に打ち明けてどうなる?娘が
  殺されたと知って、その犯人が同じ学校の生徒だと解って……それでシャーリー
  の母親が、少しでも救われると思うのか!?ただでさえ、シャーリーの父親も
  事故で命を失っているんだ。この上娘まで巻き込まれたんだと知ったら……!」
 「……っ」
 「……そもそもが…彼女の父親を巻き込んだのは、この俺だがな。どういい繕って
  みた頃で、残された遺族にとってはそんなものは意味がない。償いを願い出るこ
  とすら、その痛みを抉る事にしかならない」


 そこまで口にすると、ルルーシュは疲れ切ったように口先だけで笑って見せた。



 「……そうだな…この件に関しては、俺もお前と同罪だ。いや、もっと酷いな。俺
  は彼女を巻き込みたくないと自分に言い訳して、結局は保身のために彼女の
  記憶を消した。そうされることが人一人の誇りを傷つけ、どれだけ人生を歪めて
  しまうのか……俺自身、身を以て思い知らされたっていうのにな。俺は最後ま
  で、その事をシャーリーに謝る事も出来なかった……」
 「……兄さん」
 「これで……解っただろう、ロロ……」


 どこか遠い眼をして、相変わらず口先だけを不自然な笑みの形に歪めながらル
ルーシュは独白する。そんな兄の姿に気押されて口を噤んだロロに向い、彼は聞
く者の背筋を冷やすような語調で、静かに続けた。


 「世の中には……犯してしまったが最後、購うことすら許されない罪も、あるんだ」
 「……っ」
 「俺も、お前も……もうけして、この罪から許されない」



 口にすると時を同じくして、眇められた若紫の双眸から、溢れ出しその頬を伝い
落ちるものがあった。
 弾かれるように居住まいを正したロロの眼前で、身の内から競り上がってくる情
動に顔を歪めたルルーシュが、震えながら持ち上げられた手のひらで、自らの半
顔を覆う。

 ややして……耐えかねたかのように、その喉奥からくぐもった嗚咽が漏れた。



 「……どうして…お前なんだ……」
 「……兄さん…」
 「シャーリーの事は……言葉にできないくらい苦しい…痛い……でも…それより
  苦しいのは………それを…お前がやったって事だ……」


 それは、限界まで自らを追い詰めたルルーシュが、やっとの思いで口にした懐述
だったのだろう。言い置くなり絶句してしまったその姿を、信じられないものを目に
する思いでロロは見遣った。

 「シャーリーは……お前に優しかっただろう?いつでもちゃんと、お前のことを気に
  してくれただろう?……お前のギアスで、訳も解らない内にあんな状態になって
  たってこともあるんだろうが…シャーりは、あの時一言も、お前のことを俺に言わ
  なかったんだぞ……」
 「……っ」
 「……シャーリーは、お前を庇ったんだ……なのに…どうしてなんだ……ロロ……
  お前はそんなに、不安だったのか……?彼女を手にかけずにはいられないくら
  い……お前は、俺を信じられなかったのか……?」

 それきり、脱力したように重心を落とし、寝台の端にしがみつくようにして自重を
支えたルルーシュの上体が、そのまま耐えかねたように突っ伏される。

 「俺が……そこまでお前を、追い詰めたのか……?」
 「に…」
 「わざわざ言葉にしなくても……通じていると思ってた……お前の事を……俺が…
  ちゃんと、見ていなかったから……」


 続く言葉は、くぐもった嗚咽と共に伏せられたシーツに吸い込まれて、明確な語
調を保つことができなかった。そうして憔悴の程を増していくルルーシュの姿を目
の当りにしながらも、手を伸ばす事も声をかける事も言外に拒絶されたロロもまた、
俄かに襲いかかる脱力感に、自らを放りだすように寝台の背板にもたれかかる。

 ルルーシュの嘆きは、あの少女を失った悲しみによるものばかりではなかった。
それが今になって解ったところで、その要因となった自分が、彼に対して声をかけ
る事も手を差し出すことも、もう許されない。
 今更のように思い知らされたのは……これが、自分自身の手によって成された
不始末であったということだった。




 自分達の罪と、そうルルーシュは言っていた。それは紛れもなく、シャーリーの
一件について彼が自分と罪を共有する意識を持っているということで…自らそう
口にした以上、先刻のように、激情に身を任せた彼が、贖罪の為に自分を殺そう
とする事は、もうないだろう。
 だが……突きつけられた現実に、安堵よりも先に、筆舌に尽くせない喪失感を
覚えたのは、なぜなのだろう……

 これが、純粋にシャーリー個人に向けられた感情ではない限り、自分はきっと、
彼女に対して贖罪の念を抱いているとは言えない。そんな自身の心のありよう
を、彼女に申し訳ないとは思えても、今でも、自分の行動そのものを彼女に詫び
ることはできなかった。

 それでも――――これ程にルルーシュを打ちのめし悲嘆させる結果となるのな
ら、あの時、もっと冷静になって他の手立てを考えるべきだったと思う。


 ルルーシュに向って、自分が手を伸ばせなくなったように……これほどの近距
離にありながら、もうルルーシュが自分に触れようとする事はないだろう。その目
に見えない隔たりが、罪を共有するという現実の重さだ。
 疲れ切った様子で眼前で嗚咽するルルーシュの姿を茫然と見遣りながら……
意志の力で押しとどめることのできなかった情動の欠片が、ロロの双眸から溢れ
落ちた。


 そこに至るまでの経緯はどうあれ、自分が選び、そして行動に移した結果だ。
それを払拭する事はできなかったし、意味するところを承知の上で手を染めた罪
なら、許されようとすることすら叶わない。その事は、ロロ自身が身に沁みて解っ
ている。
 それでも―――意志の力では歯止めの効かない、身を焼くこの情動を、後悔
と呼ぶのだと……生まれて初めて、ロロは思い知らされていた。




 「…………ごめん、なさい…」

 どこか茫然とした響きを思わせる、呟くような謝罪の言葉に、寝台に伏せられ
たままのルルーシュの上体が僅かに反応する。それでも、その顔を上げること
を頑なに拒んだルルーシュは、同じ語勢のまま続けられるロロの言葉に、応と
も否とも、応えを返さなかった。

 幾度目かの謝罪が、重く淀んだ室内の空気を震わせた頃―――ようやく、そ
れまで伏せられていたルルーシュの顔が持ち上げられる。

 向き合ったロロへと据えられた若紫色の双眸に、先刻までの情動の名残は
既になかった。だが、代わりのように感情の全てを滑り落としてしまったかの
ようなどこか虚ろな瞳は、その手を伸ばすことをけしてロロに許してはいなかっ
た。


 「……これから先…お前も、戦力の一つと数えるぞ」

 独白とも取れるような、しかし、聞く者にその意味するところを誤認する事を
許さない、意志の力に裏打ちされた、確たる声音。


 「お前にかけたギアスは、ジェレミアの能力で無効化することができる。時が
  来たら、解放してやる。……だが、今は駄目だ」
 「兄さん……?」


 唐突に始まった、後ろ暗さを隠そうともしない胡乱な宣言に、虚を突かれたロ
ロの双眸が見開かれる。まっすぐ据えられた視線の先にある、そんなロロの様
子は当然認識できているのだろうに、ルルーシュは続く言葉を躊躇わなかった。


 「今のお前は、俺にけして抵抗できない。不条理だと思う命令を受けても、お
  前はただそれに従うしかない。……理不尽だと思うだろう。それでも、自分
  の命を握られたようなこの状況で、お前は戦え。俺がいいと言うまで」
 「……っ」
 「お前の命をこの手に握っていることを、俺はけして忘れない。その上で、俺
  はお前を戦場に送り出す。お前のギアスがお前の体にかける負担も承知
  の上で……俺は、お前を逃がさない」


 それは、言葉面だけをとらえれば、ロロの命をも駒の一つに仕立て上げた、非
道な指揮官による酷烈な排除宣告のようにも取れた。事実問題として、心臓に
欠陥を抱えていると承知でその身を戦場に送りだすことは、経緯如何ではロロ
に死ねと命じたにも等しい。

 だが……それでもロロが一切の反駁を口にしなかったのは―――できなかっ
たのは、自らが抱く負い目に二の足を踏んだからだけでは、けしてなかった。


  「失ってしまった命に、何を差し出したところで償いにはならない。この先、俺
  やお前が命を落としても、そんなものはシャーリーへの贖罪にはならない。
  それでも……」


 けして解放しない、逃がさないと言葉で以てロロを追い詰めながら……それ
を口にするルルーシュもまた、寝台の上で拳に握られた両の手を、小刻みに震
わせている。
 自らの衝動を意志の力で捩じ伏せるようにして言葉を繋ぐルルーシュの姿に、
彼にそれを強いる結果となったロロもまた、己の口を噤むよりほかなかった。



 いつしか、込み上げてくる衝動に総身を震わせはじめたロロの姿に、それを強
いたルルーシュも同種の痛みを堪えてでもいるかのように、その眉宇をきつく眇
める。それでも、彼はかつてのように、相手の望む癒しの言葉をけして与えはし
なかった。



 「それでも……俺達は、こうして背負っていかなければならないんだ……俺達
  の勝手に振り回されて、失った命を……」


 まるで審判の言葉のように、ただ静かに続けられた独白が、打ち震えるロロの
耳朶を打つ。もう返す言葉も持てず、ロロは兄に向い頷いて見せるしかなかった。






 この夜を境に、二人は、世界から裁かれることすらない、一つの罪を共有した。
 自分が背負うものと同種の柵を、分け合って背負おうとする共有者―――それ
は、これまで常に単独で任務にあたり、経緯も結果も全てを自己責任で担わなけ
ればならなかったロロにとって、想像するだに甘く満ち足りた関係であるはずだっ
た。

 だが……
 いざ現実となって、我が身に降りかかってきたその関係の重さに……ロロは、
ただ愕然となった。


 気安く人を殺すなと、事あるごとに言い聞かせられた、兄の言葉を思い出す。
あれはこういうことだったのかと……思い至った時には既に、兄に対する謝罪も
弁明も、もう自分には許されはしなかった。


 生まれて初めて味わう、深い後悔の思いに……ロロにはただ、言葉もなく身を
震わせる事しかできなかった。