小話1. 勇介の朝
希崎勇介は総合成績では下から数えた方が弱冠早いが、授業にはそこそこ真面目に取り組む勤勉な学生である。
ゆえに彼の朝は早くも遅くもなく、授業に出るために適当な時間で起床する。
顔を洗い、着替えると歯ブラシを咥えて寝室に引き返す。自分とは反対側のロフトに上ると、そこではいつものように金髪の友人がドロのように眠っている。
かれこれ5年見続けていることになるが、苦労させられた寝顔を見ると何度でも腹が立ってくる。
今日は手始めに喜一の鼻を洗濯ばさみではさんで止めてみた。結構な痛みがありそうなものだが、何よりも睡眠欲が強いらしい喜一は、眉一つ寄せることすらずに、口呼吸に変えただけでよく眠っている。
この口を塞いで呼吸を止めてみたこともあったが、喜一は苦しさに目を覚ますどころか、そのまま永遠の眠りにつきかけたので、さすがにそれはもうやらない。
今回、勇介は毛抜きをスタンバイしている。
毛抜きをカチカチと鳴らせながらどうしてやろうかと考えた末、勇介は鼻の洗濯ばさみを外して鼻毛を引っ張った。徐々に顔が歪んできたが、まだ目を開けない。
プツッと一本抜くと盛大なくしゃみとともに飛び起きた。
「ひっきし!」とか「っくしゃ!」とか、なかなかバリエーションに飛んだくしゃみを4回繰り返して落ち着いたらしい。目じりに浮かんだ涙を見て、勇介は少々気分が良かった。
「”鼻毛抜き、負傷なし、手軽でくしゃみが笑かす。目覚め早し。”しばらくこれで行くか…」
既に3冊目に突入した「喜一起こし秘策メモ」に記入していると、大変不機嫌らしい喜一の裏拳が飛んできた。予測はついていたので難なくかわす。
「今日のは最悪だ!!」
「起こしてもらってるくせに偉そうだよな、お前。」
「起こしてくれなんて頼んでねえよ!」
「俺が起こさなかったら誰が起こすんだよ。ほっといたら絶対ぇ授業出ないだろ。」
それどころか一日中寝ていそうな気がする。それが喜一だ。
「大丈夫だって!博士も相当寝汚かったから慣れてるぜ。任しとけ。とりあえず抜く鼻毛がなくなるまでは鼻毛抜きな。」
「やめろ!!」