1. 5年前のこと(7)

 

渋々おつかいに出た喜一だが、10分後にはきちんと銀色に鈍く光る重箱サイズの四角い物を持ってきた。

見たところただの金属の塊であり、箱と呼べるような蓋や割れ目がまったくないのだが、どうやらこれが件の箱らしい。勇介がそれを見た瞬間、ぱっと目を輝かせたのだから。

 

繭のような結界に包まれた勇介に箱を渡す。

勇介が上面に手を触れて軽く叩くだけで箱の辺に光が走り、展開図のようにぱっくり開いた。中から出た来たのは色取り取りのアクセサリー。帝佳博士が勇介のために残した封印具だった。

魔導具をかじった者であれば、どれ一つ取っても奇跡的な理論と技巧から成る物だと分かるだろう。

一つの封印を構成するだけでも神業だというのに、このアクセサリーはいくつも重ねがけすることが前提となっている。その全てを無駄にせず、干渉させずに発動させる。研究機関にでも寄贈すれば大層喜ばれそうだが、これは勇介のための実用品である。

桜田は床に箱を広げて膝をつく勇介を覗き込んで問う。

「ふむ、どれを使うか選び方は聞いているかね?」

「あ、はい。大丈夫です。ここに手を当てると次に選べるのが勝手に浮かぶんで…」

開かれた箱の一面に右手を当てると、幾つかのアクセサリーがふわりと宙に舞い上がる。これを繰り返せば、今の勇介の状態にベストな封印具の組み合わせが出来るようだ。

「うへえ、なんだこの謎技術。そこまで複雑に作る必要あるか?」

「服に合わせて選べるようにって作ってくれたんだよ。これそんな凄いことなのか?」

「どんなに適当に回しても常に一面は柄揃うルービックキューブくらい頭おかしい。」

それもうルービックキューブではない何かだ。手品でしかない。

「ユーザー目線でやたら凝るところは実に帝佳らしいの?。」

感心した風に白い髭を撫でる桜田は、お前たちも技術者になったときには見習いなさい、と指導者らしいことを言っていた。

勇介はその中から銀のブレスレットを選んで腕に嵌め、その上から赤いサポーターを付けた。

すると魔力の放出が止み、それを確認した桜田が結界を解く。暴走と同じく突然にあたりは静けさを取り戻した。

落ち着いて周囲を見渡してみれば、この場に残っていたのは勇介、桜田、喜一の三人だけで、他の人間は避難ないし運び出されていたようだ。

幾つも付けている封印具のうち、1つが壊れただけだから、魔力に当てられた人たちも小一時間横になっていれば回復するだろう。それは過去の経験から分かっている。

「よ、良かった…」

安堵に力が抜けてへたり込む勇介の肩を桜田が軽く叩く。

「まあこんなもんは序ノ口じゃよ。今後はもちっと周りの奴らで対応できるように調整するから安心せい。」

「えっと、俺これでも退学にならないんです?」

てっきり大事になると思っていたのにあっさりと受け流され、拍子抜けだった。そんなことで良いのかと勇介の方が不安になる。

しかし桜田は勇介の頭をぐしゃぐしゃかき混ぜて笑い飛ばした。

「承知の上だと言っただろう。ここで修錬するのがお前さん自身と世界にとって一番安全だ。」

精進しなさい、と諭す食えなさそうな笑顔は養父によく似ていた。

それはつまり、勇介にとって頼れる大人ということだ。

 

 

 

 

 

保健室で簡単な検査とカウンセリングを受けた勇介と喜一が並んで寮に向かっていく。勇介の封印具を指して何やら会話が盛り上がっている様子が離れていても見て取れる。

それを桜田が近くの教員棟から見下ろしていた。

あの喜一が普通に同い年の子供と話をしている。

あの勇介が普通に笑っている。

どちらも運命の女神に嫌われているような厄介な背景を負っているというのに、ああしていると普通の子供のようだ。

 

「しかしあの二人をルームメイトにするとは、危なすぎやしませんかね。」

桜田の隣で同じように二人を見下ろすのは、勇介たちの担任である須々木原教諭だった。これから先、順当に行って10年はあの子たちはこの学び舎で暮らすことになる。

その第一歩の導き手を任された彼は今回の騒動を振り返って乾いた笑いをこぼすしかなかった。

「だからまとめた方が面倒見やすいじゃろ。」

「面倒見る側の心配もして下さいよ…」

「わしの直弟子の君なら上手くやってくれるという信頼だよ、信頼。」

耐魔防御術に優れ、責任感が強く、子供好きで腹芸もできる。この上ない適任だと桜田は考えている。

須々木原くんならば、ちょっと頼りないけど親しみやすい愉快な先生として子供たちを見守ってくれることだろう。

いざことが起こった時には、周囲の生徒たちを何が何でも守るのが彼の主な使命になる。そうでなければ事故は「穏便に」片が付かず、あの二人を庇ってやることもできない。

勇介と喜一自体を御することはどうせ誰にもできないのだ。あれは人間がどうこうできる範疇を超えている。世間に明るみになれば放置することも出来ず、勇介はコールドスリープ、喜一は殺処分といったところか。

喜一の殺処分など、実行に移そうとすれば悪魔が総出で反撃の狼煙を上げるのでどれだけの被害が出るか考えたくもない。人魔大戦待ったなしだ。

しかし希望はある。

この世界のために器になった子供も、ただ生きたいと願ってここまで流れ着いた子供も、見捨てる必要などない。

「おそらくこの世界であいつらだけがお互いにフォロー出来る素養がある。」

 

勇介の持つ力は、魔族の長の一端である。

魔王の器となれるくらいなのだから勇介の耐魔体質は折り紙付きだ。喜一の呼び出す上級悪魔を前にしても正気を失わず、魔障に罹ることもない。

また、魔族の中で中立に位置する悪魔の海の住人たちは、魔王の器に手を出さない。それでいて本人はまともな感性を持っているので、昨日もきちんと【悪魔たちに怯えた上で】、喜一の起こした悪魔集会を【解散させている】。

桜田が同じことをしようとすると、人間を見下している悪魔たちを御するため実力行使になってしまう。結果、喜一の機嫌を損ねて悪魔たちの反感を買う。それは暴走の引き鉄になりかねない。

しかし勇介ならば穏便な説得が効くわけだ。まだまだ常識が足りない喜一を窘められる唯一の人間だった。

 

一方、喜一の方は悪魔の海で育ったおかけげで「ガワなら人類」という存在だ。

魔王の片鱗に畏怖はすれど、魔力暴走の中でも行動可能。今回は勇介が錯乱状態にあったために魔力酔いを起こしたが、それさえなければ桜田のフォローがなくとも自由に動ける可能性を持っている。

おまけに同郷である魔族の気配に恐ろしく鼻が効く。聞けば今回も勇介から漏れ出す力を感じ取っていたという。上手くやれば封印具の破損に即座に気付いて、事が起こる前に対処できるようになるだろう。

勇介という爆弾を処理するのにこれほど適した存在はいない。

 

二人とも人として生きるには魔に寄り過ぎて苦労することだろう。

しかし星の数ほどいる人間の中で、彼らなら同じ世界を見て、同じ価値観を有し、分かり合えるということに他ならない。

普通の人たちの中で、たった一人異物となるのは酷が過ぎる。

けれど彼らは2人の異物だ。

同じ時代、同じ年、同じ土地に生きられるのは奇跡的に幸運だった。それこそ、運命やら宿命やらと名付けられる程に。

彼らは二人揃っていれば、互いにストッパーの役割をして世界に嫌われることなく「普通」の中で十分に生きられるのだから。

 

「星の巡りは在るべくして在り、成るべくよう成すのが人の力と言うものだ。」

今はまだ天命に振り回されるだけの子供達を、窓の下に眺めて賢者は微笑む。

あの二人を正しく導くことこそ、教育者として最高にやりがいがあるではないか。

 

「まあ、その分手はかかるし一手間違えば世界滅亡もあるがの。はっはっは。」

「いやー、笑い事で済ますあたり貴方は大賢者ですわー…」

 

まあ、気楽にやりたまえ若者たちよ。

未来は君たちのために開かれている。

 

 

 

 了