このSSは以前行われた「悠久幻想曲SSコンテスト」用に書かれたものです。
その点をご了承下さい。

注意!
パティED後、という設定です。その点をご了承下さい


 2人きりの夜

「ういっス〜。お邪魔虫は消えるっス〜」
「あ、あのなあ・・・」
「・・・・・・」
「あははは・・・じゃ、俺たちも行こうか、パティ・・・」
 コリンは、まだ少し緊張の残る声を出す。その声には何も答えず、パティは真
っ赤な顔でその脇を通り抜けた。その時、彼女はコリンだけにしか聞こえないく
らいの小声でつぶやいた。
「エッチ・・・」
「えっ?あ、おい、ちょっと・・・」
(ああっ!俺ってやつは!滅多にないチャンスだったのに〜〜!!)
 コリンは、内心で目一杯叫んでいた。そして、この「滅多にないチャンス」が
しばらくはおとずれないであろうことも、同時に予測していたのだった・・・

 コリンの予測は正しかった。この日を境に彼とパティの仲は、今までのこじれ
ていた時間が嘘のように良くなっていった。だが、同時に祈りと灯火の門であっ
たような「いい雰囲気」は1度も発生しなかった。毎日毎日、食事を作りにジョ
ート・ショップを訪れているのに、だ。
 まぁ、それには理由がある。さくら亭の手伝いで忙しいパティが苦労して時間
を作って訪れるのはいつも食事時。つまり、アリサもテディもいる時間帯なので
ある。パティはコリンにぴったりとひっついているが、いくらなんでもアリサ達
の目の前で「いい雰囲気」を作るような真似が出来るわけもない。さりとて、2
人きりになるように食器洗いの手伝いをしてみればテディがノコノコやってくる
というありさまである。
 では、確実に2人きりになれるデートはどうかと言えば、こちらはもっと悪い
状態にある。何しろ、デート先で必ず他の誰かと出くわしてしまうのだ。たとえ
ば、グラシオコロシアムへ行けばトリーシャに出くわす。陽のあたる丘公園に行
けばローラが目ざとく見つけて話を聞きたがる。思い切って旧王立図書館に行け
ばシェリルやマリア、メロディに見つかってしまうというありさまなのだ。とて
もではないが、普通にデートしていれば発生する「2人きりの甘いひととき」な
んてものとは程遠い。
 かくして、リサに「子供の恋愛」と一刀両断され、アレフに「お前ら、全然進
展しないのな」とおちょくられる状態が続いていたのだが、それに変化をもたら
す事態が発生した。その最初は、アリサの一言がもたらした。
「3日ぐらい、温泉に行かないかって、商店ギルドの皆さんから誘われているの
 だけど・・・」
「へぇ、たまにはいいんじゃないですか。そんなのも」
「でも、お店の方は・・・」
「3日ぐらい、俺1人で何とらかしますよ」
 不安げなアリサに、コリンはあえてあっけらかんとした明るい口調で言った。
それを受けてパティも、
「大丈夫よ、アリサおばさん。コリンの事ならあたしが面倒見ますから」
 明るい表情でコリンの首を、背後から腕でしめるふりをした。だが、アリサは
むしろ申し訳なさそうな表情で応じた。
「でも・・・それじゃパティちゃんが大変じゃないかしら?さくら亭の方も手伝
 っているのに・・・」
「さくら亭の方はリサに代わってもらいます。それに、コリンは放っておくと何
 をやらかすか分かりませんからね」
「おい、パティ。俺は動物かよ?」
 あまりな言われように、さしものコリンも抗議の声を上げる。が、その声にパ
ティはさらに力を込めて首をしめる事で応じた。
「動物の方がまだ安心できるわよ!あんたは放っておくと、ろくなもの食べない
 でしょ!!」
「ひどいなぁ・・・」
 締めあげる腕を振り解こうともせずに、コリンはため息混じりにぼやいた。そ
んな2人のじゃれあいを、微笑みながら見つめていたアリサはパティの好意を受
け入れる事にした。
「それじゃぁ・・・パティちゃん、お願いしてもいいかしら?」
「はい!」

 そんなやりとりから一週間後、アリサはテディを連れて出かけ、パティとコリ
ンは「2人きり」の時間が出来たのだった。が・・・
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
 1日目の夕飯時、ジョートショップの中はちょっとした緊張をともなった沈黙
に包まれていた。別にこの時点でそうなったわけではない。昼間、ジョートショ
ップの仕事を久しぶりに2人でしていたところにリサが顔を見せ、こんなことを
言ったのだ。
「ボウヤ、いくらアリサさんがいない2人きりだからって、パティに変なことす
 るんじゃないよ」
 この一言で、コリンもパティも「2人きり」であることを妙に意識してしまっ
て、気まずい沈黙を保っているというわけである。いつもの夕飯時であれば、食
事に関することなり今日の仕事のことなりで、話の弾む2人なのだが、今日ばか
りは黙々とパティの手料理(これだけはいつものおいしさを保っていた)を食し
ていた。
 不意に、コリンが話しかけた。
「な、なぁ、パティ」
「えっ!?な、何よ・・・」
「いや、その・・・おかわりを頼みたいんだけど・・・」
「あっ、うん・・・」
 ぎこちなく頷いて、コリンの差し出した皿を受け取ろうとするパティ。と、そ
の時、2人の手がわずかに触れた。
「!!」
 顔を真っ赤にして、手を引っ込めるパティ。結果、2人の手の上でバランスを
失った皿が落ちそうになった。
「おっと!」
「あっ!!」
 慌てて手を伸ばし、皿を押さえる2人。そのため、お互いの手が重なり合って
しまい、またまた沈黙する。先にその沈黙を破ったのは、またしてもコリンだっ
た。
「・・・あのさ・・・」
「うん・・・おかわり、だよね・・・すぐ持ってくるから」
「あ、ああ・・・」
 頷いて手を引っ込めるコリン。そそくさと台所に向かうパティの後ろ姿を見つ
めつつ、コリンは心の中でリサに文句をぶつけた。
(リサー、お前があんなこと言うから、妙に意識して気まずくなっちまったじゃ
 ないか!!)
 コリンはこの3日間を「邪魔が入らないデートもどき」と考えていた。ところ
が、リサの一言を聞いてからというもの、「デート」どころか告白以前の「気ま
ずい関係」に逆戻りしてしまった観がある。まぁ、気まずいと言っても、以前の
ような刺々しいものではなく、お互いに恥ずかしがって起こっているものである
のが救いではあるが・・・。
 とは言え、せっかくのデート気分がおじゃんになった事に、文句の1つも言い
たくなるのを、コリンはどうしても押さえる事が出来なかった。
 一方、パティはといえば、台所でボーッとしながら盛り付けをしていた。原因
は・・・これまたリサの一言である。最初のうちこそ、大丈夫と自分に言い聞か
せていたのだが、しばらくすると「祈りと灯火の門」でのキス未遂を思い出して
しまい、その自信をなくしたのだ。その上キス未遂の時に、キスされる事を自分
も承諾してしまった事まで思い出してしまい、「気を付けないと、本当に『変な
こと』をされかねない」と身構えてしまったのだ。その結果、ちょっとしたこと
に過剰な反応をしてしまい、コリンが話しかけずらくなり、その沈黙にパティは
ますます警戒を強めるという悪循環に2人は陥ってしまったのだ。
「ごちそうさま」
「うん・・・」
 静かに進んだ食事は、静かに終わりを告げた。数瞬の間、何とも気まずい沈黙
が周囲を包む。それを振り払うように、パティが努めて明るい口調を作った。
「さてと、食器洗っちゃうね!」
「あ、それなら、俺がやるよ」
「え・・・でも・・・」
 突然の提案にパティが戸惑っていると、コリンはさらにたたみかけた。
「ほら、もうだいぶ遅くなったしさ。この上、洗い物ものまで片付けていたら、
 みんな心配するよ」
「う、うん・・・でも・・・」
「食器は俺がちゃんと洗っておくから大丈夫だって。今日はゆっくり休みなよ」
 コリンの強い主張に、パティもその内側にある気遣いを悟ったが、それに対し
て強く我意を押そうとはしなかった。彼女も、コリンが気遣う理由が分かってい
たからだ。
「う、うん・・・そんなに言うなら・・・でも、ちゃんと洗ってよ!」
「分かったってば。安心しなよ」
 きつく言い渡すパティに、コリンは苦笑混じりに応じて送り出したのだった・
・・

 翌朝・・・
「なっ、何なのよ!このありさまは〜!!」
 パティは、ジョートショップの台所の惨状を一目見るなり絶叫した。昨晩、「片
付けておく」とコリンが言った食器は、水を張った流しに放り込まれているだけ、
片付けるどころか洗ってもいなかった。
「まぁ、こんなこったろうと思っていたけどね」
 たまたまパティと会ったばっかりに2人の朝食に付き合うはめになったエル
が、肩をすくめつつ呟く。が、この状況にふつふつと沸きおこる怒りを押さえる
事の出来ないパティには聞こえていない。しばらく肩を震わせていたかと思うと、
いきなり怒声を張り上げた。
「コリンーーーー!!!!」
 ジョートショップに来るまで抱いていた緊張も警戒心も憂鬱さも、雷鳴山の火
口に放り捨てたらしい。声同様の勢いで、彼女はコリンの部屋へ突撃した。
 バンッ!!
「コ〜リ〜ン〜!」
 ドアを勢い良く開けるその音と低いうなり声で、ようやくコリンは目を覚まし
たらしい。
「ふえ?」
 間の抜けた声と共に起き上がり、ベッドの上に座り込んだかと思うと、目をこ
すり、ようやくパティに声をかけた。
「ああ、おはよう、パティ」
「おはよう、じゃなーいっ!!」
 ひさかたぶりに見るパティの剣幕に、コリンは思わず後ずさった。
「な、何かした?俺・・・」
「何かした、ですってぇ!?台所あんなに散らかしといて、よくそんなこと言え
 るわね!!」
「いや、その・・・片付けようとは思っていたんだ。ただ、その・・・昨日疲れ
 て・・・水につけて一休みしていたら、そのまま・・・」
「『片付けるから』って言って、あたしを帰したんでしょ!何考えているの
 よ!!」
  しどろもどろに弁解するコリンに、パティは容赦なく詰めよった。
「その・・・ごめん・・・」
「謝れば食器が片付くわけでもないでしょ!!」
「そう言われても・・・」
 すっかり小さくなってしまったコリンを見て、パティは何か決断したかのよう
に大きく頷いた。
「決めた!今日は、ここに泊まり込んででも、ちゃんと片付けをするからね!!」
「え!?ちょ、ちょっと待・・・」
「いいわね?」
「はい・・・」
 剣呑極まりない表情でギロリとにらまれ、コリンはただ頷くしかなかった。
「ところで、お二人さん」
 話が終わったと見たエルが、エメラルド色の髪をかき上げつつ声をかける。
「痴話ゲンカが終わったのなら、食事にしないか?」
 そして、ちょっと人の悪い、それでいて陰湿さとは無縁な笑みをたたえて付け
加えた。
「それとも、そのままお見合いを続けたいなら、止めないけどね」
 エルの一言で、2人ははたと気が付いた。お互いの顔が10センチほどの至近
距離にあることに。
「!!」
 声にならない声と共に飛び離れるパティ。その顔は真っ赤になっている。そん
な反応に、エルは思わず吹き出した。

 昼すぎ、さくら亭。リサはエルから朝の出来事を聞いて、呆れ半分に言った。
「また無茶をするねぇ、あの娘は・・・」
「ま、あの2人だ。心配ないだろ」
 昼食であるシーフードスパゲティを巻き取りつつ、エルは応じる。その隣に座
るトリーシャは、興味津々の体で言った。
「でもさぁ、一晩中2人きりなんでしょ?大胆だよね。何か起こったりして・・
 ・」
「あんたの場合、『何か起こってしまう』じゃなくて『何か起こって欲しい』の
 方が正解だろ?」
「あーっ!ひっどいなぁ、エルってば。ボクは、ゴシップ雑誌の記者じゃないん
 だぞぉ!!」
「あはは、ごめんごめん」
 ふくれっつらになって抗議するトリーシャに、エルは笑いながらわびる。する
と、トリーシャもいつもの明るい表情・・・というより羨望の表情で言ったのだ。
「でも・・・一晩中2人きりかぁ・・・いいなぁ、ボクもそんな夜を過ごしてみ
 たいよぉ」
(お前の場合、相手を見つける方が先じゃないのか?)
 エルはそう思い、口に出そうとしたのだが、それよりも早く、どこか舌ったら
ずな甘い声が3人の横から発せられた。
「2人きりで過ごす夜・・・ロマンチックよねー、あたし、憧れちゃう」
「ローラ!?お前、いつの間に!?」
「細かいことは気にしないの」
 エルの驚きの声にそう応えると、ローラはトリーシャの隣に座った。そんな彼
女にトリーシャは、我が意得たり、とばかりに話を弾ませた。
「やっぱりそうだよね!それに、そんな状況でどんな反応するのか気になるよ
 ね!!」
「うんうん!」
「トリーシャ、ローラ、まさかとは思うけど、ジョートショップに上がり込もう、
 なんて考えているわけじゃないだろうね?」
 エルがいたって冷ややかに問い質す。それに対し、トリーシャは心外だとばか
りに唇をとがらせた。
「そんな無神経な真似、絶対にしないよ!」
「ならいいけど・・・」
「こうゆうのは、こっそりと、影から見守るものなんだから」
 その一言で、エルはカウンターに突っ伏した。そんな彼女とは対照的なまでに
元気なのはローラだ。
「そうそう、幸せなお兄ちゃん達の邪魔しちゃいけないもんね」
「それって、ノゾキって言うんだよ。知っているかい?」
 リサも呆れ顔で指摘する。が、盛り上がった2人には聞こえない。
「それじゃぁ・・・・」
「今夜、ジョートショップでね、ローラ!」
 そんな2人に、エルはさじを投げて呟いた。
「好きにしろ、あたしはもう、知らないよ」

 その夜。ジョートショップに忍び寄る人影が1つ、2つ、3つ、4つ、5つ・
・・。
「なんでアレフさんとクリスくんと由羅さんがここにいるの?」
 もっともながらも他人の事はあまり言えない立場のトリーシャが疑問を口にし
た。
「そういうトリーシャとローラはどうしてなんだ?」
 すかさずアレフが問い返す。しばしの沈黙、そして、どちらからともなく誤魔
化すような笑みを浮かべる。
「えへへ・・・やっぱり・・・」
「お互い、目的は同じ、か・・・」
 アレフは髪を目立たせないようにかぶってきた黒い帽子の中に手を入れて髪を
ひっかきまわした。そんな2人に、由羅だけは異論を唱えた。
「あら、アタシはクリスくんが来るからって聞いて来たのよ。ね〜ぇ、クリスく
 〜ん」
「あ、あのっ、由羅さんっ!抱きつかないで!!」
「大声を上げちゃだめよ!お兄ちゃん達に気付かれちゃうじゃないの!!」
 悲鳴を上げるクリスの口をふさぐと、ローラは可能な限り声をひそめて注意し
た。続いて由羅が楽しそうにささやいた。
「そーよぉ、ここで騒ぐと、せっかく2人きりで楽しんでいるコリンくん達が心
 配するわよぉ」
(確信犯・・・)
 トリーシャ、ローラ、アレフの3人は同時に同じ事を思った。が、このまま放
っておくわけにはいかない。耐えかねたクリスが大声を上げてたりすれば、一発
でコリン達に気付かれてしまうのだから。
「ゆ、由羅さーん、お願いだから騒がないで。コリンさん達に気付かれちゃうよ」
 トリーシャが懇願に近い調子で、由羅を止める。由羅も「クリスにちょっかい
出しても抵抗できない」という状態を長く楽しみたいらしい。素直にクリスを解
放した。
「ゆーっくりお話しましょ、クリスくん」
 と、言って・・・。クリスの置かれた状況に同情しつつも、3人は自分の好奇
心を満たすため、行動を起こしたのだった。

 同時刻、コリンとパティの2人は台所で食器を洗っていた。
「はい、これ拭いて」
「おう」
 パティがさし出した大皿をコリンは受け取り、手際よく拭いて食器棚に戻す。
 なんで2人で食器洗いをしているかというと、今日もコリンは「自分で洗うか
ら」と言ったのだが、パティはその言葉を(今朝の件から)全く信用できず、「あ
たしが洗う」と主張した。その後、一通りの悶着を経て、パティが洗いコリンが
片付ける、というスタイルに落ち着いたのであった。このスタイル、2人が思っ
ていた以上に効率がよく、20分ほどの時間で食器の2/3ほどを片付けていた。
パティ1人で片付けた場合、全部片付けるのに50分ほどかかる事を考えると、
極めて早く片付けが進んでいると言える。何故かと言えば、この2人の息がぴっ
たり合っているからだ。おかげで、食器の受け渡しに一切の遅滞がなく、効率の
よい片付けになっているのだ。コリンの無罪を証明すべく皆で働いた1年間で、
こと料理がらみの依頼はパティの独壇上であったことと、そのサポートにいつも
コリンがついていたことを考えれば当然と言えなくはない。
 そんな光景を、近くの木に姿を隠しつつトリーシャ達は見つめていた。
「なーんか、いつもと変わらない感じだよね」
「ま、2人きりになったからって、何か進展すると期待した俺達が間違っていた
 のかもな」
 トリーシャの言葉にアレフが応じる。ローラはじれったそうに言った。
「もう、お兄ちゃんったら何やってるのよ〜。後ろから抱きしめるとかすればい
 いのに」
 パティ相手にそんな真似をしようものなら、一瞬後に連撃を気絶するまで食ら
うであろう。が、その場の5人はその事を口にはしなかった。それどころか、ト
リーシャなどは無責任にも同意した。
「そうそう、『好きだよ、パティ』とか言って、おとがいをつまんでそのまま・
 ・・」
「そうそう」
「無理無理、あいつ、パティに頭上がらねえもん。そんな真似出来るような甲斐
 性ないって」
 アレフは笑いながらコリンをこきおろす。枝の上にクリスと一緒に座っている
由羅がのんびりと言った。
「でも、それなら、パティちゃんの方から迫っていかなくっちゃ。でないと一生
 あのままねぇ」
 外野達が無責任な論評を続けていると、不意にジョートショップ内部で異変が
起こった。

「うーん、終わったぁ!」
 そう言って、パティは大きく体を伸ばした。
「お疲れさん」
 コリンはそう言って、渡された皿を拭き始めた。そんなコリンにパティは何か
話しかけようとして・・・そのまま硬直した。
「?どうかしたか、パティ?」
「けけけ・・・毛虫っ!!」
 悲鳴を上げてコリンにしがみつくパティ。いきなりそんなことをされたコリン
は困惑しつつも聞き返す。
「毛虫?」
「ほ、ほら、そこ!!」
 声同様に震える指でパティは流しを指す。そこには茶色の毛虫がのそのそと這
っていた。どうやら、迷い込んだようである。コリンは軽く苦笑すると、再び問
いかけた。
「そんなに毛虫、嫌いなのか?」
「い、いいじゃない、別に!早くなんとかしてよ!!」
「はいはい」
 コリンは腕を伸ばして台所の窓を開けると、その手で毛虫を外に放り出した。

 一方、デバガメご一行様(ただし、クリスと由羅は除く)は、その台所の窓の
すぐ下に来ていた。パティが抱きついた原因を探ろうとしてのことだ。
「うーん、ここでも聞き取れないなぁ・・・」
 トリーシャが実に残念そうに呟く。と、その時、窓が開き、何かが投げ捨てら
れた。
「何かなぁ?」
 ローラが素朴な好奇心でそれを拾い上げる。「それ」がコリンの捨てた毛虫で
あると分かると、彼女の顔色が一変した。
「きゃ・・・・・・」
 思わず悲鳴を上げるローラの口を、トリーシャがふさぐ。その間にアレフはロ
ーラの手から毛虫を取って手近な茂みに投げ込んだ。
「大声上げちゃだめだってば!」
 ささやき声で叫ぶトリーシャ。その声に青い顔のまま頷くローラ。そして、ジ
ョートショップの内部をうかがっていたアレフは、何の反応もないことにほっと
息をついた。
「どうやら、気付かれなかったみたいだな」
 確かに、コリンもパティも、外のアレフ達に気付いてなかった。そんな余裕も
なかったのだ。

「ほら、もう捨てたよ」
「ほ、本当?」
 震える声で言いコリンを見上げるパティ。その表情に、コリンは思わず見とれ
てしまった。
(かっ、かわいい・・・)
 おびえた表情ですがるように見上げるパティ。その顔を見ての率直な感想であ
った。
 今までも、かわいいと思った事は何度もあった。だが、今のパティのかわいさ
は今までの比ではない。端的に言えば、思考がそのまま停止してしまいそうなか
わいさ、なのだ。
 いや、今この時点でも思考は止まっていた。だから、かわいさのあまりパティ
を抱きしめてしまったことに、コリンは抱きしめてから気が付いた。
「大丈夫、もういないから」
「うん・・・」
 安心させるためのコリンの一言に、パティはようやく落ち着きを取り戻した。
そして、落ち着いたとたんに、彼女は自分がコリンにしがみついていることと、
自分が抱きしめられていることに気が付いて、別の意味で落ち着かなくなってし
まった。

「おおーっと、コリンさん、大胆!!」
 トリーシャが興奮を隠しきれないささやきをもらす。無論、窓のふちからノゾ
キ込んでいるわけではない。夜店などで売っているペリスコープを使い身を隠し
つつのぞいているのだ。同じようにペリスコープを使ってのぞいているアレフも、
楽しげだ。
「パティもまんざらでもなさそうだしな。これは期待出来そうだ」

 デバガメ連中の無責任な期待とは反対に、コリンとパティはこの先どうしたも
のか悩んでいた。パティは、出来ることなら放して欲しかった。だが、コリンが
抱きしめたのは自分を安心させるためと分かっていたので、そうとはなかなか言
い出せなかった。その内に、
(しばらく・・・いいよね、このままで)
 そう自分に言い訳して、そのままコリンの腕の中に身を預けることにしてしま
った。
 一方のコリンは、と言えば、最初のうちこそどう言ってパティを放そうかと考
えていのだが、パティの抱き心地の良さにそんな思考は吹っ飛んでしまっていた。
(柔らかいな・・・)
 ボーッとなった頭でそんなことを思っていた。
 そんな状態で、1分ほど黙って抱き合っていた2人だが、ついにコリンが口を
開いた。
「なあ、パティ・・・」
「何?」
 パティが顔を上げる。そのおとがいを、コリンはそっとつまむ。
「あの・・・いいか?」
 緊張と照れくささで真っ赤になりながらコリンは問いかける。この状況で放た
れたその質問の意味が分からないほど、パティは鈍くはない。彼女も真っ赤にな
りながら、コクンと頷いた。
「・・・いいよ・・・」
 そう言って目を閉じる。そんなパティに、コリンはそっと顔を近づけ・・・唇
を重ね合わせた。
 少しすると、2人はゆっくりと離れた。と、思うと、パティは倒れ込むように
コリンにもたれかかった。
「パティ?」
「ちょっとだけ・・・こうさせて・・・」
「ああ」

(きゃーーーっ、きゃーーーっ、きゃーーーっ!!)
 2人のキスシーンを見たローラは声を押さえながらも歓声を上げた。トリーシ
ャも興奮を隠しきれない声でささやいた。
(ボク、リサさんにぜーんぶ話しちゃおっと!!)
(何はともあれ、一歩前進、だな。さーて、コリンの奴、このチャンスにどこま
 でいけるかな?)
 アレフはさわやかなくせに人の悪い笑みを浮かべてそう言い、ごくわずかに姿
勢を変えた。それは、(夜這いにあたっての必要性から)身にしみついた慎重さ
をもって行われたため、本当に目立たない、見事な身のこなしであった。ただ1
つ、組み変えた足を降ろした先に枯れ枝があったことさえ除けば・・・
 パキッ
 枝の折れる乾いた音は、意外なほど大きく響き、キスの余韻に浸っていたコリ
ンとパティにもはっきりと聞こえた。
「!!」
 その音で正気に返る2人。とたんに、慌てて離れる。そして、照れくさいのと
恥ずかしさをごまかすために、コリンは鋭く誰何した。
「誰だっ!!」
 それと同時に窓を開ける。そこにいた「デバガメ御一行様」を見て、コリンは
目を丸くした。
「アレフ?」
「トリーシャにローラも、何やってんのよ、こんな時間に?」
 いたって当然と言うべきパティの質問に、3人はひきつり気味のわざとらしい
笑いで誤魔化すばかりであった。が、2人が誤魔化されそうにないと悟り、とに
かく適当な事を言うことにした。
「いやなに、月がきれいなもんだから、ちょっと夜の散歩をね・・・」
「今夜は新月で、ついでに雲も出ているんだが・・・」
 アレフのいいわけをあっさりと粉砕するコリン。すかさず、トリーシャが別の
弁明を行う。
「その、ボク達も夜のジョギングに励もうかなって・・・ほ、ほら、ダイエット
 してるし」
「じゃ、その手にしてるの、一体何?」
「え、えーっと・・・」
 後ろ手に隠そうとしていたペリスコープを見つけられて、トリーシャも言葉に
詰まってしまった。緊張をともなった沈黙が5人の間に積もる。それを吹き払っ
たのはコリンの一言だった。
「お前ら、のぞいてたな?」
 3人の体が、目に見えて硬直した。
「い、いやだなぁ、コリンさん。そんなことは・・・」
「いつから、だ?」
 必死にとりつくろおうとするトリーシャの一言を、ぴしゃりとさえぎるコリン。
3人が答えないので、彼は自分の予想を口にした。
「メシを食っていたときからだな?」
「えっ、ち、違うよぉ!ボクたちはお台所を始めたこ・・・あっ!!」
 濡れ衣を着せられて、慌てて本当のことを口にしてしまうトリーシャ。それが
コリンの狙いであることに、彼女は言ってしまってから気が付いた。だが、当然
手遅れである。
「じゃ、じゃあ、見てたの!?」
 トリーシャの一言から、さっきのキスまで見られていたことを悟り、真っ赤に
なって叫ぶパティ。その叫びに3人とも口ごもる。
「さぁて、この不届き者どもをどうしようかね」
 指を鳴らしながら、剣呑な口調で言うコリン。パティは、表面だけは穏やかに
応じた。
「そうねぇ・・・やっぱ、こんな夜中に出歩く悪い子には、それなりのお仕置き
 が必要よね」
「ちょ、ちょっと!そのフライパンは一体何〜?」
「ん?これ?うふふ・・・別に大した事じゃないわよ。ただ、これで頭をひっぱ
 たけば、さっき見たことぜーんぶ忘れるかなぁ、って・・・」
「じょ、冗談でしょ〜!?」
 パティの物騒極まりない発言に悲鳴を上げるトリーシャ。なお恐いことに、パ
ティの目は一切の冗談類を含まない、本気の光を放っていた。その事に気付いた
アレフが、コリンに向かって叫んだ。
「お、おい、コリン!パティを止めろ!!」
 この叫びに対するコリンの返答は、いたって沈痛に、だが無情なものであった。
「アレフ、残念だが、世の中にはやらなきゃいけない事ってものがあってね・・
 ・俺には、やらなきゃいけない事をやろうとしているパティを止めることは出
 来ないよ・・・」
「お、おい!」
「それに、俺もやらなきゃいけないことが出来たし・・・」
「な、なあ、コリン。その手に巻きつけているベルトは何なんだ?さっきからす
 ごーく気になっているんだが・・・」
「いやなに、『ファイナル・ストライク』って注意しておかないと拳を痛めるん
 でね、その予防に、な・・・安心しろアレフ、苦しまないようにしてやるから」
「冗談・・・だよな?」
「本気・・・覚悟しろ、アレフ!!」
「どわわわわーーーーっ!」
「うわあーーーっ!!」
 怒鳴ると同時にコリンが窓から飛び出し、3人は悲鳴を上げて逃げ出した。
「トリーシャ!ローラ!待ちなさいっ!!」
 コリンの後を追ってパティも飛び出す。そして逃げる3人にあっという間に追
いついて・・・。
「ファイナル・ストライク!!」
「連撃!!」
 ちゅっどーーーーん・・・
 派手な爆音があたりに轟いたのであった・・・。

「あははははは・・・・・」
 ずーっとクリスで遊んでいたために、コリン達の報復を免れた由羅から事情を
聞いていたリサの笑い声が朝の混雑が収まったさくら亭に響く。その隣でパティ
は顔から湯気が出そうなくらい真っ赤になってうつむき、コリンはテーブルに突
っ伏して頭を抱えていた。
「リサ〜ぁ、そんなに笑うなよ・・・」
 コリンが抱えた腕の間から情けない声を漏らす。それを受けて、リサは声を小
さくしたものの、それでも笑いつづけた。
「まぁ、それでも、ボウヤとパティにしては進んだ方か・・・」
「ま、少なくともキスするのに、コリンが苦労する事はなくなっただろ」
 一緒に話を聞いたエルが軽く肩をすくめつつそう言った。途端に、パティの顔
から赤さが引いた。
「何・・・ですって?エル」
「あれ、今まで気付いてなかったのかい、パティ。このバカ、今まで『キスの1
 つも出来ない』ってよくぼやいていたんだぜ」
「わっ、エル、ちょっと!」
 いきなりとんでもない暴露話を始められて、コリンは制止の声を上げた。が、
リサがその口にパンを押し込めたせいで中断される。
「2人っきりになりたいのに、デートの度にトリーシャが来るからなんとかして
 くれって頼まれたこともあったな」
 いつもと変わらぬ口調で説明を続けるエル。そんな彼女とは対照的に、パティ
の顔からは表情というものが消えていった。
「へぇ・・・そう・・・」
 パティはいつの間にかフライパンを手にしていた。それを見たコリンは早くも
さくら亭から逃げだすべく、腰を浮かせた。
「お、おい、パティ、そのフライパンは何かなぁ?」
「決まってるじゃない、あんたのそのスケベぶりをこいつで叩いて治そうっての
 よ」
「へ、平然と言うな!大体そのフライパン、さっきまで目玉焼き焼いていたやつ
 だろう!そんなので殴られたら大やけどだぞ!!」
「ふっ、問答無用!」
「どわーーーーっ!エルのバカーーーっ!」
「お待ちっ!!」
 さくら亭から飛び出したコリンを、パティがフライパン振り回しつつ追いかけ
る。そんな2人を見送ったリサは、楽しげな表情で話しかけた。
「・・・エル、あんたワザとパティにばらしたね」
「ま、このくらいのお遊びはアタシだってするさ」
 エルはそう言って、エメラルドグリーンの髪をかき上げる。その表情はリサ同
様、この状況を楽しんでいた。
「あの2人なら、どう引っかき回したっていまさら仲が悪くなる事もないだろう。
 だったら、とことん遊ばせてもらうさ」
「同感だね」
 リサは悪戯っぽい笑いを浮かべて頷く。
 そして、「パティとコリンの痴話ゲンカ」が「エルとマリアのケンカ」と並ぶ
エンフィールドの新名物として知られるようになったのだった・・・。

                                END


後書き

 松です。「2人きりの夜」をお届けします。

 中身は読んでの通り、主人公とパティのラブコメです。本編中、ただ1人、「キ
ス未遂」のあるパティと主人公に、もう一回その機会を、というわけで書いてみ
ました。

 と、言いつつやたらとエルが出ばっているのは、私がエルファンだから(苦笑)。
ついつい出番を作ってしまうんですよねー。

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 E-mail:GZL06137@nifty.ne.jp 松

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