エル、バースデーSS(悠久2時代編)

「ふう・・・」
 マーシャル武器店の自室で、エルは大きなため息をついた。
「結局、帰ってこなかったな、あいつ・・・」
 あいつ、とは恋人であるグローウォームの事だ。ほぼ1年前、わけあって旅
に出た。ただ、その時本人は1年くらいで帰ってくる、と言っていたのだ。だ
から、あるいは今日の自分の誕生日までには帰ってきて、祝ってくれるかと期
待したのだが・・・
「やっぱ、変に期待しちゃいけないよな」
 グローウォームにはグローウォームなりの事情があるのだ、と自分に言い聞
かせる。だが、それでも彼女は憂鬱であった。今まで、いつも自分の予想を良
い意味で裏切って見せたグローウォームが、今回も自分の予想を上回る何かを
して見せるのではないか、という思いが、心の片隅にどうやっても浮かぶから
だ。
 だが、そんな思いが浮かぶたびに、エルは憂鬱の度合いが深まるのを感じて
いた。完全な悪循環である。
「も、寝よ・・・」
 悪循環を断ち切るべく、エルはそう呟いてベッドに身を投げ出した。寝てし
まえば、少なくともそんな変な期待もしないで済むし、これ以上憂鬱になるこ
ともない。そう思って思ったのだが・・・
 コンコン
「ん?」
 突然、それも窓からなされたノックに眠りすら邪魔され、エルは眉を寄せた。
まぁ、ただでさえ気分が悪いところに加えて、不審極まりないのだから当然だ
ろう。
(こんなのは無視するに限る)
 そう判断して無視すると・・・
 コンコン・・・コンコンコン・・・
 ノックの主はその不審さを理解していないのか、それもと不審を承知でなお
そうせざるおえないのか、ノックを止めようとはしなかった。
 さすがにこれを続けられては眠れない。そう思ったエルは、苦いため息を吐
き出すとノックの主を片付けにかかった。
 気配を殺して窓の鍵を外す。続けて、いつでも攻撃出来るように魔法の準備
を整えた。それだけの用意をした上で、彼女は窓の向こうにいる人物に声をか
けた。
「開いてるから、入ってきな」
 夜中に、しかも窓から入って来るような不審者に、窓を開けてやるほど、彼
女は悪い意味での人の良さを持ち合わせていない。
 だが、ノックの主はそれで十分であるらしい。器用にも外から窓を開けると、
ごくごく普通の、昼に玄関から訪れるのと同じような声と共に姿を見せた。
「お邪魔するよ」
 旅装姿の男を見た途端、エルは時間もわきまえずに大声を上げかけた。かろ
うじて飲み込むと、今度は小声で男に食ってかかった。
「何をしているんだ、グロウ!?」
 このもっともな問いに、その男−グローウォーム・グレイフォード−の回答
は次の通り。
「いや、密会をしに来たんだが・・・」
「お前な・・・」
 あっさりと返されて、エルは呆れてため息をついた。
「帰ってきたのなら、何もこそこそと来る事はないだろうが。何でわざわざ・
 ・・」
「まだ、帰ってきていないことになっているから、さ」
「はぁ?」
「だからさ、旅の目的は果たしてないんだ」
「じゃあ、なんで、ここに・・・」
「たまたま、次の目的地へ行くのにエンフィールドを通らなきゃならなかった、
 っていうのが1つ。もう1つは・・・」
 そこで口を閉ざすと、グローウォームはポケットから何かを取り出した。
「これをお前に渡したくてね」
 そう言うと、それをエルの首にかけた。
「誕生日おめでとう、エル」
 それは、琥珀のペンダントであった。軽く形を整え、必要な金具等をつけた
だけのシンプルな、シンプルすぎるくらいのペンダント。だが、エルに良く似
合っていた。
「憶えていたんだな・・・」
「ああ、結局、こんな事しか出来なかったけどな。すまんな」
 グローウォームはばつが悪そうに髪をかき回しつつ、そう応じた。
「そうでもない・・・」
「え?」
「アタシはお前が今日顔を見せるなんて思わなかった。結局、無理だろうって、
 そう思っていた。だから・・・」
 エルはそこまで言うとグローウォームに抱きついた。
「ありがとう。アタシの予想を裏切ってくれて・・・」
「エル・・・」
「おかげで、少し憂さが晴れたよ」
 そう言う彼女の背中に腕を回しつつ、グローウォームは耳元にささやいた。
「何なら、夜明けまでの時間限定で、憂さ晴らしを手伝うが?」
「え?」
 思わずグローウォームの顔をまじまじと見つめた。そして、その意味を汲み
取ると、その顔を見ないように、先ほどより強く抱きついた。答えを言う赤く
なるだろう自分の顔を見られたくないのだ。
「それじゃ・・・少しだけ・・・」
「ああ」
 グローウォームは、エルをしっかりと抱きしめた・・・

 翌日・・・
「おはよう、エル!」
「おはよう、トリーシャ。どうしたんだい?」
 マーシャル武器店の開店の準備をしつつ、エルはそう問いかけた。これに対
しトリーシャは直接的には答えなかった。
「ねえ、エル。元気になったみたいだね」
「ん?そうかい?」
「うん、元気になってる。昨日なんて、すごくボーっとしてたもん。何かいい
 事でもあったの?」
「まぁ・・・あったと言えばあったかな」
「ふーん・・・何があったの?もしかして、グロウさんが夜這いをかけたとか」
「ななっ・・・んなことあるわけないだろう!」
「どーしてそんなにうろたえるのかなぁ?もしかして、図星?」
「トリーシャ!」
「あはは、冗談冗談。でも、エルが元気になって良かった。それじゃ、後でね」
 走り去るトリーシャの後姿を見送ると、エルは空を見上げた。
(ありがとうな、グロウ)
 夜明け前には姿を消し、今も旅路を急いでいるのであろう男に、エルは礼を
言った。早く帰ってくる事を願いながら・・・

                                END


後書き

 松です。エルバースデーSSをお届けします。
 ぎりぎりでも、間に合ってよかった(笑)

 最近はすっかりSS執筆スピードが落ちてますね;
 出来るだけ早く、続きを書きたいところですが・・・;

 それでは。

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