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विनय पत्रिका
Vinaya Patrika / ヴィナヤ・パトゥリカー
(抄)
[始めに]
1609年ごろに成立したとされる。定説のように1532年がTulsidasの生誕の年であるとすれば、70歳代の作品。全部で279詩節より成る。原題は「嘆願の書」という意味。ラーマ神を長とする、一種の司法機関、パンチャーヤト(五人会)への嘆願の書類ということ。しかし、そのような体裁による、真摯な「告白の書」、また神との一対一の「対話の書」、ひいては深遠な「祈りの書」と考えてもかまわないだろう。訳出にあたって、テキストは、Gita Press版を基にし、随時、Nagaripracarini Sabha版を参照した。以後、折を見て、追加・訂正を繰り返していきたいと思う。
102
ハリよ、わたしはあなたにとても感謝しています。
神々でさえ得がたい、この修行の家である身体を、あなたは親切にもわたしに与えてくださいました。
あなたの一つ一つの恩恵を、わたしは無数の口を持っていても、述べ尽くすことはできないでしょう。
しかしながら、主よ、わたしにはさらに欲しいものがあります。とても寛大な方よ、どうかそれをわたしにお与えください。
魚が水から離れられないように、わたしの心は一瞬たりとも、感官の欲望から離れることができません。
そのためにわたしは何度も輪廻をくりかえし、とても恐ろしい苦難に耐えなくてはなりません。
あなたの恵みを釣り糸とし、あなたの御足の鉤の印を釣り針とし、あなたの至高の愛を柔らかな餌として、
どうかわたしの心という魚を貫き、釣り上げ、わたしの苦しみを除いてください。
ラーマよ、それはあなたにとっていともたやすいことです。
もちろんヴェーダに知られた方法もあり、他の多くの神々もいます。しかし哀れなわたしは他に嘆願してまわるつもりはありません。
まさにこのわたしを迷妄の綱で縛り上げた方、まさにその方にわたしを解き放ってもらうしかないのです。
103
ラーマよ、主よ、あなたに祈願します。
他にたいして希望や信心や依頼心を抱くような、このわたしの愚かさを、奪い去ってください。
わたしは解脱も英知も財産もまったく欲しくはありません、繁栄も偉大さもまた。
ラーマよ、ただあなたの御足にたいするわたしの純粋な愛が、日一日といや増しに増せばよいと、ただそう願うだけです。
悪行の報いで、たとえわたしがどのような世界に生を余儀なくされても、
どうかわたしへの愛顧を瞬時も止めないでください、亀が自分の産んだ卵を手放さないように。
主よ、この世でこの身体が経験するかぎりのすべての愛、信頼、関係が、
一点に集中し、ただあなたにたいするものでありますように。
111
ケーシャヴァよ、どういえばいいのか、わかりません。
ハリよ、あなたのこの不思議な作品を目にして、ただ心で納得するだけです。
姿のない画家が、虚無の壁に絵具なしで描いた絵、
それは洗っても消えません。しかも死の恐怖があります。そのほうを見る人に苦しみをもたらします。
陽光に見えてくる幻の水、そこにはとても恐ろしい、鰐の形をしたものが棲んでいます。
その怪物は口もないのに、水を飲もうとしてやって来たものを、すべて呑み込んでしまいます。
この世を真実だという者もあれば、偽りだという者もあります。また真偽こもごもだと考える者もいます。
この三者の意見とも迷いであり、この迷いから自由になった者こそ、 真の自己を知ることができると、わたしは考えます。
113
マーダヴァよ、なぜわたしをいまだに憐れんでくださらないのですか。
あなたは救いを求める者を守護すると誓われ、わたしはあなたの蓮の御足に目を向けて生きることを誓っています。
わたしが哀れな者で、あなたが情け深い方ということがなければ、またわたしが僕であり、あなたが主であるということがなければ、
みずから耐え忍ぶ苦しみを、わたしはあなたに語ることもなかったでしょう。語らずとも、あなたは人の心の内を知っておられますけど。
ヴェーダでも述べられていますように、あなたは惜しみなく与えるのに、わたしはけちであり、
わたしが堕落しているのに、あなたは清らかです。
ラーマよ、このようにわたしとあなたの間には多くの関係があります。もはやわたしを見捨てることはできないのではないでしょうか。
あなたはわたしにとって、父であり母であり、師であり兄弟であり、友人であり、主人であり、あらゆる意味でわたしの恩人です。
わたしが二元性の暗い井戸に落ちることがないように、どうかなにかの方策を講じてください。
お聞きください、蓮の目をした方よ。あなたの無限の慈悲こそ、人間を大きな恐怖から解放してくれるものです。
主よ あなたの光がなければ、わたしの疑念はけっして晴れることはないでしょう。
114
マーダヴァよ、この世にわたしのような者はいません、
あらゆる意味で卑しく、汚れており、とても哀れで、感官の快楽に溺れた者は。
そしてあなたのように、理由もなく恵み深く、苦しむ者の朋友であり、自己放棄を旨とする主はいません。
わたしは苦しみと愁いのために心安らかではありません。恵み深い方よ、なぜわたしを憐れんでくださらないのですか。
しかし、もちろん、あなたになんの落ち度もなく、悪いのはこのわたしです。
主よ、あなたは、まさに知恵の館であるこの身体を、わたしに与えてくださいました。
それを得ながらも、わたしはあなたを知ることがありませんでした。
竹が白檀を非難したり、ケーパーが春を非難しても、無駄なことです。
いったいどうして髄のない竹に芳香が染みたり、不運なケーパーに若葉が生えたりするでしょうか。
わたしはあらゆる意味で硬く、ハリよ、あなたは柔らかい。わたしの心には確固たる思いがあります。
主よ、わたしの迷妄の鎖が解けるのは、あなたがそれを解いてくださる時であると。
116
マーダヴァよ、あなたの作り出す幻影は、
疲労困憊するまで、様々な方策を講じたとしても、克服することはできません、あなたが憐れんでくださらなければ。
人から聞いても、思案しても、理解しようとしても、人に理解させようとしても、この幻影の有様は合点がいきません。
その有様を実感しないかぎり、迷妄の産物である、この世の恐ろしい困難が、苦しみをもたらしつづけるでしょう。
甘くて冷たい、梵の甘露を、心で味わうこともできるのに、
どうして幻の水にすぎぬ、感官の快楽を求めて、日夜かけずりまわるのでしょうか。
自分の家に純粋な如意宝珠を持つ人が、どうして硝子を掻き集めたりするのでしょうか。
だれかに隷属していた夢から覚め、もはやだれにも隷属していないのに、いったいだれに解放を嘆願したりするのでしょうか。
知識やバクティなど多くの修行があり、それらはすべて真実であり、どれも偽りではありません。
しかし、ハリよ、あなたの恩恵があってはじめて、迷いは消え去ります。そのことこそわたしの心の頼りです。
117
おお、ハリよ、どうしてわたしにあなたを非難することができるでしょう。
それによってはけっして解脱を得ることができないような方法を、わたしは日夜行っています。
わたしは知っています、感覚の対象は無意味なものにすぎませんが、それがために人は無知の暗い井戸に落ちることになると。
なのに、わたしは犬や山羊や驢馬のように、感覚の対象を放棄することなく、それに愛着し、それを求めてさまよっています。
迷妄の虜となって人々に敵対し、みずからの益を考えることもできません。
傲慢、嫉妬、自尊といった、知識の敵たちの中で、わたしは終始馴染み合って暮らしています。
ヴェーダやプラーナで聞き知っていますが、ラーマよ、あなたこそ全世界に偏在なさっている方です。
しかし、わたしの罪深い、空ろな心には、そのことは染み通ってきません、ちょうど白檀の香りが髄のない竹に染み込まないように。
慈悲の倉よ、わたしは罪の海です、人の心を知る方よ、すでに御存知のように。
蛇の天敵であるガルダ鳥に乗る方よ、この世という蛇に咬まれたわたしは、あなたにこそおすがりします。
118
おお、ハリよ、どうしてわたしに幸福を願うことができるでしょう。
わたしの行いは象の見せかけの牙のようなもの、すっかりあなたが御存知のように。
わたしの言行が一致していたら、輪廻の海を、仔牛の足跡に溜まった水を渡るように、たやすく渡ることができるでしょう。
言行不一致のこのわたしが、ハリよ、どうしてあなたのお膝元での幸福を得ることができるでしょうか。
孔雀は見た目には美しく、きれいな声で甘露を混ぜたように鳴きますが、
食べるものといったら毒蛇。言行不一致とは、このように酷いものです。
あらゆる生類を慈しみ、妬心がなく、あなたの蓮の御足に愛を寄せる者、
そのような者を、ラーマよ、あなたは愛でられます。さらには思慮深く、自他の区別をすっかり捨て去った者を。
ラグ王よ、わたしの欠点に際限はなく、わたしはこの輪廻の世にこそふさわしい者です。
しかしながら、慈悲の倉よ、みずからの特性を考慮なさり、どうかわたしをお憐れみください。
120
ハリよ、なぜわたしの大きな迷いを除いてくださらないのですか。
偽りにすぎないのに、この世が真実に見えてきます、あなたが恵みを垂れてくださらないかぎり。
感覚の対象は存在しないと知りつつも、主よ、わたしは生存を去ることができません。
だれにも縛られていないのに、愚かにも、みずからの頑迷さによって、わたしは鸚鵡のように自由を奪われています。
ちょうど夢の中で様々な病気に苦しめられ、死が迫ったように感じて、
医師にいろんな治療を試みてもらうが、目覚めることなしには苦痛は止まないのとおなじようです。
ヴェーダもスムリティも、師も聖者も、見解を同じくしていますが、この可視世界は存在せず、苦をもたらすのみです。
ラーマよ、その世界を捨て去ることなしには、またあなたを拝することなしには、だれも苦難から逃れることはできません。
ヴェーダでは、輪廻の海を渡るための多くの方法が、神聖な言葉で述べられています。
しかし、「わたし」と「わたしの」という言葉が消えてしまわないかぎり、人はけっして幸福を得ることはできないのではないでしょうか。
123
ラグ王よ、わたしにはこのように思われます。
情け深い方よ、僕の恩人よ、あなたの恵みなしでは、迷妄も幻影も消えることはないと。
どんなに言葉に関する知識が豊富で、弁舌が巧みであっても、だれも輪廻の海を渡ることはできません。
夜、暗い家の中で、燈火のことを話題にしても、闇を除き去ることはできないのとおなじように。
ちょうど、飢えに苦しむ、とても哀れで不幸な人が、
家の壁に如意樹や如意牛の絵を描いてもらっても、彼の苦難が消えることがないように。
六種の味の、様々な料理について、日夜説明する者がいたとしても、
料理に満足して得られる喜びを知るのは、なにも言わずに、実際にその料理を食べた者だけです。
心に光を宿していないかぎり、感官の欲望が心にあるかぎり、
輪廻の世をさまよい、けっして幸を得ることはできません。
129
美しい舌よ、なぜおまえは「ラーマ」「ラーマ」「ラーマ」と唱えないのか。
その名号を心に想うだけで、幸福と善果が増し、罪と禍が減るというのに。
労することなく、末世の罪科の、苛酷で恐ろしい網が切れていくというのに。
ちょうど太陽が昇ると、闇が四散していくように。
ヨーガ、供儀、念誦、遁世、苦行、聖地巡礼は、
まるでこの世という大きな象を縛るために、砂で縄を綯っているようなもの。
おまえはすぐれた名号という、如意宝珠を捨て、トウアズキの実を物欲しそうに眺めている。
おまえのそのつまらない欲望を目にして、わたしはおまえを叱責する。
167
ラーマへのバクティは、行うのが難しい。
言うは易く、行うは難し。バクティを知るのは、バクティを行うことができた者のみ。
ある技に秀でた者にとって、その技はたやすく、つねに快いもの。
魚が河の流れを遡っていくのに、大きな象がガンジス河に流されていく。
ちょうど、砂の中に砂糖が混じっているとき、だれも力ずくで砂糖を分離することはできない。
しかし、小さいながら とても味に詳しい蟻は、いともたやすく砂糖を分離し、手に入れることができる。
可視世界をまるごと腹に収め、ヨーガ行者は眠りを捨てて眠る。
ハリのお膝元での至福を経験できるのは、完全に二元性を脱した者のみ。
彼にとって、悲しみ、迷妄、恐れ、喜び、昼夜の別、時間と空間は存在しない。
このような境地なしでは 疑念が根絶されることはない
244
ハリよ、このようにしてわたしは知恵を失いました。
ラーマよ、心の中の蓮である、あなたを見捨て、せわしなく外をかけずりまわったために。
みずからの身体にある甘美な香料なのに、愚かきわまりない鹿がその秘密を知らず、
この至上の芳香はどこからくるのかと、山、樹木、蔓草、地面、穴を探しまわるみたいに。
清らかな水で満たされた池が、その表面だけすこし藻や草でおおわれています。
邪なわたしはその池を捨て、心を燃え上がらせたまま、渇きを癒そうとします。
体中をものすごい三種の熱が満たし、さらには耐えがたい欠乏がわたしを苦しめます。
まさに心の家にある、あなたの名号という如意樹を捨て、感官の快楽というアカシヤの庭園に執心しています。
あなたのような知恵の倉は他におられず、わたしのような愚か者は他にいません。それは諸プラーナの述べるとおりです。
主よ、そのことを考慮なさり、心にふさわしく思われることを、このわたしにたいしてなさってください。
245
愚かな心によってわたしは破滅してしまいました。
お聞きください、憐れみ深い方よ。この愚かな心のせいで、わたしは輪廻をくりかえし、そのたびに苦しみに涙しました。
本然の喜びという、冷たく甘い甘露がすぐそばにあるのに、まるでそれが遠くにあるかのように、わたしはそれを見失いました。
愚かなわたしは迷妄のゆえに様々な労苦を重ねましたが、それは無駄に水をかき回したようなものでした。
行為は泥であると知りつつも、心にそれをなすりつけ、邪な心の汚れをすべて洗い落とそうとしました。
渇いていながら、邪なわたしはガンジス河を忘れ、何度も何度もせわしなく、虚空から幻の水を搾り出そうとしました。
主よ、恵みを垂れてください。わたしは包み隠さず、みずからの咎をすべて語りました。
夜具を敷いている間に、夜はすっかり過ぎてしまいました。主よ、わたしは安眠できませんでした。
258
恩恵の倉よ、わたしはあなたを見知っていながら、あなたを忘れてしまいました。
あまりに横柄となり、逆にあなたを非難する始末です。
ヨーガ行者たちが刻苦して関係を持とうとしている方に、
わたしはなんとか関係を持っていたのに、不運にもわたしはその関係を断ち切ってしまいました。
わたしはこれまで十二分に探してきたつもりですけど、
わたしのような罪の倉は十四宇宙に他にいませんでした。
荷車に付き従う犬のように、わたしは強力な幻影と迷妄を一瞬見捨てたかとおもうと、
またもや付き従い、奉仕を始めます。
主よ、わたしはあなたに何度も何度も誓って言いますが、
あなたに対する大反逆者として、わたしに匹敵する者は他にいません。
どうかあなたの戸口から、この嘘つきで、貪欲な、ペテン師を追い払ってください。
さもなければわたしは甘露のような水を豚のように汚すことでしょう。
ですから、わたしを良い方に導いておそばに置いてくださるか、
あるいはわたしのような卑しい者は叩きのめしてしまうか、どちらかにしてください。
さあ、その二つのうちどちらにするか、あなたのほうでお考えください。もうわたしには嘆願することはなにもありません。
わたしは何度も誓って真実を述べました。
あなたが遅延なさると、わたしはあなたの偉大な名号という舟を沈めてしまうことになるでしょう。
259
あなたが正してくださったわたしの状態が、わたしが損ねることによって、もし損なわれるとすれば、
ヴェーダに書かれたことは、ひとまず置かせてもらって、世間はいったいどのように言うでしょうか。
主が無関心であり、僕が罪深ければ、
その二つが相俟って、哀れな者の朋友よ、哀れな者であるわたしは、苦しみの火に焼かれてしまうことでしょう。
末世がわたしを押さえつけるので、わたしは胸を金剛石で守りました。
それによって激しい苦痛に耐えています。わたしを含めて、他に従属している者たちは、苦痛に耐えるしかありません。
恵み深き方よ、あなたの素晴らしい名声により、あなたはわたしを守護せざるをえないでしょう。
結局は、わたしの苦境に目を向け、今のように無関心ではいられなくなるでしょう。
祭儀を行う者、信心深い者、聖者、神の僕、脱俗者、世俗の者、
これらすべての者たちがおのれの善行にしたがって、なんらかの場所を確保することでしょう。
しかし、わたしのように臆病、親不孝、残忍な者たち、堕落した、だらしない者たちは、
あなたが顔を背けてしまえば、いったい他のだれが受け入れてくれるでしょうか。
情け深い方よ、すべての人の状態はその時々で変化します。
しかしわたしにはあなた以外けっしてだれも好意を寄せてくれないでしょう。
ラーマよ、身口意からあなたに誓って言いますが、
主よ、あなたが保持してくださってはじめて、このわたしは維持されることでしょう。
260
主が無関心になると、特別な僕でさえ破滅してしまいます。
わたしなど物の数でもありません。わたしが破滅しかかっているのは、だれの目にも明らかです。
この世に居場所もなく、あの世を頼ることもできません。
わたしは、ラーマよ、あなたの名号によって購われた僕のはずです。
行為、性向、時世、愛欲、瞋恚、貪欲、迷妄などの大きな鰐と、
深刻な欠乏が、わたしをしっかり掴んで放しません。
解放してくださるのは、大王であるあなただけ。しかし無数の兵士がわたしを束縛しようとしているのです。
救い給え、主よ、救い給え。わたしは罪という三種の熱に焼かれています。
他の神々への好み、理解、信仰、愛も、すべてはあなたの戸口を通して得られるものです。
だがわたしは、熱いバターミルクを飲むにも、息を吹きかけて飲むほど注意深くなりました。
わたしは他の神々の名前を唱えるのに疲れ果て、カーストの位も行動様式も低下しました。
わたしはあなたの食べ残しを切望するのであって、ミルクに浴したいとは思っていません。
わたしは余所でよい行いをし、よい道を進み、みずからの幸を願うつもりはありません。
心によくよく考え、ここでもまたみずからの幸を願うつもりはありません。
わたしは何度も思案を重ねました。
主よ、そのようなみずからの思いをあなたにも述べ、わたしは今あなたに維持してもらっています。
261
わたしの自力では未来永劫にわたってわたしの更生はならないでしょう。
ラーマよ、あなたの思し召しがあれば、瞬時にしてわたしの更生はなるでしょう。
しかし、恩恵の倉よ、どう言ったらいいのでしょう、あなたのなさりようは、とても賢明です。
わたしはといえば、貴重な宝石のような人生と引き換えに、ナツメの実を手に入れただけでした。
心は汚れ、行為は末世の汚れにまみれました。
この舌もあなたの名号を唱えたことはかつてなく、いつもわたしは出鱈目なことばかり言っていました。
邪な道を進み、邪に振る舞い、良い結果になったことは間違ってもありませんでした。
子供の頃、遊んでいた時でも、まったくついていませんでした。
見よう見まねで、また偽りの心から、あるいは優れた人々との交誼の影響によって、わたしより良い結果が生じると、
わたしはそれを公然と世間に知らしめました。しかし自分の罪悪は秘密にしました。
愛着、瞋恚、敵意、そして諸感覚器官に伴う心を大事に養い、
それらにバクティを捧げ、まさにそれらを愛しました。
過去、現在、未来に思いを馳せるだけで、
わたしの状態は理解できます。結局わたしはなにをなすこともなかったのです。
しかし世間は、このわたしには、ラーマへの愛と信があると言います。
その真偽はどうあれ、わたしの拠り所は、主ラーマよ、あなたのみ。
262
なにも言うことはできません。しかし言わずにはおられません。
主よ、大いなる者にみずからの哀れさを語るのは、とても快いことです。
だが、主よ、あなたはあまりに偉大で、わたしはあまりに卑小です。
あなたは神聖で、わたしは罪にまみれています。
この両極端について考えると、心は畏縮します。
しかし、主よ、あなたの義を耳にし、わたしの心はふたたびあなたと相対します。
あなたの賛歌を歌い、合掌して低頭すれば、
あなたは卑小な者たちにも情けをかけてくださいます。あなたのなんと素晴らしい愛の流儀でしょうか。
この宮廷では傲りによってすべてが台無しになってしまいます。
貧しさ、つまり謙虚さによってのみ、安寧を得ることができます。
ラーヴァナほど肥え太った者はいませんでした。ヴィビーシャナほど痩せ細った者はいませんでした。
今こそわたしはあなたの僕への愛について理解できます。
この宮廷での賢さは千の愚かさに等しいのです。
素直に真実を語れば、汚れは消えてしまいます。ジャターユ、アハリヤー、シャバリーのことを毎日思い出せば、
主よ、あなたにたいする愛が失われることはないと思います。
あなたの名号という如意樹は、すべての願いを叶えてくれます。
あなたの名号を想起するだけで、末世の罪、欺瞞が弱まっていきます。
慈悲の倉よ、わたしが望む恩恵は、
シーターの主よ、あなたへのバクティというガンジス河の水に棲む魚でありつづけることです。
263
主よ、僕の心のうちをどうかよく理解してください。
わたしの理性という女性は、あなたへの信頼を夫とし、
彼に心からの愛を捧げることを誓い、優れた生活を送ることを好みます。
悪行と善行の報いで、わたしはあらゆる人と接することとなりました。
他人の状態を検討すると同時に、自分の行った行為についても検討しました。
しかし、主よ、今やわたしは自分の善悪について、なんの懸念も恐れもありません。
シーターの主よ、あなたに誓ってわたしは真実を述べます。
あなたは言葉とさらに知識の主であり、外界も内界も見通す方です。
あなたの前では、口に出した言葉も、心の内も隠すことはできません。
わたしはあなたの僕であり、あなたこそわたしの恩人です。
もしもわたしが包み隠して述べるとすれば、わたしは蠅がギー油に落ちるのと同然になるでしょう。
264
わたしの言うことを聞き、それからお前によしと思われることを行え。
内と外の四つの眼でよく見て言え。
三界に、また三世にわたって、ハリのようにお前に好意を寄せてくれる方が他にいるか?
身体という家に住むのを繰り返し、お前は幾度も新しい肉親の愛を経験した。
愛の狡猾さも見分けがつくようになり、お前には愛の内実が露わになった。
友人関係はといえば それはまさにペテンの売買である。
彼らは用がある時にだけ会いに来て、足に縋り付いて懇願する。
神々もずる賢い。お前は彼らのことがよく理解できたか?
彼らは与えるのは僅かだが、受け取るのはその万倍だ。
善行はといえば、それをいくら積んでも、ラーマなしでは徒労にすぎない。
それは火のない灰だけの護摩壇で行う供儀、不毛地に降る雨のようなもの。
未来永劫にわたって善なる方、すべての者に幸をもたらす方、
その名声がヴェーダでも世間でもあまねく知れわたっている方、
そのようなラーマのような品性の倉である主は他にいない。
邪悪な者よ、お前はまるで主を忘れてしまったかのようだ。どうしてお前に心の平安があるだろうか。
生類の生命、生命の最高の恩人、
もっとも愛すべき方、卑小な者たちを清める方、お前はその方に不敬をなしている。
恵み深いコーサラ王が、お前のためにチトラクータで行ってくださった御業を、
お前は心に想起すべきだ。
265
清らかな肉体と、意欲に満ちた心を持ち、
「我はラーマの僕」と、わたしは言います。
しかし、主よ、いったいどのような不運のためでしょう、
わたしはあなたと良い関係も結べず、あなたを良く愛することもできません。
水を欲するのに火が手に入り、
甘露も毒に変わってしまいます。
末世の悪行について、まさに聖人たちが語ったとおりでした。
わたしは太陽と夜を見分けることもできません。
末世はわたしを盲人だと考え、目薬として、
ジャングルの雌虎の乳で作ったギー油をわたしに勧めます。
その異常な治療法を聞き、わたしがそれについて真剣に考慮しはじめると、
末世はわたしの心の理性の力を奪ってしまいます。
主よ、あなたにお話しするのもためらわれます。
またもやわたしは顔色を失う結果になるのではないかと恐れます。
しかしながら、やはりお願いします。末世を召喚し、禁止してほしいのです。
もはやわたしのような愚かな人間にはちょっかいを出さないようにと。
266
恵み深い方よ、あなたに近づきたいと思えば思うほど、
わたしはあなたから遠ざかってしまいます。
ラーマよ、あなたは四ユガにわたって変化なく、
わたしもまた、たとえ罪と欠点だらけであっても、ずっとあなたの僕でした。
この卑しい末世が機会をとらえて、
中途半端な状態だったわたしを騙しました。
黄金色だったわたしを醜い色に変え、
王だったわたしを乞食にし、賢明だったわたしを愚かにしました。
わたしは無数の山や森をさまよい、
火もないのに燃えつづけました。
そしてわたしはチトラクータを訪れ、末世のあらゆる悪行を知りました。
今やわたしは恐怖におびえています。
主よ、わたしは合掌してあなたの前に立ち、
低頭してあなたに述べています。
わたしの聞いたところでは、素性の知れた盗人がまた人を殺すだろう、とのことです。
主よ、そのことをわたしはあなたに恭しく申し上げました。今はほっとした気分です。
267
ラーマよ、わたしは堅く誓いを立てて、
今日から絶対にあなたの宮廷の門から離れないことにします。
「汝は我が僕」と、あなたが言ってくださらないかぎり、わたしは一生ここから立ち去ることはないでしょう。
主よ、あなたに誓いを立てて、わたしはほっとしています。
わたしを小突いて地獄から追い出そうとして、地獄の従者たちは疲れ果ててしまいました。
わたしは梃子でも動こうとしませんでした。
この世に何度も生を享け、わたしは母の胎内で耐えがたい苦しみを味わいました。
そこでやっと地獄を貶して、地獄を離れたのです。
わたしが頑固に、それを手に入れようと躍起になっているもの、
わたしはそれを手に入れるまでここを離れないでしょう。
あなたは憐れみ深い方であり、結局はそれを与えざるをえないでしょう。
ただ、どうか速やかにお願いしたいのです。わたしは疲労困憊するばかりです。
わたしが罪にまみれているので、
明言するのをためらっておられるのなら、
どうかお願いです、わたしをあなたの心の中で受け入れてください。
わたしは末世を目のあたりにして動揺しています。
269
ラーマよ、いつになればわたしにとってあなたが愛しい存在となるのでしょう、魚にとって水が愛しいように、
人にとって幸福な生活が、蛇にとって宝石が、貪欲な人にとって財産が愛しいように。
若い男にとって若い女が当然愛しく思えるように、
慈悲の倉よ、あなたにたいする強く聖なる愛への意欲を、わたしの心に生じさせてください。
ヴェーダの教えでは、賢明な主よ、あなたは人の望みを叶えて下さる方。
憐れみの倉よ、どうかこの哀れなわたしの願いを叶えてください。
272
ラーマよ、わたしに悪い感情を持たないでください。わたしから目を背けないでください。
お聞きください。この世でもあの世でも、あなた以外にわたしの恩人はけっしてどこにもいません。
わたしを欠点だらけの、無能で、怠惰な、卑しい、役立たずの人間だと考え、
利己心だけの仲間たちは、三日熱の魔除けのようにわたしを捨て、間違っても振り返って見ようとしませんでした。
わたしがバクティの心に欠け、ヴェーダの道に外れ、末世の汚れに満ちているのを知り、
神よ、他の神々もまたわたしを見捨てました。しかし神々にはなんの咎もなく、すべてはわたしが悪いのです。
あなたの名号のお蔭でわたしは腹を満たしています。ただそれだけなのに、あなたの僕だと言われています。
それはすでに世間で周知のこととなっています。世間が偉大か、ヴェーダが偉大か、どうかあなた自身で判断してください。
いつであっても、とにかく、わたしの良い状態は、あなたからでなくては生じないでしょう。
神よ、あなたが遅延なされば、それだけ日ごとにわたしの状態は悪化するでしょう。
お願いです、速やかにわたしを受け入れてください。
273
あなた以外のだれに話すでしょう。
わたしの恩人が他にだれかいるでしょうか。
僕、友、苦しむ者、寄る辺のない者にたいして、生来、愛情を抱かれる方が、
哀れな者の朋友よ、あなたの他にいるでしょうか。
多くの罪人が、舟も筏もなしに、
輪廻の海を渡っていきました。
ラーマよ、恵みであれ、怒りであれ、真心からであれ、欺いてであれ、流し目であれ、
ともかくあなたがいずれかの視線で彼らを見たことによって。
あなたが好ましいと思う視線で、
速やかにわたしを見てください。
わたしを受け入れてください。遅延なさらないでください。
もはやわたしの命数は尽きようとしているのですから。
274
神よ、わたしにどこへ行けというのですか。
哀れで、苦しんでいる者にとって、どこに居場所があるというのでしょうか。
主よ、あなたのように恵み深い方が、他にいるというのでしょうか。
庇護を求める、まったく無力なものを、あなたのように保護してくださる方が。
他の主たちは、金のある者、有能な者、
良く奉仕する者だけを受け入れます。
財もなく、無能で、怠惰な者たちを守護するのは、
ラーマよ、比類のない主であるあなたにこそふさわしいのです。
口に出してなにを言うことがあるでしょうか。
主よ、賢明なあなたは、わたしの心の中を御存知です。
わたしのような心の汚れた者にとって、
三界において、また三世にわたり、あなただけが唯一の支えなのです。
275
わたしは戸口ごとに平伏し、
哀れっぽい様子で、みずからの窮状を訴えました。
この世ではいたる所に、多くの人々の苦しみと咎を除くことのできる、情け深い方々がたくさんいます。
しかしその内のだれもわたしと話をしてくれませんでした。
父母もわたしを捨てました、
蛇がわが子を捨てるように。
なぜ怒りを覚えるでしょう。いったいだれを非難するでしょう。
すべてはわたしの不運のため。人々はみなわたしの影に触れることさえためらいます。
わたしの不幸な様を見て、聖人たちは言いました。
「なにも心配することはない。お前のような、獣のように罪深く、卑しい者たちが、庇護を求めに来ると、
ラーマ様はそのような者たちを見捨てはなさらんだ。
ラーマ様は最後までしっかりと守ってくださるお方だ」
それ以来わたしはあなたの僕となり、
あなたにたいする愛も信もないのに、幸せな者となりました。
主よ、あなたの名号の偉大さとあなたの品性とによって、わたしは安寧を得ました。
そのことを考えると、わたしは心に恥じらいを覚え、また同時にあなたを賞賛することでしょう。
276
わたしはあらゆることをやりました。あらゆる場所に行きました。あらゆる人に頭を下げました。
ラーマよ、あなたの僕になるまでは、この世に何度も生を享けて、いたる所でただ苦しみのみ味わいました。
あなたの特別な僕になってからも、願望に余儀なくされ、卑しい主たちに話しかけました。
嘆き悲しみながら戸口ごとにみずからの窮状を訴えました。
しかし口をあんぐりと開けて待っていても、口には塵すら入ってきませんでした。
着るものも食べるものもなく、気が変になったように、あちらこちら駆けずりまわりました。
命よりも愛しい自負心と尊厳を打ち捨て、悪人たちの前で、幾度も裸の腹を見せては凹ませ、食べ物を乞いました。
主よ、わたしは欲ゆえに渇望しましたが、なにも手に入ることはありませんでした。
本当のところ、取るに足らない貪欲によって、恥知らずなこのわたしが踊らなかったような踊りはひとつもありません。
耳を澄まし、目を凝らし、心を傾け、この世の王たちの真相を探りました。しかし、みずからの頭を叩き、絶望するばかりでした。
そこで、これこそわたしにとって最善だと思い、あわてふためいてあなたの御足におすがりに来たのです。
ダシャラタ王の御子よ、あなたこそ全能です。三界があなたを誉め称えています。
あなたに低頭するこのわたしを御覧ください。
主よ、あなたの数々の名声が、わたしに支援の約束を与え、わたしをここまで呼び寄せたのです。
277
ラーマ王よ、わたしにとってあなた以外に真の恩人はいません。
主よ、あなたを含めすべての方々にわたしは申し上げます。
よく考慮なさり、もしあなた以外に著しい主がいるならば、はっきりと別の主張をしていただきたいと思います。
体と魂の結び付いた生類の友は、みな偽りの縫い目で縫い合わされたようなものです。
思うに、彼らはバナナの幹に髄がないようなものです。
取るに足らない硝子が、黄金や宝石に接し、はさまれて、映え輝くようなものです。
父よ、この哀れなわたしの「嘆願の書」を、あなたみずから読んでもらいたいのです。
自分の心を見つめて、わたしが書いたこの書に、
恵み深きあなたにふさわしく、お墨付きを賜わり、それから五人会に諮問してもらいたいのです。
278
風神の息子、ハヌマーンよ! 敵を滅ぼすシャトゥルグナよ! 親愛なバラタよ! ラクシュマナよ!
各々都合のよい時に、どうかこの哀れなわたしを思い出してください。
そうしてくだされば、この衰弱し切ったわたしの、僕としての願いも、叶えられるでしょう。
宮廷においては、だれもが正しい修行者を誉め称えます。
しかし、そうでないわたしを、あなた方が口添えしてくだされば、支えのないわたしに、支えがもたらされるでしょう。
あなた方には善果と名声、主の恵み、この世での益、そして解脱が、もたらされるでしょう。
折を見て、この罪深いわたしの状態を是正してください。
そして、恵み深い保護者であるラーマに、極限の僕であるわたしの、愛の流儀を伝えてください。
279
ハヌマーンの意向とバラタの好意を見てとり、ラクシュマナは述べた。
「主よ、末世においても、ひとりの僕によって、あなたの名号にたいする愛と信が維持されています」
それを聞き、そこに集う者たちはみな賛同して言った。「わたしたちもこの僕の振舞については、かねてより知っています」
まさに惨めな者に情け深いラーマの恩恵である。
みなが見守る中、主ラーマはすぐに惨めな者の腕を手に取った。
ラーマは微笑み、言った。「そのとおりだ。わたしもこの僕のことはすでに聞き知っている」
この書にラーマ手ずからのお墨付きをいただき、寄る辺ないわたしは目的を達し、心に喜び、主の足元に低頭した。