『―――罠に落ちた恋人達―――』 |
「なぁ、クリスマス・イブの夜、予定はあるのか?」 休憩中にそう頼忠に尋ねてきたのは、割と仲の良い同僚の男。 「いや、特別何も考えてはいないが。」 「おいおい、そんなんじゃ可愛い彼女に嫌われるぜ?」ワザとらしく顔を顰めると、一通の封筒を取り出して頼忠の顔の前でヒラヒラと振る。「ほら、これをやるからお前、あの娘と楽しんで来いよ?」 「何だこれは?」 「○◇△ホテルのディナー招待券。」 「お前は行かないのか?」 「つい最近、彼女と別れたんだよ。」泣き真似をする。「無駄にするのはもったいないだろ?」 「誰か男の友人でも誘えば―――。」 「だからな、これは恋人と過ごす為のプランなんだよ。男と行ったら誤解されるだろうが!」パンフレットを取り出す。「スィートルームで二人きりでディナーを楽しむんだぜ?100万ドルの夜景を見ながらね。」にっこり笑顔で付け足す。「女の子ってこういうの好きなんだよね。あの娘だって喜ぶんじゃないか?」 「喜ぶ?」 その途端、頭の中に花梨の顔が思い浮かんだ。 クリスマスの日も仕事がある。残業はしないで、どこかのレストランで食事ぐらいはしようと思っていた。女人にとっては重要らしいクリスマス・イブがそんなので申し訳無いとは思っていたが、自分では気の効いた案は思い浮かばなかった。だが、これなら・・・・・・。花梨が喜ぶのなら。 「お前の好意に甘えさせて貰おうか。」封筒を受け取る。「有難う。」 「おう、早速電話してみろよ?」 「今?」 「今!女の子には色々準備があるんだから、予定は早く言わなきゃ駄目なんだぜ!」 「そうか?」 ちょっと意味深な笑顔が怖い気もするが、そういうものなんだろうと無理に納得して携帯電話を取り出した――――――。 「大喜びしてくれた。有難う。」電話を切った後、そう言って同僚に笑顔を向けたが。「・・・・・・何だ?」 やけにニヤニヤしているその顔が不気味だ。 「そうかそうか、良かったな。」そう言うと、ポケットから小箱を取り出して頼忠の手に乗せた。「これもプレゼントしてやるぜ?何て気の利く友人なんだろう、俺って。」 自画自賛。 「何だ、これは?」と、小箱を見た瞬間、真っ赤になって絶句。「な、な・・・・・・っ!」 「こういう物を準備するのは男の義務だろう?」 「だ、だからって!」 「花梨ちゃんだっけ、名前は。あの娘はまだ高校生なんだから、優しくしてやれよ?」頼忠の反応を楽しみながら続ける。「それとも何か?結婚を承諾させる為に必要無いってか?」 「ディ、ディナーだろう?食事だろう、これは?」 「お前なぁ・・・・・・。」予想通りの反応で嬉しくて仕方が無い。「スィートルームで食事だけって事は無いだろうが。お泊まりだよ、書いてあるだろう?一泊、ディナー、朝食付きって。」 慌ててパンフレットを読むと・・・・・・確かに書いてある。書いてあるが。 『・・・・・・・・・・・・誘ってしまった、承諾して貰ってしまった。』 多分、花梨も気付いていないだろう。だからこそ、承諾したのだろうが。だが、今から説明するのも・・・・・・。 「付き合い始めてから一年以上経つんだろう?何時までも手を出さないと、臆病者って嫌われるぜ。」 「花梨はそんな女人では――――――。」 「そうじゃないと言い切れるのか?大切にされすぎるのも、女としての魅力が無いのかと不安になるぜ。」 「・・・・・・・・・・・・。」反論出来ず。 「じゃあ、もう一度電話して確認してみろよ?泊まりだけど大丈夫かって。」 「・・・聞ける訳無いだろう、そんな事。」 泊まりだなんて言ったら、そういう事をしたいと言っているのと同じ事。嫌われはしないだろうが、怯えてしまうかも知れない。だからと言って、その場で言うのは騙している、じゃなくて、騙し討ちそのもの。ずるい、卑怯だが。 『断れたら嫌だっ!』 「大丈夫、大丈夫だって。今頃期待をして準備し始めているって!」 『きた・・・い、している・・・・・・の、か?』 同僚の男は、ぐるぐる悩み出した頼忠を一人残して仕事に戻った。 『あ〜〜〜、源って面白いなぁ♪』 「楽しみにしているね♪」 そう言って電話を切ると、花梨は目の前の友達に話し掛けた。 「えへへへ、クリスマス・イブにディナーだって。○◇△ホテルのスィートルームで、二人きりで夜景を見ながら。楽しみだなぁ♪」 はしゃぐ花梨の話を黙って聞いていた友人は、真面目な顔をして頷いた。 「そっか、とうとう花梨も覚悟を決めたんだぁ。よし、アリバイは任せておいてね。」 「え?覚悟って何の覚悟?」 「だから、大人になる決意をしたんでしょう?」 「大人って?」 「・・・・・・まさか花梨、何も解らないでOKしたの?」 「えっとぉ・・・・・・?」 「食事だけして帰る気なの?」呆れたようにため息を付く。「スィートルームでって言ったらお泊まりって事でしょう!」 「えっ?えっ?えっ?」紅くなったり青くなったり忙しい。「そうなの?そういう事なの?」 「じゃあ電話して確かめてみたら?」 「お泊まりかどうかなんて聞けないよ・・・。」 違っていたら、そんな事考えているのかと思われたら恥ずかしい。そうだとしたら、やっぱり嫌だなんて言えないし、楽しみにしているなんて更に言えやしない。 「ど、どうしよう・・・・・・・・・?」 「どうしようって言ったって、もうどうしようもないじゃない。向こうだって今頃、期待して楽しみにしているんじゃないの?」 花梨は救いを求めるように見つめてしまうが、友人にとっては他人事。答えは公平で冷静だ。 「じゃあ、その場になって考えて、やっぱり嫌だったら断れば?」 「断るなんて・・・・・・。」 頼忠とならそう言う関係になるのは嫌じゃないけれど、ほんの数日後というのは心の準備がまだ出来ていない。だからと言って、一度承諾して期待させておいて裏切るのはもっと嫌。 うるうる涙目になってしまう。 「大丈夫だよ、花梨。優しすぎる、なんて言葉じゃ言い表せない位の人なんだから、花梨の心の準備が出来ていなければ待ってくれるよ、きっと。」 「・・・・・・・・・。」 「ほら、大丈夫、大丈夫!花梨が好きな人でしょう?信じなさいよ!」 「・・・・・・・・・うん。」 「よし、元気が出てのなら買い物に行こう!」 「買い物?何を買うの?」 「万が一、その気になった時の準備。大丈夫、丁度バイト代入ったばっかりだから、下着ぐらいプレゼントしてあげるから。」 「え?」 「勝負下着にお化粧品。全く高校生にもなって口紅さえ持っていないんだから・・・。」ぶつぶつ文句を言いながらも次々とリストアップしていく。「香水も必要かな?イヤリングぐらい付けた方が良いし、後は・・・・・・。まぁ、買い忘れたら私のを貸せば良いか。」 「え?え?え?」 「一番重要な物は・・・・・・。うん、それは男が準備するよね。さすがに初めての花梨には持たせられないよね。」 「重要な物って?」 「妊娠を防ぐ物に決まっているでしょう?」 「そ、そん・・・な・・・・・・!」 真っ赤になってわたわたしてしまうが。 「病気だって怖いんだから、持っていなかったらどんな雰囲気だろうが状況だろうが絶対に断るんだよ?」 「頼忠さんは、病気なんて持っていないよ〜〜〜!」 「そんな事解らないでしょう?花梨と出会った後はひとすじでも、過去には恋人の五人や十人いたでしょうし、遊びだってした事あるだろうし。潜伏期間が長い病気だって、自覚症状の無いのだってあるんだから!」 「うっ!・・・・・・・・・ねぇ、やたらと詳しいんだね。」 「茶化さないの!」花梨の額を指で小突く。「こういう事は真面目に考えなきゃ。」 「・・・・・・・・・・・・はい。」 「それでも女の子の身体の心配をしない男なら、逃げて来るんだからね!解ったね?」 「そ、それは・・・・・・大丈夫だと・・・・・・・・・。」ぼそぼそぼそ。 「あっでも、今は女の子も自分の身体は自分で守る時代。一応、買っておこうね。次の機会もあるし、持って居れば安心だから。」 「えっと、えっと、えっと・・・・・・。」 「ほら行くよ?もう日にちが無いんだから、ぼやぼやしていられないよ!」 花梨の腕を掴むとつかつかと歩き出す。 「ちょっとぉ!覚悟はまだ決まってないよ〜〜〜!」 「そんな覚悟が決まってからじゃ、間に合わないでしょうがっ!」 「え〜〜〜?」 「簡単なお化粧と髪型も覚えなきゃいけないんだし、やる事はいっぱいあるの。あ〜〜〜、忙しいわっ!」 「え〜〜〜?!」 やけに張り切りだした友人の勢いに流されるまま、準備を始めた花梨だった・・・・・・・・・。 さて。 運命のクリスマス・イブ。 罠に落ちた男とそんな恋人のせいで急に準備を整えさせられた女の子。 二人とも緊張して待ち合わせの場所に向かったが、普段とは違った雰囲気の花梨を見た頼忠がどう感じて何を思ったかは・・・・・・・・・。 結局、恋人同士の二人がどんな夜を過ごしたかは――――――二人だけのヒ・ミ・ツ♪ これ・・・クリスマスの話になっているよね? 題名はシリアスっぽいけれど、ただの軽い話。一般常識としての注意事項付き。 何気に花梨の友人は凄い事を言っております。が、やっぱり花梨(女の子)には傷付いて欲しくないもんね。(・・・・・・ババくさい感想だこと。ため息。) ※クリスマスが終わったら、『ハテナの部屋』に移動します。※ この趣味の悪い壁紙も当然、変えます・・・・・・・・。 2004/12/12 02:03:02 BY銀竜草 2004/12/26 ハテナの部屋に移動。 |