『―――睦言?―――』



一人の公達が、最近噂の『龍神の神子』に対して一方的に想いを募らせていた。
だが。
文を出せども出せども返事は来ず。
面会を申し込んだが、断れ続けて。
神子の周りの女房らに手引きを頼もうとしたが、相手にされず。
夜中に忍び込もうと機会を狙うが、室の前にはおっかない顔の武士が毎夜警備をしている。
―――隙は無い。
それでも、諦めきれずに毎夜様子を窺いに忍び込む習慣となっていた。



そんなある夜。
今宵も無駄だろうと思いながらも忍び込んだのだが。
「ん?今宵は何時もの武士は居ないな。」ちょっぴり期待を込めて周りを見回す。「代わりの警備も居ないぞ。私にもやっとツキが出てきたか?」
わくわくドキドキ。
階から昇り妻戸に手を掛けると・・・カタリ、と小さな音を立ててあっけなく開いた。
『おっ!これはこれは・・・・・・。』
頬が弛んでしまう。
心臓の鼓動はもの凄い音を立てているが止める術は無く、深呼吸をして気持ち鎮めてから入り込んだ。
抜き足差し足忍び足。
『おや、こんな時刻にまだ寝ていないのか?』
明かりが漏れて来る室の前で耳を澄ませて中の様子を探ると・・・・・・・・・!


「・・・・・・あっ。」
「申し訳ありません。少し力を入れすぎましたか。」
「ん・・・大丈夫。続けて・・・?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・はぁ。」
「気持ち良う御座いますか?」
「うん・・・・・・。そこ、もう一度お願い。」
「ここで御座いますか?」
「そう・・・。気持ち良い・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」

男の優しく囁く声と女のため息が聞こえてくる。
『まさか。まさか。まさか!』
呆然と立ち尽くしていると。

「ひゃん!くすぐったいよ。」
「ここを触られるのはお嫌ですか?では、こちらはいかがですか?」
「・・・っ!―――はぁ・・・・・・。」

そんな調子の会話と喘ぐ声が続く。
もじもじもぞもぞ。落ち着かない。聞いているこっちが赤面してしまう。

「神子殿、少々痛みを感じますが我慢して下さい。」
「・・・・・・うん。」

不安そうな女の声。
『神子殿?この女が神子殿!?・・・・・・くっ、遅かったか!』
どんなに悔しがっても、もうどうにもならない。

「あっ、痛いっ!ダメっ、動かないでっ!」
「大丈夫ですよ。力をお抜き下さい。」
「いや、動いちゃダメ!」
「神子殿。すぐに慣れます。」
「無理。お願い、手加減して。」
「解りました。この頼忠を信じて下さい。」
「・・・・・・・・・うん。」

泣いているようだが、男の甘い声に身を任せている様子が伝わって来る。

「―――もう大丈夫で御座いますか?」
「う・・・ん、大丈夫だと思う。」
「では、続きを。」
「っ!」一瞬、息を飲むが、次の瞬間。「あっ・・・・・・。熱い、熱いよ。頼忠さん、熱い。」


これ以上耐え切れなくなった男は、逃げるように立ち去った――――――。



室の中では。
頼忠は御簾の方をチラッと見ると、ほっと胸を撫で下ろした。『やっと帰ったか。』
毎夜毎夜忍び込んでくる一人の公達の事を、頼忠は気付いていた。だが、貴族である事から安易に追い出したりする事も出来ずにいたのだ。殺気を漲らせて近寄らせないでいるのが精一杯。諦めさせるのはどうしたら良いかと悩んでいる時に起きた、今宵の出来事。
その絶好の機会を見逃さなかった。


目の前でもぞもぞと動いている少女の足を掴んでいる手に力を込める。
「神子殿、動いてはいけません。薬が塗れません。」
「だって・・・、痛いんだもん。それに熱いよ、これ。」
「神子殿。」
その静かな声に、花梨はピクリと反応する。
「御免なさい・・・。我慢します。」
御簾越しに外を見ると、月はだいぶ高く昇っている。きれいなきれいな月が。
庭に降りて眺めていたのだが、空ばかり見ていたら足元の石に気付かず転んでしまった。自業自得、説教されても仕方が無い。いや、当然だ。

頼忠は傷の手当ての他に筋肉を揉みほぐしたのだが、痛みが残らないようにという事以外にも理由がある。
『これで諦めるだろう。』
公達に聞かせる為に、必要以上に花梨に甘い声を出させるようにしたのだ。
だが。
『ちょっとやり過ぎたな。』
予想以上の可愛らしい反応をする花梨、押し倒したくて押し倒したくて堪らない。これはまるで我慢大会のようだ。『全く貴女は罪深い女(ひと)だ。』頭を振る。

「今度お月見する時は、この頼忠もご一緒致します。ですから、御一人で庭に降りるのはお止め下さい。」
「えっ?頼忠さんと一緒なら許してくれるの?」驚いて聞き返すと。
「はい。無茶をされて御怪我されるよりは。」
「やったぁ!頼忠さん、大好きっ!」
頼忠の首に腕を回すと抱き付いた。
「っ!神子殿?!」


ぱちん。


頼忠は必死に耐えていたのだが、ついに我慢の限界点を超えた。
「よ、頼忠さん?・・・・・・きゃあ!」

その後は――――――。



翌朝。
「きゃあ―――!神子さまあ!!」紫姫の叫び声が響いた。「その御怪我はどうなされたのですっ!?」
「あ!御免なさい・・・。」
「ですから、どうなされたのですか?」半泣き状態で問い詰める。
「えっとね、昨夜って月がきれいだったでしょう?だから・・・・・・。」ぼそぼそと口ごもりながら説明する。「空ばっかり見ていたら、足元に石があったのに気付かなくて・・・。」
手も足も傷だらけ痣だらけ。
「でもね。昨夜のうちに頼忠さんに手当てしてもらったから、すぐに治るよ!大丈夫!」一生懸命宥める。「マッサージもしてもらったから筋肉痛も無いし、もう全然痛くないの。」
心の中で『手足の怪我はね。』と呟く。
「神子様・・・・・・。」
「大丈夫!もう馬鹿な事はしないから!」
「本当で御座いますか?約束して下さいますか?」
「うん、約束する。絶対に。」
花梨は大きく頷いた。
頼忠の手当て自体は優しかったのだが、薬を擦り込まれるのは非常に痛くて熱い。おまけに、頼忠は身体を鍛えていて体力がある、ありすぎる。初めての身体には負担が大きすぎた。
「今日は部屋の中で大人しくしているから心配しないで?」
「約束ですよ?」
「うん。昨夜は眠れなかったから、ゆっくり休んでいるよ。」
「?」
その花梨の言葉に紫姫は訝しげに首を傾げたが、追及すること無く室を出て行った。


一人になった花梨は、堪えていた欠伸を思い切りする。
「ふぁあ・・・・・・。眠い・・・。」
褥に潜り込み、ダルい身体を休ませる。
「今度の時は、もっと手加減してもら――――――。」ふっと口から出た言葉に花梨は自分で驚いた。「え・・・?今度?」
顔も身体も火照ってくる。
「やだっ!」
布団を頭から被ると無理矢理目を瞑った―――。






言う事は御座いません・・・・・・ふっ。

2004/11/10 19:32:26 BY銀竜草