『神子姫危機一髪?〜泰継〜』



新しい年が明け、花梨は心を通わせた一人のために京に残る事を決めた。

そして、新年を祝う行事が一段落した頃、内裏では奇妙な噂が立っていた。
『若い公達が行方不明になる。』
『数日後、京から離れた北山や逢坂山、嵐山の奥深くで見つかるのだが、何一つ語る者はいない。』

帝は、京の滅亡という危機がなくなった途端のこの噂に、頭を悩ませていた。
不安が募れば、京が再び荒れるかもしれない・・・・・・・・・・・・。神子が命を賭してまで救ってくれたこの京を、今度こそ自分達で守ってみせる!
そう決意を固めた帝は、有能で信頼出来る検非違使別当を密かに呼んで、この噂の真相を突き止めるよう、命じた。


幸鷹は噂に上った公達に話しを聞きに行くが、全員が全員、顔色を変えて逃げ出し、誰一人として、まともに話しをしてくれる者はいなかった。
『一体何事が起こっているのか・・・・・・?』
口を閉ざす理由さえ分からず不安は増すばかりだが、ふと、ある共通点に気付いた。

右大将、権中納言、三位中将、頭の中将、源中将、蔵人少将など、良家の子息ばかり。
しかも――――――神子殿に恋文を贈っていた者――――――。
まさか。
確たる証拠は無い。
だからと言って。
『・・・・・・・・・・・・確認するか・・・・・・・・・・・・。』


日が暮れ、月が昇り始めた頃、幸鷹は四条の屋敷にこっそりと忍び込んだ。そして、神子の住む対を見渡せる大きな木の影に隠れると様子を窺う。
警備の者が誰もいないことに不信を覚えるが、とりあえず様子を見る事にした。
何の変化も無く時間だけが過ぎ、一段と冷え込んだ寒さに震え始め、『今夜は何も起こらないか・・・?』と思い始めた頃、微かな足音に気付いた。
きゅっ。きゅっ。きゅっ。
忍び足で歩いてはいても、雪を踏みしめる音は消せずはっきりと聞こえる。
一人の公達が姿を現し、辺りを窺うように近付いて来た。
『あれは・・・源宰相殿・・・・・・。』
その公達が、母屋に近づき妻戸に手を掛けようと腕を伸ばした時―――
只ならぬ気配に気付いた公達が振り向いた瞬間、眼を見開き腕を広げた『かずら』の術にかかり、鎖で縛られたように硬直する。
身動き出来なくなった公達が倒れかかると、屋根の上から『天狗』がふわりと舞い降り、公達を抱え上げ空へと消える。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』
あまりの光景に、幸鷹は呆然と立ち尽くす・・・・・・。

「ほう、見事だ。」
すぐ後ろで発せられた声に幸鷹が驚いて振り向くと、感心したように頷く翡翠がいた。
「翡翠殿!何時からそこにいたのです?!」
「うん?最初からだよ。君がこっそりと屋敷に入り込むのを見かけてね。神子殿の寝所に潜り込もうとしているのかと心配になってね。」
「なっ!そんな事をする筈がありませんっ!!」
血相を変えて答える幸鷹を、はいはい、と軽く受け流す。
「姫君の御身は安全のようだね。あれは姫君が封印した式だろう?」
「そのようですね。しかし・・・あのような使い方をして宜しいのでしょうか?」
「式にとって、姫君が主人だから主人を守るのは当然だろう?やらせているのは泰継殿であって、姫君は知らないだろうけどね。」
「・・・・・・・・・・・・。」それでもなお、首を捻る幸鷹に、
「泰継殿がやっているのだから、心配要らないよ。それとも、あの泰継殿に一言言う気あるのかい?」
幸鷹の脳裏に数日前の光景が浮かぶ。


「この大量の文は何だ?」
山と積まれた色とりどりの雅な文箱の一つを手に取った勝真が、紫姫に聞く。
「神子様へと贈られた御文ですわ。」
その困った様子で、その文の内容が解る。
「どうせ、花梨は見ないんだろう?焚き火にでもするか?」
イサトが呑気に言っていると。
「失礼する。深苑に呼ばれたのだが、どこにいる?」
と、泰継が入ってきた。
「兄様なら、神子様の室の側にいますわ。相談したい事があると、頼忠殿と一緒におりますわ。」
解った、と言うと、不愉快そうに文箱の山を一瞥し、立ち去る。
「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」
普通の人なら気付かないが、泰継のことを理解している仲間だけが解る、その泰継の表情に硬直する。
「あいつ・・・・・・相当怒っているな。まさか、この文を贈った奴らに呪詛を掛けたりしないよな・・・?」
心配そうにイサトは言うが。
「それはさすがにしないだろう。相手が死んじまうぜ?」
勝真の自信無げに否定する言葉を断言する者はおらず。
「・・・ところで、深苑殿と頼忠の相談したい事は何でしょうか?」
気を反らすように尋ねた幸鷹に、紫姫は更に困り果てた様子で、
「神子様の事ですわ。・・・神子様の寝所に入り込もうとする公達がおりますの。それも、一人や二人どころではなくて・・・・・・。」
勝真、イサトが、ギョッとした表情で紫姫を見る。
「神子殿はご無事ですか?」
顔色を変えた幸鷹が尋ねると、紫姫は、はい、と頷く。
「毎夜、頼忠殿が警備をしておりますから、それはご心配いりません。ですが・・・・・・皆、身分の高い公達ですので怪我一つさせることも出来ず、お困りのようで。何か、問題が起こる前に対策を講じたいのです。」
「あぁ・・・、相手の身分によっては、頼忠や四条の尼君様が罪に問われる事にもなりかねませんからね。」
「だから、泰継に相談か。」
「あいつなら、大丈夫だな。」
意味深に頷くイサトと勝真を見ると、紫姫は控えめに微笑んだ。
その後、「もう、問題無い。」とだけ報告する泰継の顔には満足げな表情が浮かんでいて。
その笑みには、泰継が持っているとは誰も考えなかった、『嫉妬』や『憎む』という感情がほのかに見えて。
「どんな策を講じたのか?」
とは、怖くて誰一人として尋ねる事は出来無かった―――――――。


「・・・・・・・・言えませんね。」
「だろう?姫君の身の安全の方が大事だよ。」
だから放っておきなさい、と言うと、翡翠は手をひらひら振りながら立ち去る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。主上にどう報告すれば良いのか・・・・・・・・・?」
そんな翡翠の後ろ姿を見ながら、幸鷹は頭を悩ませるのだった・・・・・・・・・・・・。






注意・・・花梨ちゃんが心を通わせた相手は、泰継です。

最初、泰明でこの話しを考えていたのだけど、束縛の術を使う怨霊が「遙か」では、『かえる』と『土蜘蛛』。庭にこいつらがいる光景は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・却下っ!!

2004/03/10 17:57:59 BY銀竜草