『―――振り出し・帝側編―――』



いきなり知らない世界に連れて来られて、龍神の神子としてこの京を救えと言われて戸惑った日々。手伝ってくれる仲間である筈の八葉から、疑いの眼差しを向けられて逃げ出したい衝動に駆られていたけれど。
自分に出来る事を一つ一つこなしていたら、何とか帝を呪う怨霊を退治出来、その上、帝側の八葉から龍神の神子として認めてもらえるようになった。
だけれども。
院も怨霊に呪われているから、こちらも助けろと言われて。でも、院側の八葉にはやっぱり信じて貰えなくて。
・・・・・・何だか、『すごろく』で上がりの直前、「振り出しに戻る」の目に止まっちゃった気分ではあるけれど。

「うん、何とかなるよ!」

花梨は楽天家だった。
「帝側の八葉だって私だって、最初は信じていなかったんだもん。やるべき事をきちんとやれば、その内に信じてくれるようになるよね。」
今度は一人ぼっちじゃなくて帝側の八葉の四人が支えてくれるから、もう大丈夫。逃げ出したい、なんて考えない。
「前みたいな無理はもうしないけど、よしっ、頑張っていこう!」
そう自分に気合を入れるように言い聞かせると、院側の八葉が待つ控えの間に向かって歩き出した――――――。



数日後。
天の八葉の四人は、それぞれ混乱していた。
院の住む泉殿には、院が認めた龍神の神子がいる。なのに、帝側にも神子を名乗る少女がいる。しかも、院の神子は御所の奥深く籠もって祈りを捧げているのに、帝側の少女は町中を自分の足で歩き回っている・・・・・・。
次々と怨霊から受けた穢れを払い、土地の力を高めている。そして、その少女の傍にいると怨霊と戦う力を得る事が出来るから、不思議な力を持っている事は認めるが――――――。

「「「「あれが『龍神の神子』とは信じられない・・・・・・。」」」」



頼忠は龍神の神子を名乗る少女の護衛と称して、監視をしている。
そして、この日も警護する為に屋敷を訪れた。
「まぁ、どう致しましょう?」
「じゃあ、私が登ろうか?」
「神子様、危のう御座いますから・・・。」
「でも―――。」
少女が住む室の前の庭が騒がしい。
「どうかなさったのですか?」
尋ねると。
「あぁ、あれが風で飛ばされちゃったの。」指差す方向を見ると、木に布が引っ掛かっている。「誰かが木に登って取ろうかって話になったんだけど―――。」
「で、お前が登る気だったのか?」何時の間にかにやって来た勝真が、ポコンと少女の頭を触れる程度に叩いた。「俺を呼べば良いじゃないか。」
「勝真さん!」驚いて振り返る。「勝真さんが登るの?」
「登るか。」呆れたように答える。「こういう時はこれが役に立つんだ。」
そう言って、弓を持ち上げた。
「弓?それでどうするの?」
「黙って見ていろ。」
矢の先端に布を巻き付け、それを弓で射る。と、布を引っ掛けて落ちて来た。
「うわ、凄い!さすが勝真さん!」顔を輝かせ、拍手。「ねぇ、他の物も落とせる?」
「・・・・・・・・・。」ちょっと不審な眼差し。「何をやらせるつもりだ?」
「うん?木の上の方になっている果物も取れるかなって思っただけ。」
「お前、ばかだろう?」わしゃわしゃと、少女の髪を乱す。「俺を何だと思っているんだ?」
「てへへへ。」
肩を竦めた。
「ちゃんと取れよ。落としたら怒るぞ?」
「うわぁ〜〜〜い!」ぱっと顔を輝かせ、嬉しそうにはしゃぐ。「あのね、あそこの神社にねぇ―――。」
「本当にやらせる気かよ?」
がっくりと肩を落とし、疲れたように答えた。
「・・・・・・・・・。」頼忠は二人の会話を呆然と聞いていた。『仲の良い兄妹にしか見えないが・・・・・・・・・。』


その日、イサトは不機嫌だった。
『院を呪っている怨霊の情報集めをするのに、何で帝側の貴族のお坊ちゃんが一緒なんだ?』
しかも、貴族の中の大貴族、親玉なのに。
「ねぇねぇ、彰紋くん!」
この女は気安く「くん」付けで呼ぶ。俺が「彰紋」と呼び捨てにしても怒るどころか気にもしていないようだ。ヘンな奴。
「花梨さん。泰継殿が竜胆の花がきれいに咲いている場所を教えてくれましたよ。見に行きませんか?」
「竜胆?」顔を輝かせる。「今日の用事は全部終わったし、まだ早いし。遠くないんだったら、寄り道したいな。」
「船岡山です。ここからなら遠くありませんよ。イサトも一緒に行きましょう!」
「おい。―――って聞いてねぇ!」
チクショウ。俺の返事を待たずにスタスタ歩きやがる。こうなったらトコトン付いて行ってやろうじゃないか!
「ねぇねぇ、船岡山なら―――。」
「えぇ、すぐ側なんですよ。」
二人してボソボソと内緒話。気分わりぃ。
「おい、花を見るんじゃなかったのか?」
確かに竜胆が一面咲いている場所はあった。だが、それを横目にわき道を進む。
「うん、帰りにね♪」
「帰り?他に行く所があるのか?」
「うん。ここに。」
「ここ?」湯気の立っている小さな池。「湯?」
「そう!」大きな岩に腰を下ろすと、靴と靴下を脱いでしまう。そして―――ちゃぽん!「うわぁ、あったか〜〜〜い!」
「丁度良い湯加減ですね。」見ると、隣で彰紋も足を湯に浸けている。「イサトもいかがですか?気持ち良いですよ。」
「いや・・・俺はいい。」
貴族という者は、俺には理解出来ないほど上品ぶっている。はしたないとか言って肌も見せない。だから、人前で沓を脱ぐなんて、素足を見せるなんてする筈が無い。花梨は貴族ではないと言っているが、偉い神子様なんだろう?女なんだろう?男の前でそんな無防備な格好するなんて、常識も何もあったものではない。これは有り得ない筈の光景なのだ。何なんだ、この二人は。
「そう?足浴って身体が温まるし、健康にも良いんだよ?」
「そ、そうか。」
「温まると元気になるよねぇ。」
「そうですね。気持ちも明るくなります。」
「・・・・・・・・・。」
二人してにこにことおしゃべりしてやがる。
だが―――。
貴族というのは、何も出来ないくせに気位ばかり高い人間だと思っていたのに。京を救う龍神の神子は、厳かな雰囲気の特別な女かと思っていたのに。なのに、この二人は。
『俺達一般庶民と変わんないじゃん?』


こんな重要な事をそう簡単に認める訳にはいかない幸鷹、詳しい話を聞こうと四条の屋敷を訪れた。
と、花梨の室から何やら賑やかな物音が聞こえる。
「?」不思議に思って覗く。と、びっくり仰天、思わず叫んだ。「な、何をなさっているのですか!?」
花梨と翡翠の二人が几帳や文机を動かし、床を拭いている。
「掃除!」火鉢を前に考え込む。「これ、動かせるかな?」
「あぁ、丁度別当殿がいるから。」悪戯っぽい笑みを浮かべる。「男手が足りないのだよ。手伝ってくれないか?」
「・・・・・・・・・。」
「ほら、これをあちらへ移動させたいのだ。そちらを持って。」
「あっ!私が持ちます!」
幸鷹の戸惑いに気付くと、花梨は慌てて火鉢に手を掛ける。
「・・・・・・・・・。」
「女人では無理ですよ。私がやります。」
翡翠の冷たい視線に顔を顰めつつ、少女に退くように促す。そして重い火鉢を翡翠と共に運ぶ。
「幸鷹さん。御免なさい、手伝わせてしまって。」
「それは構いませんが。」貴族の自分が掃除をやる事になるとは想像した事も無かった。だが、やりたくないとは言えない。「それより、掃除は侍女の仕事ではないのですか?」
「そうらしいですね。でも私、掃除が好きなの。」
「掃除が・・・好き・・・・・・?」
「うん。適度な運動になるし、綺麗になると気持ちが良いし。」
「・・・・・・・・・。」
「はい、これで終了!」掃除道具を片し終えると、パンっと手を叩いた。「じゃあ、休憩にしましょう!」
白湯でも頼んでくるね、と言うと、室を飛び出して行ってしまう。
「・・・・・・・・・。」
「面白い姫君だろう?」
「面白いと言うか・・・。」変わっていると言うか常識外れと言うか。「それよりも、貴方が侍女の真似事をなさるとは驚きましたよ。」
「そうかい?」にやにや。「手伝ってと頼まれれば、無碍に断われないからねぇ。」
「・・・・・・・・・。」
それはそうだろうが。だからと言ってこの男が大人しく手伝うだろうか?それにこの男にそんな事を頼むとは、度胸が良いと言うか鈍感、無神経と言うか。
「はいは〜い、白湯です。どうぞ!」
「っ!」
幸鷹、絶句。少女自ら運んでくるとは!
「ありがとう。」驚きもせず、翡翠は笑顔で椀を受け取る。「一仕事をした後の一杯は美味しいねぇ。」
「ただのお湯ですけどね。」幸鷹の方に振り向くと、椀を差し出した。「はい。幸鷹さんもご苦労様でした。」
「あ、ありがとう御座います・・・・・・。」
龍神の神子と呼ばれているからには、院の元にいる神子のように恭しく傅かれていると思っていたのに。なのに、女房仕事も自らやるとは。しかも、それを好きだとは。
「・・・・・・・・・。」
翡翠と楽しそうに会話する花梨を呆然と見つめるしかなかった。


その少女が龍神の神子を名乗るのであれば、そう信じたい。疑いたくは無い。だが、神々しい霊気を纏ってはいても、だからと言って、京に害をなさぬとは限らない。―――泉水が少々後ろめたい気分で挨拶に訪れると、室の中から花梨と話す泰継の声が聞こえてきた。
「笑ったでしょう?」
「笑ってなどいない。」
「絶対に笑いましたよ。そうじゃなかったら、分からないもん。」
「勘違いだろう。」
『あのお方は少々苦手なのです・・・・・・。』
怯えながらも勇気を振り絞って室に入る。
「こんにち―――え?」
言葉が続かず、唇が止まる。
「あ!いらっしゃい!」
「・・・・・・・・・。」
笑顔で迎える花梨と無言無表情の泰継が二人。
「や、泰継殿?」
「一人は本物の泰継さんで、もう一人は式神さんです。」花梨が説明。「さて、どちらが本物でしょう?」
「え?え?」
一人が本物で一人は偽物?どちらも全く同じではありませんか?
「こちらが本物の泰継さんです。」一人の片腕を持ち上げる。「分かりませんか?」
「も、申し訳ありません。」
「だから神子が正解出来たのは偶然だ。」
「違いますよ〜!」ぷっと頬を膨らませて反論。「じゃあ、もう一回やりましょう!」
ささっと後ろを向き、泉水にも促す。
「・・・・・・・・・。」ざざっと歩く足音がする。「神子。良いぞ。」
「は〜い。」二人の泰継に向き合う。「はい、こちらが本物ですね。」
二人の顔を見比べると、すぐに判断が付いたようだ。一人の腕に触れる。
「え?」泉水には、何処から見ても違うところは無いように見える。「あ、あの・・・私には全く・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」少女に触れられた泰継がため息を吐くと、もう一人の泰継は紙に戻った。「なぜ分かった?」
「だって、怒っているでしょう?」
「怒ってなどいない。」
「絶対に不機嫌で怒っています。眼が睨んでいたもん。」
「私には感情と言うものはない。」
「違う。そんなに表情豊かでそれは有り得ない。」
「無いものは無い。」
「もういい加減、認めて下さいって。これで五回目、全問正解ですよ?偶然にしては当たり過ぎです。」
「・・・・・・・・・。」
『・・・・・・睨んで?』
泉水には、無表情にしか見えないが・・・・・・。
「・・・・・・・・・。」
この無言無表情で何を考えているのか分からない泰継を表情豊かと言う少女。その人の隠れた一面を見抜けるのは、人徳の高さゆえかもしれない。だが、黙って其処に居るだけで強烈な存在感があり、人を圧倒する迫力のある泰継にひるまず反論するなんて。そんな恐ろしい事を平然と出来るこの少女は、一体どういう人なのだろう?
『清らかな方だとは解るのですが・・・・・・。』
泉水は、泰継と言い合いをする少女を興味深そうに見つめるのだった。



不思議な力を見せ付け、一つ一つきちんと役目をこなしていく少女と、普段の子供っぽい言動がどうしても一致しない。
常識からかけ離れた言動に驚かされる事も多くて。
そして、少女の人柄が人を騙すような事など考えそうも無くて。
その上、帝側の人間の少女に対する態度が、他の人に対するのとは全く違っていて。

帝側の人間が、院と対抗する為に少女を担ぎ出したのかと疑っていたのだが。
『『『『何が何だか分からない・・・・・・・・・。』』』』


考えれば考えるほど、混乱するばかり――――――。






注意・・・第2章半ば。連作『ながらへば・・・・・・』の中の『振り出し』を帝側編で書いてみました。

神子と認めている帝側と認めていない院側の違いを書きたかったのだけど・・・・・・またしても玉砕・・・・・・・・・。

2005/09/06 02:51:16 BY銀竜草