『―――神子姫危機一髪?〜頼久〜―――』 |
鬼の脅威が去った後、龍神の神子の存在が明らかにされた。 しかし、その姿を見た者は少なく、噂が噂を呼んでいた。 曰く。 その姿は幼げではあるが愛らしい。 素直で優しい性格。 龍神に愛されるだけあって、純真で清らかな心の少女だと。 そして何より、八葉と呼ばれる身分も年齢もばらばらな八人の男全員を魅了したと言う事実が、年頃の公達と言う公達が少女に対する恋心を募らせる事となる。 そして、ここにもそういう一人の公達がいた。 家柄は申し分無いのだが、あまりの間抜けっぷりに父親さえ呆れ、顧みる事も無かった為に出世コースからは外れている男。 しかし、自分と言うものを知らず、野心だけは一人前に有り。 「龍神の神子ともあろう方が、そこいらの公達程度に靡くはずが無い。我こそが相応しい。しかも、龍神の神子を手に入れられれば、我を見下している奴等を見返す事が出来る!」 と、執念を燃やし、誰よりも熱心に恋文を送っていた。 しかし、毎日毎日、一日に何通もの文を出そうが返事が来る事は無く。 二ヶ月もの月日が経つ頃にはじれったくなり、とうとう行動に出る決心をする―――。 ある日の早朝。 土御門邸の庭の隅、西の対の方を見ながら、人目を気にしつつ会話をする男女。 男は頷くと懐から小さな包みを取り出し女に手渡すと、微かに笑みを浮かべながら立ち去った。 その夜。 早朝庭にいた男が、零れる笑みを隠そうともせずに西の対に近づく。そして、妻戸に手を掛け――――――。 「っ!?ふんっ!どやっっっ!!!」 妻戸は留め金がしっかりと掛かっているらしく開かない。眉間に皺を寄せつつ、近くの格子をガタガタと揺すってみるがこちらも開かず。 しばらくウロウロしていたが、空が白み始めたのに気付き諦めて立ち去った。 そして、次の日の夜。 期待と不安が入り混じった複雑な表情を浮かべた昨夜の男が、西の対に近づく。そして、妻戸に手を掛け――――――。 「っ!?ふんっ!どやっっっ!!!」 妻戸は、今日も留め金がしっかりと掛かっていて開かない。近くの格子を揺すってはみるが、やはりこちらもうんともスンとも言わず。 肩で息を吐きつつ、しばらくうろついていたが、一刻も過ぎると疲れた様子で立ち去った・・・・・・・・・。 「讃岐殿っ!」 太陽がすっかり昇りきった頃、例の男が一人の女房の腕を捕まえて怒鳴った。 讃岐は、男が怒りで顔を真っ赤に染めている理由が解らない。 「神子様にお逢いしたのでしょう?なぜお怒りになられているのです?」 「妻戸は閉まっていました。格子もしっかりと鍵が掛かっていましたよ。なぜ私を騙したのですかっ!?」 唾を飛ばしながら叫ぶその姿に、嫌悪で逃げ出したい衝動に駆られるが、 「お約束どおり、妻戸の留め金は外しておきましたわ。・・・誰かが気付いて戸締りしてしまったのでしょう。それなら、夕暮れ頃御出で下さいませ。慌しい時刻に紛れて私の局にお隠れになられたらよろしいですわ。みんなが寝静まった頃、神子様の室に御案内致しましょう。」 と、約束をする。 讃岐は、喜び勇んで帰る男の後ろ姿を見つめながら後悔のため息をつくが・・・もう取り消しようが無くて・・・・・・。 そして、その日の夕暮れ時。 男が讃岐の局に紛れるように隠れたその頃、あかねは悩んでいた。 頼久が左大臣の供で宇治に出掛けていたが、明日帰宅する。笑顔で出迎えたいのだが、ここ二日、風が強くて眠れなかったのだ。今日こそは!と思うのだが、今夜も風が強ければ難しい。そして何より、久しぶりに大好きな人に逢えると思うと、嬉しくて眠る気分ではないのだ。 だが、寝不足顔をしていたら心配掛けてしまう・・・・・・。 長い時間考え込んでいたが、ふとあるアイディアが頭に浮かび眼を輝かした―――。 左大臣一行が帰宅したのはお昼近く。 その時、屋敷はとんでもない騒ぎとなっていた。 驚いた頼久が走り回る武士団の一人を捕まえて事情を聞くと。 「神子様の寝所に男が入り込んだのですが、神子様の姿がどこにも見えないのです。あちこちと探してはいるのですが・・・。」 顔色を変えた頼久が慌てて西の対に駆け込むと、狼狽して眼が泳いでいる見慣れぬ公達が叫んでいた。 大泣きしている藤姫。 「神子様はどこですっ!?」 「神子の行方など知らんっ!私が室に入った時にはもうすでに姿は無かったっっ!!」 丁寧だが厳しい口調で問い詰める鷹通。 「どうやって入り込んだのですか?」 「あの・・・その・・・・・・つまり・・・・・・・・・。」 優雅な笑みを浮かべつつ、眼が笑っていない友雅。 「おや?教えてはくれないのかな?」 「えっと・・・・・・ごくり・・・・・・。」 怒りの形相で今にも掴み掛からんばかりのイノリ。 「しゃべらねーってんだったら、しゃべらせてやるっ!」 「ぎゃっ!知らんものは知らんっっっ!!」 おろおろと立ったり座ったりと落ち着きの無い永泉。 「あの・・・暴力は・・・いえ、そんなことより・・・神子は無事・・・でしょうか・・・? その周りには、右往左往している数十人の女房達。 頼久は一瞬呆然となるが、部屋の隅に一人静かに座っている陰陽師の姿を確認すると近寄った。 「泰明殿・・・・・・。」 「問題無い。」 「しかし・・・・・。」 「神子の気は安定している。昨夜から一度も乱れてはいない。無事だ。」 いくら泰明を信用していても、あかねの無事な姿をこの眼で確認しなければ安心出来るはずは無く。 泰明は、青ざめ眉間に皺を寄せている頼久の埃まみれの姿を無表情で見つめる。 「今は待つ事しか出来ぬ。それより、一度着替えろ。その姿では神子が驚く。」 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 自室に戻った頼久は、部屋の中の見慣れぬ光景に思考が止まった。 頼久の衣を抱きかかえるようにして眠る愛しい少女。夢を見ているのか、穏やかな、楽しそうな笑みを浮かべている・・・・・・。 しばらく呆然と見つめていると、人の視線を感じたのか身動ぎをする。 そして、瞳をゆっくりと開けた――――――。 その瞬間。 あかねの気が動いたのに気付いた泰明がさっと立ち上がる。そして、走り出した。 その動きに気付いた他の八葉も、泰明の後を追って走り出す。 頼久の部屋に飛び込んだ八葉が見た光景は。 単姿の寝惚けたあかねが頼久を押し倒しながら抱き付いていて、 真っ赤になって慌てふためいている頼久の二人・・・・・・・・・。 「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」」 完全に目覚めて落ち着いたあかねの話を聞く事が出来たのは、涼しい風が吹き始めた夕刻。 自分の部屋で寝ていなかったせいで大騒ぎとなった事を理解したあかねは、 「一体何がどーなっているんだよ?」 と、身を乗り出して質問するイノリに、恥ずかしそうな、困ったような複雑な表情をする。 「んっとね・・・。風が強いせいで煩くて二日間、眠れなかったの。でね・・・昨夜も風が強かったらまた眠れないんだろうな、って思って。」 あかね以外は、ここ数日風の無い静かな夜だった事を思い出し、不思議に思うが口には出さず続きを聞く。 「でね、さすがに寝不足が三日間続くとつらいし、フラフラしていたらみんなに心配掛けちゃうし・・・・・・。」 と、ちらちらと頼久を盗み見る。 「どこか静かに眠れる場所は無いかなぁ?と考えていたら、頼久さんの部屋を思い出して。風の音はダメでも、人の話し声は慣れているから眠れるんだよね。朝、みんなが起き出す前に戻れば大丈夫だと思ったの。」 頼久の匂いが残る衣を抱き締めた時の安心感を思い出しながら、思ったより気持ち良くてつい寝過ごしちゃった、と続けて言い苦笑いする。 「ふ〜ん、なるほどねぇ。」 思わせぶりに頷く友雅を、藤姫をはじめ、他の八葉達が不思議そうに見る。 「神子殿、頼久がいる時といない時と、何か違う事をしたかい?」 「えっ?違う事???」 首をかしげながら頼久を見つめ、考える。 「頼久さんがいる時は、夜、警護してくれるから一言挨拶をするために簀子に出ます。で、いない時は・・・・・・。あっ!戸締りの確認をしてから寝ます。」 「なるほど。」 「そういうことでしたか。」 「まぁ!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 泰明、鷹通は納得して頷き、藤姫、頼久は青ざめる。 「あの・・・どういう事でしょうか?」 まだ疑問の解けない永泉が、鷹通を見る。 鷹通はその質問には答えず、あかねに尋ねた。 「神子殿、戸締りはしてありましたか?」 「ん〜と、昨夜はしてありましたけど、その前の二日間は妻戸の留め金は掛かっていませんでした。藤姫ちゃんが、最近、他の屋敷が強盗に襲われた、って言っていたから、怖くて余計に眠れなかったの。」 その言葉で納得した永泉が、 「大変な事になるところでした・・・・・・。」 と、恐怖で青ざめた。 「だ〜か〜ら〜、ちゃんと説明しろっ!」 一人怒鳴るイノリ。 と、その時。 「神子様、申し訳御座いませんっっ!」 藤姫が、あかねにしがみ付いて泣き崩れた。 「神子様の機転のお蔭で未遂で済んだとは言え、御寝所に手引きするような女房を、神子様のお傍に配置するなどわたくしの管理不届きです。神子様の身にもしもの事があったら・・・・・・・・・!」 「ほら、私は大丈夫だったんだから泣かないでよ!」 必死で宥めるあかねを見ながら、やっと理解したイノリが、そういう事か・・・、と呟く。 で、誰だ?と、周りの女房達を睨みながら見回す。 小刻みに震えながら青ざめている女房が一人・・・・・・・・・。 次の日。 土御門邸から一人の女房が立ち去った。 京にはその女房を雇う貴族はおらず、遠い親戚を頼って地方へと旅立った、との噂が流れた。 数日後。 一人の若い公達が地方へと赴く事が決まった。 ある公達と帝の兄弟と一人の大臣が進言したとの事。 そしてその公達が出発する時、なぜか全身大怪我していて、乗っている車のちょっとした振動にも耐えられずに天にも響き渡るような大きな悲鳴を上げていた。 そして。 あかねの幸せを考えた藤姫と、あかねを他の男に攫われる事を恐れた頼久が、あかねと頼久の婚礼の準備を急ぐ。 そんな周りの急激な展開に、嬉しく思いながらも一人戸惑うあかねであった―――。 一番好きなのに、なぜか書けない人。と言うか・・・・・・好きすぎて書けない。 自分が書くと、イメージ壊しまくりでショックは大きい。 無理やりEDまで漕ぎ着けたけど・・・・・・・・・やっぱり逃げ出したい・・・・・・・・・。 2004/02/23 23:21:43 BY銀竜草 |